「もうここまできたら遠慮なくいくからね! 覚悟しなさい」
「いやまぁ、納得するとは思ってなかったけど……まさかこの記憶にまで乗り込んでくるとはなぁ……」
想定外だと素直に告げる。この景色はかつて、俺がヒカリちゃんに対する後悔を生んだ場所だ。そんな場所で話し合う事になるとは思わなかった。
それを聞いたヒカリちゃんは瞠目する。何だ? 彼女は何に驚いている? ……いや、待て。そもそも──
「まさ、か──」
「えぇ、
「──ッ!!?」
あぁ、そうか。永い旅路の果てに俺は戻ってきていたのか。正確にはヒカリちゃんが過去に戻って来た世界として派生した並行世界か。
『そう。……もしかして私の世界のケントさんも、あなただったのかな?』
『そうだったら嬉しいね。この世界で、本当の意味での同郷の人間と再会出来た事になるんだからさ』
この世界の運命大戦。呼続スオウが勝ち上がった日、ヒカリちゃんがアキナに正体を明かす前に行ったやり取りを思い出す。
あの時は冗談だった。
「そう、か。でもねヒカリちゃん……それを知ったところで、俺の諦めは悪くなるよ? 初めて助けたいと願った君と知って! 生まれて初めて俺が恋をした君と知ってッ!!」
「それがあなたの本心なの?」
「その通りだッ! 俺は君を救い、この旅路の終着点へ至る!! それこそが俺の、最大にして唯一の幸福だッ!! ……と、言ったところで納得するならここに居ないか」
この言葉に嘘は無い。ヒカリちゃんを救えるなら俺の命などいくらでも賭けられる。だが、彼女が聞きたいのはそんな言葉じゃないだろう。
……まぁ、いい。俺の破滅は免れないなら語るとしようか。それに俺の初恋である彼女にこれ以上のはぐらかしは不要だろう。
「君を救いたいと言う気持ちに嘘は無い。俺の命など惜しくないという言葉も本当だ。その上で伝えるべきは、そうだな。……俺は君と一緒に生きたかったよ。当然だろう? 愛した女性と一緒に生きていけるなら、どんなに幸せだったか」
「──ッ! ……ありがとう、正直に言ってくれて」
「誤魔化していた事は謝るよ。俺の死は確定しているし、気持ちを伝えても君に余計な荷物を背負わせる事になりかねないからね」
実際のところ、この気持ちはヒカリちゃんに伝えるつもりは無かった。無駄になるどころか、彼女の感情面を考えたらマイナスだ。
死にゆく男に共に生きたいなど言われたところでどうにもならない。或いは彼女の心に傷を負わせてしまうかもしれない。……けれど、それで納得する彼女でも無いと、分かってはいたんだが。
「
「走って来たのは嘘じゃないけど、道標があったの。空に輝く星明り。……あなたが言っていた事よ、ケントさん」
「……あぁ、なるほどな。導かれたのか、ここへ」
偶然では無いだろう。おそらくは、俺のシヴィルトの残滓と共鳴してこの記憶へのショートカットを強制的に作ったのか。或いはこれもレザエルの奇跡の範疇なのか。
「俺は君を助けたかった。生きていて欲しかったんだ。……失踪したと聞いて俺はヒカリちゃんの事を何も分かっていないと、その時初めて気が付いた」
「……違う」
「ごめんねヒカリちゃん。俺は見誤ったんだ。アキナが死んで三年、いつか心の傷を時間が癒してくれると呑気に思っていた。……世界の全てを奪われたヒカリちゃんを前にして」
「……違うの、私は」
「輪廻を巡り、ようやく真実を知ったよ。ヒカリちゃんはアキナを救う機会を掴んだと。でも、その先で世界から消えるとガブエリウスから聞いて絶望した。──だからこそ! 俺は君に生きてほしいと願うんだよ」
「違うッ!!」
俺の最期になる言葉を止めたのは、ヒカリちゃんの叫びだった。
「どうしてケントさんが謝るの!? 私が──っ、私が勝手に世界を捨てたのにッ!! 私が独りだと思い込んで! お兄ちゃんを探すのを手伝ってくれたケントさんの事を考えなくてッ!! あなたがここに居るのも、全部私が過去に跳んだからなんでしょッ!!?」
「それは、まぁ……否定は出来ないけど。だけど俺に後悔は無いよ」
「ここまできて意地なんて張るなバカァ!! 一緒に生きたいって言ってたじゃんッ!!」
ヒカリちゃん……。
「独りで勝手に盛り上がって、突っ走っちゃってごめん。けどそれ以上に私、あなたに言いたい事が山ほどあるんだからッ!! ファイトの勝者特権で聞いて貰うからねッ!?」
ヒカリちゃん??
