「
七千二十三恒河沙四十八極三十六穣百十二回目の人生から、本格的に存在証明の確立方法に手を伸ばしていた。今の俺ではどう足掻いてもヒカリちゃんを救えない。だから、過去に跳んだヒカリちゃんを助ける方面にもアプローチする事に決めた。
二回目の運命大戦の最中に、ガブエリウスからいつものように情報を聞き出す。
「一つ目は唯一性存在の証明。世界は同一存在を認めない」
「……それ、ヒカリちゃんが過去に戻った瞬間に矯正力で消されないか?」
「否。現在の明導ヒカリと過去の明導ヒカリでは同一存在として扱われない。時の運命者に選ばれたのは今の明導ヒカリだけだからだ」
時の運命者に選ばれたと言う差異がある以上、世界は二人の明導ヒカリをよく似た別人と判断する。存在証明の確立にあたり、唯一性存在の証明は無視出来る要素ではあるようだ。
「二つ目は時間的存在の証明。世界は
「時間、か……」
「過去に戻り彼女の願いが果たされるまで、時の運命者の力が時間の流れを改竄し続ける。故にそれまでは時間の矯正力も無視出来るという理屈だな」
未来のヒカリちゃんを助ける為にはこの存在証明をどうにかして確立し、矯正力の対象から外す必要がある。その為の壁が時間的存在の証明だ。
ヒカリちゃんが過去へ跳躍する限り、時間の流れはどうしても食い違ってくる。時の運命者の力が消えれば時間の流れを改竄出来なくなり、世界が彼女を見つけてしまう。
そうさせない為には時間の流れを過去に合わせる必要があるのだが、時の運命者の力以外で時間に干渉出来るのか?
「……なぁ、ガブエリウス。そもそも
「正確には人間以外の生物も全て
「時の運命者の力があるとは言え、情報を書き換えられた
「
個体の識別は出来ない。あくまでも
「何となくだが、進む方向は見えた気がする」
「……一応言っておくが、君が進む方向は自滅の道だと理解しているか?」
これまでのやり取りで俺がやろうとしている事を理解したのだろう。ガブエリウスが呆れ声で聞いてくるが、そんな覚悟は最初からある。
親友の言葉と彼女への恋を星明りとして、先の無い永劫の旅路を踏破する。自滅だと? それがどうした? 俺の命ほど軽いものなど無いだろう。この程度の代償でヒカリちゃんを救えると言うのなら喜んで差し出そう。たとえ、輪廻が途切れて旅路が終わりを迎えるとしても。
「もちろんだ。俺の命など塵芥も同然で、燃やせば愛する人達が生きる未来を……奇跡を手繰り寄せられるかも知れない。自滅の道だと? 当然理解しているともガブエリウス。ただ、その程度では俺の歩みは鈍りもしない。……さようなら、今生のガブエリウス。次の運命大戦の最終戦が、俺達の永遠の別れだ」
「そうか。ならば私はもう止めない。君を止める役目は、いつかの輪廻の私に託すさ」
その言葉を背に受けながら、俺は人生を消費していく。彼女を救う
◆
かつての輪廻で交わしたガブエリウスとのやり取りを思い出す。ヒカリちゃんを救う為に頭に叩き込んだ情報を整理していくのは、さながら走馬灯のようだった。
今、俺の目の前で二人のヒカリちゃんがファイトをしている。片や自分が病弱になってしまったせいで、兄が本来享受できた青春の時間を奪ってしまった罪悪感から過去へ旅立ち、自分が病弱になる未来を取り除く事を望む今のヒカリちゃん。片や兄の死の運命から救う為、自分の世界を捨てて過去へと跳躍した未来のヒカリちゃん。
自分同士のぶつかり合い。文字通り、彼女たちは今向き合っているのだ。誰もが固唾をのんで見守っている。
この世界のヒカリちゃんは今、シヴィルトの精神汚染の影響を受けている。しかしその影響で表面化している渇望は彼女自身が長年募らせたものだ。そして、それを理解出来るのは未来の彼女自身をおいて他に居ない。
「あなたもちゃんと向き合うべきだ。明導アキナと」
「そんな事……するまでも無い! あの事故さえ無ければ、お兄ちゃんは私に構う事なく自由にいられた! 今までの不幸な人生よりそっちの方が──ッ!!」
