驀進王に憧れてトレセン学園に来たダメダメな私が3つの玉座の女主人と称えられるまで   作:八幡悠

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098 秋春スプリント女王とヴィクトリアマイル(前編)

 東京レース場、重賞用控室。

 

 

 控室の姿見の前、勝負服の着付けももはや慣れたもの。

 両手にはめた手袋を整えて、白襷を胸に渡す。ここまでは目をつぶったってできるだろう。

 今年に入って新たに増えたアクセサリーを順に取り付けていく。最後に騎兵刀(サーベル)を腰に吊る。

 

 鏡を短く一瞥。

 

 鏡の中の私は以前よりずっと賑やかだった。

 憧れから受け継いだエポレットにブーツのリボン。胸元には栄光を表す勲章や略綬。襷に揺れるメダル。

 いつのまにか、随分と背負うものが増えたものだ。

 ……きっと、これからも増えていくのだろう。

 

 何も問題はない。調子も良好、脚も普段通り。

 

 

 カーテンを開き、控室へと戻る。

 

 何事か話していたトレーナーさんと椿トレーナーが顔をあげてこちらを見た。

 トレーナーさんは半歩下がり、椿トレーナーが代わってこちらに歩み寄る。

 

「……うん、いつも通り。問題なさそう」

 

 私は一つ頷きを返す。

 そう、いつも通り。問題はない。

 

「今日も調子が良さそうですねッ! 花丸です!」

 

 そう太陽のような笑顔で笑うのはバクシンオーさん。

 

「いってらっしゃい!」

 

 そう背中を押してくださるのはフライトさん。

 トレーナーさんの隣で微笑むゼファーさん共々、トレセン学園からほど近い府中ということもあってフルメンバーでの応援に来てくださった。

 そんなみなさんを見渡す。

 

「では、行ってきます」

 

 ドアが閉まる。

 その音は、思ったよりも静かだった。

 

 一度だけ、深く息を吸う。

 襷を握りしめ、いつも通りだ、ともう一度だけ確認する。

 

 

 東京レース場、パドック。

 

 

 私が木々に囲まれたパドックに姿を表したとたん、空気が一段重くなる。

 観客席に広がるどよめき。視線が集まるのを感じる。

 そしてウマ娘の鋭い聴覚は、観客席の言葉も拾えてしまう。

 

「まあ、ここは順当だよな」

「負けるとしたら何がある?」

「ヴィクトリアマイルは通過点でしょ」

 

 まあ、うん。

 勝って当然、らしい。

 いつの間にか、そういう位置に来てしまったようだ。

 

 なんとなく、背後の電光掲示板を振り返る。

 

 単勝1.4倍。

 

 客観的に見て、数字としては妥当だろう。

 

 そのまま並みいるウマ娘へと視線を走らせる。

 目が合うことはほとんどない。視線が交わる前に外される。

 それを、不自然だとは思わない。互いに見る場所が違っているのだろう。

 

 アップをするもの、ストレッチをするもの。

 シニア級のG1級ともなれば皆、己のルーティンというものを持っている。

 その中でも黒のジャケット、水色と黄色のストライプ。後ろで一つ括りにした細い鹿毛のテールヘアーを無意識に目で追ってしまう。

 

『5枠9番ウオッカ。ここ1年勝ちに恵まれていませんが、得意の府中で末脚が炸裂するか。2番人気です』

 

 ……そう、この舞台なら。あるいは。

 

 

 そうこうしている内に時間が来て、ヴィクトリアンスタイルのウマ娘用ドレスをまとった誘導ウマ娘が姿を表す。

 桜花賞の時もそうだったが、ティアラ路線のG1では誘導ウマ娘は普段の誘導用制服ではなくドレスを着用する。華やかさを旨とするティアラらしいイベントだ。

 

 ……なんとなく私に向けられる視線とカメラの数が多い気がする。

 

 パドックアピールが終わる頃に誘導ウマ娘が現れ、それがパドックを周回している間に整列して本バ場入場へ進むのが慣例だ。

 が、どうにも普段より私の近くに誘導ウマ娘が来るタイミングが多いような。

 ……まあ普段より後ろが膨らんでいるドレスの分があるし、気の所為だろう。

 

 

 東京レース場、地下バ道。

 

 

 広い地下通路に蹄音だけが響く。

 歓声は天井の向こうに押し上げられて、ひんやりとした冷気が身を包む。

 

 少し前を、黒いジャケットの勝負服が歩いている。

 

 ウオッカ。

 

 声をかけるつもりはなかった。

 ただ、進路が重なる。

 

「……相変わらずだな」

 

 先に口を開いたのは、向こうだった。

 振り返りはせずに、いつもの教室で話すような軽い調子で。

 

「今日は、悪くねえ」

 

 調子がだろうか。条件がだろうか。あるいはもっと広い意味か。

 

「そうですね」

 

 自然と、ウオッカと歩幅が揃う。

 どちらかが意識して合わせたわけではない。

 たしかにこの一年、彼女が勝ちから遠ざかっているのは事実だ。

 だが、それでもこの府中の長い直線では彼女の豪脚が大きな武器となろう。

 

 ウオッカが小さく笑う。

 

「だよな。じゃあ、捕まえに行くだけだ」

 

 強がりでも、挑発でもない。そんな声だった。

 その距離が遠いとは思わなかった。

 

 私はその横顔を見た。

 人気も、評価も、結果も関係なく、この人は今も同じ場所にいる。いてくれている。

 

「ええ、捕まえられるものなら」

 

 

 地下バ道の出口で、どちらともなしに立ち止まる。

 それ以上の言葉は必要ない。後はレースで示すだけだ。

 

 本バ場入場の合図がかかり、誘導ウマ娘に続いて光の中へと踏み出す。

 

『勝って当然か。それとも番狂わせが起きるのか。春の女王決定戦、第3回ヴィクトリアマイル。18名本バ場入場です』

 

 内ラチとダートコースの向こうには大入りのスタンド。

 ラチ沿いに捌けた誘導ウマ娘を追い抜いて、2コーナーの入口にあるゲートへと走り出した。

 

『若きマイル女王、シニアマイル完全制覇なるか。3番ノルデンセミラミス』

 

 いよいよ、ヴィクトリアマイルが始まる。

 




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