驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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089 若き春秋マイル女王と生徒会

「──なるほど、災難でしたね」

 

 アダフェラ、チームルーム、キッチンスペース。

 トレーナーさん謹製のホットワインを味わいながら掻い摘んで事のあらましを話した私に、彼女はそうしみじみ答えた。

 

「ルドルフも、焦りがあったのでしょうね。彼女らしくもない」

 

 焦らなければならなくなったのは、完全に彼女の自業自得なのですが。そうばっさりと切り捨て、湯気越しに私を見やる。

 

「少し強い言葉を使うなら、貴女は急進的(ラディカル)厳格(ストイック)な自由主義者ですから」

 

 ……なんかヤバい奴って思われてます? 

 そんな意味を込めた視線を返すも、どこ吹く風と言った様子で彼女は続ける。

 

「他人の自由を最大限尊重する代わりに、自分の自由には干渉を許さない質でしょう?」

 

 ……確かに、私の理想は、私の走りは、私だけのものだ。

 もしそれを侵そうというなら誰であっても……うん、そうかもしれない。

 

「さあ、何があったか最初から詳しく教えてくださいますか」

 

 まだまだおかわりもありますからね、と微笑む彼女に、私は事の始めから再び語り始めた。

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 事の始まりは寮の自室にメッセージカードが届いたことだった。

 上品な文字で招待の内容が書かれた箔押しのそれには、末尾にディープインパクト、と自筆の署名があった。

 さすが良いところのお嬢様はやることが違うなぁ、と思いながら私はカードを引き出しにしまい込む。そして同室のウマ娘に、ちょっと出てくる、と一声だけかけて部屋を出た。

 

 思えば、会場が生徒会室だったことをもう少し怪しめばよかったのかもしれない。

 だが誘い方はあくまで個人的なお誘いという感じだったし、署名に役職がついていなかったので油断したのだ。

 

 

 学園、生徒会室前。

 生徒会室の重厚な木の扉をノックして待つことしばし。ドアを開けたのは予想に反しシンボリルドルフ──生徒会長さんだった。

 

「やあ、来てくれてありがとう。急に呼び立ててすまないね」

 

 ……貴方に呼ばれた覚えはありませんが。

 奥の応接室に座っていたディープインパクトさんは少し困ったような顔をしてこちらに視線を向けている。

 それを見て、回れ右をしようかと右脚に移していた重心をすんでのところで戻す。

 

「……いえ。ディープインパクトさんにお誘いいただいたので」

 

 あくまでディープインパクト先輩の私的な誘いのつもりできた、という意味を込めたがどこまで通じたやら。

 心の中のDEFCON(デフコン)を一段引き上げながら、一礼して室内へと足を踏み入れた。

 

 さあどうぞ、とクッションの置かれた3人がけソファの奥を勧められる。

 しかし私はあえてその席次を無視して、にこやかな表情を作ったまま手前に座っていたディープインパクト先輩の正面に腰掛けた。

 

「すみません。落ち着ける場所でお話を、と思っていたのですが……」

「はは、すまないね。どうにも私がいると、場が固くなってしまうようだ。Take It Easy. 気楽に行こうじゃないか」

 

 ディープインパクトさんの様子からして、この状況は彼女の本意ではないのかもしれない。だが、良い警官と悪い警官(マットとジェフ)戦術の可能性もある。油断はできない。

 もしかしたらトレーナーさんの目の届かないところで何らかの約束や言質をとろうという策略かもしれないからだ。

 

「でも……せっかくですし、少しだけでもお話しできれば」

 

 ……トレーナーさんは、最悪の場合は逃げてきても構わないとおっしゃった。今回は相手もウマ娘だが……七冠の皇帝だろうと日本近代ウマ娘の極地だろうと、1マイルまでなら私のほうが速い。

 まあ、まだそれは早いだろう。まだ。

 

「……私が──」

「ホスト役は座っていろ」

 

 そこへティーセットを運んできたのはエアグルーヴ副会長。

 腰を浮かしかけたディープインパクト副会長を制してカップとソーサーを配膳する。生徒会三役揃い踏みか……何が目的だ? 

