これは残響。
感じるのは悲嘆である。感じるのは憎悪である。感じるのは絶望である。感じるのは悔恨である。それらは全て親友を、そして恋をした女性を喪い続けた竹松ケントの心に沈殿した過去の残骸そのものだ。
「これは……ケントの記憶、なのか?」
駆け抜けていくイメージの濁流に飲まれながら明導アキナは驚愕する。宿命決戦の延長戦が始まってから明かされていく情報にまだ心が追い付いていない。
今、ここに再現されているのは二回目の運命大戦だ。未来の明導ヒカリから話は聞いていたが、それは彼女が勝った世界での話だ。流れていくイメージはケントが勝ち、ヒカリが負けた世界だ。
『どう、して……あなたが……ッ!?』
アキナも聞いた事が無いような、憎しみに満ちた声。運命大戦にてケントと対峙するヒカリは吐き捨てるように続ける。
『──最ッ低……!!』
腹の底から煮え滾る怒りを隠しもしない。未来の妹の殺意に晒され、アキナはただ絶句する。
「な、何ですかコレ?」
「人生を繰り返したって、本当にそのままの意味だったって事……?」
西園寺ユナと西塔ミコトも、目の前に広がる惨状をうまく咀嚼出来ていない。憎悪に満ちたヒカリが現れては消え、現れては消え、そして次に漂ってくるのは噎せ返るような血の匂い。
「う──っ!?」
「いやぁ、こりゃあヤバいね」
向江ジンキは顔を顰め、伊勢木マサノリは冷や汗を流しながらも飄々と笑う。靴にまで染み込みそうな程の夥しい血に、誰もが鼻や口を押える。
ビルからの転落死、飛び出しによる事故死、服毒、自刃、首吊り。
絶望の淵で明導ヒカリの命が無数に、そして無惨に消えていく。かつてヒカリだった肉片が飛び散り、所々で悲鳴が上がる。
『どうして! どうして!? 私はお兄ちゃんを、助けたかったのにッ!!』
こんな筈ではなかった。死んでいく明導ヒカリの叫びに、未来とこの世界の明導ヒカリは目を逸らす事が出来なかった。並行世界の同一人物であるが故に、その無念は痛いほどに理解出来たから。
『ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァァァッッッ!!!!!』
救っては零れ、救っては零れ、死の連鎖を断ち切る事が出来ない。苦悶と怨嗟の地獄絵図の中で、イメージの中の竹松ケントが慟哭する。これは呪いだ。彼女を救う為の牢獄から抜け出す理由を咎める鎖だ。
「何だよこりゃあ……!?」
「地獄か、ここは?」
清蔵タイゾウと黒崎キョウマは戦慄する。彼が何度も人生を繰り返している事は聞いていた。しかし、ここまでの惨劇を経験しながらだとは微塵も思っていなかった。
大切な人を救いたいと言う普遍的な願いが、この積み重ねの果てに渇望となったのだろうか。
「これが……俺が願いを叶えた後の末路、なのか……?」
「スオウ……」
呼続スオウは並行世界の自分が引き起こした悲劇に震え、藍川クオンは心配そうにそれを見つめる。
「いくら何でも限度があるでしょ。……どうして、ここまで……?」
「譲れないモンがあったんだろうさ。けど、これは……なぁ……」
次々と屍の山が築かれていく様に、員弁ナオと鼎センカは顔を歪める。
竹松ケントがもたらした
この地獄の先は遥かに遠い。那由他の果てまで歩いた男の足跡がこの程度で終わる筈も無い。悲劇の幕は開いたばかりだ。
◆
──<明導ヒカリ(未来)Side>
「……ねぇ。本当に、こんな世界をあなたは体験したの?」
この世界の明導ヒカリが問いかける。けれど、私は首を横に振るしかない。
お兄ちゃんを喪った世界は確かに残酷だったけれど、死と血の匂いに満ちたものでは無かった。世界から彩りが消えた私と、愛する女性の屍を積み重ね続けた彼。
「私が体験したのはここまで残虐な世界じゃない。だけど、もし運命大戦で彼に負けていれば……私もこのイメージの中で死体として転がっていたかも知れない」
「うん……。それは何となく分かるよ」
手を伸ばせば奇跡が舞い降りるなんて思っていなかった。私はただ光の無い暗闇を歩いていたから。それは彼も同じだろう。流れてくるイメージの中に希望と言う光がどこにも無い。
こんな闇の中でどうして諦めずに歩き続けたのか。いっそ全てを投げ出してしまえばケントさんが傷つく事も無かった筈なのに。
『……わずかな光でも手を伸ばした者にのみ奇跡は舞い降りる』
『アキナの……俺の親友の言葉にして、この旅路を照らしてくれた星明りだ。この言葉と、君への恋を抱きながらここまで足を進めて来たんだ。……君は決して諦めない。分かっているさ。諦めてくれと言ったところで聞きやしない。一度こうと決めたら曲げない……そこもまた、君の魅力なのだけれど』
『俺は止まらない! 止まれないんだよ!! 俺はこの旅路で、ヒカリちゃんを救うと誓いながら愛する女性を殺し続けた罪人だ! ここで君を時間の矯正力から救う事を諦めてしまったら、彼女達の犠牲が無駄になってしまう! それだけは絶対に許されないッ!』
……あぁ、そうか。そうだったんだ。だからあの人は、星と表現したんだ。手を伸ばしても決して届かない、暗夜に輝く希望の光。それを求めて、標にして、彼はここまで歩いて来たんだ。
死の運命のイメージの中、宿命決戦の延長戦で彼の語った言葉の意味をようやく理解出来た。いや、もしかしたらまだ理解が足りないのかも知れないけれど。
