第三章:1
『まさに恐れを知らない獰猛な牙! 世界の栄光を全て貪る不滅の
何度も聞いた賞賛と畏怖の声。世界は
俺を倒す為に研究を重ねた者がいた。デッキ構成を大幅に変えて奇策を仕掛けた者がいた。新たなデッキタイプを作り出しメタゲームから支配しようとした者がいた。
しかしその中に
「そうだな。次は
俺の分身。自室のベッドに寝転がりながら《ドラゴニック・オーバーロード・ジ・エンド》を翳しながら呟いた。
那由他の果てまで旅をした
十二万二千七百五回目の人生からずっと手に入れ続けてきたのだ。当然愛着もある。だがこのままでは駄目だ。
とは言え
ならばどうする。答えは決まっている──
◆
宿命決戦から一年が経過した。俺は三年に進級し、ヒカリちゃんも同じ高校へ入学してきた。
今日は一ノ水祭という我が校の文化祭の日だ。そして今、俺がやっている事は──。
「ハルブのブースト! ジエンドでヴァンガードにアタック!!」
「ノーガードだ」
「ツインドライブ! ファーストチェック──ゲット、クリティカルトリガー!」
そしてこのまま相手のダメージが六点となり、俺の勝利となった。
ここは俺のクラスの出し物であるヴァンガード喫茶に設けられたファイトスペース、その奥にあるガチテーブルだ。
ヴァンガード喫茶ではお客さん同士だけでなく店員ともファイト出来る。その中でもこのガチテーブルは手加減無しの真剣勝負を楽しむ場として提供されている。高校の文化祭で伝説的ファイター、
クラスメイトにも
「はっはっは! さすがは
「ジンキさんが来るとは思いませんでしたよ」
「この手のお祭りは大好きでねぇ」
先程までファイトしていた相手であるジンキさん。近い内に接触してくるだろうなと予想はしていたものの、まさか一ノ水祭に乗り込んでくるとは思わなかった。
「それに、だ。君に頼みたい事もあってね」
「……ジンキさんにはエリカの件でお世話になりましたからね。それにもう逃げませんよ。というか
宿命決戦の最後。俺の記憶を追体験した彼なら俺がアキナやヒカリちゃんに関わる為に辞退していたと気付いている筈だ。
「本当にそれだけかい?」
「……え?」
「デラックスは何も数ヶ月もの間拘束されるような規模の大会ではない。それなのに、彼らと一緒に居たいという理由だけで辞退するのは少々無理がある。君を打倒する勇者に値する者がいない……そんな考えが頭に過ぎらなかったと本当に言い切れるかい?」
「それは……」
言葉に詰まる俺を見て、ジンキさんは満足そうに頷いた。
「今回のデラックスはいい機会となるだろう。君自身の目と腕で、存分に確かめてみるといい。では
「頂戴します。……ん? 海外予選……?」
どうやら今回は海外勢も混ぜて参加させるようだ。だけど何故海外に……?
「君の実績は海外に偏っているからね。招待する枠は必然的に海外になるさ」
「まぁ確かに。あまり日本の大会には出てませんでしたから」
それこそ世界各国の大型大会をコンプリートする目的で、有名な大会にちょっとだけ出場したくらいだ。これだけではデラックス出場の候補にすらなれないだろう。
「招待状も渡したし、そろそろ行くとするよ」
「ありがとうございましたジンキさん。」
立ち去るジンキさんの背中に感謝を告げて見送ると、入れ替わるようにしてアキナとヒカリちゃんが入って来た。
「ようアキナ、ヒカリちゃん。今からファイトか?」
「あぁ、そうだけど……お前、まさか今までずっとガチテーブルに居たのか?」
「意外といるもんだよな、本気の
「えぇー、いいなー。ケントさん絶対に接待モードだと思ってたのに」
ヒカリちゃんの落胆する言葉を聞いて思わず笑ってしまう。俺も最初はスタートデッキを持って接待プレイする気だったからな。クラスのみんなに本気の
だが文化祭が始まってみると、俺はファイトを挑まれ続けた。
「さて、俺はもう交代の時間だから行くよ。そろそろエリカもこっちに着く頃だろうし」
「分かった。楽しんで来いよ」
アキナの言葉を背に受けつつ、俺はヴァンガード喫茶から外に出る。スマホを見るとエリカからもう直ぐ到着するというメッセージが残されていた。
「デラックスか。今まで出た事がなかったな」
エリカを迎えに行く為に校門へと向かう中、ふとジンキさんから貰った招待状について考える。デラックス。真の最強決定戦とも言うべき招待制の大会だ。俺自身も第一回、第二回ともに招待状を貰い、出場を辞退した事がある。
今までの輪廻でも出場した経験はなく、俺には縁のない大会だと勝手に諦めていた。だからこそ、俺は今すごく楽しみなんだ。初めての舞台。こんな経験は本当に久々だ。
俺にとって、デラックスは未知の大会だ。この大会ならばもしかすると──。
