わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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幕間:「星の光に手が届く」
幕間:1 未来を生きる為に


 宿命決戦も終わり、俺の入院に関する話題も消えて行った頃。俺は暇を持て余していた。自分でも驚く程やる事が無いのだ。

 今日は休日だから久々にデッキ調整をしようかなと考えていたものの、三時間ほどで終わってしまった。

 この時期は既にアキナが居なくなっていたので、塞ぎ込んでいたヒカリちゃんを支えていたのだが……アキナが生きているので、その必要もない。

 だからこのままのほほんと惰眠を貪るというのも悪くは無い筈なんだが、止まったら死ぬマグロの如き過密スケジュールをこなし過ぎて逆に落ち着かない状態になっている。

 

「……活動を早めに再開するか?」

 

 アキナとヒカリちゃんが助かった以上、邪竜(ファーヴニル)としての活動を休む理由が無くなった。そもそも高校入学と共に表舞台から身を引いたのはアキナとヒカリちゃんに全ての時間を割り振る為でしかなかった。それは過去の輪廻でも変わらない。

 表舞台へ復帰する時期はヒカリちゃんが失踪、或いは死亡してからだったが……この人生では、来年を目途に復帰してもいいかも知れない。

 

「今年の内はデッキを使い込むか」

 

 レザエルを休ませる以上、元のデッキのリハビリは必須だ。しばらくは近場のショップ大会に出て錆落としかな。

 調整したばかりのデッキを持って外に出る。本当に良い天気だ。こんな清々しい気分で歩いたのは……もしかしたら初めてかも知れない。

 新しいカードショップの開拓をしようかなと色々見て回っていると、ヴァンガードのティーチングイベントの看板を見つけた。近くの公民館で参加費無料で行われているようだ。

 

「へぇ、公民館でやるのは珍しいな」

 

 ティーチングイベントはカードショップで開催されているのが普通だ。店舗大会に合わせて初心者用のスタートデッキを配りつつ行う形式がこの世界では主流だ。

 公民館みたいな大きい施設を貸し切ってやるとは随分とでかいところがやるんだな。ティーチング以外にもプロファイターを招いてエキシビションマッチも行うらしく、イベントにやる気を感じさせる。

 

「新規開拓ついでに覗いてみるか」

 

 折角だから。そんな軽い気持ちで公民館に歩みを進めると賑やかな声が聞こえてくる。

 公民館の一階はテーブルを並べて様々な人がファイトをしている。イベントのスタッフも居るから、ティーチングイベントのエリアかな。

 ……あれ? イベントのスタッフの顔に見覚えがあるな……。

 

「ケントさん? 何してるの?」

「エリカ、って事はこのイベントって……」

「ウチの会社の主催だけど……そう言えばケントさんには社内資料回してなかったんだっけ」

 

 広報担当という名札を貰っておりいくつか仕事を請け負ったが、さすがに社外秘の情報が回ってくる立場ではない。実質アルバイトのようなものだ。だからこそこういう大きいイベントのスタッフとして基本呼ばれる程の信頼もない。

 よくよく見るとスタッフのみんなは清蔵アンカーボルトの所属ファイターだし、エリカのような研究生達も駆り出されているのであればよほど力を入れているようだ。

 

「盛況だな。忙しいなら手伝おうか?」

「大丈夫よ。研究生は午前中のティーチングスタッフとして駆り出されてるだけで、午後からは自由だから」

「そうか。それならエリカが終わるまで待ってるよ」

 

 これ以上引き留めるのも悪いので早々に別れる。エリカが終わるまでの間どこを見て回ろうか。

 

「よぉ邪竜(ファーヴニル)。お前も呼ばれていたのか?」

「……鼎センカ。まさかエキシビションマッチに呼ばれたプロファイターは君なのか?」

 

 エリカと別れた直後に声を掛けてきたのは三新星の一角、鼎センカだった。宿命者仲間のキョウマさん経由で呼んだんだろうか。

 

「読めたぞ! 邪竜(ファーヴニル)──いや、竹松ケント! お前がオレの対戦相手と言うわけだなッ!?」

「そんなワケないだろう。俺の実績は二年前で止まったままだぞ?」

 

 呼ぶにしてももう少しマシなプロに声を掛けるだろう。それこそタイゾウさん本人が出た方が盛り上がるだろうし。

 そう言うとセンカは大袈裟にため息を吐いて見せた。

 

「どうもお前とオレとで認識に差があるようだな。世界中の栄光を貪った伝説のファイター、輝かしい宝を抱える邪悪な竜。お前が思っている以上に世間に評価されているぞ」

「あー、なるほど。表舞台から消えて風化したもんだと思っていたが……」

「たかだか二年で風化などするものか。お前が活動していた九年間の武勇伝は先達から嫌と言う程聞かされたものだ」

 

 俺の活動がそこまで語り継がれているとは思わなかった。と言うのも、今回の人生はかつての輪廻と比較してあまり暴れていないからだ。

 海外の裏ファイト稼業で荒稼ぎしたり、世界的に権威ある大会で九連覇したり、各国のチャンピオンを公式大会に引きずり出して全員ぶっ飛ばしたり──そう言った派手なパフォーマンスは何もしていないのだ。この世界での実績はただ一つ。世界各地で開催されている大型大会のトロフィーコンプのみだ。

