わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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2025.08.08 一部表現を少し変更。


第二章:3 狂乱の眼(第三者視点)

 その男は異様であった。シヴィルトから簒奪した宿命決戦。その第一戦を、無限の宿命者の勝利を見届けた彼は姿を消した。

 その瞬間、あれほどまでに張りつめていた空気が急速に緩んでいく。誰もが冷や汗を流し、運命者も宿命者もその場を動こうともしない。

 

「おい、あれは何だ? 人の姿をした化け物じゃないか」

 

 凌駕の宿命者、鼎センカが問いかける。あの男曰く、宿命者はシヴィルトの精神汚染を受けていると言っていたが今この時だけは誰もがその影響から脱していた。

 赫怒と憎悪と狂乱を想起させる、禍々しくも煌びやかな紅き双眸。道化の仮面を付けようとも、その邪悪な眼の輝きだけは誤魔化せない。間違いなく、あれは誰よりもシヴィルトの精神汚染に嵌っている。

 

「少なくとも会話は出来るさ」

「本気ですか、タイゾウさん?」

 

 清蔵タイゾウの気楽な言葉に、明導アキナは信じられないと言葉を返す。あの男はもう見るからに正気ではない。常識を表面に張り付けた狂気そのもの。物言わぬシヴィルトのぬいぐるみから視線を逸らしながら、黒崎キョウマは尋ねた。

 

「タイゾウ。お前はヤツの正体を知っているな?」

「もちろん。何せあいつは運命大戦の時の協力者だったからな。あぁ、先に言っておくが名前は出さないぞ。ただあいつは、みんなが思っているほど危ない考えを持っているヤツじゃないのは確かだ」

 

 タイゾウの言葉に全員が絶句する。宿命者達もシヴィルトから運命大戦の情報を聞かされている。いるからこそ──。

 

「まさか、タイゾウさん!」

「アキナ君は当然気付くよな。そうだ。()()も知っているよ」

 

 言葉を濁してはいたが、アキナの予想を裏付けるには充分だった。つまりはタイゾウと未来の明導ヒカリに正体を明かした上で、協力者として扱われるほどに信用された人物という事になる。そんな人間が存在するのか。少なくとも明導アキナに心当たりはない。

 それは他のみんなも同様のようで、誰も彼もが首を傾げている。

 

「彼は運命大戦の時、シヴィルトの情報を求めていた。大切な人を助ける為の鍵を探していると」

 

 ガブエリウスの言葉に、他の者達は皆訳が分からないという表情をしている。シヴィルトと、大切な人を救うという目的との関係が見えてこない。むしろあの男が自身の欲望の為にシヴィルトを利用しようとしているという意味にしか聞こえてこない。

 

「……理由はどうあれ、もしシヴィルトを利用して被害を出すと言うのなら──」

 

 その時は全力で止める。精神汚染の狂乱が何を切っ掛けにして起爆するのか分かったものではない。宿命者も条件は同じなのだが、決定的に違うところがある。

 あの男はガブエリウスの術式を熟知し、そして扱う事が出来る。何度も転生を繰り返したという彼の発言が正しいのであれば、おそらくはガブエリウスが知る限りの情報を既に持っていると言ってもいい。シヴィルトに操られたガブエリウスと同等の力を持つ存在が何食わぬ顔で日常を送っている。これほどの恐怖などそうそう存在しないだろう。

 

「でもさぁガブちゃん。実際どう? 手に負えそう?」

 

 禁忌の運命者、伊勢木マサノリは茶化しながら言うが正直シャレになっていない。ガブエリウスから散々危険性を聞かされたシヴィルトが、彼の手によってあっさりと無力化されているのだ。

 もしもその力が運命者や宿命者に向く事があれば。狂乱の末路を聞かされていれば気が気ではないだろう。タイゾウが話した大切な人を助けたいという願いを持っていると言う事は、その実何のセーフティにもなっていない。

 

「助けたいなんて願いほど歪ませ易いものはない。誰を? いつまで? どうやって? そんな曖昧な欲望で狂っちゃえば、何しでかすか分かんないでしょうよ」

「伊勢木マサノリ。言いたい事は理解するが、だからと言ってこちらからは何も手出しは出来ない。今は情報が何もないのだ」

 

 シヴィルトを超えるイレギュラー。この瞬間、運命者と宿命者の考えは一致していた。とんでも無い事に巻き込まれてしまった、と。

 

 ◆

 

 ──<明導ヒカリ(未来)Side>

 

 それは意識を失うまでの最後の記憶。

 

