ひたすらに一本道を進む自動車は、相も変わらず二人を揺らして山を下っていた。少し違うことと言えば、先ほどまで感じていた揺れが少し控えめになったことだろうか。
いつの間にか、先ほどまでの整備された砂利道とは程遠いアスファルトの路面になっていたため、それも当然のことだろう。アスファルトの路面が見えたということは、目的地の麓が近いのかもしれない。
あれからというもの、蓮子と男は他愛のない会話を繰り広げることで退屈なドライブを何とか凌いでいた。
その会話の内容は、最近の流行についてや蓮子の近況についてなどであり、さっきまでとは打って変わって男が蓮子に質問を投げかけるという状態が続いていた。傍から見れば孫に探りを入れる祖父の図そのものなのだが、祖父に相当する男の見た目が若々しい青年そのものであるため、そのことに気が付いている蓮子自身も苦笑いを浮かべるほかなかった。突っ込んでやろうという考えは何度か頭の片隅に浮かんだが、結局口に出すことはなかった。
というのも、今も苦悶の表情を浮かべながら次の質問を考えている男を見れば、その行動が自身に対する興味からくるものではないということぐらい蓮子も理解できるからだった。恐らくだが、先ほどの会話で気落ちした蓮子を気遣っての行動だろう。彼の善意をくみ取ってやれないほど蓮子も馬鹿ではない。
だが、冷や汗を浮かべながら次の話題を模索する男の横顔は、思わずクスリと笑みをこぼしてしまうのには十分なものであった。
男の様子を見かねたわけではないが、蓮子は久しぶりに能動的に口を開いた。
「そういえば、麓に用があるっていってたけど、それってどんなの?」
突然質問を投げかけられたことに一瞬驚いた様子を見せた男だったが、横目で確認した蓮子の様子が先ほどまでとは違うことに気が付きフッと口元を緩めた。
「いやなに、この後久しい友人が家を訪ねてくる予定なんだ。だから、奴が好きな油揚げでも買ってきてやろうと思ってな。ほれ、商店街の近くに豆腐屋があるだろう?」
いわれてみれば、登山道の入り口から少し離れた商店街に豆腐屋があったような気がする。
ということは、この道を下っていけばそのあたりに出るのだろうか。そんなことを考えながら、蓮子は道の先をぼんやりと眺めた。
「よく行くの、その豆腐屋?」
「よくってわけじゃないが、ぼちぼち世話になってるよ。あそこのおばちゃんが作る豆腐はなかなかだぞ。さすがに老舗なだけはある」
「お前さんも一緒に行くか」と男が笑いながら問う。蓮子としては豆腐に毛ほどの興味も持ち合わせていないが、いまだに横で件の豆腐屋について饒舌に話す男の姿を見ていると、ついていくのも面白いかもしれないと思い始めた。
蓮子は、男の話に適当な相槌を打ちながらまだ見ぬ豆腐屋に思いを馳せた。
それから数分と経たないうちに、車窓の景色に突如として変化が現れた。
これまで目に映るものと言えば、所狭しと生い茂る木々ばかりであったが、ここにきて木々の隙間に隠れるようにして木造の小屋が斜め前方に現れた。
男はその小屋を目指しているようで、車のスピードをゆっくりと落とすと、小屋に続く細い脇道へと進路を変えた。
小屋の前に着くと、男はギギっときしむような音を立てながらサイドブレーキを引き上げ、鍵を引き抜いた。すると、小気味悪い車の揺れがぴたりと収まり、周囲に響いていたエンジン音も消えさった。
騒々しい機械音が消えたことで、かき消されていたセミの鳴き声が代わりに鼓膜を震わせる。
「さ、降りようか」
男がシートベルトを外しながら蓮子へ声をかける。
「ちょ、ちょっと。降りよったって、どこよここ」
蓮子が困惑するのも無理はない。小屋があるといっても、その周辺は依然として緑豊かな森林が広がるばかりだ。とてもじゃないが、目的地の麓についたとは思えなかった。
