一応、東方についてはそれなりの知識を持っているつもりですが、そのほとんどが埃かぶったものですので、原作との齟齬がありましたら申し訳ありません。
ハーメルンには比較的明るい作風のものが多いように思いますが、個人的に東方のちょっぴりダークな雰囲気が好きなため、本作もそっちよりに進めていきたいと考えています。
また、怪しい単語は意味を確認しながら書いていますが、誤用等ありましたら指摘していただけますと幸いです。
宇佐見蓮子が、それと出会ったのは彼女がまだ高校生の頃だった。そのため、奇天烈な俱楽部になんて属しておらず、異国情緒漂う金髪美少女の友人なんてものもいなかった。ただ、他人よりもちょっぴりオカルトに興味があり、物理学を得意とするだけの少女に過ぎなかったのだ。
それを“彼”と表現しなかったのは、蓮子にとって“それ”がどんな代名詞よりもその存在を表現するのに適していると、何とはなしに感じたからであった。確かに、姿形は間違いなく青年男性のそれであるのだが、身にまとう雰囲気が枯柳を思わせるようなものであり、見た目との乖離が違和感を生じさせていた。また、それの有する価値観があまりにも俗脱したものであることも、会話の節々から感じられた。加えて、その容姿は極めて優れており、独特の雰囲気も相まって蓮子からみたそれはあまりにもちぐはぐな存在だった。
これは、蓮子とそれが出会った時のお話だ。
その日、蓮子は自宅から3駅程離れた場所にある××山へと足を運んでいた。夏季休暇中かつ受験生ではない当時の彼女は、無限にも感じられる長い休みを利用してオカルト探求の冒険を計画していた。高校生になったことである程度の自由行動が可能になった蓮子は、記念すべき初遠征をその××山にすることを決めていた。というのも、ここ最近になって××山を中心に怪奇現象が相次いでいるというオカルト話が、クラスメイトの間でもちきりだったからだ。その内容はさまざまであり、鬼火や謎の人影の目撃情報が主なものであり、中には狐に化かされたという話もあるそうだ。
近年、科学技術の発展に伴い世のオカルトはあらかた説明が可能となってしまったため、昔のオカルトブームはどこへやら、今となってはすっかり目耳にすることはなくなっていた。しかし、今回の件は流石に有名になったせいか、地域の新聞やTV特集などで取り上げられ、この周辺では知らぬ者はないといったほどで、休みの日には蓮子のようにオカルトを求め訪れる人々で混雑していた。
蓮子は人混みを避けるため、その日の早朝から家を出て山を訪れていた。××山は比較的整備されている山であるため、最低限の登山グッズとオカルトの詳細が書かれている雑誌程度の荷物で済んだのは、蓮子からするとうれしい話であった。この雑誌は、彼女が多いとは言えないお小遣いを捻出して毎月購入しているものであり、いまだに発行されている数少ないオカルト雑誌だった。
「まいったわね…」
そして彼女は現在、道に迷っていた。
人混みを避ける目的で通常の登山ルートを外れ、獣道を進んだのが間違いだったか。蓮子は今自分が山のどのあたりにいるか全くわからない状況に置かれていた。背負ったリュックの中を探っても、この状況を打破できるような道具は入っていない。それもそのはず、彼女は自身が道に迷うことになるとは毛ほども想像していなかった。それは、彼女が不用心であったからではなく、偏に彼女の有する特技、もしくは能力によって生じた怠慢によるものだった。
宇佐見蓮子は昔から、星を見れば時間が、月を見れば現在地が分かるという突飛な能力を持っていた。そのため、方位磁針なんてものは必要がなく、天候さえよければこんなことになるわけもなかった。
「天気予報だと、一日中晴れだったんだけどなぁ」
木々の隙間から見える空は、いつの間にか灰色の分厚い雲に覆われていた。
家を出る前に確認した予報によると、日中は晴れが続くと言っていたはずだった。古来より、山の天気は変わりやすいとは言われているが、まさかここまでとは蓮子も想定していなかった。
「体感だとそろそろ日が暮れだす時間だし、天気は回復しそうにないし…。もしかして、結構ヤバめかしら?」
昼のために持ってきていたお弁当も数時間前に食べており、腹の虫は夕暮れ時を示していた。
雨は降りそうにないが、雲が晴れてくれなければ動くことができない。そして、助けを呼ぼうにもここは山の深部であるため人影なんて見えず、ましてや電波も当然のように届いていない。そして何より、むやみやたらに歩き回るほどの体力的余裕はないことに、蓮子自身気が付いていた。
こうなってしまった以上、選択肢は二つに一つ。雲が晴れるまで体を休めるか一か八かで下山を試みるかだ。
