わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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予想以上に長くなったので、前編・中編・後編の三話で区切ります。
中編と後編も書いている最中ですので、もう少しお待ちください。


幕間:6 Odi et amo 前編

『──最ッ低……!!』

 

 宿命決戦が終わってから時が経ち、そろそろ冬休みに入ろうとしている時期。俺は毎晩夢を見ていた。

 それは歩いてきた旅路の再演。二回目の運命大戦において俺が助ける事が出来なかった、ヒカリちゃんの断末魔だった。

 

『どうして! どうして!? 私はお兄ちゃんを、助けたかったのにッ!!』

 

 繰り返し、繰り返し、繰り返し。俺はただ夢を見続ける。今までの旅路の中でもここまで夢を見る事は無かった。では、どうして今になって見る事になるのか。

 心当たりはある。おそらくは、この夢こそが俺の自罰の表れなのだろう。アキナとヒカリちゃんが未来へ進む様子を幸せそうに眺める俺に、過去の罪を忘れたかとばかりに過去の輪廻が顔を出す。愛する女性の屍山血河を前にして過去の旅路を思い返す。

 

『私の──ッ! 邪魔を、するなアアアァァァ!!』

 

 聞こえるだろう? あの怒りが。あの叫びが。あの呪いが。あの慟哭が──お前は、何を救われた気になっているんだ?

 まだ何も終わっていないだろう。何も始まっていないだろう。何も進めていないだろう。邪竜(ファーヴニル)の称号を手放せないお前は、未だに過去の中にある。

 

『どうして! どうして!? 私はお兄ちゃんを、助けたかったのにッ!!』

 

 お前は今生(いま)を生きていない。魂が輪廻の重力に囚われて、ただ足踏みをしているだけだ。

 この残響を聞くがいい。無惨に打ち捨てられた残骸を見ろ。これこそがお前の現状そのものだ。醜く朽ちろよ邪竜《ファーヴニル》。お前に救いは訪れない。

 

 ──などと、心の底で無意識に感じてしまっているのだろうか。心の澱みを吐き出して直視しながら、冷静な思考が戻ってくる。いや、これはただの揺り戻しか。夢の中に冷静な思考などある筈もない。夢は既に別の考えを回し始めていた。

 アキナが居る。ヒカリちゃんが居る。そして俺の初恋の人であるエリカも居る。こんな機会はもう二度と訪れない。だからこそ素直に生きたい。エリカを支えていきたい。アキナやヒカリちゃんと一緒に笑って未来を歩いていきたい。この世界を追い求めて俺は永い旅路を歩いて来たのだ。

 一方で、過去から何も進めていないというのは俺自身も自覚している事だ。

 プロファイターにはならない。そう決めたはいいが他に進みたい道があるのかと言えば、答えは否だ。格好つけて考えてるだの探してるだの言っているが、見栄を張る以上の成果はない。

 今まで自分の将来など考えた事も無かった。ただ大切な人を救う為に生きてきたからだ。ただ我武者羅に、次の輪廻へより多くの経験を持って行けるように。リソースを抱える為の捨てゲー感覚だったのだ。

 その様はまさに狂気と映った事だろう。ヴァンガードに関わり続け、その上で生き急ぐように走り続け、最後は灰になるかのように息絶える。膨大な選択肢であろうとも、那由他の果てまで繰り返してしまえば旅路は既知に満たされる。輪廻を巡る行為は救う為の手段に成り果て、俺という人間を成長させるには至らなかった。未知が無ければ成長などある筈もない。

 次こそはと来世へ期待し続けた俺の性根は変わっておらず、今も来世に持って行く為の実績を求めている。プロにならないと言っておきながら邪竜(ファーヴニル)として表舞台に復帰しようとする流れなどまさにこれだ。ヴァンガードに関わり続けなければ、来世では負けられないファイトで負けてしまうのではという漠然とした不安があるのだ。

 ……なるほどこんなザマでは今生(いま)をまともに生きていないというのも頷ける。

 この世界で生きると言うのなら、俺はどうして未だに邪竜(ファーヴニル)という悪名に拘っているのか。来世でまた救う為? 誓いを果たしたこの世界でまともに生きずに、俺は何の為に生きるんだ?