「ここ、まだ山の中よね。こんな怪しげな小屋に私を連れてきてどうするつもりかしら。って、まさかあなた…!」
最悪な想像をした蓮子は、狭い車内ということを忘れ思いっきり体を引いた。その際、後頭部をゴツンと打ってしまい頭を抑える羽目になった。
そんなあわただしい彼女の様子をきょとんとした様子で眺めていた男は小さくため息を吐き、方眉を下げた。
「変な想像をするのは勝手だが、生憎ここには車を置きに来ただけだ。このまま進んで公道に出るわけにはいかないからな。ここからは歩いていくぞ」
そう言うと、男はドアを開け車外へと出ていく。車内には頭を抑えたままきょとんとした表情で固まる蓮子だけが取り残されていた。
しかしそれも数瞬で、蓮子は男の後を追うようにして車外へと出た。
「ああそれと、俺はお前さんのような小娘に興味はないから安心してくれ」
その言葉を聞き、自身の想像が杞憂であったと理解したが、年頃の女性として小娘呼ばわりされるのはいい気がしない。
そんな彼女の心境を知らないまま歩いていく男の背中を、むっとした表情で睨みつけながら蓮子は追従した。
「へぇー、こんなとこにつながってるのね」
車を降りて少し歩いたところで、ようやく目的地の麓につくことができた。
蓮子が山に侵入した登山口から少し離れているが、先ほど予想した通り、現在地から商店街はそう離れてはいなかった。
「それじゃ、駅はあっちだから。用心して帰れよ」
「…?何言ってるのよ。豆腐屋、連れてってくれるんでしょ?」
しれっとした顔の蓮子がこてんと小首を傾げた。
「いやあれは冗談で…」と男はつぶやくが、あまりにも蓮子が乗り気になっているため、仕方がないと肩をすくめた。
そうして再び歩き始めた男の背中を、蓮子もまた再び追従した。
件の豆腐屋は、山を下った場所から国道沿いに少し歩いたところに位置していた。
蓮子自身、訪れたことはなかったが、このあたりではそこそこ有名な商店であるため存在自体は認知していた。というのも、その店は昔ながらの老舗であり、機械化が進む現代においても完全なる手作りを売りにしているという、今となっては類を見ない豆腐屋だからである。
実際、初めてその外観を目にした蓮子は、いかにもな老舗だと感じた。最近では漫画や時代劇の中でしか見ないようなそのデザインに感動すら覚えるほどだった。
ほぉっと感心する蓮子を置いて、男は手慣れた様子でガラガラと音を立てながら引き戸をこじ開けた。
「おばちゃーん!生きてるかー!」
男が店の奥に向かって呼びかけている。
蓮子も一足遅れて店に入ると、ショーケースに並ぶ豆腐や厚揚げが目に入った。その奥にはいくつもの水槽が並んでおり、水中では真っ白な豆腐がきれいに整列しているのが遠目に見える。
店先には誰も立っていないが、水槽のさらに奥にあるふすまの向こうから微かにテレビの音が漏れ出していた。
男が呼びかけて少し待っても誰も出てこないため、留守ではないかという考えが蓮子の頭をよぎったのとほぼ同時に、ふすまの向こうで人の動く気配が感じられた。
「はいはい、ちょっと待ってね」
弱弱しい声がふすまの向こうから聞こえたかと思うと、先ほどまで聞こえていたテレビの音がぷつりと途絶え、高齢の女性が姿を見せた。
女性はいそいそとつっかけを履くと、ショーケースの上に置いてあった老眼鏡を身に着け、二人の客の顔をまじまじと見つめた。
「おお、あんたかい。久しぶりだね」
女性が男に気が付いた。
「久しぶり。当たり前だけど前会った時より老けたなぁ。元気してるか?」
「失礼な男だ。あたしはまだくたばるつもりはないよ。それにしても、あんたは相変わらず変わらないね」
失礼な男という女性の意見に、蓮子も同意する。
「そうか?そんなことより、油揚げ買いに来たんだけど残ってる?」
