輪廻が恒河沙を少し超えたあたりから、ガブエリウスから紋章の機能について聞いた事がある。
「運命者カードに宿った
「機能を独立させてるのか。譲渡条件はパスの規格だけか?」
「パスの規格以外にも、一度魄山の術式が運命者カードを認識する必要がある。例えば君が持つ奇跡の運命者カードだが、それでは一回目の運命大戦の運命者カードの所有者と戦っても
二回目の運命大戦では《零の運命者 ブラグドマイヤー》が喪失した事により、《時の運命者 リィエル=アモルタ》が用意されている。これはガブエリウスが《零の運命者 ブラグドマイヤー》の
故に《時の運命者 リィエル=アモルタ》は、
二回目の運命大戦は《時の運命者 リィエル=アモルタ》のパス規格に合わせて、他の運命者カードの紋章も調整されている。だからこそ俺は
「魄山の術式に認識された上で、二回目の運命大戦の運命者カードの所有者とファイトした時のみ
「条件を満たせないからと言って私の術式を改竄するなよ?
運命者カードが
その他にも妨害対策がいくつも盛り込まれている。おそらくはシヴィルトからの干渉を防ぐ目的だったのだろう。どの並行世界のガブエリウスでも、この術式の強固さは変わっていない。
「いや待て。セーフティは全部魄山の術式に詰めてるのか?」
「紋章にそこまでの機能は持たせられない。運命者カードに細工をするのは容易ではないのだ」
「だからいっそ、
セキュリティは魄山の術式が担保しているから、紋章の機能をシンプルにして運命力《デザインフォース》の譲渡だけは滞りなく行えるようにしている。こういう術式の組み方もありなのかと大いに参考になった。
──それが今では、この有様かよ。
宿命決戦。シヴィルトがガブエリウスの術式を乗っ取り、自身の都合の良いかたちに再構築した運命大戦の亜種。運命者カードの対となるように宿命者カードをも生み出し、運命者と宿命者を争わせ、運命大戦以上の
魄山の術式を解析した上で、大体の仕組みは理解出来た。これは駄目だ。流用するにしても雑過ぎるし、何よりセキュリティの大半がオミットされている。これではどうぞ不正してくださいと言っているようなものだ。お言葉に甘えて、色々仕込ませてもらおうか。
……あわよくば時間の矯正力によって消えた未来のヒカリちゃんをサルベージ出来るような規模で
最大の問題は宿命者カードの所有者だ。藍川クオン、鼎センカ、黒崎キョウマ、西園寺ユナ、向江ジンキ、そして──明導ヒカリ。どこまで世界は、運命はあの兄妹を嘲笑えば気が済むのか。
宿命者達はみんなシヴィルトの精神汚染を受けている。俺も多分受けているんだろうが、やはり自分では分からない。理性のタガが外れて欲望を優先するような思考の動きは今のところ感じられない。
「君は誰かな?」
ぬいぐるみの腹に穴をあけ、そこに鉄パイプを通して串刺しにしたシヴィルトのぬいぐるみを魄山の大舞台に飾り付けていると藍川クオンが到着したようだ。
今の俺はピエロの仮面とスーツ、シルクハットで変装しているので、こちらからボロを出さなければバレる事はないだろう。口調と声色を調整して、と。
「私は星明りに導かれて歩く者。そして此度の宿命決戦の主催を奪った者だよ」
「……すまないが、言っている意味が……」
「分からない、か。ならば言い方を変えよう。私はシヴィルトと争い、そして一時的にあの邪竜の力を封じているのさ。そこに飾られたものが何よりの証明となろう? たとえゴミであろうとも、その末路を語るには充分なオブジェだ」
串刺しのオブジェとして飾られたシヴィルトは反応を返さない。ガブエリウスが用意していた対シヴィルト用の術式がよほど効いているらしい。口を開けば俺の不快指数が上がるので今は非常に快適だ。
「これより開幕するのはシヴィルトが望んだ運命大戦亜種、宿命決戦だ。大体の事はシヴィルトから聞いているだろう? おそらくは運命大戦の事も」
俺の言葉にクオンは返答をしないままこちらを見据えている。当然と言うべきか警戒を崩さない。まぁいい。結局のところ、俺はシヴィルトを始末出来ればそれでいい。この宿命決戦で
シヴィルトが用意した舞台がそのままヤツの断頭台に変わる。あぁ、なんと愉快な事だろう。
「……僕は君の事を何も知らないんだけどね」
「ではこれで納得するかね?」
そして俺は《奇跡の運命者 レザエル》をクオンへと見せる。運命大戦の事を聞いているであろう彼は明らかに動揺している。まさか奇跡の運命者カードが二枚あるとは思うまい。
「何なんだお前は……!?」
「そう怖い顔をしてくれるなよ。別に取って食おうってワケじゃない……むしろ、我々は協力出来る。少なくとも私はそう思っているし、信じている」
