驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
3月30日 中京レース場 第11レース
高松宮記念(G1) 芝 1200m 小雨 良
『小雨降る中京レース場、第38回高松宮記念。春のスプリント王決定戦です』
『実況席には、解説として園部トレーナーをお招きしています。よろしくお願いします』
『よろしくお願いします』
向正面のゲート前にはすでに出走ウマ娘が集合してゲートインを待っていた。
『注目は13番ノルデンセミラミス。1番人気に推されています』
『外枠という不安もありますが』
『それでも評価は揺らぎません。条件に応じて走りを変えられるのが、このウマ娘です』
圧倒的一番人気であるノルデンセミラミス。
スプリントG1、特に高松宮記念で2倍台のオッズを叩き出している時点で、どれほど勝利が確実視されているかが窺えようものだった。
『完成形とも言われる中で、今日どんな走りを見せるのか』
『 ええ。だからこそ見ものですね』
唯一の懸念点は外枠発走のみ。
だがそれも、セミラミスなら苦慮しないだろうというのがベテラントレーナーである園部の、そして観客の考えであった。
『2番人気につける先年覇者スズカフェニックスですが』
『悪くはありませんがどうにも勝ちきれないレースが続いていますね。奈瀬トレーナーがドバイ出張中のため冨長トレーナーのもとで出走していますが、その影響は少ないでしょう』
次いで2番人気はシニア2年目スズカフェニックス。
黄土色のマントをはためかせた緑の勝負服。タレ目の表情は変わらないが、気合は十分のようだ。
『3番人気、ローレルゲレイロ。セミラミスの同期で今年からシニア級です』
『今年の重賞では1着2着と確かに好走していますが、前走ではセミラミスに力負けでしたからね』
とはいえG1未勝利でこの人気につけているあたり、短距離マイルでは信用できるというのが評価だろう。
実際、阪急杯戦後の評価も「G1で通用する下地はある」「相手が悪かった」というものだった。
それが彼女の慰めになることはないのだが。
『さて、ゲート前を呼んでみましょう。ずん子さーん』
『はぁい。ゲートインは順調に進んでいます。特に会話などはありませんね』
奇数番のゲートインが進んでいき、外枠が入り切ると続いて偶数番がゲートに案内されていく。
なかでもセミラミスのゲートインは極めてスムーズだった。
『注目のノルデンセミラミスはいかがですか』
『自然体でリラックスしていますね。今年から勝負服を新調していますが、よく似合っていますよ』
そうこうしているうちに全員がゲートに収まり、体勢が整った。
『ノルデンセミラミスを止めるものは現れるのか。スズカフェニックスは連覇がかかります。第38回高松宮記念──今スタートしました!』
一斉に飛び出すウマ娘──いや、1人出遅れた。
『おおっと。スズカフェニックスちょっと躓きかけましたか、後方に遅れています』
そのまま実況は先頭から順位を読み上げる。
『好スタートは16番ローレルゲレイロ行きました。17番エムオーウィナー、9番フサイチリシャール。マルカフェニックス4番手、10番キンシャサノキセキ、14番ナカヤマパラダイス。さらに2枠の2人が──』
外枠2名が大きく内に切り込んでハナをとり、テンの速い先行勢が争うように前へ。
前は自然と詰まり気味となった。
『注目のノルデンセミラミスは、おおっと中段やや前7番手まで下げている!』
『……下げましたね。無理はしませんでしたか』
3コーナーの時点でセミラミスが占めたのは7番手集団3名の外側。
一般論として、電撃のスプリント戦で、しかも小箱の中京で番手を諦め位置を下げるのはかなり厳しいといえる。
だが、一般論に縛られるような奴がG1を5勝もできるわけがなく。
『──スズカフェニックスは後方から2番手! あとは2バ身差ありましてトーセンザオー』
『さあ前は3、4コーナー中間を通過。ローレルゲレイロ僅かに先頭です』
相変わらず先行集団は団子のままレースが進む。
そして残り400mの標識を通過、急カーブ出口へとバ群がなだれ込んだ。
『400mを通過、3人並んで4コーナーをカーブ。あとはキンシャサノキセキ、ノルデンセミラミス外から並びかけてきている!』