「あとついでに豆腐も二丁ほど」という男の注文を受けると、女性はすでに曲がった腰をさらに曲げてショーケースの中を覗き込んだ。
「そっちの嬢ちゃんは」
「えっ…」
女性が油揚げと豆腐を丁寧に包みながら、目線をよこさずに蓮子へ注文を促した。
豆腐ではなく豆腐屋に興味があってここに来た蓮子は、注文するつもりなどなかったため思わず言葉に詰まった。
「じゃ、じゃあ。…私もお豆腐を一丁お願いします」
「はいよ」
女性の圧に耐えかねて思わずそう答えてしまったが、冷静になって財布の中身を思い出すと帰りの電車賃がぎりぎりといったところで、豆腐を買う余裕などないことに気が付いた。しかし時すでに遅し。女性を見ればすでに蓮子用に包み始めており、今更キャンセルなど言い出せる様子でもなかった。
そうなれば、今頼ることができる人物は限られているわけで。
「ねぇ」
「…なんだ?」
「実は私お金に余裕なくて…。あなたがおごってくれたりしないかしら、なんて…」
恐る恐るといった様子で男へと助けを求める。
さすがに図々しすぎるかと心配したが、予想に反して男は一言で了承の意を示した。
「言われなくてもここは俺が払うつもりだったよ。元はと言えば、お前さんを誘ったのは俺だしな」
それだけ言うと、男は女性に呼ばれ会計と商品の受け取りのためにレジの方へと向かっていった。
「ありがとさん。…って、これちょっと多く入ってないか?」
「ああ、おまけしといてやったよ。……勘違いすんじゃないよ。あんたにじゃなくてそっちの嬢ちゃんにだ」
おまけという言葉を耳にした男が顔をほころばせたのを見て、女性は呆れた様子で勘違いを指摘した。
男はわざとらしく肩を落としたが、本当は分かっていたのかすぐに平常に戻ると蓮子に豆腐の入ったポリ袋を差し出した。
「あ、あの…いいんですか?」
蓮子が袋を受け取りながら恐る恐る訊ねる。
「…また来なよ」
女性は蓮子の問いに対して明確な返答を返さなかった。
そして、仕事は終わったといわんばかりにいそいそとふすまの奥へ戻っていった。
「ありがとうございます」
女性の少し曲がった背中を見つめる蓮子の表情は、自然と温かくなっていた。
それから男と蓮子は店を出て、山を下った場所へと再び戻ってきた。
夏ということもあり周囲は未だに明るいが、空を見ればうっすらと茜色に染まり始めており、国道沿いの歩道にも、スーツを着崩したサラリーマンがちらほらと見受けられる。
蓮子はさりげなく視線を動かし、夕空にうっすらと浮かぶ月を視界にとらえた。
「今更だけど、一つ聞いていいかしら」
「…?なんだ、言ってみろ」
「名前。…あなたの名前を教えてくれないかしら」
男は「ほんとに今更だな」と少し拍子抜けしたようにつぶやき、ゆっくりと蓮子の方へと振り返った。
「カイセイ。それが俺の名前だ」
「カイセイ、ね。ちなみに私は宇佐見蓮子よ。お前さんなんて可愛げのない呼び方じゃなくて、蓮子って呼んでよね」
そう言うと蓮子は、白い歯を見せるようにしてあどけない笑みを男に向けた。
「それじゃあ、今度こそさよならだな。もう道に迷ったりしないように気を付けて帰れよ、蓮子」
「言われるまでもないわって言いたいところだけど…。今日はありがとう。本当に助かったわ」
「それじゃあ」と別れを告げ、蓮子は駅の方へと歩き始めた。
たった数時間の出来事であったが、濃密で不思議な体験だったと蓮子は思い返す。
そして、これからのことを想像しながら、ふと言い忘れていたことを思い出した。ちらりと振り返ってみれば、好都合なことに男は未だに分かれた場所に佇んでいた。恐らくだが、蓮子の後ろ姿を見送っていたのだろう。
男は蓮子が振り返ったことに気が付き、小さく手を挙げた。
「言い忘れてたわ!
