驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで 作:八幡悠
トレセン学園、カフェテリア。
「っぱよ、どうせなら銅像立つぐらいの活躍はしてぇよな!」
「アンタねぇ……せめてシニアG1の一つでも勝ってから言いなさいよ」
「まーまー、夢はでっかいほうが良いでしょ」
高松宮記念の翌週、同期の私たちは午後のひとときをカフェテリアで過ごしていた。
いきおい、話題は直近の私が勝った高松宮記念となる。
「……相変わらずだな。マイルじゃそうはいかねぇけどな」
4着に終わったドバイ遠征から帰国直後のウオッカ。
オープンクラス、15戦5勝。次走:ヴィクトリアマイル(G1)
「そうね。1600mでアタシを捉えられるとは思わないことね」
ダイワスカーレットの瞳を覆う痛々しい眼帯は既になく、次を、そしてその次を見つめている。
オープンクラス、10戦6勝2着4回。次走:産経大阪杯(G2)
「あれ、すんごいよね。実況の人も、え、いつの間に、って言ってたよ」
昨年の秋華賞敗退後は1戦して休養に入っており、まもなく始動初戦を迎えるクイーンスプマンテ。
1勝クラス、8戦2勝。次走:阪神シニア級2勝クラス(Pre-OP)
……戦績だけ見れば、スプマンテがあまりにも場違いだと思う人もなかにはいるだろう。
実際、G1常連組は常連組同士、OPクラスはOPクラス同士、Pre-OPでも1勝クラスや2勝クラス、3勝クラス同士でつるんでいる例は多い。
話題やレースに賭ける覚悟、練習への熱量などがどうしても異なる以上、それは仕方ないことなのかもしれない。
「メイクデビュー勝ったから、シニア2年目までは好きにしろって家から言われてるんだ~」
実際、本人もこの調子である。
そもそもトレセン学園卒業というだけでエリートとして引く手あまたなのだ。
そう考えるとレースに青春すべてを賭けるような私たちのほうが異端なのだろう。
トレーナーさんの言うように、レースを終えた後の方が圧倒的に長い人生が待っているのだから。
とはいえ中等部の3年間を共に過ごした友人と、同じ学園に居るというのにハイさよならというのはあまりに寂しい。
中でも彼女は最初期からの友人なのだから。
そして話題は流転する。
3人寄れば姦しいと言われるところに4人集まっているのだから当然かも知れない。
「ドバイは暑いっつうか、砂漠だから日差しが強ぇえんだよな」
「ふぅん、じゃあ行くことがあればサングラスと薄手の長袖とかはあったほうが良いね」
「ふん、それで負けてりゃ世話ないわよ」
「ドバイはむこうの招待だからセレブな歓迎があるんでしょ? いいな~」
ウオッカの、そしてスカーレットが行きそこねたドバイ遠征の話題。
熱砂の中東
実は私にも招待状そのものは来ていた。同時期に高松宮記念があるので断ったが。
現地ではオイルマネーに物を言わせた豪華絢爛な歓待があるらしいが、さすがにそれを目当てにする者はそういないと思う。
「問題ないわ、目は完全に治ってる。前哨戦だとかクラシック組だなんて関係ない」
「気合入ってるね~。大逃げとかしちゃう?」
「おいおい、あんまり気負いすぎるんじゃねぇぞ」
「ま、私は止めろとは言わないけど」
今週末に大阪杯を控えて気合十二分といった様子のスカーレット。
先述のドバイ遠征中止の原因となった怪我は幸い重いものではなくすっかり完治したようだ。
気合が乗りすぎて桜花賞の前みたいに熱でも出さなきゃいいが……まあ高等部相手にする心配ではないだろう。
「次は2勝クラスなんだけどさ~、5月末までに勝たないと降級されちゃうんだよね」
「おいおい大丈夫なのかよ。一大事だろそれ!?」
「大丈夫よ。アンタ授業ちゃんと聞いてなかったの?」
「レース管理上の問題だから降級されるウマ娘に悪影響はあんまりない、むしろ勝ちやすくなるんだよ」
シニア級でPre-OPのウマ娘はファン数の計算が変わり1つ下のクラスに出走できるようになる降級制度をウオッカが理解していなかったことが発覚したり。
まあ確かにオープンクラスに上がってしまった我々にはもう関係ない話なので忘れても良いのだが、テストには出るやつだぞお前こそ大丈夫か。
そんな他愛もない話をしていて、高松宮記念出走前のことをふと思い出す。
──そういえば、マーチャンが出走していないな。最近会った覚えもないが、大丈夫だろうか。
──いや、何かあったなら本人なりウオッカやスカーレットが何か言ってくるだろう。
ちょうど栗東寮の2人もいることだし、尋ねてみよう。
「そういやさ、マーチャンは元気? 最近会ってないし、高松宮記念にも出てなかったけど」
その瞬間、会話が止まる。──え、どういうこと?
「マーチャン……? 誰よ、それ」
怪訝な顔で聞き返してくるスカーレット。
……嘘だよね?
「……聞いたこと、あるような……いや、ねぇな」
同じく怪訝な表情のウオッカ。
……桜花賞でも、一緒に、走ったじゃない。
「え、誰それ。知り合い?」
きょとんとした様子のスプマンテ。
……そんな、そんなはずは。あり得ない……。
「アストンマーチャン。ティアラで、スプリンターの。……ウオッカの阪神JFでハナ差2着だった」
そう口にしながらも、トレーナーさんの言葉が脳内をリフレインする。
──先のスプリンターズステークスのように重バ場なら話は変わったでしょうが、それでも後続に1バ身はついていましたからね。
果たして、ウオッカの返事もまたそうだった。
「いや……覚えがねぇな。阪神JFは2着に3バ身ぐらい離してたはずだし」
……何かの悪い冗談か? ……いや、そんな素振りはなさそうに見える。
ドッキリの類ならどんなに良かったことか。
「アンタ大丈夫? 顔色悪いわよ?」
「レース明けだもんね。休んだほうがいいんじゃない?」
自分でも顔から血の気が引いているのを感じる。
レースの疲れで記憶がおかしくなっているとでもいうのだろうか。そうかも知れない。
……いや、そんなはずはない。
あの泥中のスプリンターズステークスで競い合い、刻み込んだあの記憶が
「……そうですね。ちょっと失礼します」
お大事にな、という声を背に立ち上がる。これ以上、この場にいても仕方ない。
どうしても確かめなくては。
テーブルの3人から見えない位置まで来るとすぐに、私はウマホを取り出した。
連絡先一覧にもアストンマーチャンの名前がない。
それがあるべきところが空欄なのに慄然としつつも、ある人へとメッセージを飛ばす。
百聞は一見に如かず、この目で確かめるのだ。