わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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第三章:2 勇者(シグルド)を探して

 栄光とは何か。もはや語り尽くせぬ程の年月の中で、色褪せた世界を呑み込み続けた成れの果て。そこに喜びなどなく、ただ虚しさのみが胸中を支配した。

 栄光とは何か。俺にとっては不要なもの。旅路の足跡以上の意味を持たぬもの。邪竜(ファーヴニル)として抱えるに値しないもの。

 故に俺は栄光を求めた事はない。求めたのは邪竜(ファーヴニル)という称号そのもの。そこに付随した栄光など、ただの副産物でしかない。有り体に言えばごみだった。

 

「決まったああぁぁ!! 未だ強さに陰りが見えぬ邪竜(ファーヴニル)! 予選第一試合を勝利ぃ!!」

 

 時は流れ海外予選当日。大観衆の中で声援と悲鳴を浴びて尚、俺の心は微塵も震えない。何となく分かるのだ。ここに勇者(シグルド)は居ないのだと。あれほど楽しみだった初めての舞台は、参加者の面々を見た瞬間に悪しき竜の供犠台と化した。

 無論、デラックスの参加者に弱者など存在しない。今この場で行われている海外予選も同様だ。右も左も猛者ばかり。世界を代表するトップクラスの実力者が俺を打倒せんと三人も揃っている。

 ……ただそれだけだ。そう、言ってしまえばただそれだけの事だ。猛者? 強者? 実力者? それがどうした。俺は過去の輪廻の中でこの程度の修羅場など経験済みだ。たとえ優勝候補と目されるファイター達であろうとも、邪竜(ファーヴニル)を討伐するには至らない。

 ソフィー・ベルも。ハロナ・ウォーカーも。ミチルさんも。どれだけ強くなろうとも。どれだけ研ぎ澄まされようとも。那由他の果てまで戦い尽くして構築された対人メタは、彼らを一刀のもとに斬り捨てるのみ。

 これが非公式戦であればまだ互角の戦いになっただろう。勝敗の価値が低ければデッキ構築やプレイングに幅が生まれて、不確定要素──勝負を左右する変数と化して負けてしまう事は何度もあった。

 だが公式戦において、勝敗が己の今後を左右する舞台において、トリガー以外の不確定要素を介在させるファイターなどいない。故に分かるのだ。デッキは相手を倒す為に鋭く研がれ、プレイングは至上の勝利を掴む為に積み重ねられ──そして邪竜の爪牙を前にして散っていく。

 俺に勝てる可能性があるのは数千回しか対戦経験がなく、対人メタが完成し切っていないルカさんだが……彼女はデラックスに出場していない。

 彼女は強い。トッププロとも渡り合える実力者だが、その精神性はエンジョイ勢のそれだ。招待されたという話は聞いたが、カゲツさんの応援よりも優先する程のものではなかったらしい。

 

「強い! 強すぎる! 邪竜(ファーヴニル)が危なげなく二勝目を手にしたぞォ!! 次に行われるのは二勝同士の一騎打ち! 勝つのは邪竜(ファーヴニル)か!? それとも廻間ミチルか!?」

 

 過去の輪廻で、特に強者と呼べる者達とは積極的にファイトしていた。全ては自分の強さを磨く為に。そして二人を救い出す機会が訪れた時、運命の前に屈さない為に。

 苦戦はする。戦い辛さもある。追い込まれもする。だが負けない。輪廻で培われた邪竜(ファーヴニル)というシステムはこの程度で機能不全を起こさない。既知の獲物を喰い殺すべく、容赦なく駆動する。

 かつては運命を、世界を呪いながら蹂躙していたものだが、今はただ勇者(シグルド)を求めてひた走る。救いを成す為の暴力装置が終わりを求めて暴走するのだ。

 

「随分とプレイングが丸くなったね。あの頃とは比べ物にならない程に」

「肩の荷が下りましたから」

 

 控室でミチルさんに話しかけられ、応答する。

 

『君の魂。二色が混ざり合いながら輝いている。反発しそうな二つの色が、一つの希望を前にして手を取り合っているように見える』

『なるほど。それが君の原動力だね。ヴァンガードを通して、何かを手にしたい──いや、救いたいが正しいのかな?』

 

 かつてミチルさんに言われた事を頭の中で反芻する。

 魂の色を見るという特異な能力を持つ彼に対して隠し事はあまり意味を成さない。さすがにファイト中のブラフを見抜くような精度では無いそうだが油断は出来ない。

 

「救えたかい?」

「……えぇ。結局、俺一人じゃ無理でしたけどね」

 

 アキナやヒカリちゃんを救う事が出来たのはエリカが居たからだ。そしてエリカを救う事が出来たのはガブエリウスが居たからだ。

 そう考えれば俺はただあの時、一人で盛り上がっていただけの道化でしか無かったのだろう。だが後悔はない。エリカを助ける為の俺の行いを悔いる事など、そして恥じ入る事など決してない。

 

「魂も変わったね。二つあった色が一つになったけれど、苛烈に燃え上がっている。本当に楽しみだよ。そんな君とファイト出来るのは」

 

 そう言ってデッキを取り出そうとするミチルさんを俺は全力で止める。

 

「いや、何で今からデッキ取り出すんですか! これから試合ですって」

「……あぁ、そう言えばそうだったね」

 

 天然なところも昔から変わらないなこの人。いや、ファイトが楽しみ過ぎて我慢が出来なかっただけなのかも知れない。どちらにせよ少し変な人ではあるか。

 

「そう言えば、もう一つ聞きたかった事があるんだ」

「今度は何です?」

「今も宝物(大切なもの)を抱えているかい?」

 