「……おっと、丁度いいタイミングだったか」
考え事をしているといつのまにか校門前に着いていた。校門から外を見ると、エリカがこちらへ歩いて来ているのが見えた。
「いらっしゃいエリカ。今日は一緒に楽しもうか」
「えぇ。だけど時間は大丈夫?」
「もちろん。俺の仕事はもう終わりだよ。交代して来たからエリカが帰るまで付き合えるさ」
「そう。それじゃ色々見て回りましょうか」
エリカの言葉に頷き、ひとまず近いところから面白そうなところを回る事にした。
たとえばお化け屋敷。
「──ヒィッ!?」
「エ、エリカ、ちょっと……ちょっと待って。首、首じゃなくて、せめて肩を掴んでくれ……!」
たとえばスーパーボールすくい。
「難しいわね。一個しか取れなかった」
「エリカはまだ取れただけいいじゃないか。俺は全然取れなかったし」
たとえばストラックアウト。
「よし、九枚中三枚! ……まぁ、こんなもんだろう」
「ケント、もしかして運動苦手だったりする?」
「……そうだね」
そして腹ごしらえをする為に出店のエリアをぶらついていると、一心不乱にイカ焼きを頬張るヒカリちゃんとそれに付き添う西塔ミコト、西園寺ユナの姿があった。
「ヒカリちゃん、西塔さん、西園寺さん。三人とも楽しんでる?」
にこやかに話しかけると、西塔ミコトと西園寺ユナは微妙な顔をした。何だ? 何かやらかしたか? 首を傾げていると二人が慌てて弁明を行った。
「
「なんと言うか、その笑うイメージがあんまり無いといいますかー……」
「似合ってないってさ、ケントさん」
必死に言葉を濁していた二人とは対照的に、ヒカリちゃんがばっさりと火の玉ストレートをぶん投げて来た。最近本当に遠慮しなくなったんだよな、ヒカリちゃん。
「エリカもそう思わない?」
「……ノーコメント」
「まぁ、その……あの時代はちょっと荒れてたからさ。さすがに四六時中怒ってるわけじゃなかった……筈なんだけど」
多分。いや、どうだったかな。大切な人を救うんだと気負い過ぎていたかも知れない。あの時、俺はどんな顔をしていただろうか。
「お、ケントじゃん。お前も休憩か?」
「私たちのクラス、ケントのおかげでお客さん入れ食い状態だったからね。
「ハヤテにミナツ。お前らもデート中だったか」
「「デートじゃないし!」」
五人で少しの間雑談をかわしていると、休憩中のクラスメイトから声を掛けられた。ハヤテとミナツ。この二人はクラスのムードメーカーのような存在だった。
「いや待て、お前ら
「俺はデート中だからな」
そう言って隣に居るエリカを紹介する前に、クラスメイトの二人が悲鳴を上げる。
「何ィッ!? お前ついに明導妹に告ったのか!?」
「うわ、マジ? マジなの? もしかしてスキャンダル? 明導兄と熾烈な喧嘩の始まりだったり!?」
「ぶっ飛ばすぞてめぇら」
こいつらよりによってとんでもない事を言い出した。しかもあながち間違ってもいないので余計にタチが悪い。
俺はともかくヒカリちゃんに飛び火しかねない類の冗談はやめろ。当のヒカリちゃんは我関せずとばかりにイカ焼きを食べてるけど。
「ま、冗談はこれくらいにするけどよ。ケントに彼女が出来るとはなぁ……もしかして、その隣の人の事を言ってる?」
「初めまして。私は明星エリカ。ケントの友達……でいいのよね?」
「もちろん。中学の頃から一緒だよ!」
エリカがクラスメイト二人に挨拶する。ミナツはエリカと話し始めて、ハヤテの方はエリカを見てかなり驚いている様子だった。
そんなに俺に彼女がいる事が意外だったのかと考えていると、ハヤテが吠えた。
「ケントお前、見損なったぞ! いったいどうしちまったんだよッ!?」
「何を勝手に盛り上がってんだよ」
するとハヤテは周囲に聞こえるように叫び始めた。
「みんな大変だ!! ケントが、ケントが──」
瞬間、胸騒ぎがした。イヤな予感というか、虫の知らせというか。ハヤテの言葉を止めないといけないと本能的に察したが、一歩遅かった。
「──ケントが、自分の彼女に明導妹のコスプレさせてるぞおおぉぉぉ!!」
「「ぶふ──っ!!?」」
あまりにもふざけたハヤテの言葉に、俺とエリカが思わず吹き出す。
このボケが。ヒカリちゃんに告ったとかふざけた冗談だけに留まらず、妄言まで垂れ流すようになったか。本気で駆除してやろうか、この害獣。
「悪いエリカ。ちょっとあのバカを絞めてくるわ」
「あぁうん。行ってらっしゃい」
ハヤテは既に逃走を始めている。運動部に所属しているあいつに勝てるとは思っていないが、俺にも意地がある。絶対に落とし前をつけさせてやる。
文化祭の最中に、バカ同士の鬼ごっこが幕を開けた瞬間だった。
◆
──結局、俺はハヤテを取り逃がした。クラスで会ったら絶対にグーパンしてやる。