『いつの間に……、コーナーで差を詰めてきていましたね』
番手集団に居たキンシャサノキセキに、コーナーで加速して迫っていたノルデンセミラミスが外から並びかけて躱していく。
先頭を争っていたフサイチリシャールとローレルゲレイロはその内でズルズルと後退している。
『ノルデンセミラミス突き放す! ノルデンセミラミス先頭! 2番手はキンシャサノキセキ! ファイングレイン追い込んでくる!』
『ノルデンセミラミス先頭でゴールイン! 2番手争いは僅かにファイングレインか! 』
ついた着差は目算1バ身半。短距離でいえばかなりの差といえた。
『ノルデンセミラミス、ビリーヴに続き4人目の春秋スプリント制覇! さらに勝ち時計1:06.9はレースレコード! G1昇格後初回のフラワーパーク以来のレコード更新です!』
『これでG1を6勝、着差以上のレースでした。これはもう国内で収まる器ではないでしょうね』
| 中京 | X11R | 確定 | |||
| Ⅰ | 13 | ||||
| > | X1 1/2X | ||||
| Ⅱ | 4X | ||||
| > | クビ | ||||
| Ⅲ | 10 | ||||
| > | X1 1/4X | ||||
| Ⅳ | 1X | ||||
| > | 1/2 | ||||
| Ⅴ | 16 | ||||
| 芝 | レコード | ||||
| 良 | タイム | 1.06.8 | |||
| ダート | 4F | 44.7 | |||
| 良 | 3F | 33.7 | |||
中京レース場、関係者席。
レコード表示にどよめきと興奮冷めやらない場内と打って変わって、関係者席は水を打ったように静かだった。
「……どないせぇっちゅうねん、あんなもん」
「良いレースはできていたはずです……なのに」
吐き捨てるように言ったのは番手につけていたキンシャサノキセキ担当の猿田トレーナー。
呆然と呟いたのは中段セミラミスと同じ位置から追い上げたファイングレイン担当平留深雪トレーナー。
奇しくもURA賞表彰に担当が参加していた2人だった。
そんな場を尻目に、吉富トレーナーは明石椿トレーナーを伴って席を立った。
凱旋する我らが女王陛下をウィナーズサークルで出迎えなければならないからだ。
足早に関係者通路を急ぐ2人。
年齢を感じさせない足取りで歩く吉富トレーナーに椿トレーナーが問いかける。
「……あんな強い娘に、今更私なんかが必要なんですか?」
そう見えましたか、と吉富トレーナーは答える。
「貴女には、あの娘の数少ない負け筋を潰してもらいたいのです」
「負け筋、ですか?」
そんなものがあるのか、といったふうに椿トレーナーが聞き返す。
「彼女が敗れるとすれば、それはメンタルの不調か、相手が120点をたたき出した時でしょう。それこそ淀のライスシャワーや、有馬記念のオペラオーのような──ただただ相手が強かったという負け方です」
後者はどうにもなりませんが、前者は予測も対応もできる。そう吉富トレーナーは言う。
「なんというか、今のセミラミスのメンタルが弱いというのはちょっと想像しずらい……んー、どうだろう」
そう言われれば初めて会った時は弱そうだったかも、という椿トレーナーに、意外ですか、と吉富トレーナーは返す。
「チューリップ賞の負けはそれです」
それでも、前2人から3バ身差とはいえ歌唱圏内に入ったのは流石というべきでしょう、と吉富トレーナー。
ここからが本題ですが、と表情を引き締める。
「日本とは何もかも勝手が違う海外で、私も不在の間に自分を信じられなくなるタイミングがきっとあるでしょう。そんなとき、普段を知る近しいものとして、大丈夫、いつも通りで、と言ってあげられるようになっていただきたいのです」
「はい、承知いたしました」
真面目な顔を作って返事する椿トレーナー。しかし、と続ける。
「実力を出せたセミラミスが負ける姿なんて想像できませんね。それこそ相手はセミラミス級の実力で……それでも短距離や中山京都で負けはしないでしょうから、彼女が比較的苦手な府中マイル特化型ならあるいは?」
「あくまで仮定の話です」
吉富トレーナーは苦笑する。
「──もしそんなウマ娘がいたら、今頃東京レース場に銅像が建っていますよ」
そう。そんなウマ娘はいない。今のところは。