驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
都内某所ホテル、レセプションホール、壇上。
状況を整理しよう。
年度代表ウマ娘となった者には副賞として新しい勝負服が贈られるのが慣例となっている。
だが今年はトレーナーさんの差配で勝負服へのパーツ追加となったらしい。これは別にいい。この勝負服は気に入っているのだから、今新しいものを贈られてもクローゼットの肥やしにしかならないだろう。
追加装備が
……だからってさぁ、なんで会長さん自ら授与役を買って出ているのかと小一時間問い詰めたい。
確かに、G1勝ちを勲章で表現して勝つ度に増やしていく、なんてことをやったのはシンボリルドルフぐらいしかいないんだから似たようなことをやるなら話は通さないといけないのは理解できる。だからって本人が授与役をやらなくていいでしょう?
まあ百歩譲って本人が出てくるのはいいとしましょう。どうせ授与式には参加するのだから。
なんで副会長2人まで壇上に出てきてるんですか? 普通こういう授与物を持つ役割ってもっと下っ端のモブの仕事ですよね? あんたらのフットワークが軽いせいで今壇上は4人合計21冠状態ですが?
そんな半ば八つ当たりのような現実逃避も虚しく、この騎兵刀は有名な職人の手によりどうのこうの、この勲章は会場にもいらっしゃっているノルデンセミラミスのお父上が手ずから作られただの、司会のお姉さんによって能書きが述べられていく。
……なんてことだ、いつのまにか父まで巻き込まれている。何やってんですかトレーナーさんは!!
『ではサーベルより贈与となります』
その言葉に合わせ、ルドルフ会長がディープ副会長から騎兵刀を受け取りくるりと持ち替えた。慌てて私も一歩踏み出し受け取れる位置へ。
それに合わせて楽団がそれっぽいミュージックを奏でる。
差し出された柄と鞘を両手で握り、一礼。
そのまま刀の鞘を腰の金具に取り付け
鞘が軽く鳴り、しっかりと収まった感触。初めて扱ったというのに、不思議とまるであるべきものがそこに戻ったような自然な感覚を覚えた。
『続いて勲章の授与となります』
入れ替わるようにエアグルーヴ副会長が勲章の載せられた板を差し出す。
会長はまず走るウマ娘の姿を模した、年度代表トロフィーと同じデザインのメダルを手に取った。
それは金属の上に色のついた陶材が焼き付けられていて、なるほど父なら朝飯前──というかそれで飯を食っている──だろうと思えた。
『まず年度代表ウマ娘記念章となります』
ルドルフ会長が私の左胸にそれを取り付ける。
続いて、会長はいくつものリボンが取り付けられた金属板を手に取った。
そのリボンはそれぞれ桜花賞、NHKマイル、安田記念、スプリンターズS、マイルCSの優勝レイと同じ色であり、本来は勲章本体のリボンのみをつける略章を翻案したものだろう。
司会の説明もおおよそそのとおりのもので、どうやら壇上のスクリーンにご丁寧にそれぞれの意味が解説されているようだ。
同じく私の胸元の略章が取り付くよう縫製された部分に金属板を差し込みながら、会長が私だけに聞こえるように囁く。
「おめでとう。ぜひとも皇帝超えを目指して、9冠と言わず
おいダイワメジャー!! 皇帝にSNSのアカウントバレてんぞ!!!
