わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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第二章:4 渇望

 満たされない。満たされない。何も満たされない。足りぬ足りぬと童の如く喚くわけではないが、今の俺はどうしようもない飢餓に襲われていた。成果を手にしている筈なのに、砂のように零れ落ちているような精神的な感覚がずっと続いている。

 俺がここまで飢えを感じるようになったのはいつからだろうか。もしかするとこれが精神汚染による暴走の兆候なのだろうか。分からない。情報が足りない。推測が立てられない。

 シヴィルトから宿命決戦を乗っ取って、その運命力《デザインフォース》をガブエリウスに譲渡してヤツをこの世から消す。それは俺が今抱いている一番の願いの筈だが、どうしようもなく渇くのだ。

 俺は何かを間違えているのか? 俺は何か思い違いをしているのか? 俺は何かをはき違えたのか? 分からない。分からないんだ。段々と悪意に苛まれる頭では、最早シヴィルトへの厭悪以外は過ぎりもしない。

 声が聞こえる。本当にこれで良かったのだろうか、と。

 声が聞こえる。赫怒と憎悪と呪いに支配された禍々しいこれが、本当の願いだと本気で思っているのか、と。

 声が聞こえる。破壊と狂乱に満ちた先に望んだ未来を本当に描けるのか、と。

 声が聞こえる。時間の矯正力によって世界から消されたヒカリちゃんを救う為に、お前は歩き出すんじゃないのか、と。

 声が聞こえる度、俺の渇きが強くなる。求め、祈り、願い、望み、手を伸ばしたその果てには勝利があると信じている。だが、その渇きを埋めるようにとめどなく殺意が湧いてくる。シヴィルトを殺せと本能が叫んでいる。そして叫び声に搔き消されるように疑問の声が霧散する。そこに晴れ渡るような感覚は無く、ただただ悪意が渦巻き澱むのみ。俺と言う人間の魂がノコギリでガリガリと削られていくようだ。

 そんな有様でも一つはっきりした事がある。シヴィルトの力はあまりにも危険だと言う事だ。己の内から湧き上がる怒りが、飢餓が、時間が経つほどに強くなっている。甘く見ていたのだろう。所詮は力の残滓だと。……残滓だけで、ここまで精神に影響が出るのか。

 

 ──既に宿命決戦は残すところ後一戦、いや二戦になるかも知れないな。運命者陣営が三勝しており宿命者陣営が二勝の状況。ここで運命者が勝てば終わりだが、宿命者が勝てば代表戦にもつれこむ。果たして勝つのは運命者か、それとも宿命者か。()()()()()()()()()()()

 

「ねぇ、あなた大丈夫なの?」

「……急にどうしたのかね、明導ヒカリ」

 

 今日の宿命決戦は奇跡の運命者と時の宿命者のファイトだ。藍川クオンと話していた彼女が、今度は俺に話しかけてきた。俺を警戒していたヒカリちゃんが、何を思って話しかけてきたのか……。

 

「汗、すごいよ? 具合悪いんじゃない?」

「……気にするな、問題無い。それよりも次は君のファイトだろう。明導アキナとの一戦、心の準備はいいのかね?」

 

 彼女を引き離そうと話題を逸らすが、何故か彼女は納得しない。それどころか眉間に僅かに皺を寄せてハンカチを取り出してくる始末だ。一体どうしたんだヒカリちゃんは。どうして急にこんな事を?

 疑問に思って、次の瞬間の彼女の行動に反応が遅れてしまったのがまずかった。

 

「ッ……!?」

 

 ヒカリちゃんがハンカチで俺の汗を拭こうとした瞬間、仮面に手を伸ばして外そうとしてくる。少しずれて目元が露出するが何とか元に戻す。ちらりと彼女の顔を盗み見ると、まるで信じたく無かったものを見るかのような表情に変わっている。あの一瞬で、俺の正体に辿り着いたのだろう。

 薄っすらと俺の正体に気付いていたのだろうか。そして、そんな筈はないと自分に言い聞かせていたのだろうか。

 

「どう、して……あなたが……?」

 

 その反応はかつての輪廻で散々見たものだ。二回目の運命大戦でヒカリちゃんとファイトをする時に見た表情そのままだ。

 まったく、無茶をするものだ。俺が君に危害を加えるような男だったらどうするつもりだったのやら。

 