前者の場合、安全択ではあるがいまだ雲が晴れる気配は感じられないため、晴れるとしてもおそらく日没後になる。夜になれば能力によって下山することは可能になるのだが、足場の悪い山道を夜の暗がりの中進めるとは到底思えない。さらに、娘が帰ってこないとなれば親に心配をかけさせてしまう。
かといって後者は、大きなリスクが伴う選択であると言わざるを得ない。
しかし、あまり悩んでいる時間はない。下山するなら動き出さなければすぐに暗くなってしまう。
蓮子がうんうんと頭を悩ませていると、視界の端にふと人影を捉えた気がした。
「今、誰かいた?…すみませーん!誰かいるのー?道に迷って困ってるんだけどー!」
草木の奥に向かって声をかけるも、蓮子の声が響くのみで人影は一向に現れない。
「…?。おかしいな、誰かいたと思ったんだけど…」
勘違いかと思ったが、蓮子はオカルト話の中に人影を見たというものがあったことを思い出した。となれば、蓮子の中で選択肢はなくなり、好奇心に導かれるままに進むのみとなった。どのみち、現状維持では解決策は見いだせないのも事実、頭の片隅に残る冷静さに蓋をして、人影が見えた方へと進むことに決めた。
動き始めて10分ほど経っただろうか。周囲に呼びかけながら進んだものの、声が帰ってくることはなく景色も依然変わらずといった状況だったため、徐々に冷静さを取り戻し始めた蓮子は内心、誤った選択をしたのではと感じていた。
しかし、そう感じたのも束の間、突然周囲の草木が途切れ開けたスペースが目の前に広がった。
「え!?…あ、あら?」
人影を追っていたはずが、まさか緑の迷宮を抜け出すことになるとは思ってもいなかったため、思わず戸惑いの声を上げてしまう。しかし、冷静にあたりを見回してみると、山を下れたわけではなさそうだ。
「この道、こんな山奥なのに整備されてる…。それに、車が通った跡も残ってる。この道に沿って行けば下まで行けるかしら」
「人影は見失っちゃったけど、流石に今は山を下りることの方が大事よね」
自分に言い聞かせるように独りごちると、道に沿って再び歩き始めた。
それにしても、と蓮子は歩きながら考える。事前にこの山の地形についてあらかた調べたが、このような山道があることは、さっぱり気が付かなかった。そもそもこの××山は車で登れないため、登山口に専用の駐車場が用意されている。もしかするとこの道は、地図にも載っていないような旧道なのかもしれない。しかし、それにしては道に残っているタイヤ跡が比較的新しいもののような気がする。
そして同時に、一向に周囲が暗くならないことにも疑問を感じ始めていた。
人影を追いだしてそこそこの時間が経ったため、そろそろ暗くなってもよいはずだが…。あの分厚い雲のせいだろか。蓮子は自身の置かれている異常な現状に、少しだけ身震いした。
「…?なにかしら、この音?」
考えていた蓮子の耳に、ふと騒々しい音が入ってきた。その音はあまり聞きなじみのない音だったが、まるで工場で稼働している機械のようだと感じた。さらに、それは徐々に大きくなっていることから、音源がこちらに向かってきていることも分かった。
もしかすると、人かもしれない。そう考えた彼女はその場で待機することにした。
程なくして、蓮子が進んでいた方向から一台の車(らしきもの)が姿を見せた。
「あ!ラッキー!おーい、すみませーん!」
向かってくる車(らしきもの)に向かって大手を振ってアピールをすると、遠目ではわからなかったが、乗っている男がこちらの存在に気が付いたような反応を見せた。
男は車(らしきもの)を少し手前で停めると、窓から身を乗り出してこちらを見据えた。
「お前、こんなところでどうした?…驚いたな、なんでこんなところに人間の少女が、それも一人で…」
男は蓮子に呼び掛けているようだった。しかし、後半は小声で呟いたものだったため、彼女の耳には届かなかった。
「ええっと、実は道に迷って困ってるの…。それで、山を下りれる道を探してて…」
「…なるほど。そいつは、気の毒だったな。ちょうど俺も麓近くまで行くとこだったんだ。乗ってくか?」
「本当!?それじゃあ、お願いしようかしら」
ようやく山を下りられることになり安堵した蓮子は、男の言葉に甘えて車(らしきもの)の助手席へと入り込んだ。
遠目ではあまりわからなかったが、男の姿をこうして近くで見ると、なかなかどうして男前だ。見た目は20代後半あたりだろう。身長は座っているため詳細にはわからないが、180㎝近くはあるのではないかというほどの偉丈夫であった。
しかし、蓮子が男に対して最初に感じたのは、言いようのない違和感だった。まだ一言二言程度しか言葉を交わしていないものの、男の身にまとう雰囲気がなぜだか見た目と乖離しているように思えてならず、果たしてこの男は本当に人間なのかという疑問まで浮かんでくるほどだった。