「不幸? 不幸って、誰が決めたの?」
既にファイトは終盤戦。最早お互いリソースなど残っていない。ターンプレイヤーである未来のヒカリちゃんがダメージを二点入れる事が出来れば彼女の勝ち。ダメージが六点に届かなければこの世界のヒカリちゃんの勝ちだ。
「そんなの」
「あなただけの思い込みでしょッ!? お兄ちゃんは一言だってそんな事は言ってない筈だよ。あんなに私達を思ってくれたお兄ちゃんに、嘘があったって本当に思ってるのッ!!?」
「そ、それは……」
「決めつける前に、お兄ちゃんに気持ちを全部ぶつけるべきだよ。だって、あなたのお兄ちゃんは手の届く場所に居るんだから!」
未来のヒカリちゃんの言葉に、この世界のヒカリちゃんは言葉を失う。未来のヒカリちゃんは既にアキナを喪っている。自分が抱いた思いはもうぶつける事が出来ない。……彼女が本当に喧嘩をしたかった相手はもう居ないのだ。
だからこそ、この世界のヒカリちゃんにそんな悲しい思いをさせない為にも未来のヒカリちゃんは決して諦めない。過去の自分自身をも救うべく彼女は手を伸ばし続けるのだ。さながら明導アキナのように。
「……手の届く場所、か」
そうだね、ヒカリちゃん。俺もそう思うよ。手の届く場所にいるのなら、手を伸ばさない理由など無い。そして今、シヴィルトへの殺意によって拵えた宿命決戦だったが……未来のヒカリちゃんを救う為の条件も概ね揃っているのは何とも皮肉めいたものを感じさせる。
もしも未来のヒカリちゃんを救えるなら俺の命など些事でしかない。彼女たちのファイトの決着も近い。そうなれば次は俺の番だ。俺が彼女を時間の矯正力から救い出し、この輪廻の旅路に終止符を打つ時だ!
◆
──<明導ヒカリ(未来)Side>
この世界の明導ヒカリが明導アキナと言葉を交わしている姿から視線を逸らし、私はもう一人の向き合うべき人を見つめる。ファイト場の二階から私達を見下ろしながら拍手をしている一人の男性。
竹松ケント──道化の仮面を貼り付けて、スーツとシルクハットで素性を隠す、運命大戦における協力者の一人。彼は今、禍々しい双眸を輝かせながら笑い声を静かに吐き出している。そこに喜びの感情は乗っていない。笑いどころだからという理由で、半ば義務のように表情を表に出している。
「次はあなたの番よ。降りてきなさい」
「俺の番……。そうか、そうだな。君はそう言ってくれるのか……」
静かに。だけど、どこか危うい色を秘めた声で彼は呟く。そしてみんなのスマホから一斉に着信音が鳴り響く。そこに記されていたのは──。
──『時の運命者』 対 『奇跡の運命者』
「え? お、俺?」
お兄ちゃんの困惑した言葉を耳に入れつつ、次の彼の言葉を待つ。あの人が《奇跡の運命者 レザエル》を持っている事は知っている。だからこそ、宿命決戦は運命者と認識したのだろう。
「宿命決戦。実に素晴らしいファイトだったよ」
その朗々とした声で謳うように彼は告げる。ゆっくりと階段を降り、ファイト場へと近づいて来る。
「無限は零を蹂躙し、標は天の秤を破壊し、守護は禁忌の扉を閉ざした。万化は至高を跳ね除け、無双は凌駕を断ち斬り、時の宿命は奇跡の運命を破ったが、時の運命の前に屈した」
黒幕を気取るのはもう止める。観戦者から主役として舞台に立つ。彼には最早、これ以上正体を隠す気が無いのだろう。
みんなの注目が彼に集まる。そんな中、あの人は自身の顔に手を伸ばし、このファイト場の中央で仮面とシルクハットを投げ捨てた。
「だが一つ。私は──俺は、どうしても知りたい事がある」
──『時の運命者』 対 『奇跡の■■■』
宿命決戦の対戦カードにノイズが奔る。妙な音を立てて徐々に文字が変わっていく。
「果たして時の運命は、奇跡の宿命を打破出来るのか──見せてくれよヒカリちゃん」
──『時の運命者』 対 『奇跡の宿命者』
