驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
【高松宮記念】王者セミラミス、盤石 敵は外枠と自分自身
荒れる春スプリント それでも主役はセミラミス
完成形の先へ──セミラミス、高松宮記念で何を見せるか
中京レース場、重賞用控室。
相変わらずマスメディアは好き勝手書き連ねているが、別に走るのに関わる内容ではない。
実際、初めて訪れる中京の地であったが、特に不安は感じていない。
「とはいっても、中京の小回りなカーブなんかはどうなの?」
椿トレーナーがそう問うてくる。
中京レース場の特徴として、カーブが急で小回りコースであることがあげられる。
中京レース場は他に比べてそれが顕著だという。
だが、学園の練習コースで走った感触は他のレース場とそうそうやることは変わらないというのが私の所感だった。
「練習コースで何度か走りましたが、いつも通りで良さそうです」
「なら問題ないですね、いつも通りに」
そう私が答えると、トレーナーさんはいつものように頷くが椿トレーナーは微妙な顔をしている。
「中京でカーブしながら加速ってそんな簡単じゃないんだけど……。ほんと師弟揃って……」
「教えとか憧れでどうにかなるとは思えませんがね。天性のものですよこれは」
トレーナーさんまでよくわからないことを言うが、何の話だろうか。
まあいい。
実際、椿トレーナーも頭を振って気を取り直したように言う。
「作戦のおさらい、やっとこうか。まず天候だけど」
うん。久しくやっていなかったが、普通はそういうのをレース前にやるんだった。
マイルCSは必要なかったし、スプリンターズステークスはメンタルが問題だったし、安田記念はマーク決め打ちだったから……まともにやるのはNHKマイル以来か。
「小雨が降っていますがバ場は良。なら問題ありません」
良バ場である限り、私が実力を十全に発揮できるのだから。
「先のスプリンターズステークスのように重バ場なら話は変わったでしょうが、それでも後続に1バ身はついていましたからね」
「重バ場なのにすごい加速で、後続を寄せ付けなかったものね」
あれ、スプリンターズステークスではマーチャンとハナ差だったはずだが。
……そういえば、マーチャンが出走していないな。2月のシルクロードSで10着だと聞いたが、大丈夫だろうか。……いや、何かあったなら本人なりウオッカやスカーレットが何か言ってくるだろう。
強力なライバルであるマーチャンが出てこないことそのものは、悪いことではないはずだ。
「出走メンバーは……出てきているメンバーにそこまで特筆すべきウマ娘はいませんね。重バ場でアストンマーチャンがいたらまた話は違いましたが」
「……? そうだね。強いて言うなら昨年覇者のスズカフェニックスかな」
「どれもセミラミスの敵ではないと思いますがね」
一瞬、椿トレーナーもトレーナーさんも不意を突かれたような表情をする。
私が出走者以外の名前を出したのが珍しいという意味ならそれでいい。だが、あの反応は──誰のことかピンとこなかったようにも見えた。
もう春だというのにじんわりと背筋に冷たいものを覚えながらも、それを押しとどめてつづける。
「……ほかに、なにか検討することはありましたっけ」
「一般的には枠順やそれに伴う作戦などでしょうか」
ああ、そういうのって気にするんだ。
安田記念みたいにマーク先と近いかは気にしたことがあったけど、自分の枠そのものはそんなに気にしたことないかもしれない。
そう言うと椿トレーナーの表情が引きつる。
「13番、外枠ってのは普通あまり良い枠じゃないけど、作戦とかは……」
「そうですね。現場判断で」
「え、それでいいんですか?」
それでいい。
今回は特に何か決めていく必要はない。走る前に決められることなんて、そんなに多くないのだから。
そう説明すると、椿トレーナーはドン引きといった様子だった
「そ、そういうものですか」
「ウチはいつもこうですよ」
ほかの人はもしかしたら違うのかもしれないけど。
こうして作戦会議と呼べるかどうかわからないものは終了し、パドック集合時間も迫ってきたので勝負服へと着替えることとした。
「着付けにお手伝いは必要?」
「いえ、結構です。ありがとうございます」
いつものように赤い上着を着込み、純白の襷を掛ける。
椿トレーナーが言うように、ウマ娘によってはどうやって着るんだみたいな構造の勝負服の場合もある。
その場合はトレーナーさんに着るのを手伝ってもらうのだと言うが、トレーナーが男性だったらどうするのだろう。
そんなどうでもいいことを思いながら着付け終わり──いや、勝負服専用の収納ケースにはこれまで身に着けたことのないものが3つ、残っている。
略綬──これまで私が走って来た軌跡。
徽章──それが年度代表にふさわしいと評価された証。
裏にピンの付いたそれを左胸に取り付ける。鏡を見てまっすぐ取り付いていることを確認。
上部にはレイを模したリボンを巻いた金具が上段に3つ、下段に2つ。下部には年度代表ウマ娘を記念した、走るウマ娘を
この勝利の証は憧れを目指して歩んできた足跡。
外野が勝手な物語を押し付けて良い存在ではないのだ。断じて。
左腰の金具に騎兵刀のそれを取り付ける。
バランスを確かめるようにその場で一回転。重みこそ感じるが、不思議と最初からそこにあったかのように収まっている。これなら走っても邪魔になることはあるまい。
思いを受け継いで、理想を超えて、さらにその先へ。
世界の
鯉口を切って手触りを確かめる。さあ、往くとしよう。
カーテンを開けて更衣スペースを出た。
トレーナーさんが私を上から下まで一瞥して一言。
「違和感は?」
「ありません」
それだけで十分だった。
中京レース場、パドック。
パドックのステージに立った瞬間、観客席にどよめきが広がる。
「あれが年度代表の……」
「すげぇ、写真とぜんぜん違う」
「オーラが溢れてるよ……」
そうなんだろうか。特になにか変わったわけでもないと思うが。
そうやって観客席を見渡す。
手すりには色とりどりの横断幕。その中には空母からカタパルト射出されるジェット戦闘機の図案。
──ああ、
意味に思い至って納得する。上手いものだな。
他にも『
それにも増して散見されるのは『短期間女王』『北の女帝』なんて文字。これ、もしかして私か。
まあファンが勝手に言うぶんにはいいけどさ。
中京レース場、地下バ道。
こうしてパドックアピールも無事に終了、私たちは地下バ道へと赴いた。
誰も声を発さない。
蹄音だけが通路にこだまする。
高松宮記念。
スプリント路線拡充の一環として2000mの高松宮杯を距離短縮してG1に格上げされることで誕生した。
あの人が走ったから、この道はここまで続いている。ここから先は、あの人の知らない世界へと続いている。
これは、憧れを超える第一歩となるだろう。
『13番ノルデンセミラミス、1番人気。昨年スプリンターズステークスに続き秋春スプリント制覇なるか』
アナウンスと共に、私は脚を踏み出した。