 

 そんな警戒をよそに、ディープインパクト副会長の口から出てくるのはレースの話題ばかりだった。

 これから指導ウマ娘に転向するという彼女から尋ねられたのは、短距離マイルで前方脚質という私の走りへの興味。確かに、後方脚質かつ中長距離を主戦場とする彼女からすれば未知の領域だろう。

 

「短距離、というのはどんなものなのでしょうか。私にはその才能はなかったようなので……」

「私からすれば、よくそれだけの間持つな、といいますか。苦行に近いものがあるのですが……」

 

 とまあこのように噛み合わないのだが、噛み合わないなりに今まで思いもしなかった視点からの話が聞けて面白かった。

 何より、あの冷静そうでお嬢様然とした風貌で興が乗ると擬音語や身振りがポンポン出てくる感覚派だというのは、なかなか知る人も少ないのではないだろうか。

 

「あの時ですか? 走っている間は確かに自由だったんですけど、私の走りが“()()”として消費されているような気がして、少し息苦しかったですね……」

 

 ちょっと踏み込んで、一昨年の引退前の心境なんかも聞いてしまった。失礼かとも思ったが、意外にもそう教えてくれた。

 やっぱり、彼女もあのURAの持ち上げ方には辟易していたらしい。

 

「なるほど……距離も脚質も違うが、どちらも自分の走りを持っている、という点では同じだな」

 

 横から口を挟んできた生徒会長の一言で現実に戻る。

 そう、呑気におしゃべりを楽しんでいる場合ではなかったのだ。ここは敵地、気を引き締めなければ。

 

 

「そういえば、ノルデンセミラミスはサクラバクシンオーに憧れているそうだね」

 

 会長は、前に乙名史記者の記事を読ませてもらったよ、という。

 そして、私もかつてトウカイテイオーというウマ娘に同じように宣言されたことがある、と続けた。

 

 ドキリ、と心臓が跳ねる。

 

「……今思えば、私に憧れたこと自体が、彼女を縛ってしまったのかもしれない」

 

 ……やめろ。それ以上は。

 私の、私だけの憧れに触るな。

 

「だからこそ、“憧れを超える”という物語は、もっと丁寧に扱うべきだと思っている」

 

 瞬間、喉がカッと熱を帯び、背後で白磁が音を立てた。

 

 私の誓いを、“()()”として消費(つか)う気かシンボリルドルフッ!! 

 

 

⏰️ ⏰️ ⏰️

 

 

 ──正直、その後どうやってこの部屋にやってきたのかはよく覚えていない。

 少なくとも物を蹴ったりはしていないのと、自室ではなくトレーナーさんの下へ押しかけるだけの理性は残っていたことは確かだった。

 

「なるほど、よくわかりました」

 

 トレーナーさんはホットワインのおかわりを注いでくださりながら、そう締めくくった。

 

「まず、席を立った判断自体は間違っていません」

 

 トレーナーさんは額に指を当ててしばし考えた後に続けた。

 

「ルドルフは、自分が何を言ったかではなく、どこで誰として言ったかで評価されるというのを失念していましたね」

 

 後悔もあるのかもしれませんが、それをセミラミスに言うのは独善というものです。と、彼女は結んだ。

 

 つまり、権威を振りかざされたと感じた私の受け取り方は必ずしも的外れではなかった、ということだろうか。

 そう口にすると、トレーナーさんは軽く首を振った。

 

「全部、私の想像ですよ。ただ……状況としては、そう見えても不思議ではありません」

 

 ワインの熱が、ようやく喉を下りていく。

 

「貴女は、夢を語られることではなく、管理されることを拒絶する。あるいは、理想を共有された瞬間にそれが自分のものではなくなる、そう感じる質でしょう」

 

 それは、そうかもしれない。

 

「ただし、その反応は正しいですが強すぎる。一定、外聞は考えたほうが良い」

 

 でも、あの時はそれ以外のやり方が思いつかなかった。

 

「とはいえ、あの場で黙って耐えられる人間が必ずしも正しいわけではありません。貴女は自分の走りと理想を守った。それだけの話です」

 

 それでも、次があればもう少し上手くやったほうがいいだろう。

 ……どうすれば良いのかは想像もつかないけど。

 

「……はい。気をつけます」

「それで結構ですよ。あとはこちらで園部トレーナー経由で連絡しておきますので、一旦この件は任せてください」

 

 そう言って彼女は、これでこの話は終わり、とでも言うようにテーブルに手をついた。

 私もすっかりぬるくなったホットワインをすすり、ふと気になったことを尋ねる。

 

「そういえば、先程おっしゃった、ルドルフも焦りがあった、というのはどういう意味ですか?」

「言葉通りの意味です」

 

 そう問うと、トレーナーさんは少し考えてから答えた。

 

「一言で言えば、現生徒会体制がもう限界に近い、ということです」

 

 それは私には思いも寄らない話だった。

 

