驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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009 北のセミラミスとトレーナー候補

 トレセン学園、チーム棟エリア。

 

 私は先日のノースフライトさんとの会話からすぐに3人のトレーナーさんに連絡を取り、一度お会いしたいとお願いしていた。

 今日はアルケスの明石椿トレーナーと会う約束をしており、待ち合わせの時間までまだまだ余裕があるといった時間だ。

 

 アルケスのチーム棟に向かう道すがら、ノースフライトさんから聞いた3人のトレーナーの情報を反芻する。

 

「基本的にはセミラミスちゃんが会ってどう思うかだから、参考までにね」

 

 彼女はそう前置きしてこう続けた。

 

「奈瀬菊代トレーナーはあの有名な奈瀬文乃トレーナーの妹さん。何度か会ったことがあるけど、王子様ってカンジのお姉さんと違って、背が高くてちょっとやんちゃなカンジ。中堅どころだけどG1トレーナーだよ」

「明石椿トレーナーはバクシンオーちゃんのトレーナーである明石梧郎トレーナーの娘さんだよ。お父さんのもとで長くサブトレーナーをやってて知識や観察眼は豊富だし、フランスへの留学経験もあるから海外挑戦でも頼りになるんじゃないかな。チームアルケス自体も短距離に強い名門だしね」

「吉富まつりトレーナーは……ごめん、よく知らないの。でも、トレーナー組合の会長をやってたり、他のトレーナーで結果が出なかったウマ娘を受け入れて勝たせたりしてるから悪い人じゃないはずだよ。勝たせたG1も短距離からマイル、2000mまでだからセミラミスちゃんと合うんじゃないかな」

 

 彼女曰く、どのトレーナーと契約することになっても許可さえ取れればトレーニングに付き合ってあげる、という。

 どうして私なんかにここまで良くしてくれるのかはわからないが、ありがたくお願いしておいた。

 

 実際、昨日は奈瀬菊代トレーナーとお会いしてきたが、確かにノースフライトさんの言った通りの人だった。

 170cm代後半はあろうかというひょろっと背の高い女性で、確かに奈瀬文乃トレーナーの妹さんなのだろうなという整った顔をしていた。

 確かに実績は十分で、悪い人では無いのだろうがどうにもチャラいというか陽キャの雰囲気を感じる。私の妹とだったら波長が合うのかもしれない。

 熱心にトレーニングについても話してくれたし、それは私にもわかりやすく真っ当なものだったがどうにも琴線に響かず保留とさせてもらった。

 

 そんな事を考えていると、教えてもらったアルケスのトレーナー棟にたどり着いた。

 ちょうどその前で掃き掃除をしているジャージ姿の初老の男性がいたのでご挨拶がてら声をかけてみる。

 

「こんにちは。あの、お忙しいところすみません。本日、明石椿トレーナーとお約束していたノルデンセミラミスと申します」

 

 そう話しかけると、男性は驚いたようにこちらを見て目元に手をやってからこちらに挨拶を返してくれた。

 

「ああ、これはご丁寧に、こんにちは。貴女がノルデンセミラミスさんですか。椿から話は聞いております。まだ帰っておりませんがどうぞ中でお待ち下さい」

 

 そう言って扉を開けていただけたので、遠慮なくお邪魔することにした。

 一歩玄関から入ると、和風の内装が目に入る。

 入口のハンガーにはトレーナーバッジのついた品の良いジャケットが掛けられていた。胸ポケットにトレードマークのフチつき眼鏡が刺さっているあたり、梧郎トレーナーのものだろう。

 靴を脱いで脇に揃え、来客用のスリッパを履いて奥へと進むと奥から1人のウマ娘が顔を出した。

 

「いらっしゃい、セミラミスちゃん。どうぞ入って入って」

 

 サクラローレルさん。珍しい栃栗毛をショートボブにしたウマ娘。天皇賞・春や有馬記念を制したステイヤーとして知られる。

 寮が同じなため何度かご挨拶をしたことはあったが面識はその程度だ。

 

 彼女は私を小部屋に通して席を勧めると、飲み物はコーヒーでいいかと尋ねた。

 曰く、最近カフェちゃんに習ってコーヒーに凝ってるんだ、とのことらしい。

 カフェとつくウマ娘は結構な数居るが……おそらくマンハッタンカフェさんのことか。

 兄部トレーナーとフランス凱旋門賞へと遠征した際、チームアルケスとチームを組んだと聞いている。その際の縁だろう。

 