当然、この場でそんなことを叫ぶわけにもいかず、表情を強めに作って一礼した。
その後、事前に練習してきた短めの受賞スピーチを行い、受賞者全員で集合して記念撮影をして授賞式は幕を閉じた。
正直な話、もうここで帰って寝てしまいたいぐらいにはいっぱいいっぱいだったが、残念ながらそうは行かない。
そのまま職員に案内され受賞記念パーティに移動する。中等部の子供もいる──というか私たちもまだ中等部なのだが──ので遅くはならないのが救いだが、それでも1時間ほどは出席しなければならない。
「いいですか。難しいことは考えなくて結構。失礼のないようにだけ振る舞いなさい」
案内に従って移動しながら、トレーナーさんが私に囁く。
「約束も明言もしなくていい。困ったら“トレーナーを通してくれ”と言いなさい。それ以上は私の仕事です」
それは事前に言い含められていた、権威と権力に相対するための注意事項。
比較的内輪のこの場で社交の練習をしておきなさい、というのがトレーナーさんの指示だった。
会場を移して乾杯の挨拶があった後、立食パーティ形式の社交タイムとなった。
案の定、年度代表たる私のもとには色々な人が挨拶や様子見に来る。多くは他愛ない話とともに名刺をくれただけだった。
秋川理事長やたづなさんといった見知った顔の盛装姿は新鮮だったし、手元の樫本理子、佐岳メイ、ライトハロー、乙名史悦子といった様々な役職や立場で飾った名刺が年度代表の重みを感じさせる。
なかでも少し、あれ、となったのがこの2人だ。
1人はURA理事長。ハゲた恰幅のいい和装のおじさんだ。
「今年以降も君の活躍にはぜひ期待したいね。URAとしても、支援できることがあれば──」
ほらきた。これ、吉富ゼミで習ったとこだ。
「光栄です。その際はトレーナーを通していただければと存じます」
笑顔を貼り付けてそうやり過ごすと、相手も深入りせずに引いてくれた。
もう1人が、物腰柔らかな緑色のジャケットを着こなしたURA海外事業部所属だというウマ娘。
こんな事を言うと失礼かもしれないが、なんとなく警戒心を呼び起こさせる。
もう半分悪口だが裏でポニーちゃんを誑かしてそう。
「スピードシンボリだ。君の走りは国内だけに留めておくには惜しい。世界は、思っているより広いよ」
しかも、どうやら私の英国遠征計画を知っているらしい。
だというのに直接言ってこないというのがまた計算高い老獪さを嗅ぎ取ってしまう。
「そうですね。今はまだこの狭い日本すら制したわけではありませんから」
そう応えるとスピードシンボリさんは一瞬目を細めた。そして、私に助けになれることがあったらいつでも頼ってくれ、と言い残して離れていった。
その時は頼らせてもらいましょう。トレーナーさん経由で。
そうやってお偉いさんを捌き切った後、しばし休憩とばかりに料理を堪能する。
せっかくのパーティだしね、とばかりに寿司を補給しているとなんとなく周りの会話が耳に入ってしまう。
ちょうど私の隣で話していたのは、最優秀シニアのアドマイヤムーンさんとウオッカだった。
ウオッカの肩越しにアドマイヤムーンさんを横目で見る。
「やはり海外は奈瀬文乃トレーナーだな。君なら猿田トレーナーとも手が合うだろうが、今の日本で最も海外に精通している名トレーナーは彼女だろう」
「勉強になります! ……あれ、猿田トレーナーも去年メルボルンカップ勝ってましたよね?」
「あの人はほら、英語喋れなくてもノリで会話できる人だから。あとわりとケツとか叩いてくるから嫌だったら蹴っていいぞ。頑丈だから大丈夫だ」
関西のオッサンかよ。園田出身だし関西のオッサンだったわ。
それにしても、彼女はトレーナーを変えるつもりなのだろうか。ウオッカは意外とそのあたりクレバーなところがある。トレーナーさんを引退まで全部予約した私とは大違いだ。
……我ながら、重い女だろうか。いやまあこれくらい普通フツー。うん。
などと聞き耳をたてていると、後ろから話しかけられた。
「すみません、お食事中失礼します。少しだけお時間よろしいでしょうか」
慌てて振り返ると、そこにはウマ娘比で考えても整った顔立ちのパンツスーツ姿の女性トレーナーと
あわてて紙皿とお箸をテーブルへ置く。この人は確か、数年前にスティルインラブとトリプルティアラを達成したトレーナーだったはずだ。
「平留美雪と申します。本日は年度代表ウマ娘受賞おめでとうございます。こちら──」
そう落ち着いた聞き取りやすいアルトボイスで自らの教え子のレッツゴーキリシマと、トールポピーを紹介してくれた。もう1人のチャラい、もとい小関トレーナー──トールポピーやデュランダル担当──は合宿時に面識がある。