『──ッ! あぁ、約束だ! 絶対に、絶対に見つけ出す! そして、今度は必ず救う!! 救って見せる!!』

 

 泣きながらも力強く告げたあの人の言葉が、今も脳裏に焼き付いている。あの人は本当に消えた私を救う為にまた繰り返すだろう。

 

『必ずだ! 約束するッ!! 必ず君を見つけ出して、今度こそ救って見せるッ!! 那由他で足りないなら、不可思議、無量大数、その果てにいくら桁を重ねても!! 俺は必ず君と出会う!! だから、だからッ! 君も、生きる事を……諦めないでくれ……ッ!』

 

 何度でも、何度でも、何度でも。永遠とも呼べる輪廻の果てに、もしかしたら私を見つけ出すかも知れない。

 あの決意に満ちた優しい瞳を見ると、私の世界のケントさんを思い出す。お兄ちゃんが失踪した後、魄山の惨状をニュースで見て居ても立っても居られない私を、彼はあの場所まで連れて行ってくれた。

 

『こほっ、こほっ……!』

『ヒカリちゃん。まだ進めそうかい?』

『……はい。行って確かめなきゃ……っ!』

 

 道中で何度も咳き込む私の背をさすってくれて、でも戻ろうだなんて一言も言わなくて。私が、自分の目で現場を見るまで納得しないと薄々気が付いていたのだろう。無理を言った私を、あの人は優しく支えてくれた。

 懐かしいなぁ。私の過去を共有できる人はもういない。私がお兄ちゃんの居ない世界を捨ててしまったから。そして、そんな私ももう直ぐ消える。

 

『約束、だから。ケントさんが諦めないなら……私も待ってる。だから……っ』

 

 約束、したんだけどなぁ。何とか意識を保とうとしても、自分が自分でなくなっていく感覚がどうしても消えてくれない。ごめんねケントさん。約束、守れそうにないや。

 

――。

 

「目が覚めたか?」

「……っ?」

 

 そして、私は清蔵タイゾウのオフィスのソファで目が覚めた。あの人みたいに並行世界に飛ばされたかと思ったけれど、目の前の清蔵タイゾウは明らかに私を知っているようだった。

 聞いた話では、彼の会社近くの路地裏に倒れていたらしい。あの時私は確実に世界から存在が消えた筈だった。けれど、今こうして再び呼び戻された。そして辿り着いた結論はまだお兄ちゃんを死の運命から救えていないというものだった。

 それは私が目覚めて少しして清蔵タイゾウから聞かされた宿命決戦のあらましを聞かされてから、より一層強くなった。

 

「宿命決戦……初耳ね」

「つまり未来では起こり得なかった可能性って事か。あいつは運命大戦の雛形を流用した亜種だと言っていたが……」

「ケントさんが関わってるの?」

 

 運命大戦と同じように動くと思っていたから驚いた。けれど、事態はそう単純では無いらしい。

 

「あいつは今、シヴィルトの精神汚染の影響を受けて宿命決戦を乗っ取っている。……欲望を暴走させていつ狂乱するか分からないそうだ」

「話は通じるのでしょう? だったら──!」

「俺はあまりおすすめしないね。あいつは転生を繰り返し、いつかアキナ君やヒカリちゃんを救うと言っていた。もし救う対象に未来のヒカリちゃんも入っているとすれば、宿命決戦よりも君を優先して状況を悪化させかねない」

 

 清蔵タイゾウの言葉に、私は思わず押し黙る。心当たりがあるからだ。

 

『俺は、救いたかったんだ。アキナを、ヒカリちゃんを──君をッ!』

『……それでも、俺は君にも生きてほしかったんだッ!! 俺が居場所になるなんて自惚れた事は言えない! けど、だけどっ! 断言出来る事が一つあるッ!! 君が、居場所を見つけられるまで、俺は絶対に手を伸ばす! 伸ばし続ける!!』

 

 私が消える瞬間に吐き出されたあの人の言葉が、感情が、宿命決戦よりも私を優先するだろうと何よりも物語っている。もしかすると、お兄ちゃんを傷つけてでも。

 

「もし宿命決戦を探るなら、あいつに見つからないようにしてくれ。他のみんなはあいつを警戒している。危ない考えは持っていないと説いても、名前を出すわけにはいかないから信用されなくてね」

「……分かった。気を付けておくわ」

 

 一度、今のあの人を見ておく必要があるだろう。そしてもしみんなに、お兄ちゃんに危害を加えるというのなら……私が止める。絶対に。

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