対戦カードが完全に書き換わり、あの人は──ケントさんは自身の《奇跡の運命者 レザエル》を掲げる。
「ケン、ト……? 何で、何でお前が……?」
「何故と聞かれても答えにくいが……結局のところは成り行きだよ。シヴィルトと出会い、宿命決戦を奪い、そして今ここで未来のヒカリちゃんと戦おうとしている。……全て成り行き、あるいは運命と呼ぶ者もいるかもな?」
お兄ちゃんの質問に答えるケントさん。けれど、その言葉ははぐらかしているように聞こえる。他のみんなも、彼の正体に驚いているのか、目を見開き嘘だろうと呟いている。
「黒幕の正体が
「随分な大物が出て来たじゃないか。世界の栄光を喰らい尽くした伝説的ファイター……引退していたと思っていたが、まさかここで出会えるとはな」
員弁ナオと鼎センカの反応がある意味この場の代弁となっている。私が過ごした過去と違う経歴を持つあの人は、私にとってイレギュラーだった。けれど運命大戦の時、彼は自分の素性を隠す事なく明かした上で私に協力してくれた。
「ケント! これがお前の願いなのか? 宿命決戦が、本当にお前のやりたかった事なのかッ!?」
「違う。俺のやりたい事は揺らぐ事はない。大切な人を救うと言う誓いは、今もこの胸に変わらずある。宿命決戦はあくまでもシヴィルトの処刑手段でしか無かったさ。……今、この時まではな」
お兄ちゃんと話していたケントさんがこちらに向き直る。お互いにファイトテーブルへデッキを置いた。
「そこで、この世界のヒカリちゃんと一緒に見ていろアキナ。那由他の果てまで輪廻を繰り返した愚かな男の──歩んだ旅路の集大成を!」
「何をするつもりなんだ……? 未来のヒカリとファイトして、お前は……!」
「運命大戦の時、未来のヒカリちゃんが介入して明導アキナは救われた。そして今、過去へ旅立とうとした明導ヒカリも救われた。……じゃあ、未来のヒカリちゃんは誰が救ってくれるんだ?」
ケントさんの言葉にお兄ちゃんは二の句を継げない。
「このままだと彼女が時間の矯正力によって世界から消滅する事はもう聞いただろう? 実際に俺は一度その現場を見ているんだよ。消えていくヒカリちゃんに、俺はただ自分の気持ちを叫ぶしか出来なかった。この先何度輪廻を繰り返そうとも必ず君を探し続ける、と」
「そんな……」
「だが、今こうして再び俺は未来のヒカリちゃんと出会った。アキナとヒカリちゃんを救うと言う誓いには、未来のヒカリちゃんも含まれている。……いや、むしろ俺は未来のヒカリちゃんが生きていける世界が欲しかったのかも知れないな」
だけどお兄ちゃんは納得しない。何となくケントさんから良くないものを感じるのだろう。私も感じる。このファイトの後、ケントさんが死んでしまうんじゃないかと思ってしまう程に、今の彼には死の気配が纏わりついている。
何を馬鹿なと理性が笑う。だけど本能が危ういと叫んでいる。精神汚染を受けているという事を加味しても、今のケントさんの気配は異常だった。
「話はもう良いだろう、アキナ? 俺も名残惜しいが……やる事があるからな」
「ケントッ!!」
「後はファイトの中で語るとしよう。……始めようかヒカリちゃん。俺と君の、最後の宿命決戦を!!」
ファーストヴァンガードをテーブルに置き、お互いに運命者カードを掲げる。これが正真正銘、最後の戦いになる。
「宿命に」
「決着を」
「「ディバイン!!」」
開戦の狼煙と共にカードのスリーブが上書きされる。運命者の紋章が刻まれた青いスリーブに。そして彼の方は運命者の紋章が刻まれた──赤いスリーブ。まるで運命者と宿命者が混じり合ったかのような、ちぐはぐなスリーブだった。
「「スタンドアップ、ヴァンガード!!」」
次話でファイト描写を入れる予定です。
ディアデイズ2でストーリーを進めてはいますが、プレイングには期待しないで頂ければと思います。
更新に関しても、もしかしたらまた遅くなるかも知れません。