驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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086 若き春秋マイル女王と緋色の女王

 栗東寮、ウオッカとダイワスカーレットの部屋。

 

 何度か訪ねたことのあるそこにたどり着き、一呼吸してノックする。

 どう考えても、URA賞おめでとー、といった軽い話でないことだけは察することができた。

 ウオッカの返事に従い、腹を決めてドアを押し開いて部屋に入った。

 

 部屋の中央で仁王立ちしているスカーレット。耳は完全に伏せられている。

 自身のベッドに腕組みをして腰掛けているウオッカ。こちらも耳は伏せ気味だがまだ理性的なラインだろう。

 

 こちらを紅い爬虫類のような瞳が射抜き、思わずドアを締めて帰りたくなる。

 だが、ウオッカの髪に隠れていない左目が自身の勉強机を示す。座れ、ということだろう。

 机の上に放置されたウオッカ宛の見覚えのある封書と同じく見覚えのある書状。最優秀クラシックウマ娘と書かれたそれを見て高速で考えを巡らせる。

 

 ウオッカが何の意味もなく私を呼び寄せるとは思えない。なにか理由があるはずだ。

 

 まず全体状況。2人が相対していることと、スカーレットの足元のカーペットに前掻きしたような跡があることからすでに一悶着あったと思われる。

 では悶着の原因はなにか。まあこの2人は有名なケンカップルなので箸が転がっても喧嘩するだろうが、この場合はわかりやすい。

 

 スカーレットの後ろ、彼女のベッドに乱雑に放られたこれまた見覚えのあるURAからの封書。直接の原因はきっとこれだ。

 私が年度代表、最優秀ティアラの時点でスカーレットの受賞が可能な賞はない。なのに同じ書状が届いているということはスカーレットは特別賞を受賞したということだろう。

 特別賞、各賞には該当しないものの顕著な戦績を挙げたウマ娘に対する表彰。

 何事も一番でなければ気がすまないスカーレットがそれで噛みついたか、ウオッカが煽ったか。どちらもあり得るし、それはどちらでもいい。

 

 では、何故私が呼ばれたか。

 仲裁ではない。それはありえない。彼女らは無関係な他人を巻き込んだりしない。

 ──つまり、この話題において私は無関係な他人ではない。そうウオッカが判断したからこその呼び出しだったのだろう。

 

 ここまで考えたところで、ウオッカの椅子にゆっくりと腰を下ろした。

 

「…………アンタも、受賞()ったのよね」

 

 スカーレットの視線が、まだ携えていた封書を射抜く。

 その主語のない問に、ええ、と頷く。隠しても仕方ないし、隠しようもない。

 

 そう、と呟いたスカーレットは大きく息を吐き、その耳がわずかに正面からも見えるようになる。

 

「……やっぱりね。アンタが最優秀ティアラで、ウオッカが最優秀クラシックで、アタシだけが“特別賞”ってわけ」

 

 フンッ、と鼻で笑う。

 もちろんその瞳は笑っていない。

 

「悪くないはずなのに──いえ、アタシが勝ったのに、それでも足りないみたいに扱われるのが、どうしても納得できなかった」

 

 私を見つめながら、アンタには何の文句もないんだけどね、とスカーレットは口の中で呟く。

 

「それでも今は、私より前に立ってる。……それが、悔しいのよ」

 

 一転、彼女の耳が垂れる。釣り上がっていた眉も同様だ。

 

「……ねぇ、引退なんてしないわよね。まだ走るわよね?」

 

 引退。考えたこともない、といえば嘘になる。

 といっても、自身のことというよりメジャーさんの引退を通して、だ。もしかしたら、彼女もそうなのかもしれない。

 