 ミチルさんの質問に少し考え込む。宝物は当然抱えている。かつての旅路の星明りにして道標。アキナの言葉とヒカリちゃんへの恋心。これらを糧にして俺は那由他の果てまで踏破したのだ。そしてこれからも歩み続けるだろう。

 けれど、おそらくミチルさんの意図はそういうものではないのだろう。俺が何度も転生して同じ人間の一生を繰り返しているだなんて知らないだろうし、故に宝物への価値観も違うはずだ。

 あの時、ミチルさんとファイトした時の原動力がまだ生きているか。ミチルさんの真意はそこだろうと判断して、俺は口を開く。

 

「宝物は手放しませんよ。だけど、()()()()必要はなくなりました」

「そう。よかったよ……本当にね」

 

 とても嬉しそうなミチルさんの反応に俺は首を傾げた。この人がここまで気にかけてくれるという事実に嬉しさはあるのだが、さてここまで気にするような人であっただろうかという疑問が浮上する。

 廻間ミチルはヴァンガードバカである。彼の思考の八割はヴァンガードの為に使われていると言っても過言ではないだろう。そんな彼が、果たして俺の事を気にする理由に何があるだろうか。

 

「楽しみだよ。ようやく本当の君と──しがらみのない邪竜(ファーヴニル)と全力で戦えそうだからね」

「あの時も全力だったんですけど」

「もちろんあの時も楽しかったけど、君は楽しくなかっただろう?」

 

 ミチルさんはあの頃の俺のメンタル面で少々不満だったのだろう。あの頃の俺はファイトを楽しむという気持ちが無かった。大切な人を救いたい。あの頃の俺はそれが全てだったから。

 

「……だけど君が本当に楽しいと感じるのは、僕とのファイトじゃないかも知れないね」

「いきなり何を……?」

「世界は勇者(シグルド)を待っている。けれど、ここに勇者(シグルド)は居ない。……少なくとも、君はそう感じている」

「……」

「それはそれとしてリベンジはさせて貰うよ。僕が挑戦する側に立つ事はあまりないんだ。ワクワクするよ。こんなに心が躍る事はないほどに」

 

 ミチルさんはいつも楽しそうだな。ヴァンガードが好きで好きでたまらない。ヴァンガードを愛した彼は、世界でもトップクラスの実力者という実績で以ってヴァンガードにも愛された。

 原因不明かつ長期間の昏睡という事故があったにも関わらず、一時期世界に置いて行かれたにも関わらず、彼は変わらずヴァンガードを楽しんでいる。その実力も錆び付くどころかますます強くなっている。

 アメリカへカゲツさんに会いに行った時、ミチルさんに話を振った事がある。ブランクは感じますか、と。

 ミチルさんは首を傾げながら答えた。ヴァンガードなら自分が納得するまでやっていたよ。

 その言葉に俺は呆れたものだ。まさか夢の中でもヴァンガード漬けだったとは。

 そんなミチルさんにも、おそらく邪竜(ファーヴニル)は勝つのだろう。ミチルさんには殺意がない。故に邪竜は危機とすら思っていない。構築されたシステムがいつものように処理するのだろう。

 

「ミチルさんは、勇者(シグルド)じゃないんですか?」

「僕じゃ納得できないだろう? それが答えじゃないか」

 

 過去の旅路での経験も踏まえて、最強のファイターは誰かと言われれば俺はミチルさんを挙げるだろう。確かに公式戦で彼に勝ったファイターは少なからず存在する。

 俺やカゲツさん、他にも第一回デラックスで彼を破った近導ユウユ。だが、それらの敗北でミチルさんの格が落ちたかというと、そんな事は無い。

 長い間プロをやっているとどうしても付き纏うのは勝率だ。カゲツさんも最初の一年は無敗でならしたようだが、今ではミチルさんに次ぐ程度で落ち着いている。ミチルさんに勝ったファイターであるにも関わらず、勝率という数字が明確にミチルさんが格上だと告げているのだ。

 故に世間は廻間ミチルこそが世界最強だと叫ぶ。誰も追随できない場所に彼はいるのだから。

 そんな彼であっても、邪竜(ファーヴニル)は認めない。こうなればもう誰であろうとも邪悪な竜は目の前の相手を生贄としか認識しないのではなかろうか。勇者(シグルド)は、この理想郷の中で俺が追い求める新たな幻想でしかないのだろうか。そんな考えが首をもたげる。

 

「それじゃあ勇者(シグルド)が現れるのは、それこそ奇跡の類でしょうね」

「奇跡は信じられないかい?」

 

 奇跡。かつては運命から簒奪しようと目論んだ代物だ。俺にとってそれは掴むものではなく、簒奪するものだった。そんなものに今更俺は祈るのか。

 俺が奇跡と呼べるものは、エリカと出会った事だろう。那由他の果てという膨大な試行回数を重ねてようやく俺が──竹松ケントが手繰り寄せたものだ。

 勇者(シグルド)を求める邪竜(ファーヴニル)。この悪名高き竜にも奇跡は手繰り寄せられるのか。……何はともあれ、やってみない事には始まらないか。

 デラックスの決勝トーナメントで全てが決まる。もしも勇者(シグルド)が居なければ、貪る栄光が増えるのみ。そこに不都合などありはしない。ならばもう進むしかないだろう。

 

「いえ、奇跡なら目の前で見ましたよ。だからもう一度奇跡が起こったなら、勇者(シグルド)と出会えたなら、聞いてみたい事があるんですよ。世界中から祝福される今の気分はどうだ、とね」

 

 その為にも俺は不滅の邪竜(ファーヴニル)で在り続けなければならない。それまでは負ける事すら許されない。あぁ、興が乗ってきた。楽しもうじゃないか。

 再び世界を敵に回そう。邪悪な竜はここ居ると知らしめるのだ。

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