 そうしてコーヒーを頂きながらサクラローレルさんと雑談に興じる。

 私が緊張しているのを察したのか、彼女が椿トレーナーと組んでいた時のことを色々と教えてくださった。

 

「椿さんったら、今じゃバッチリ決めてますけど昔はおっちょこちょいで怪我してばっかりだったんですよ」

 

 そう彼女は昔を懐かしむように笑う。

 正直、どう反応したものか。というかこれからスカウトしようとしている娘の前で昔の頼りない姿を暴露するのはやめてあげてほしい。

 親しみを感じてほしいとか私の緊張を解したいという意図なら正解かもしれないが……。

 

 そうこうしているうちに、外から誰か慌てて入ってくる音がした。

 椿トレーナーかな、と思っていると、どんがらがっしゃーんという派手な音とともに悲鳴が上がる。

 思わずサクラローレルさんと顔を見あわせた。

 

 しばらくすると、扉が開いてネクタイとジャケットでビシっとキメた黒髪の女性が入ってきた。

 

「どうもおまたせして申し訳ありません。あらためまして、明石椿です。ノルデンセミラミスさん、どうぞよろしくお願いします」

 

 ただ、おデコが真っ赤になっていなければ完璧なキャリアウーマンだと言っても通じただろうことが残念だった。

 だがその眼差しは真剣だ。私も気持ちを切り替えて居住まいを正す。

 

「ではまずノスデンセミラミスさん、貴女にお伺いしたいことがあります」

 

 そらきた。なんでもこい。

 

「貴女の目標を、お聞かせ願えますか?」

 

 瞬間、原初の光景が脳裏にフラッシュバックする──

 

『──外を通ってサクラバクシンオー、サクラバクシンオーがここで先頭に立った! バクシンオーが先頭に立った! バクシンオーが先頭に立った!』

『さあ、これが最後の愛のムチ! これが最後の愛のムチ! 引退レース、バクシンオーが先頭でゴール!』

 

 ──そんなものは決まっている。あの時、12月のスプリンターズステークス以来、私の目標はただ1人だ。

 

 絞り出すように答えたそれに、椿トレーナーは我が意を得たりといった様子で大きく頷いた。

 

「なるほど、では超えましょう。彼女が拓いた道の、更にその先へ。一緒に往きましょう」

 

 そう、超えるんだ。バクシンオーさんを。私はたしかにそう宣言したはずだ。

 でもどうしてだろう。脚から下が消え去ってしまったような、嫌な浮遊感を覚えた気がして仕方がない。

 

「ただの模倣ではなく、“第二のサクラバクシンオー”ではなく、“ノルデンセミラミス”として──」

 

 “ノルデンセミラミス”として。……いつかは、そうなれればいいとは思っている。

 だけど、不思議と自分事だとは思えない。どこか遠い誰かの話みたいだ。

 

「──模倣ではいずれ限界が来ます。同じ道を通っては、同じところで終わってしまう。もっと先を見に行きましょう」

 

 心臓を、見えない手で掴まれたような気がした。なぜかはわからないが、息が苦しい。

 模倣? 誰が? 何を? 頭にもやがかかったように言葉の意味が理解できない。

 

「──海外に目を向けてもいいでしょう。香港、欧州、豪州。あの頃は夢にも思わなかった舞台が、貴女を待っています」

 

 海外、確かにバクシンオーさんの頃はそんな時代じゃなかった。

 バクシンオーさんを超えるなら必要だろう。……超えるなら? 超えられるのか? 私なんかに? 

 

「誰かではなく、貴女自身の物語をともに紡ぎませんか」

 

 私自身、……私自身? 体から血の気が引いて、自分が自分でなくなって崩れ落ちそうになる。

 …………いけない! ……そう、無様をさらすわけにはいかない。バクシンオーさんなら、そんなことはしない! 

 

 私の返事を待っている椿トレーナーに、努めてにこやかな笑顔を作って向ける。

 

「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございました」

 

 ここできちんと腰を折って一礼。

 椿トレーナーもサクラローレルさんも特に何も言わないが、私ももういっぱいいっぱいだ。

 

「熱烈なお誘いありがとうございます。考えを整理したいので、また後日連絡させてください」

 

 そのまま立ち上がって再度一礼し、出口へと向かう。

 慌てて立ち上がって会釈を返す椿トレーナーに再度会釈をして、アルケスのチーム棟を辞去した。

 それからどこをどうやって自室に帰ってきたのかまったく覚えていない。

 気がついたら私は着替えもせずにベッドに倒れ伏していて、あたりはもう暗くなってしまっていた。




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