こちらも挨拶を交わす。が、トールポピーはともかくレッツゴーキリシマの方は半ば平留トレーナーに隠れるようにしていて、平留トレーナーに視線を向けられてピィ、と鳴きながらおずおずと出てくる始末だった。完全に耳がヘタっている。
「2人とも、良い走りだったと思います。……私は、出られませんでしたから」
自身が阪神JFには抽選漏れで出られなかったことを思いながら、私はそう返した。
するとレッツゴーキリシマは、あ、ありがとうございます……、と半ば涙目になって返事をする。よく見れば足もプルプルしているようだ。
「おいセミラミスよぉ、後輩イジメんなよ?」
彼女の反応に戸惑っていると、後ろからウオッカが私の肩に腕を乗せながら絡んでくる。
イジメてなんていませんが、と返すも盛大に溜息をつかれる。
「っはぁー……。お前さぁ、自分がG1を5勝で年度代表ってのを自覚しろよ? お前より勝ってる奴、もう3人しかいないんだぞ?」
たしかにそうかも知れないけど、と再びレッツゴーキリシマを見やると、わかりやすく彼女の肩が跳ねる。
確かに私よりG1を勝っているのは7勝組のシンボリルドルフ、テイエムオペラオー、ディープインパクトの3人をおいて他にない。
……私も“そっち側”か、と何処か他人事のように感じる。
「しかも、こいつの2着が誰か、いくら見に行ってないっつっても知らねぇとは言わせねぇぞ」
「誰ってそりゃレヨでしょう。それがなにか?」
そう答えるとウオッカは額に指を当てて天を仰ぎ、平留トレーナーは困ったように微笑み、トールポピーと小関トレーナーは、妹ちゃんかわいそー、と顔を見合わせる。
もしかして、よくもウチの妹を負かしてくれたな、とか言うと思われてた? それは流石に心外なんだけど。残念だとは思わないではないが、不正があったとかならともかく実力でしょう?
「──な、聞いたろ。こいつこんなんだからさ、あんま気にすんなよ」
「は、はいっ」
なんかこう、ウオッカに引き取られていい感じにまとめられてしまった。
どうも釈然としないが、まあよしとしよう。ずっと張り詰めていたのでもう気力が残っていないのだ。
なんやかんやしているうちにパーティのお開きが宣言され、トレセン組は学園へと戻るマイクロバスへとぞろぞろと移動を始めた。
慣れない環境、慣れない会話。正直走っているより疲れたかもしれない。早くお風呂に入って寝たい。
そう思っていると、背後から声をかけられた。
「ノルデンセミラミスさん」
振り返ると、そこに立っていたのはドレス姿のディープインパクト副会長だった。
「年度代表ウマ娘、おめでとうございます。実は一度話してみたかったんですけど、なかなか機会がなくて」
穏やかな声音でそう語る彼女は、レース中の獰猛な表情とは全く違う人懐こい雰囲気をまとっていた。
そういえば彼女は昨年の年度代表ウマ娘、しかも王道の中長距離路線とは毛色の違う短距離マイル路線からの受賞となれば興味を持たれても不思議ではない。
「今度、よかったらゆっくり話せませんか。少しだけでも」
正直、断る理由もない。
春の大目標である高松宮記念は3月末、まだまだ練習は本格化していないのだから。
「そこまで長くはお話できないかもしれませんが……」
「良かった、では今度お誘いいたしますね。あ、紅茶とコーヒーだったらどちらがお好き?」
どちらも嗜むというのが正直なところだが、私的にはそれを尋ねてくれるのがポイントが高かった。
「ふふ、とっておきを用意しておきますね。それじゃあまた改めて」
そう言って彼女はひらりと身を翻して去っていった。
なんというか、思っていたよりお堅い感じじゃなくて話しやすい人だったな。
こうして授賞式の夜は更けていった。
レース描写の濃さの好みは? *例によって聞くだけ聞きます。気軽に答えてください
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別にダイジェストでもいい
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マイルCSぐらいあっさりでもいい
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今ぐらいがいい
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安田記念ぐらいねっとり描写してほしい
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レンゲが立つくらいこってり