驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
「チームアルケス、
チームアダフェラ、チームルーム、ミーティングスペース。
シニア級から陣営に新たなトレーナーが加入した。
といっても知らない仲ではない。彼女はバクシンオーさんのトレーナーである明石梧郎トレーナーの娘さんにして、夏合宿やそれ以降でも折に触れて関わっていた間柄だ。
彼女が私のサブトレーナーとして陣営に加わったのは、来るべき海外遠征に備えてのことだった。
フランス留学経験もあり海外経験豊富な彼女の知見はきっと力となってくれるだろう。
今年初めの、椿トレーナーが正式にサブトレーナーとして加入したミーティング。
その場にて本年の目標を私は宣言した。
「本年、シニア級1年目の目標はグローバルスプリントチャレンジの優勝としたく思います」
グローバルスプリントチャレンジ。
豪州、英国、日本、香港の4つの国と地域で行われる全8競争で施行される国際スプリントシリーズ。
優勝10点、2着5点、3着4点……というようにポイントが付与され、所属地域以外のアウェー競争ではポイントが2倍となる。
3か国以上のレースに出走し、総合42点以上の最高ポイントを獲得したウマ娘がシリーズ優勝となる。
「ええ、椿さんの加入はこのためですからね」
「はい! お任せください!」
トレーナーさんと椿トレーナーの言う通り、この宣言は昨年から折に触れて言っていた内容の確認に過ぎない。
椿トレーナーがこの場にいることこそがその証であり、今日はお2人にローテーションのたたき台を作成してもらっていた。
なにせグローバルスプリントチャレンジだけで8戦もある。どれを走り、どれを走らないのか他のレースと合わせて取捨選択しなければならない。
「先に椿さんからお願いしましょうか」
「はい! 私の案は海外短距離特化です!」
椿トレーナーの案は次の通りだ。
春シーズンの始動はいきなり豪ライトニングステークス。
帰国後は3月末の高松宮記念を走った後に英国遠征準備に入る。
その後は渡英し6月ロイヤルアスコットミーティングのキングズスタンドステークス、ゴールデンジュビリーステークスへ。
そのまま7月のジュライカップを連戦して帰国、夏合宿へ。
日本ではセントウルステークス経由でスプリンターズステークスを連覇。
秋シーズン後半は11月の豪パナティックファームクラシックへ出走。
帰国せず12月の香港スプリントをはしごして終了である。
「年始から年末まで世界を飛び回るローテーションですね」
「グローバルスプリントチャレンジ完全制覇ルート、合計最大140ポイントです!」
歴代60ポイントに届いた者すらいないのにオーバーキルにも程がある。
トレーナーさんが英国でのローテについて問うた。
「英国のアスコット2戦は中3日だったかと思いますが、両方出走ですか?」
「はい、あっちだと両方出る陣営も普通なので。追い切り代わりに使ってもいいかなと」
本番コースに有力ウマ娘と随分豪華な追い切りがあったものだ。
でも、洋芝への適応と考えれば悪くない。
香港や豪州は芝質が日本の野芝に近い。洋芝の本格的な練習ができるのは渡英後となるのだから、その案は合理的だろう。
「次は私の案ですね。椿さんとの大きな違いは豪州ラウンドを切ったところでしょうか」
春シーズンは阪急杯始動で高松宮記念へ、そこから遠征準備に入るのは同様だった。
6月からも同じく英国遠征になっているが、この案ではキングズスタンドステークスとゴールデンジュビリーステークスが択一となっている。
ジュライカップへの英国内転戦は変わらず。
帰国後の秋シーズン前半も変化なし。セントウルステークスとスプリンターズステークスを連戦。
異なるのは秋シーズン後半、豪州に遠征せず国内でマイルCS連覇に挑み、その後香港遠征という流れだった
「豪州ラウンドはやめて、国内戦をそのかわりに入れたローテーションですね」
「マイルCSから香港が少々タイトですが、距離短縮ですし問題は少ないと判断しています。せっかくですので連覇も狙いましょう」
せっかくなら、とはとんだ言い草だが心情としてはその通りだ。
マイルG1は私にとって重要度が1つ落ちる。そしてそれは2人とも把握している。
でなければ2案とも連覇のかかる安田記念を切ったりはしない。