「お兄ちゃんとも、この世界の私とも喧嘩してお互いの考えをぶつけあった。次はあなたの番よッ!!」
「そうくるか。……そうだね。悔いを残さないように、最期の喧嘩といこうか」
「最期になんてさせないから」
下手な事を言うと逆効果な気がする。存在証明の移植の準備にはまだ時間がかかる。それまでに、ヒカリちゃんの感情を軟着陸させる必要がある。
「私はあなたに死んでほしくない」
「直球だね。なら俺はこう返そうか。……もう手遅れなんだ」
「あなたに救われなくても、私は生きる事を諦めたりしない!!」
「あぁ、そうだろうな! けど助かる為の代案は無いんだろ!? だったら俺に救わせてくれよッ!!」
「そうしたらケントさんが死んじゃうから止めてって言ってるんでしょ!? どうして自分が死ぬ事が前提なのよ! ……もうケントさんが、私の過去を知ってる唯一の人なんだよ……?」
「俺は君に、過去よりも未来に目を向けてほしいんだ!」
「ケントさんを置いて行ったのは私の罪なんだよ!? 贖罪の機会まで奪わないでよッ!」
「俺は気にしていない。こうしてここまで旅をしてきたのは、俺の自己満足だ!」
水掛け論ですらない言葉の応酬を続ける。ヒカリちゃんが本気で俺に死んでほしくないという思いが伝わってくる。だけどもう遅いんだよ。既にレザエルの解析は終わっている。移植の準備も整った。
俺からヒカリちゃんへ移植するのは時間的存在の証明で参照される
それじゃあ、最後の大仕事を始めようか。
「ヒカリちゃん、ちょっとごめんね」
一言断ってヒカリちゃんの肩に手を置く。今の俺はレザエルの力に満ちている。シヴィルトの残滓から少しずつ本体へ流し込んでいく。
いつまで寝ぼけたフリをしているんだシヴィルト。それともガブエリウス仕込みの固定術式が思いの外効いているのか?
そしてついに耐え切れなくなったのか、ヒカリちゃんの中から異質な力が湧き出てくる。間違いない。精神汚染の時にも感じた力と同じだ。
運命大戦の時、アキナとヒカリちゃんがファイトしている最中に魄山の術式へ溶け込んだと思っていたが……まさか本体がそのまま残っていたとはな。
「よぉ。気分はどうだ? 最低なモーニングコールなら嬉しいんだが」
『貴、様ぁ……ッ!!』
引きずり出したところで申し訳ないが、もうお別れだシヴィルト。何故ヒカリちゃんの中に居たのか、理由までは分からないが推測は出来る。
『ガブエリウス……シヴィルトが地球に来たのは、いつだ?』
『──分からない。ヤツを追ってここに来たが、果たしてどの程度時差があるか』
『つまり、年単位でシヴィルトが潜伏している可能性も……』
『ある。だが、このぬいぐるみの身体ではヤツを探るにも限界がある』
年単位で潜伏している可能性はガブエリウスが肯定した。そして十年前を境にヒカリちゃんの体調不良。多分だが、こいつは十年前のどこかでヒカリちゃんの体内に寄生していたのだろう。
アキナが願いを叶えた後、ヒカリちゃんの体調が悪化した事も無い。レザエルの力で対処が可能である可能性が高い。
『許さん……! 許さんぞ竹松ケントォ!! 悉く私の邪魔を──』
「許さない。許さない、ねぇ……?」
シヴィルトの負け惜しみに思わず呟く。好き勝手しているのはそちらだろうに、責任転嫁も甚だしい。
このレザエルの力に満ちた
「許さないのはこっちも同じなんだよ、不法侵入の悪霊モドキが! 俺の大切な人の中で気持ちよくオネンネしてんじゃねえぞッ!!」
俺の持つレザエルの力を本体へぶつける。
『おのれ──ッ!! まだ私は終わらんぞ! まだ、私は──』
「もういい。消えろよ。不愉快だ」
耳をつんざく断末魔と共に、俺の中に残っていた残滓ごとシヴィルトの力が消えた。少なくとも、もうヒカリちゃんの中にはシヴィルトの力は残っていない。
一度ヒカリちゃんが消えた後、この世界へ戻って来た理由が分からなかったが、シヴィルトの本体が中に寄生していたと考えると辻褄が合う。
ガブエリウスは言っていた。シヴィルトは時間の矯正力に抗えると。その結果が、未来のヒカリちゃんの生存に繋がったのは、シヴィルトに関する唯一の嬉しい誤算だろう。
「今のは……?」
「もう終わったよ。そして、そろそろお別れの時間だ」
準備は全て完了した。後は俺の存在証明を引き剝がし、ヒカリちゃんへ移植するだけだ。シヴィルトがヒカリちゃんの中から消えた今、次の瞬間にも時間の矯正力に攫われてもおかしくはない状況だ。
「元気でねヒカリちゃん。俺の分まで生きてくれ」
「──ッ、待って。待ってよ……!!」
「さぁ、奇跡の運命者レザエルよ! ヒカリちゃんを救う為、俺に力を貸してくれッ!!」
俺の宣言に呼応するように、レザエルの力が強まっていく。ついに俺は奇跡を手繰り寄せる事が出来た。
ヒカリちゃんがこの世界で未来を掴み取る事こそが俺の勝利だ。悔いが無いといえば嘘になる。出来れば彼女と一緒に未来を生きていきたかった。だが、それはもう叶わない願いだ。
これ以上の結末は望めない。ここで旅路が終わるとしても、俺にとっては贅沢な最期だ。
「ケントさんッ!」
そしてレザエルの奇跡の光がヒカリちゃんを包み込んだ瞬間──彼女の姿が消えた。
「──は?」
代わりに現れたのは、見覚えのない白と金色の竜。何だあれは? シヴィルトの本体か? いや、そもそも。ヒカリちゃんはどこへ消えた?
『そこまでだ。竹松ケント』
竜から発せられた声を聞いた瞬間、俺は全てを理解した。次に湧き出て来た感情は、身を焦がすほどの憤怒だった。
聞いていないぞ。まさか最期に、この局面で、俺の邪魔をすると言うのか……ッ!? なぁ――。
「──ガブエリウスウウウウウウウウウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!!」
血を吐くほどに声を張り上げ、目の前の聖竜を睨みつけた。