それだけ言い残すと、蓮子は再び駅の方へと歩いて行った。その足取りは、彼女の心境を表すかのように愉快気なものであった。
その背中を、男は眩しそうに見守っていた。
これが、カイセイという男と蓮子の出会いであり、彼女たちの運命を大きく変える切っ掛けであった。
蓮子と別れた後、カイセイは一人で小屋へと戻り、自動車に乗って山道を上っていた。
あたりはすっかり薄暗くなったため、人工の光源がない山の中では月明りと自動車のヘッドライトだけが周囲を照らしていた。昼間にけたたましく鳴いていたセミたちの声もすっかり消え去り、周囲には自動車のエンジン音とクビキリギス達の鳴き声、そして時折聞こえる野鹿の甲高い鳴き声だけが響いていた。
20分ほど自動車を走らせたところで、ようやくカイセイの目的地へと到着した。
そこには、こじんまりとした木造屋敷がひっそりと建っていた。
その屋敷は年季が入っている様子であったが、自動車を停めた麓近くの小屋よりかは格段にきれいに見える。
カイセイは屋敷の前に停めた自動車から降りると、鍵を取り出す仕草も見せずに、さも当然のように
こんな山奥にある屋敷だが、カイセイが戸締りを怠ったことはない。
それでも驚いた様子をおくびにも出さなかったのは、彼が侵入者の存在にとうの昔に気付いており、それが誰なのかまで把握していたからに他ならない。
靴を脱いでまっすぐ居間へ向かうと、そこには想像通りの人物が自身の家であるかのように、くつろぎながら茶を啜っていた。
「ずいぶんと遅い帰りだな」
「そう言うお前はずいぶん早くに来たようだな、藍。」
藍と呼ばれた女性は、静かに湯飲みを机に置いてカイセイを薄めで睨んだ。
カイセイと藍は古くからの知り合いであったが、こうして顔を合わせるのは久方ぶりのことだった。特段親しい間柄というわけでもないが、お互いの昔から変わらぬ姿を見れば、ちょっとした安心感すら覚える。
カイセイは彼女の身にまとう中華風に改造された割烹着らしき服と耳のような形の帽子を見て、相変わらず変な格好だと内心で独りごちった。
そんな彼女だが、変わっているのは何も服装だけではない。彼女の容姿で最も目を引くのは、普通の人ではまず持ち得ない尻尾の存在だろう。
そう、彼女の正体は人間ではなく、巷で言う妖怪であった。
「何を言う。私がこの時間に訪ねることは事前に伝えていたはずだろう」
「それはもちろん。俺が言ってるのはお前さんが行った暇つぶしについてだよ」
「…なんのことやら」
藍は白々しくとぼけて見せる。
「お前さんだろう、蓮子にちょっかいをかけたのは」
半ば確信めいた物言いに、藍の右眉がピクリと動く。
カイセイの顔を見れば意地の悪い笑みを浮かべており、なぜという疑問よりも圧倒的な不快感が藍の胸内を占めた。
このまましらを切ってやろうという考えが藍の脳裏によぎったが、目の前の男がそれをさせてくれないであろうことは長年の付き合いで身に染みて理解している。藍は小さく溜息を吐き、湯飲みを持ち直して茶を一口啜った。
「…どうして私の仕業だと分かった」
「簡単なこと。彼女を拾った時にお前さんの妖気がほんの微かに匂ったのさ」
カイセイは得意気に説明しながら愛用の湯飲みへ茶を入れると、藍の向かいの席へと腰を下ろした。
「相変わらず、気持ち悪いくらい鼻が利く。まるで獣じみてるな」
「お前さんほどの妖獣に言われたら鼻が高いってもんだ。なんたって、あの九尾の狐だもんな」
そう言うと、カイセイは視線を藍の尻尾へと向けた。そこには立派な9本の尾がゆさゆさと揺らめいていた。
その視線を感じ取ってか、藍の尻尾は一瞬ピクリと跳ねるようにして動いた。
カイセイと藍は会うたびにこのようなやり取りをしているが、決して不仲というわけではない。むしろ、関係性としては良好でありお互いにじゃれあっているみたいなものだと認識している。
しかし、それでもとげとげしく感じられるのは、藍がカイセイに対して素直になれていないからというのが大きな要因となっている。
「それで?どうしてちょっかいをかけたんだ。正直言って、化かすなんてお前さんの趣味じゃないだろ?」
藍が再び溜息を吐く。