 初めてなんだ。大切な人が未来へ進んでいける世界など今まで存在しなかった。この理想郷で俺は何がしたいんだ?

 

 ──その答えを見つけられなかったツケを、俺は払わされる事となった──。

 

 ◆

 

 

 発端はささいな話だった。いつもの会社の屋上で休憩時間にタイゾウさんと雑談をしていた。

 

「そう言えばケント君、進路は決めているかい?」

「今はまだ考え中ですね」

 

 今生ではもうプロを目指そうというモチベーションは無い。プロの世界がつまらないとは言わないが、正直なところ大会成績やリーグの勝率に縛られる世界は疲れた。

 それにアキナやヒカリちゃんを救う為の武者修行としてプロファイターを選択していただけであって、俺自身が本気でプロファイターになりたいと思った事は一度も無かった。

 

「候補としては無難に大学に進学ですかね。就職するにも有利だし、入学してからやりたい事を探すのも悪くないかなって」

「ヴァンガードも続けるつもりかい?」

「続けますよ。もう自分の人生の一部みたいなものですから」

 

 今までの旅路でヴァンガードに関わらなかった人生の方が少ない。最早俺の人生において切り離せないものだ。

 

「そう言えばタイゾウさんは三足の草鞋を履いてたんでしたっけ?」

「あぁ。大学に会社にヴァンガード。懐かしいねぇ……うん? 話した事あったっけか?」

「……あれ? ……やっべ、これ前世の話だった」

 

 久々にミスってしまった。過去の体験が積み重なり過ぎて、今生の情報がどこまで把握していたかを忘れてしまう事がある。特にこの手のプライバシーに関わるものは間違えないように気を付けていた筈なんだが。

 

「なるほど。別の世界でも俺は同じ道を進んでいるんだな」

「ここまで親密になったのは今生が初めてですけどね。邪竜(ファーヴニル)時代も、そしてプロファイターとして活動している時も俺は荒んでましたから」

 

 何をしても変わらない結末と、大切な人を助けるどころか死に追いやってしまう自分に対する呪いと怒りが原動力となっている時だ。他人からすればそんな気狂いになど関わりたくもないだろう。今生で良い関係性を築いているタイゾウさんやミチルさんに、過去の輪廻では最終的に見捨てられる事もあったくらいだ。

 

「今生でもアキナやヒカリちゃんを助けられてなかったら、タイゾウさんでも匙を投げるしかない化け物がプロの世界で君臨してたでしょうね」

「反応に困る話はやめてくれないか」

「すみません。ちょっと愚痴みたいになってしまいました」

 

 今生を真面目に生きようとする度に、過去の旅路がフラッシュバックのように情報が過ぎる。正直傾向としてはマズいかも知れない。

 理想の未来を目指して人生を流してきた経験しか無い故に、理想の未来を生きる自分が分からない。俺の生きる目的は何だった。そう自分に問いかけても出てくる答えは一つだけだ。

 アキナとヒカリちゃんを救う事だ、と。始まりの誓いは既に果たされたと言うのに。

 

「そうだケント君。これを渡しておくよ」

 

 タイゾウさんから渡されたのは一枚の封筒。給与明細……というわけでもなさそうだ。

 

「これは……?」

「プロ試験免除の案内だよ。書類上、ケント君はうちの所属になってるから届いてたんだ」

 

 予想以上に重要なものだった。そんな軽い言葉でポンと渡すものではないだろ、これ。というか免除? 最近邪竜(ファーヴニル)として大会は出ているが、それにしてもプロ試験を免除される程の実績では無い筈だろうし。

 

「より詳しく言うなら最終試験への直通パスだよ。ケント君……いや、邪竜(ファーヴニル)。お前は自分を過小評価し過ぎだ。似たような事を鼎センカにも言われただろう?」

「以前の、公民館を貸し切ったティーチングイベントの時に聞きましたか?」

「ちょっとした雑談の話題にあがっただけだよ」

 