『どう、して……あなたが……ッ!?』

 

 ──あぁ、本当に同じだよ。どの世界でもヒカリちゃんはヒカリちゃんだ。未来に幸あれと願わずにはいられない俺が愛する女性。

 

「……明導アキナも来た。そろそろ行かなくて良いのかね?」

「聞きたい事が山ほどあるんだけど」

「私は……いや、俺はもう逃げも隠れもしない。全て終わった後で答えよう。約束だ」

 

 そう言うとヒカリちゃんは不承不承ながら引き下がってくれた。絶対に納得はしていないだろう。だがそれでいい。終わった後で打ち明ければ良いだけだ。

 約束。あぁ、そうだ。俺はヒカリちゃんとの約束は破らないさ。

 

 ◆

 

 ──<明導ヒカリ(未来)Side>

 

 宿命決戦の第六戦が今終わった。この世界の明導ヒカリ()の勝利というかたちで。

 これで勝ち星は三対三。決着は代表戦でつける事となった。

 

「両陣営ともに素晴らしいファイトだった。やはり祭りとはこうでなくてはならない。まさに一進一退と言うべき大激戦だ! さて、勝敗は代表戦に委ねられたわけだが……宿命者陣営の代表は誰かな?」

 

 変わり果てた。そう表現してもいい彼の姿に、最初は思わず嘘だと声を漏らしてしまった。精神汚染を受けた者特有の赤眼が今も強く輝いて、彼が狂気に染まってしまった事を知らせている。

 清蔵タイゾウから精神汚染者にファイトで勝てば元に戻ると聞いている。現に彼は黒崎キョウマとのファイトに勝ち、それを証明している。他に勝った者も同様だ。けれど……元に戻ると言う実例があるのにも関わらず、本当に元のあの人に戻るのかと疑ってしまう。そう考えてしまうのはあの尋常じゃない眼の輝きに恐怖を抱いているからなのか。

 

「私がもう一度行くよ。……ここで勝って願いを叶える!」

 

 あの人の言葉に名乗りを上げたのはこの世界の私。過去に──十年前のキャンプに戻ってお兄ちゃんの失われた時間を取り戻すという願いを抱えた明導ヒカリだ。

 対する運命者の代表は、このままだとおそらくお兄ちゃんになるだろう。もう一度ファイトして今度こそ助ける、そう思っているかも知れない。

 だけど──。

 

『もし宿命決戦を探るなら、あいつに見つからないようにしてくれ。他のみんなはあいつを警戒している。危ない考えは持っていないと説いても、名前を出すわけにはいかないから信用されなくてね』

 

 清蔵タイゾウの言葉が頭を過ぎる。このまま見ているだけで私は良いのか? またお兄ちゃんに任せるだけ任せて、本当に後悔しないのか? 自分を納得させられるのか?

 疑問がいくつも浮かんでは消えていく。私はいつまでもお兄ちゃんに甘えていて、本当に良いのか?

 

「……違う。これは、明導ヒカリ()がやらなくちゃいけないんだ」

 

 お兄ちゃんじゃなくて、自分自身で向き合わなくちゃいけない問題なんだ。手遅れの私が、せめてこの世界の明導ヒカリ()が手遅れになる前に止めなくちゃいけない。

 

「次、運命者陣営の代表者は誰かな?」

「私がファイトする」

 

 あの人の声に返答するようにファイト場へ足を進める。心臓の音がうるさい。今のあの人が、私の姿を見てどうなるかなんて分からない。だけど、だけど──私は私の意地を通す。

 

「えっ……?」

 

 呆けるようなこの世界の私の声を無視して、私が持つ運命者カードをあの人へ掲げて見せる。

 

「参加資格ならあるでしょう? 私も、時の運命者カードの所有者なんだから」

「な、何故……ッ!? ……い、いや。今は……いい。何も言うまい。……分かった。参加を許可しよう」

 

 あの人は明らかに狼狽している。けれど、狂ったりせずに平静を保とうとしている。完全にシヴィルトに飲み込まれたわけじゃない。まだあの人の理性は生きている。

 そして一斉にみんなのスマホから着信音が鳴る。そこに記された文字は、言うまでも無いだろう。

 

 ──『時の運命者』 対 『時の宿命者』

 

 宿命決戦に私の参加が認められた瞬間だった。




次の話は少し遅くなります。
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