「よろしいですか。豪州ラウンドを切ったのは遠征回数を嫌ってですか? セミラミスさんがより勝ちやすいのは豪州かと思いますが」
「ええ、特にライトニングステークスは時期が良くない。芝質と時差の観点では有利ですが、日本と季節が逆なのと1度に1つしか戦えないのが初戦としてはネックと判断しました」
トレーナーさんの言うこともわかる。特に2月のライトニングステークスには時間がなさすぎた。
……さて、トレーナーさんたちの案を踏まえて、どう走るかは他ならない私自身が決断しなければならない。
といっても、私もローテーションは考えてきた。ドバイゴールデンシャヒーンやBCスプリントなど米国遠征というのも考慮した上で、今この2人が提案してくれたローテがほぼベストであることは理解している。
そのうえで、少しだけ我儘を通させてほしい。
「基本的にはトレーナーさんの案としますが2点だけ」
お2人は、でしょうね、といった風に頷く。
「1つは、秋のローテは状況によって再検討の余地があります」
万が一英国で勝ちきれなかった場合、椿トレーナーの案のように豪州ラウンドを拾わなければならないかもしれないからだ。
するとトレーナーさんは1つ頷き、椿トレーナーの片眉が、ふうん、というように上がり、この
どういう意味だろうか。まあいい、本題はこちらだ。
「もう1つは、春シーズンの遠征前に──ヴィクトリアマイルへ向かいます」
確かに多少間隔はタイトかもしれない。
だがウオッカとの再戦、これだけは理屈ではない。譲るわけにはいかないのだ。
──意識が引き戻される。
トレセン学園、プレスルーム。
詰めかけた記者やカメラマンでざわめく会場では3月末に期日も迫った高松宮記念の出走者合同記者会見が行われていた。
司会の進行のもと、出走者の挨拶、体調、意気込み、馬場や枠順といった定番質問。
さすがに6回目ともなると流れにも慣れてくる。外面は繕っているのだから、意識が少々お留守になるぐらいは勘弁してほしい。
「現在の仕上がりについてはいかがでしょうか?」
「週末のバ場状態についてはどう見ていますか?」
「今年も人気を集めそうですが、プレッシャーはありますか?」
こういった具合だ。さすがにテンプレが過ぎないだろうか。
そうやって定番の質問をさばいていると、ようやく意味のある質問が出てくる。
……が、それはそれで今この場で聞くべきかと疑問を覚えざるを得ない。
司会の職員さんをチラ見して──ああ、答えてやれと。ならいいですが。
「スプリントとマイルの両方で結果を出していますが、ご自身ではどちらを主戦場と考えていますか?」
「基本的にはスプリンターであると思っております。条件が合えばマイルも走りますが」
実際、高松宮記念の次がヴィクトリアマイルの予定であることは既に発表済みだ。
トレーナーさんからは脚のコンディションによってはキングズスタンドSをスキップすると言われたが、それでも構わないとローテに入れてもらった。
当初のウオッカに加えてスカーレットも走る、昨年の桜花賞メンバーの再演となる見込みだからだ。
──なにか引っかかるものを覚えたが、その正体は判然とせず意識を次の質問に移す。
「ここまでの実績を踏まえて、今後の目標についてはどう考えていますか?」
「一戦一戦、目の前のレースを大切にしています」
走る前から今後の心配とは気が早いことだった。
確かに私は勝つつもりでこの場に立っている。だが、外野がそれを当然というのはあまり気に食わない。
そして、次の質問には思わず少しだけ眉をひそめた。
「セミラミスさんは、サクラバクシンオー以来の世界にも通用するスプリンターではないかという評価もあります。ご自身ではどう受け止めていますか?」
「光栄な評価だとは思います。ですが、私は目の前のレースを走るだけです」
──世界、か。
とある評論家は、サクラバクシンオーを指して「6ハロンなら当時世界最強だったかもしれない」と語った。
あるトレーナーは「たぶん、あのとき世界中を探してもバクシンオー以上のスプリンターはいなかっただろう」と述べた。
かもしれない。
たぶん。
だろう。
──そんな修飾語はいらない。
あの人のスピードは、あの時世界に届いていた。
だからこそ示そう。近代レース発祥の地英国アスコットで、短距離の凱旋門こと香港は
世界を、征してみせよう。
それこそが、あの日の憧れを超えることとなるのだから。