驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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090 若き春秋マイル女王と3月5日

 3月5日。

 この日はカフェさんの誕生日であり、私はそれを祝うために旧理科準備室を訪れていた。

 旧理科準備室は相変わらず幻想的な雰囲気をたたえている。

 

「カフェさん、お誕生日おめでとうございます」

「……ありがとう、ございます。ブルーメタルの、猫の……キーホルダー、ですね。……大事にします」

 

 表情の変化は大きくないが、確かに微笑みが返ってくる。

 自慢ではないが一から磨き上げた一品である。

 喜んでもらえたなら、三が日に頑張った甲斐があるというものだ。

 

「セミラミスさんこそ、先日の……阪急杯、優勝おめでとうございます」

「ありがとうございます」

 

 とはいっても休み明けの叩きだ。深く考えるほどでもない。

 15番という外枠、通称ピンクパンツを引いてしまったが、それは特に問題ではなかった。

 

 いつも通りスタートを決め、コーナーまでに外目5番手の位置につける。

 展開は3番の同期ローレルゲレイロが逃げる形、2番人気4番スズカフェニックスは私の後ろ。

 ペースは速くもなく遅くもなく。前は止まりそうにないので早めに位置を上げる。

 4コーナー半ばで加速を開始、並走していた内側芦毛の留学生ローブデコルテを置き去りにしてローレルゲレイロを追い、直線半ばでそれを捉えた。

 並びかけてからは叩き合い。彼女も粘ったが力の差は歴然としている。突き放して1バ身ほど離して決勝線を超えた。

 

 2着はローレルゲレイロ、3着はバ群を割って伸びてきたスズカフェニックスがハナ差で入ってきた。

 

 繰り返すようだが本番は高松宮記念。その練習としては特に問題はなかった。

 

 

「カフェさん! お誕生日おめでとうございます!」

 

 そうカフェさんの胸に飛び込んでいったのは赤みがかった鹿毛にヘッドドレスのウマ娘。

 

「……セミラミスさん、ご紹介します。レッドディザイアさんです」

「セミラミスさん……? えっ、あの?」

「……ええ」

 

 どのかは知らないが、セミラミスだ。

 どうやらレッドディザイアさんはカフェさんを慕う後輩で、今年デビューを目指すらしい。

 ティアラ路線だというから、もしかしたら一緒に走ることもあるかもしれない。

 だったらどうだという話ではあるが、覚えておこう。

 

「嗚呼、貴女は“外”にいる。だから(ことわり)すら貴女を阻むことは(あた)わない……ふふふふふっ♪」

 

 そうよくわからないことを呟いて彼女は手を組んで微笑む。

 上目遣いのカフェさんに似た満月のような瞳。完全に言動は狂信者か預言者気取りのそれ。

 別の意味で忘れられない出会いであった。

 

 

 そうして、何故か主賓のはずなのに来訪者にコーヒーを用意して回っているカフェさんを横目で眺めながら、私は同じくお祝いに来ていたビリーヴさんとガールズトークに興じていた。

 

「これは、失礼……チタンですね。しかも中空……鋳造ですか? この色はどうやって……」

「はい、ロストワックス法です。差圧を強めに掛けて少なめの湯を飛ばしてやるとこうなります。色付けは陽極酸化ですね」

「なるほど……、あ、構造色なんですね。良い仕事だ……」

 

 ……誰がなんと言おうと女の子2人なのだからガールズトークだ。

 トレセン学園では、こうやって趣味の合う気のおけない話し相手は貴重なのだ。まあこういった手仕事は一般的な趣味ではないのはわかっているが。

 

 試作品でよろしければ差し上げますよ、ではまた釣り合う仕事で返させてもらいます、といったやり取りをしていると、聞き捨てならない人名が耳に入り、反射的に振り向いた。

 

 

「──あ、申し遅れました、生徒会庶務の者です。ルドルフ会長とディープ副会長に代わりまして……ヒィッ」

 