「紫様に言われたから。それ以上でも以下でもない」
「へぇ、あの紫が…」
よほど意外だったのかカイセイは飲みかけた湯飲みを下ろし、眉を上げて藍を見つめた。
「理由は聞かないでくれ。私にも紫様のお考えは分からないからな」
「ああ、今度本人に会った時に訊ねてみることにするよ」
そう言うと、カイセイは今度こそ湯飲みに口を付けた。
蓮子と出会った時点で藍の存在には気が付いていたため、八雲紫が関与していることは想像に難くなかったが、さすがにその理由までは皆目見当がついていなかった。
藍が理由を知らないと言ったのも、本当のことだろうとカイセイは考える。というのも、彼女が主人である紫の思惑を聞かされていないのは毎回のことだからである。
そうなるとやはり本人に聞くしかないと考えたところで、藍が訪ねてきた要件を聞いていないことを思い出した。
「そういえば、今日はどんな用件でここに来たんだ?」
「……」
カイセイがそう訊ねると、藍は突然ぴしりと動きを止めて押し黙ってしまった。
不思議に思って様子を見たものの、なかなか再起動しそうにないためどうしようかと悩んでいると、かすれるような小声で何かを呟いた。
「……ぃ…だ」
「え?」
「だから!……その、…紫様の命令のついでにだな」
弱弱しく、そのまま消え去るんじゃないかと心配になるほどの声量で藍が答える。
そのまさかの返答に、カイセイは思わず己の耳を疑った。
「…は?というと、なんだ。特に要件はなく、場所が近いからついでに寄っただけだと…?」
「…ああそうだ。何か悪いか?むしろ、こんな辺鄙な場所までわざわざ様子を見に来てやったことに感謝してほしいくらいだ」
戸惑うカイセイに対して、藍の態度が少しずつ高圧的なものになる。
しかし、先ほどよりも若干赤らんだ頬が、その態度が本心からくるものではないことを物語っていた。
「悪いってことはないが。俺はてっきりお前さんたちの手に負えないほどの事態が起きたのかと…。まぁ、何も起きてないならいいか」
拍子抜けする要件ではあったものの、特に何も起きていないということを知り、カイセイはひとまず安心した。
藍も一時は取り乱したものの、平静を取り戻している。しかし、それによって若干の気まずさが生まれたのか、取り繕うようにわざとらしい咳払いをした。
「そういうことだから、今日のところは帰るとするよ」
そう言って立ち上がった藍の頬は未だに淡いピンクに染まったままだ。
「ああ、ちょっと待ってくれ」
そう言ってカイセイがポリ袋を差し出した。
「せっかく来てくれたんだ。土産にと思ってな。お前さん、油揚げ好きだっただろう?」
「!?……ありが、とう」
差し出したポリ袋を、藍がうつむいたまま受け取る。
しかし、受け取ったと思いきや、またもやその場で固まってしまう。
しばらくそうしていると、恐る恐ると言った様子で口を開いた。
「お前は、…カイセイはこれからもずっとこっちにいるつもりか?」
「……」
突然の藍の問いに、カイセイは答えない。
彼女は少し言葉を濁してはいるが、何を言いたいのかぐらい理解できる。
つまり彼女はこう言いたいのだ。「幻想郷に来ないのか」と。
「…先のことは決めてないが、たぶんこれからも俺はこっちに居続けるだろう。恐らくな」
あくまでも未定だと、カイセイは慎重に言葉を選びながら答えた。
「そうか」
そう言うと藍は再び動き出し、土産の油揚げを大事そうに抱えながら玄関へと向かった。
カイセイも見送るため、藍の後ろに追従した。
「それじゃあ、邪魔したな」
「ああ、今度はお前さんが土産を持ってこい」
カイセイの軽口を聞き、藍は口元をふっと緩めた。
「…もし、幻想郷に来たくなったらいつでも言ってくれ。きっと、紫様もそれを望んでおられる。橙だって、あまり認めたくはないがお前に懐いている」
「なんだ、お前さんは歓迎してくれないのか?」
「私が歓迎しようがしまいが関係ないだろう。知らないのか?」
藍がふわりと振り返る。
いつの間にかその表情には、意地の悪い笑みが浮かんでいた。
そして一呼吸置いた後、得意気な声色で告げた。
「幻想郷はすべてを受け入れる。それはそれは残酷な話なんだ」と。