 評価する物差しを過去の輪廻の中にある自分自身に定めているのが他人の評価とぶれる原因だろうか。じゃあどこに物差しをあてるべきだろうか。プロの世界で活躍する俺の知り合いは上澄み過ぎるか。

 内心で首を傾げる俺に対して、タイゾウさんは重症だなとばかりに肩をすくめる。

 

「どうする? プロになるつもりはないと聞いているが、一応持っておくか?」

「いや、悪いですけどこれは処分しておいて下さい」

 

 封筒を返しながら、俺はふと気になった事を口に出す。……口に、出してしまった。

 

「俺の事よりエリカの方は──」

「──は?」

 

 今、屋上には俺とタイゾウさんしか居ない筈だ。だと言うのに聞こえてきたのは女性の声。

 出入口の方を見ると、まさに今休憩に来たエリカが居た。俺と目が合ったエリカの表情には、ありありと怒りの色が浮かんでいた。

 

「それ、どういう意味?」

 

 冷たく低い声に、彼女が予想以上にブチギレている事を感じ取る。俺はそこまでマズい事を言ったのか……?

 

「エ、リカ……? いったいどうしたんだ?」

「私は、ケントさんが自分の事を犠牲にしないといけないほど弱いと思われてるの?」

「自分を犠牲に……」

 

 つまりはあれか。タイゾウさんへ封筒を返しながら、俺の事よりエリカの現状を聞こうとした事を言っているのか。

 

「そんな事は無い。別に俺は自分を犠牲にしてるつもりは──」

「タイゾウさんへ返そうとした封筒、プロ試験免除の案内が入ってるって私が知らないと思ってるの? 社員なんだから郵便物の簡単なチェックくらいするわよ!」

「……プロになろうと考えていないだけだ」

 

 俺の返答にエリカは納得しない。寧ろ火に油を注いだように燃え上がる。

 

「じゃあ邪竜(ファーヴニル)として大会に出ているのはどうして? プロになる気が無いなら、ケントさんが表舞台に立つ理由は何ッ!? あなたはいったいどうなりたいの!!?」

「──ッ、お、れは……」

「来世で明導ヒカリを救う? 生きる事から逃げて、死んだ後の準備を今からしてるわけ!? 私と一緒に生きたいっていう言葉は嘘だったのッ!?」

「違う! 俺は君と一緒に生きたいという気持ちに嘘は無い!! だから──」

「──だったら! もっと自分と今に目を向けてよ! バカッ!!」

 

 そう言い残してエリカは走って屋上を出て行った。彼女の頬に涙が伝っており、俺はその背をただ見送るしか出来なかった。

 待ってくれの一言も口から出てきてはくれなかった。彼女の叫びに俺は何も言えなかった。理想郷で生きる俺の姿をイメージ出来ていない事など、彼女はとっくに気付いていたのか……?

 

『何かあれば相談してくれ。経験だけは豊富だからさ』

『ありがと。でも今は大丈夫よ』

 

 振り返れば既にあの時……ティーチングイベントの後で昼食を一緒に摂った時から漠然と見抜かれていたのだろう。

 自分自身の生きる道すら見えていない人間に、己の人生の進路など相談出来ない。

 言葉が出てこない。何も思い浮かばない。既知に満ちた輪廻を過ごした俺の思考は未知を生きる術を知らない。そしてその事に今まで直視しようとも思わなかった。

 その末路が今のこの状況だ。もはや自業自得だろう。

 

「俺、は……俺の、やるべき事は──ッ!」

「待てケント君」

 

 ふと我に返り、出て行ったエリカを追いかけようとした俺をタイゾウさんが止める。

 

「一度頭を冷やせ。今のままだとさっきの二の舞だ」

「タイゾウ、さん?」

「彼女は我が社の優秀な社員だからな。ま、ここは社長(おれ)に任せておけって」

 

 そう言ってタイゾウさんも屋上を後にする。一人残った俺は空を見上げて思わず呟く。

 

「……何、やってんだよ。俺は……ッ!!」

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