 振り向くと、名前も知らないウマ娘が私と目を合わせて短い悲鳴を上げた。

 ……失礼な。

 そう憮然としながら彼女を眺めていると、どんどん色を失って呂律が回らなくなってゆく。……私を何だと思っているんだ。

 

「おやおやおやセミラミスくぅん、あのルドルフ会長を怒鳴りつけたというのは本当だったのかぁい?」

 

 そこへ乱入して馴れ馴れしく肩を組んできたのはアグネスタキオン。

 この旧理科準備室をカフェさんと二分している、マッドサイエンティストの不審ウマ娘だ。

 

 ……その口ぶりと庶務だというウマ娘の反応を見るに、生徒会室での最後のあれは口に出ていたようだ。

 それにしても、どうしてこんなに馴れ馴れしいのだろうか。肩に回された手を振り払う。

 

「やめてください、アグネスタキオン」

「どうしてくれるんだいカッフェ~、君たち番犬があること無いこと吹き込むから嫌われてしまったじゃないか」

「セミラミスさんが嫌がっているのに触るからです」

「アナタの普段の行いのせいでしょう。出禁です」

「えぇ~」

 

 情けない声をあげて、ダボダボの危機意識ゼロの白衣の袖を目元に当てながらすごすごと自分のスペースに引き上げていくアグネスタキオン。

 どうしてあんな危険人物が野放しになっている上に、実験場所まで与えられているのだろうか。

 ……確か生徒会が関わっていると聞いた覚えがあるな。おのれ生徒会め。

 

 

 それにしても、なぜあんな他人に無断で投薬して光らせているような狂人のことをスカーレットは慕っているのだろうか。

 

 スカーレットといえば、彼女は先月、フェブラリーステークスに向けた練習中に怪我をして出走を取りやめたという。

 私が驚いたのは、次に会った時の彼女の痛々しい眼帯姿だった。

 ウッドチップの破片が目に直撃したのだというそれは、幸い視力に後遺症は残らないということで安堵した。

 だが、フェブラリーステークスを前提に組まれていたドバイ遠征は中止となり、ドバイへはウオッカ単独で向かうこととなった。

 さぞや落ち込むなり、気のおけない相手に当たり散らすだろうと思っていたが、意外にも彼女は平静だった。むしろ闘志を静かに燃やしているような気配すらあった。

 おそらく次の激突はヴィクトリアマイル。奇しくもドバイ帰りのウオッカも含めて桜花賞のメンバーが再び揃う事になりそうだ。

 

 

 桜花賞のメンバーといえば忘れてはいけないのがマーチャンだ。

 スプリンターズステークスの後はスワンステークス、シルクロードステークスと2桁着順に敗北し、どうにも調子を落としているようだった。

 どうにもストレスやフラストレーションを溜めている様子だったが、特にローテの変更は聞いていないのでこのまま高松宮記念に出てくるのだろう。

 この時期雨が振りやすい中京レース場では、重バ場に強い彼女が最大の脅威だ。

 年末に聞いた限りでは、その後私と同じくグローバルスプリントチャレンジの英国ステージへと遠征を予定しているという。

 そのローテーションであれば私と同じようにヴィクトリアマイルを使う公算も大きく、久しぶりにあの時の4人が東京1600mでぶつかることになりそうだった。

 

 ふと気がつくと会はお開きになりつつあるようで、旧理科準備室に人影はまばらとなっていた。

 私も慌ててカフェさんに長居を詫び、部屋を辞する。

 

 


 

 

 この時には、すでに兆しはあったのだと私はあとになってから知った。

 

 もし、もう少し気にかけていたら。あるいは、あのとき足を運んでいたら。

 

 何かが変わったかどうかは分からない。

 ただ、そうしなかった自分を私はあとから何度も思い返すことになる。

 

 

 




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  • マイルCSぐらいあっさりでもいい
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