わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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幕間:最終話 Odi et amo 後編

 どうにも出鼻を挫かれた。そう感じてしまうのは、アキナとの喧嘩の熱が冷め切っていなかったからだろう。

 止血するようにエリカから言われてそんなにひどい怪我に見えるのかと思い、社員寮のトイレにある鏡を覗くと明らかに殴られた跡が残っていたり、既に固まった血が残っていたり……。端的に言って──。

 

「ひっでえ顔」

 

 怪我とか血とか以前の問題で、いかにも人と殴り合いをしてきた顔ですよと主張しているようなものだった。喧嘩してきたのは事実だが想像以上に見た目が物騒だった。今更そんな事を考えるだけ無駄なのかも知れないが。

 ひとまず目立った血を洗い流して、社員寮の入り口でエリカと向かい合う。タイゾウさんは俺と入れ替わりで帰って行った。

 

「ごめんエリカ! 君を救いたいと願っていたのに、結局君に心配をかけるばかりだった」

「……答えは出せたの?」

「俺はエリカと一緒に生きていきたい。君のそばで支えたいと思う。手を伸ばし続けるとあの時言った言葉は嘘じゃない。──俺は、君の居場所になりたいんだッ!!」

 

 運命大戦が終わった後、ビルの屋上で時間の矯正力に攫われていくエリカに言った事がある。彼女がこの世界で居場所を見つけられるまで、手を伸ばし続けてみせると。

 

『……それでも、俺は君にも生きてほしかったんだッ!! 俺が居場所になるなんて自惚れた事は言えない! けど、だけどっ! 断言出来る事が一つあるッ!! 君が、居場所を見つけられるまで、俺は絶対に手を伸ばす! 伸ばし続ける!!』

 

 今は違う。俺が彼女の居場所になる。あの時は言えなかった言葉だ。

 それは自惚れだと思っていたから。俺では彼女の生きる理由にはなり得ないと諦めていたから。

 

「俺は明導アキナのようになれないから、君がこの世界で生きる為の理由になれないと諦めていたんだ。俺の知る君はいつでもアキナの事を考えていたから、勝手に比較して逃げていた」

 

 俺はヒカリちゃんに──そしてエリカに自分の思いを伝えるのが怖かった。彼女を慮って伝えない、なんていう最低な逃げ道を作っていたんだ。彼女から否定されたら俺が永い輪廻を旅する理由が消えてしまう気がしたから。俺の生きる意味が消えて、息をするだけの死体になってしまう気がしたから。

 どこまでも自分本位で幼稚な思考。アキナに喝を入れられるまで直視しようとも思わなかった自分の弱点。

 

「俺は君を失いたくない。亡くしてばかりの旅路の中で、生きる事を選んでくれた最愛の女性なんだ。君が抱えるものを俺にも背負わせてほしいんだ」

 

 それこそが俺の願いだ。アキナでなければヒカリちゃんを救えないのか。俺はアキナでは無いからヒカリちゃんを救えないのか。旅路の中で化石の如く埋没した己自身の慟哭は、既にアキナによって発掘されたのだ。

 ならば俺はもう迷わない。俺は俺のやり方でエリカと一緒に生きていきたい。

 

「ケントさんは優しいよね」

 

 俺の思いを告げた後、エリカの声が響く。今にも泣きそうなほどに震えた声だ。

 

「この世界に来て、宿命決戦で私が知ってるケントさんだって分かって、今もこうして支えようとしてくれて──ねぇ、ケントさん」

 

 俺の顔を正面から見つめるエリカは静かに問う。

 

「私の事、恨んでいないの?」

「……え?」

 

 彼女の言葉に何の事だと思考を巡らせる。俺がエリカを恨む? いったい何を言っている? どうして救いたいと思った相手を恨むんだ?

 内心で首を傾げていて、そして思い出した。宿命決戦の時に運命力(デザインフォース)の空間で話した事を。

 

『どうしてケントさんが謝るの!? 私が──っ、私が勝手に世界を捨てたのにッ!! 私が独りだと思い込んで! お兄ちゃんを探すのを手伝ってくれたケントさんの事を考えなくてッ!! あなたがここに居るのも、全部私が過去に跳んだからなんでしょッ!!?』

 

 血を吐くような言葉だった。文字通り決死の覚悟で告白したのだろう。そんな彼女の本気に対して、俺は何と答えた?