 この間、トレーナーさんに問いかけたことがある。ウマ娘が走るのをやめてしまうのはいつなのか、と。

 トレーナーさんは仕事の手を止めてしばし考えると、脚が折れたときか心が折れたときでしょう、と答えた。

 では走り続けるのに脚と心ではどちらが大事か、と重ねて問うと、意外にも心だという。

 というのも、本当に脚を折って引退するウマ娘は意外と少なく、痛む脚を抱えて走り続けるぐらいなら、と第二の人生を選ぶウマ娘のほうが圧倒的多数なのだという。

 トレーナーさんはどこか遠くを見るように、3度死病に冒されようとも栄光を求めて走り続けたウマ娘を知っています、と続けた。不屈という言葉は彼女のためにある、と。

 おそらくそれはトウカイテイオーのことだろう。トレーナーさんに近い園部トレーナーのチームにいたこともある彼女は、3度の骨折から不死鳥の如く復活して丸1年ぶりに有記念を制覇してみせた。

 表情をいつもの穏やかな笑みに戻したトレーナーさんは、貴女は走りたいだけ走って結構ですからね、脚が折れる兆候があれば手段を選ばず止めますので、命に関わりますから、と続けた。

 表情こそ穏やかではあったが、その目は真剣そのものだった。流石に私も命張ってまで走ろうとは思わない。黙って頷いてその会話を終えた。

 

「ねぇ! 勝ち逃げなんてするんじゃないわよ!!」

「……もちろん、まだまだ走るよ」

 

 返事までに間が空いてしまったために、スカーレットの声音に哀願の色が混じってしまった。

 確かにG1を5勝したとなれば、実績としてはもう十分だろう。それこそ指導ウマ娘の一次試験も免除されるし、勉強に専念して進学し何らかの資格を取るも良し、タレントや芸能方面もアリだし、実業団や一般就職にも有利だ。

 でも、まだバクシンオーさんを超えるウマ娘にはなっていない。まだまだ走り続ける理由はある。

 

「ふんっ、ならいいわ」

「いいのかよ」

 

 余計な一言を呟いたウオッカをギンッと効果音が聞こえそうな勢いで睨みつける。

 だが耳は横から見えるようになっている。ようやくいつもの調子を取り戻したようだ。

 

「いい? アタシは来年、フェブラリーステークスを前哨戦にドバイワールドカップで世界一になるわ」

 

 ……冷静に考えたら無茶苦茶言ってるな。なんでいきなりダートなんだろ。400m長いけどドバイシーマとかで良くない? 

 まあいいか。

 

「そんで帰ってきてヴィクトリアマイルよ! アンタもウオッカも出るわよね? そこで決着をつけるわよ!」

 

 対外的にはまだ発表していないが、私の春のローテーションは阪急杯始動で高松宮記念、ヴィクトリアマイルと国内短距離マイル路線を経ての英国遠征というマーチャンとほぼ同じもの。

 ウオッカも前哨戦を使ってドバイからヴィクトリアマイルなので、初夏の府中で再び相まみえることになりそうだった。

 

「いい度胸じゃねぇか」

 

 ニヤリとした笑みをたたえてウオッカがベッドから立ち上がる。

 

「世界一だろうが年度代表だろうが関係ねぇ。府中は俺の庭だ、ぜってぇ負けねぇよ」

「言ったわね? 後で吠え面かくんじゃないわよ!」

 

 なにを、と再び彼女らが角を突き合わせる。良かった、いつも通りだ。

 思えばこうなることを狙って──スカーレットが思いを全て吐き出せるように──ウオッカは私を呼んだのではないだろうか。

 多分、ウオッカだけではこうはならなかっただろうからだ。

 

 長いようで短かったクラシック級の年が終わろうとしている。

 年を越すのに、澱のような思念を残さずに済んで良かったのだろうと思う。

 

 いよいよシニア級の年が明け、URA賞の発表と表彰が行われようとしていた。




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あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。
……今年中に終わるかなこれ。

このダスカの謎ローテですが、実はまさかの史実通りです。
現実では調教中の怪我で断念してますが。

レース描写の濃さの好みは? *例によって聞くだけ聞きます。気軽に答えてください

  • 別にダイジェストでもいい
  • マイルCSぐらいあっさりでもいい
  • 今ぐらいがいい
  • 安田記念ぐらいねっとり描写してほしい
  • レンゲが立つくらいこってり
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