あの行動力の獣みたいな男は瞬く間に噂を拡散させた。俺が自分の彼女にヒカリちゃんのコスプレを強要していると言う悪質なデマをだ。
ただ傍から見るとこの噂には信憑性が出てきてしまうのが厄介なところ。事情を知っている者であれば当然だと頷く話なのだが、エリカとヒカリちゃんは似ている。瓜二つだ。違う世界の同一人物なのだから当たり前だ。しかし事情を知らない人はそこに理由を求めたがる。
俺が定期的にアキナの家で食卓を囲んでいるという事は既に周知の事実となっている。そしてアキナに妹がいるというのもヒカリちゃん入学前から既に知れ渡っていた。そこで高校一年の後半あたりからこんな噂が流れだした。
竹松ケントはアキナの妹に惚れたから、定期的にメシをたかっているんじゃないか。ある意味事実なだけに反論し辛いが、そんな中で俺の彼女であるエリカの姿を見ようものなら……まぁ、正直分からなくもない。
エリカの事については今まで言っていなかったし、隠していた俺も悪いのだろう。……悪いのだろうが、だからと言ってヒカリちゃん好きを拗らせて新しく出来た彼女にコスプレさせてるというのはライン越えてるだろ。あの野郎ふざけやがって。
「ハァ……ハァ……ハァ……ッ! あいつ、絶対にぶん殴ってやる──ッ!!」
「何を物騒な事を言っているんだよ、
ハヤテとの鬼ごっこで乱れた息を整えていると聞きなれた声が後ろから聞こえて来た。振り返るとアキナ、エリカ、員弁ナオと一緒にカゲツさんが居た。随分と珍しい組み合わせだ。
「カゲ、ツさん……日本に、戻ってたん、ですか……」
「その恰好で敬語は止めてくれ。笑いそうになる」
「どいつも、こいつも、……ハァ、昔の、面影を……求めすぎだろ。気持ちは、分かるけど……慣れてくれっての……」
笑いを嚙み殺すカゲツさんに対して、整わない息を鎮めながら文句を言う。分かるけどさ。
ジンキさんは何も言わなかったというのに。
「ふぅ、ようやく落ち着いた。……まぁそれならご希望通りに振舞ってやるさ。で? 何でここにいるんだ? しばらくドイツに居るとか言ってなかったか?」
「向こうでの用事が早く終わったから、今年の初めに戻って来たんだ。ここに来たのはナオちゃんの付き添いさ」
「員弁ナオと知り合いだったのか」
「カゲ君は私の師匠なんだよ、
員弁ナオの言葉に納得がいった。そう言えば俺と外国を旅していた頃も、現地の子供たちへヴァンガードを教えていたな。
「なるほど、員弁ナオの繋がりでアキナとエリカとも知り合った、と」
「アキナはさっきまでカゲツさんとファイトしてたよ。私は二人のファイトを見学してただけ」
俺の言葉にエリカから指摘が入る。俺が鬼ごっこしている時にアキナとカゲツさんがファイトしてたのか。それは惜しい事をした。ハヤテなんぞに構わずに俺も見学するべきだったか。
「カゲツ。アキナとファイトしてどうだった?」
「面白いファイターだと思ったよ。次に戦う時が楽しみだ」
「次? アキナも本格的に大会出場していくのか?」
「向江さんからデラックスの招待状を貰ったんだよ。カゲツさんやケントにも渡したって言ってたけど」
「海外予選の招待状を貰った。俺がアキナと戦うなら、お互いに決勝トーナメントに進む必要があるな」
そうか、よりによってここにはデラックス出場者が三人も揃ってるのか。世の中は狭いというか、そもそもジンキさん好みの人間が集まっていると見るべきか。
「カゲツも海外予選か?」
「いや、俺は日本だよ。最近は日本の大会しか出ていないしね」
そうか。
「ちなみに私も出場予定だからねー。カゲ君やアキ君にも負けないよ」
「そう言う事なら私も出場するから。タイゾウさんからチャンスを貰った以上、絶対に勝つ」
ここで員弁ナオとエリカも名乗り出た。つまりここに居る五人全員デラックスに出るのか。員弁ナオはプロとしての活躍もあるから分かるとして、エリカもチャンスに恵まれたか。
しかしまぁタイゾウさんも思い切ったものだ。先程の言葉からして、エリカの招待状の元々の持ち主はタイゾウさんだろう。デラックスの舞台でも覇を競い合える実力があると見込まれたか。
「今年のデラックスはケント君が中心になるだろうな。
「負けるつもりはねえよ。何せ初出場の大会なんだ。ハハ、こんなに楽しみなのは久々かもなぁ」
カゲツさんの予想に俺は自信を持って答える。デラックスのトロフィーを渡すつもりは無いが、それ以上に期待している事がある。
世界は
しかし俺にとって未知となるこのデラックスという舞台でこそ。俺が何よりも求めていたこの理想郷でこそ。その誓いが、覚悟が、輪廻を超えて宿命を運んでくるのではないだろうか。
もしそうであるならば、今まで抱えてきた