甘く見ていたのかもしれない。ケントさんの執念を。覚悟を。だから……私が止めてみせると思い上がってしまったのだろうか。
「だけど、やっぱり私はケントさんに犠牲になってほしくない」
イメージに巻き込まれたみんなの中にケントさんの姿はどこにもない。このイメージは彼の記憶を想起させているのだから、彼が巻き込まれていないというのは考えにくい。無数の運命大戦の様子が流れている事で気付いたのは、イメージが進むにつれてケントさんのプレイングが僅かに甘くなっていっている事だ。
おそらく、これは彼の記憶を遡っているのだろう。ランダム再生ではなく逆順再生であるなら……彼の居場所はこの旅路の出発点、だろうか。一番最初の、年数で数えれば星の一生よりも遥かに古い原初の記憶。
「じゃあ、
いつの間にか私たちのところへ来ていたお兄ちゃんが私の背中を押す。その後ろには流れてくるイメージと連動した感覚に顔を顰めるみんなが居る。
特に呼続スオウの症状が図抜けて悪く、頭を抱えて座り込んでいる。……彼に対して怨敵のような感情を向けてしまう私でも、思わず心配してしまう程に酷い有様だ。
「あれ、何があったの?」
「あー、えーと……ケントの記憶でさ。スオウの願いに巻き込まれた時の感覚が混じってて……」
「……そう」
どうやら場所によってイメージの感覚がバラバラのようで、呼続スオウは地雷を踏んだらしい。私のお兄ちゃんの死因。ケントさんの記憶にあるという事は、彼も巻き込まれた事があるのだろう。
お兄ちゃんに救われたこの世界の呼続スオウにとって、別の世界の自分の罪を強制的に直視させられている。だからこそのあの反応なのか。
「今のケントに言葉を届けられるのは未来のヒカリだけだと思う。……俺はあいつの事を何も知らなかったから」
お兄ちゃんが悔しそうに言葉を紡ぐ。でも、私だってあの人の事を分かっているだなんて言えない。もしかしたらもう手遅れなのかも知れない。
それでも私の本心を、犠牲になってほしくないという我儘を言わずにはいられない。さっきのファイトだって私が勝ったんだから。勝者の言葉くらいは聞いてもらわないと! ……うん。よし!
「任せてお兄ちゃん。あの人にガツンと言ってくるよ!」
「あぁ、頼んだ」
それだけ言い残して私は前に走る。明導ヒカリの死のイメージが一気に流れ込み、それらにはもう一瞥もしてやらない。今の私に立ち止まる暇なんてないから。
走って、走って、走って、先へ進んで過去へ遡り続ける。全力で走っているのに息一つ上がらない、不思議な感覚だった。
「本当にこっちで合ってるの? これ」
ただがむしゃらに進むだけで、ケントさんに近づけているかどうかも分からない。足を止めずに、他の目印を探す。流れるイメージは相変わらず二回目の運命大戦での出来事だ。繰り返しているように見えて展開が少し違う。
『そんなに強いならッ!! どうして三年前に選ばれなかったの!? どうしてお兄ちゃんだったの!!? 何で今更っ、あなたが選ばれるの!!!?』
私、負けてたらこんな事も言ってたんだ。……言うだろうな。あの時の私は、お兄ちゃんを救う事だけが生きる目的だったから。
過去の叫びを聞き流しながら足は変わらず前へ進めている。……いや、前なのかすら分からない。道標の無い道を歩き続けて方角などとっくに分からなくなっている。いや、そもそもここに方角の概念があるのかすらも……。
「道標……」
ふと、言葉にして一つ思いついた事がある。ケントさんが言っていたじゃないか。彼が何を道標にして進んでいたのか。
『……わずかな光でも手を伸ばした者にのみ奇跡は舞い降りる』
『アキナの……俺の親友の言葉にして、この旅路を照らしてくれた星明りだ。この言葉と、君への恋を抱きながらここまで足を進めて来たんだ。……君は決して諦めない。分かっているさ。諦めてくれと言ったところで聞きやしない。一度こうと決めたら曲げない……そこもまた、君の魅力なのだけれど』
旅路を照らす星明り。それはこの
星は空に瞬くものだ。見上げるとかすかな光が見える。きっとあれだと直感で判断し、反射的に手を伸ばしていた。
──そして気が付けば、魄山のファイト場へ続く山道に立っていた。それだけではなく、自分の服装や身体も変わっていた。三年前──そしておそらく、お兄ちゃんが死んだ直後の私だ。
だとするとこれは、ニュースで見た魄山の消失事件の現場を見に行こうとしている道中だろうか。
「こほっ、こほっ……!」
そこまで考えた瞬間、不快感がこみ上げて思わず咳き込んでしまう。その場にしゃがみこんで。まるであの時のように。
こんな時に……っ、どうして急に! 咳を落ち着かせようとしても止まらない。無理矢理立とうと足に力を込めた瞬間、背中に温かい手の感触を感じた。あぁ、これは──。
「ヒカリちゃん。まだ進めそうかい?」
私の記憶と寸分違わぬ彼の言葉。さっきまでこみ上げていた不快感も鳴りを潜め、嘘のように身体が楽になる。
「……はい。行って確かめなきゃ……っ!」
記憶通りの言葉を続ける。彼の手が私の背中から離れようとした瞬間、左手でその腕を掴む。
「──なっ!?」
私の記憶には無いケントさんの困惑の声。これは
「捕まえたよ。覚悟はいい?」
振り返りながら私は笑う。もう逃がしてなんかやらない。さぁ話し合おう。このまま助けられるだけなんて納得出来ないから!