 そういう意味では世界の栄光を貪ったと言われてもおかしくはないが、自分の中では邪竜(ファーヴニル)という肩書を得る為に最低限の活動を行ったくらいの認識で止まっている。

 

「やる気のない腑抜けた竜を舞台に上げる程、オレも落ちぶれてはいない。いずれお前とはプロの世界で戦うだろうしな」

「盛り上がっているところ悪いが、別に俺はプロファイターになるつもりは無いぞ」

「……はぁッ!?」

 

 俺の進路が完全に予想外だったのか、センカは驚愕の声を上げる。悪名轟く邪竜(ファーヴニル)がプロの世界をも喰らい尽くすとか、まぁそんな事を考えてたんだろうな。

 だけど俺からしてみれば、プロの世界はそれこそ飽きる程体験している。ヒカリちゃんが亡くなった後、残りの人生をヴァンガードに全て捧げた。プロの道に進んだ人生も無数にある。

 もちろん、この人生の中で出会った人たちとプロの世界で鎬を削るのも悪くはない。けれどもっと別の、エリカと一緒に生きられる道を探していきたい。

 

「ヴァンガードを引退するつもりはない。だけどわざわざプロにならなくても大会には出られるし、それが全てというわけでもない。この先どういう進路を進むかはこれからゆっくり考えるさ」

「なるほど……まぁいい。どの道邪竜(ファーヴニル)としての活動を再開するなら、ファイトする機会はたくさんある」

「俺は静かに余生を過ごしたいだけなんだ。お手柔らかに頼むよ」

「ッハ、面白い。一流のジョークじゃないか」

 

 それだけ残してセンカは準備の為に待機室に入っていった。彼女と話している内に、ティーチングもそろそろ終わる時間になっていた。

 ジョークねぇ。センカってあんな皮肉を言える人だったんだなと印象を改める。プレイスタイルが脳筋且つ本人の性格も好戦的なので、舌戦は苦手だと勝手に思っていたがそうでもないらしい。

 

 ◆

 

「お待たせしました、ナポリタンとデミグラスハンバーグセットです」

 

 ティーチングイベントが終わってエリカと合流した後、コックミリオンで一緒に少し遅めの昼食をとる事にした。

 注文した料理を持ってきたスタッフは何故かアキナ。ちょっと待て。アキナのシフト今日じゃなかった筈なんだが。

 

「アキナ、お前今日休みじゃなかったか?」

「何でケントが俺のシフト知ってるんだ? 他の人と出勤日を交換したんだよ。だから休みは明日になったよ」

「あーマジか。冷やかしにならないように気を付けてたんだが、裏目だったか」

 

 俺達のやり取りを見ていたエリカがジト目でこちらを睨んでいた。

 

「お兄ちゃんのシフトに詳し過ぎない?」

「昔、バイトしてた時期があったんだよ。アキナのシフトはどの輪廻でも同じだったから」

 

 ナポリタンを口に運びながら思い出す。ここのシフト結構覚えやすかったな。

 過去の輪廻でのバイト歴はコックミリオンだけではない。最寄りのスーパーやアミューズメント施設。よく行くカードショップであるストレイキャットでも働いた事がある。働いた事のある店舗の開店から閉店までの流れや建物内の構造などは全て覚えている。

 

「最近思うんだけどさ。過去の記憶を便利に使ってない?」

「過去は辛い事ばかりじゃないからね。あの旅路が血と憎悪と怨嗟に塗れていたとしても、笑顔や喜びが無かったわけじゃない」

 

 それらは全て俺の宝物だ。それにあくまで過去は過去。ある程度は未来で起こる事は知っているが、それが確実に起こるかは不明瞭だ。

 

「俺はかつてヒカリちゃんを──エリカを救いたかった。その為に積んだ経験を今度は未来を生きる為に活かしているだけだ」

「未来、かぁ。……私も考えないとね。このまま好意に甘えてるわけにもいかないし」

 

 エリカの言葉に食べる手を止めて彼女の顔を見る。思い詰めているという風には見えないが、今の状況に思うところはあるのだろう。

 彼女はこの世界で生きる為の明確な基礎を持たない。あくまでも彼女は未来の住人であり、その基礎は未来の世界にある。

 俺もエリカと同じ過去を持っている。しかし転生と言うシステム上、この世界で生きる為の基礎を最初から積み上げられる状態で誕生するのだ。この世界で未来を生きる為のハードルは間違いなくエリカの方が高い。

 

「何かあれば相談してくれ。経験だけは豊富だからさ」

「ありがと。でも今は大丈夫よ」

 

 ハンバーグを頬張る彼女の言葉が頭の中に落ちる。岩のような質量を持ったそれは、俺の心の無力感をただ大きく揺らすだけだった。

 俺は彼女に何をしてあげられるのだろう。エリカの寄る辺になる事は、アキナではない俺では無理なのか?

 俺が目指すべき未来は──一体どこにあるんだ……?

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