そして、その違和感を増大させる要因の一つがこの車(らしきもの)だった。近くに来て、さらに助手席に座ってみて間違いなく車であると確信した蓮子だったが、その内装が彼女の知る“今の車”とは全く異なっていた。
今の時代、車は自動運転がデフォルトであり、既存するすべてのものが電気によって駆動されている。ましてや、今は人々が宇宙を目指す時代だ。巷では近い将来、人々が月に行けるようになるなんて話もある。
そのような時代にもかかわらず、この車は男によって運転されているようにしか見えず、電気で動いているとは思えないほど喧しかった。蓮子は、このような古い車について知識として知っているものの、実物を見たことはなかった。
「それにしても、運がよかったな。俺以外にあの道を使う奴なんていないだろうからな。あのまま歩いて下山してたら、麓についたころにはとっくに日暮れだろう」
「…おかしなことを言うのね。もうとっくに日は暮れてるでしょう?」
「…?変なことを言う奴だな。夏至は超えたといってもまだ一月ばかりだぞ?日が暮れるにはまだ早すぎるだろう」
「それに、山に登るってのに方位磁石も地図も持ち合わせてないときた。それはあまりに不用心が過ぎると思うぞ」
男は一瞬いぶかしげな眼差しを蓮子へと向けた。
自身の能力について説明しようかと考えたが、言っても理解されないだろうと思い、そこはごまかすことにした。
「それには私にもいろいろと事情があるのよ。だいたい、曇りさえしなければ道に迷うことなんてなかったの」
蓮子の言葉に男は一瞬キョトンとした顔をしたかと思うと、車を止め今度は本当に心配そうな視線を彼女へ向けた。
「お前、迷ったときに頭でも打ったか?今日は一日中快晴だったし、今はまだせいぜい八つ時じゃないか」
「うそ、そんなはずは…」
心配げな男の視線を受け、冗談を言っているわけではないと悟った蓮子は、慌てて窓から空を見上げた。
次に蓮子の目に映ったのは。
なぜ、どうして、いくつもの疑問が次々と浮かんでくる。後ろから男が声をかけているようだが、全く蓮子の耳に入らない。先程まで間違いなく空は曇り,周囲は暗くなり始めていた。ではなぜ、視界に一面の青が広がっているのだろう。
それが蓮子の勘違いによるものでないことだけは確かだった。というのも、先ほど彼女自身が話したように、勘違い程度で彼女は迷いようがないのだ。だとすると、残された可能性としては、夢。朝早くから家を出て休むことなく探索を続けた彼女は、その疲れから昼食のタイミングで寝てしまったとしたら。しかしその可能性についても、全身の重苦しい疲労感がそんなことはありえないと訴えかけてくる。
では、なぜ、といくつもの可能性を考える蓮子を正気に戻したのは、狭い車内で反響するクツクツとした男の笑い声だった。
「…ああ、すまん、気を悪くしたなら謝る。ただ、どうしてもおかしくて」
「…失礼な人ね。私は本気で困っているっていうのに」
未だ笑いが収まらない男とは対照的に、蓮子は眉を顰めた。
「いや、それは十二分に理解してるさ。お前が本気で悩んでいるからこそ、こうして笑ってしまうのさ」
「なによそれ。それじゃあやっぱり全部あなたの冗談だったってことかしら?」
ようやく笑いの波が引いたのか、男は一呼吸落ち着かせるようにしたかと思うと、再び車を動かし始めた。
すでに笑ってはいなかったが目元はまだにやけているように見えて、蓮子はやはり腹立たしく感じた。
「まぁ、なんだ。詰まる所、お前さんは化かされたってことだ」
「化かされたって…何に?」
「なにってそりゃあ、昔っから人を化かすのは狐だと相場が決まってるだろう」
「いやぁ、狐に化かされた人間は皆、さっきのお前さんのような顔になるんだ。それが俺のツボの一つみたいでね。どんだけ時間が経っても、そういうところは変化しないのが人間のいいとこだよなぁ」
先ほどまでの笑いとは違い、今度の笑みは懐かしむような優しいものに見えた。
「うそ。私、狐に化かされたの?」
蓮子の当初の目的を考えると、知らず知らずのうちに自信が探し求めていたものに遭遇していたことになる。先程まで胸中を占めていた困惑が、嘘のように霧散していくのが分かる。そして好奇心と後悔が、代わりを務めるかのようにじわじわと台頭してくる。
「…?どうした、今度は嬉しそうだが」
「嬉しいに決まってるわよ。私、この山には最近噂のオカルトを求めてきたのよ?まさか本当に体験できるなんて思ってもいなかったから」
「でも、そうなると悔しくなってきた。私を化かした狐がどんな奴か一目でいいから拝んでみたかったわ」
蓮子の百面相に、男はまたしてもクツクツとした笑い声を出した。
「やっぱりお前は変な奴だ。その噂とやらがどんなもんか知らないが、どうだ、ミイラになった気分は?」
「うわ、そういうあなたはやっぱり失礼な人ね」
男の笑いにつられるようにして、蓮子も呆れたような笑みを浮かべた。