 

『それは、まぁ……否定は出来ないけど。だけど俺に後悔は無いよ』

『ここまできて意地なんて張るなバカァ!! 一緒に生きたいって言ってたじゃんッ!!』

 

 あの時の俺はエリカを傷付けないように、俺の死が彼女の人生に負担にならないように、ただ薄っぺらい言葉を並べていただけだった。彼女の覚悟を軽んじた結果、エリカは未だに苦しんだままだ。

 なるほど。それが彼女の心残りなのか。ならば彼女と共に生きる為に、まずはここから始めるべきだろう。彼女の本気に、俺の思いをぶつけるんだ。

 

「エリカが世界を捨てた事、か?」

「……そうだよ。お兄ちゃんの事以外考えられなかった私が犯した罪。この世界ではケントさんしか裁けない罪」

「君の行動が、俺の始まりとなったからか?」

 

 頷くエリカに俺は首を横に振る。

 

「仮にあのままエリカが──ヒカリちゃんが過去へと跳ばずに生きていたとしても、俺は同じように永い旅路を歩いただろうさ。今度はアキナを救う為に、と」

「だとしても! 私があの世界から消えたから、あなたは明導アキナと明導ヒカリを救う為に歩いて来たんでしょ!? 明導ヒカリ(わたし)に憎悪をぶつけられてまで、どうしてそこまで……ッ!?」

「それが、あの時の俺が生きる理由だったからだ。それに過去の輪廻でヒカリちゃんに憎悪を向けられたのは、俺が彼女と正面から向き合わなかったからだよ」

 

 過去の輪廻でヒカリちゃんから憎まれたのは俺の罪であって、エリカの罪ではない。それだけは決して譲ってはならない事だから。

 

「エリカの所為で俺が果ての無い旅路を歩く事になったと考えているなら、俺からも言わせてもらうよ──ふざけるな、と」

 

 親友が失踪し、初恋の女性も消えた。大切な人が死ななくちゃいけない世界を、運命を呪った。その成れの果てが邪竜(ファーヴニル)だ。そこに何も間違いはないし、後悔もない。俺がこの生き方を選んだのは確かにエリカの影響もあるだろう。

 だけどそれは俺の選択だ。輪廻を巡り、大切な人を救うと決めたのは俺なんだ。他の誰かの所為でもない、誰かに言われたわけでもない、誰かに望まれたわけでもない、俺だけの宝物なんだよ!

 

「俺が那由他の果てまで旅をしたのは俺が決めた事だ! 俺が過去の輪廻でヒカリちゃんを助けられなかったのは俺の罪だ! 俺がここにいるのは、俺自身が望んだからなんだよッ!」

「でも、私は……ッ!」

「自分自身を許せないんだろう? 君と過去を共有出来る俺と出会って、罪悪感に圧し潰されそうなんだろう? あぁ確かに、君が失踪してから俺は嘆き悲しんだし、君の後を追って死のうとも考えた。そしていつの間にか、俺の人生は終わっていたよ。晩年の事なんてもう覚えてすらいない」

 

 俺の言葉をエリカはただ聞き続ける。肩を震わせながら、しかし俺から目を逸らさずに。

 

「だから俺はその罪を憎む。エリカが──いや、かつてのヒカリちゃんが捨てた世界を生きていた竹松ケントとして。その罪を許す事は決してない」

「っ! ……ごめん、なさい……私……!」

「その上で俺は君を愛する! この世界で生きると決めた明星エリカを! この世界で生きる竹松ケントとして!」

 

 過去には戻れない。エリカが捨てた世界で生きていた竹松ケントは既に死んでいる。もちろん当時の体験や記憶は今の俺の中にもある。

 だけど俺はこの世界の竹松ケントだ。過去の輪廻に囚われた旅人には、もうならない。

 だから君も前を向いてほしい。罪を背負うあの世界の明導ヒカリじゃなく、この世界の明星エリカとして。

 

「永い輪廻、竹松ケントという人生の繰り返しの中で俺は忘れていた。俺の初恋、明星エリカという女性は今生(いま)にしか居ないのだと。だからこそ、俺は君を離したくない」

「本当に、いいの? ケントさんはそれで、本当に……」

「言っただろう? 君が抱えるものを俺にも背負わせてほしいと。今までの過去も。そしてこれからの未来も」

 

 罪を憎み、エリカを愛する。この世界で俺は彼女と生きていきたいんだ。俺はもう見失わない。

 

「この世界を、俺と一緒に生きてくれないか?」

 

 罪の在処はあの世界(かこ)にしかない。それを憎む俺もあの世界(かこ)の竹松ケントだ。だからエリカ。もう終わりにしよう。これから新しい、この世界(いま)の明星エリカと竹松ケントを始めよう。

 俺の想いは全て伝えた。アキナと喧嘩して、自分の弱さを直視して、ようやく辿り着いた本当の想いだ。

 

「でも私は、あなたを──あの世界のみんなを裏切って……」

「なら、あの世界の事を決して忘れるな。大丈夫だ。俺も一緒に覚えているから。あの世界の思い出も、君の本当の兄の──明導アキナの事も」

「うん……ありがとう。私は──私も、あなたと一緒に生きていきたい」

 

 薄っすらと涙を浮かべながら笑顔で答えてくれるエリカを見て、自分の顔に熱が帯びるのが分かる。本当に愛おしい、俺を導いてくれた星明りに手が届いたのだ。

 そして俺達はどちらともなく身体を寄せ合った。お互いの過去を確かめ合うように。そして共に明るい未来へ進んでいけるように──。




幕間の話は一旦ここで終わりです。
次からは第三章としてデラックス編を書いていきます。
今は何もストックがないので結構時間がかかるかも知れませんが、もう少しお待ちいただければと思います。
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