「今の生徒会は、圧倒的な実績、絶対的なカリスマ、現場を回せる実務能力。その3つを1人で同時に担う前提で出来上がっています」

 

 ……あり得ない。伝説(レジェンド)を前提とした組織など。

 

「普通は違います。本来はその時代で一番の実力者をトップに据えて、業務量を一般のウマ娘でも回る規模に抑える。それで十分に機能するはずなんです」

 

 では、なぜそうなっていないのか。

 

「シンボリルドルフが、“すべてのウマ娘の幸福”という理想を掲げたからです」

 

 できる訳がない。そんなものは共産主義と変わらない夢想でしかない。

 そんな不可能を可能にしようと思えば、際限なく官僚機構を肥大化させるしか無い。ソビエト連邦のように。

 

「理想そのものは立派です。ただ、彼女はそれを実現するために生徒会の権限と業務を広げすぎた」

 

 そう、不可能な理想は必ずひずみを生む。

 その歪みはいずれ無視できなくなり、そして──崩壊する。

 

「結果として、後継者には彼女と同等の実績とカリスマ、さらに実務能力まで求められる構造になった」

「……そんなの、居るわけがない」

 

 思わず口に出る。

 

「そう。だから今まで、政権交代の機会は何度もありましたが全て見送られてきました」

 

 せめて前の三冠ウマ娘(ナリタブライアン)が居てくれているうちに渡せていたら……いえ、今更ですね。

 トレーナーさんはそこで一度言葉を切った。

 

「……理想を諦められなかったんですよ。ルドルフも、エアグルーヴも」

 

 自分たちが作った“理想の生徒会”を。

 

「そこに現れたのが、王道の中長距離で圧倒的な実績とカリスマを持つディープインパクト。そして、王道から外れながら実務家になり得る資質を持った貴女です」

 

 だから、焦った。

 

「この機会を逃したら、もう次はない。そう思ったのでしょう」

 

 トレーナーさんは、淡々と締めくくった。

 

「結果はご覧のとおりです。焦りというのはたいてい、自分で作った問題が原因なのですよ」

 

 その焦りは老いた独裁者の末路、ということだろうか。

 なるほど。事情は理解した。でも──

 

「それは、私の感知するところではありません」

 

 私の返答に、トレーナーさんは少しだけ肩をすくめて苦笑した。

 

「そうですね。その点ほら、私もトレーナー会の会長ですけど、私なんて園部トレーナーからの中継ぎですからね。最初から5年やったら次は文乃だって決まってるから気楽なもんですよ」

 

 冗談めかして言っているが、決して気楽な役職ではないだろうに。

 ……私はやっぱり役職とか無理だな。

 

「ま、自らの独善で他人を測ることは、悲劇のもとですよ」

 

 教訓めかしてそう言ってから、少しだけ言葉を選ぶように続けた。

 

「……といっても、一度やらかさないと本当に理解はできないものですが」

 

 確かにシンボリルドルフとあろう人ですらそうだった。あるいは皇帝、王というのは人心がわからない、ということだろうか。

 そんな感想を抱いて、チーム室を辞した私はすっかり暗くなった学園を寮へと急いだ。

 

 


 

 

「あ、おかえりー。遅かったね」

 

 自室のドアを開けると、出迎えてくれたのは妹レヨネット。

 一人部屋に転出したメジャーさんに代わり、同じく同室の先輩がいなくなったレヨが新たに同室となっていた。

 

 彼女は今日あったことを、担当の奈瀬菊代トレーナーがどうの、同じくダービーを目指すディープスカイがどうのと嬉しそうに報告してくれる。

 レヨネットに合う指導者にも、良きライバルにも恵まれているようで何よりだ。素晴らしい環境というほかない。

 

「そう、良い人たちに恵まれたね。……お風呂が混む前に早めに入っちゃおうか」

 

 これでいい。同じ競技者なのだから、必要以上に馴れ合うべきではない。

 

「……うん! それでね──」

 

 まあ完璧ではないかもしれないがレヨにとって良い姉では居られているだろう。

 ああ、今日は色々あって疲れてしまった。




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カイチョーすまん。だがこの役は皇帝にしか務まらんのだ。許せ。

レース描写の濃さの好みは? *例によって聞くだけ聞きます。気軽に答えてください

  • 別にダイジェストでもいい
  • マイルCSぐらいあっさりでもいい
  • 今ぐらいがいい
  • 安田記念ぐらいねっとり描写してほしい
  • レンゲが立つくらいこってり
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