「協力、だと?」
クオンの疑問に、俺は笑みを浮かべながら答える。
「願いが叶うとシヴィルトに付け込まれたのだろう? ならば宿命決戦によるチーム戦で宿命者陣営が勝てば……君達の願いを叶えようではないか。あるのだろう? 何を犠牲にしてでも届かせたい祈りが。己を焼き焦がすと知っても尚、手を伸ばしたい渇望が。──私が、君達にチャンスを与えようではないか」
「…………正直、僕はお前を信用しきれない、が。今は、飲み込むしかないようだね」
苦渋の決断だと言わんばかりにクオンは俺の提案にのってくる。精神汚染、思った以上に厄介なものかも知れない。
高校で見た冷静な藍川クオンの時であれば絶対にのってこなかっただろう。欲望を暴走させる、その意味を俺はようやく理解出来そうだ。
◆
藍川クオンと話していると、他の宿命者カードの所有者も魄山の大舞台に集まってくる。クオンからはシヴィルトに呼ばれていると言う話だったか。運命者達もクオンが既に呼んでいるので、もう少ししたら全員集まるだろうとの事だ。
運命者達の因縁の相手。そこには見知った顔も居る。副社長にジンキさん、そしてヒカリちゃん。シヴィルトの願いが叶うという甘い毒にかかった知り合いを見るのは心苦しいが、精神汚染の対処法も分かっている。この大舞台でファイトに勝てばいい。
そこまで考えて、俺は気付く。ジンキさんからシヴィルトの力を感じない。何かしらの方法で精神汚染を回避しているのか。精神汚染を受けたフリをしているのは、シヴィルトを探る為か? まぁ、肝心のシヴィルトは無様なオブジェとなっているので思惑は外れただろうが。
「良くもまぁ願いに誘われて集まったものだ。シヴィルトが人間であったなら、希代の詐欺師として歴史に名を刻んでいたんじゃないか?」
今の俺が竹松ケントであると知られるわけにはいかない。嘲笑う演技で言葉を投げてみんなの反応を窺うが、なんとも鈍い。まるで理解出来ないものを見たかのように思考停止をしているようだ。その視線は串刺しになり、何も言わなくなったシヴィルトに向いている。
宿命決戦の主催者と思しき黒幕が、大舞台のオブジェにされている事がよほど衝撃的らしい。……まぁ、こんなもので済ませる気はさらさら無いのだが。一度殺すと決めたのだ。ならば完膚なきまでに、この赫怒と憎悪と呪いを以ってこの世界から消えてもらう。汚物は丁寧に除去して消毒せねばならない。
「宿命者の諸君。君達がここへ足を運んだと言う事は、ここで運命者達と戦う覚悟があるという事だな?」
みんな言葉を発さずにただ頷く。どうにも状況がいまいち呑み込めていないようだ。クオンには説明したのだが、彼も未だに口を閉ざしたままだ。気まずい沈黙が少しの間降り、そして──。
「……これは、一体?」
明導アキナの困惑した声が聞こえる。どうやら運命者達も到着したようだ。
「ようやく来たか。待ちくたびれたぞ、運命者の諸君」
「あんたは……あの時の!」
「再び会えて嬉しいよ。いや、もしかすると君達にとってはあまり喜ばしくない再会かも知れんがね。ともあれ、ようやく役者も揃った」
「何をするつもりだい?」
タイゾウさんが俺に質問する。正体を知っているからかかなり気軽に聞いてくる。その様子に宿命者のみんなが驚いている。何故こんな胡散臭い奴にそこまで砕けた態度を取れるのか、とでも言いたげだ。
「シヴィルトがやろうとしていた運命大戦……いや、宿命決戦を俺が預かった。運命者陣営と宿命者陣営でファイトを行い、先に四勝した陣営の願いを叶える戦いだ」
「勝ち星が三対三ならどうする?」
「代表者を決めて最終戦を行い、その勝者の陣営を勝ちとする」
と言うかタイゾウさんしか話さないな。他のみんなは俺たちの様子をただ観察するだけだ。……そんなに怪しいか、俺?
「運命者の諸君、心したほうが良い。宿命者には今、シヴィルトの精神汚染の力にかかっている。元に戻したいなら、ファイトに勝つ事だ。……でなければ、まともな話し合いも出来んよ」
宿命者の中に妹が居る事に気付いたアキナが話しかけようとする様子を見た俺はすかさず待ったをかける。ヒカリちゃんの方はそもそも話す気も無いようで、ただアキナを見つめるのみだった。シヴィルトさえ居なければこのような胸糞悪いモノを見ずに済んだと言うのに。やはりシヴィルトはここで殺さねばならない。確実に。
「では、宿命決戦──その第一戦を始めよう!!」
宿命決戦の開幕を宣言した瞬間、みんなのスマホに宿命決戦の通知が送られた。シヴィルトを殺す為の祭典だ。熱く、盛大に祝おうじゃないか。