わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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第四章:4 落日

 違和感を覚えたのは学校に着いた時だった。

 いつもと同じ風景。いつもと同じ喧噪。しかし俺には何かが足りないように思えた。

 

「……」

 

 嫌な胸騒ぎがする。まるでそれは、俺の前からヒカリちゃんが姿を消した時のような――。

 昔の記憶を思い出していると、丁度アキナの教室の前を通りかかる。中を覗くと、アキナはまだ来ていないようだ。……来ていないようだ?

 

「おい、この時間ならとっくに……」

 

 そうだ。この時間ならいる。遅刻でもしたか、あるいは体調崩して休んでいるのか?

 そんな俺の考えは、アキナの席の上にアキナではない生徒の私物が置かれている事によって否定された。

 その様子を他の生徒は咎めもしない。堂々とクラスに入り、教壇の中にあるクラス名簿を除き見る。そこには明導アキナという名前が存在していなかった。

 

「……嘘だ」

 

 アキナが消えた。あの日のように、まるで最初から居なかったように失踪した。

 馬鹿な。テレビで魄山の惨状のニュースも流れていない。アキナが失踪する理由など、どこにもないはずなのに。そして他にも問題がある。

 

「アキナ? 誰だそいつ?」

「明導ねえ。そんなヤツこの学校にいねえだろ」

 

 あらゆる情報、資料、個人名が記された書類。そしてみんなの記憶から明導アキナという人物の情報が消えている。まさかと思い、一年の教室へ走る。

 

「ヒカリ、ちゃんですか?」

「そんな名前の子いませんけど?」

 

 嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。嘘だ。

 

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だッ!!!

 

「何だよッ! いったい何がどうなってんだよッ!!?」

 

 最早学校に行く意味も見出せず、無断で街に繰り出す。

 ここは二人が幸せに暮らす理想郷じゃないのか? だったら何故今になって失踪した?

 それもアキナとヒカリちゃん、二人同時に。分からない。分からない。何だここは! 天国に偽装した地獄か何かか!?

 

「クソが、情報が足りてねえ。本当に失踪したのかも分からないし……」

 

 念の為。念の為だ。俺はそのままアキナ達の家を目指した。この世界でも住所が変わっていない事は既に確認済みだ。

 トワイライトの根城であるワンダヒルに向かう最中、偶然を装って家の前を通りかかったのだ。

 一家団欒の楽しそうな声が聞こえていた。アキナ、ヒカリちゃん、二人の親父さんに加えて知らない女性の声も聞こえていた。おそらくは二人の母親、か? 事情は知らないが、現実世界では離婚していたのだろう。

 

「家族なら記憶は残っているか……?」

 

 一縷未満の望みだが、確かめる以外に選択肢はない。明導家に着いた時、ちょうど中から一人の女性が外に出てきていた。

 その顔にアキナとヒカリちゃんの面影を感じる。現実では顔も見た事は無いが、確信する。二人の母親なのだろう。

 俺はその女性に、アキナかヒカリちゃんに伝言を頼みたいと告げたが──。

 

「……うちには息子も娘もいませんけど?」

 

 ──足元から世界が崩れそうだった。その不快な浮遊感が、俺を無気力にこの街を彷徨わせ続けた。

 本当に二人は消えたのか? 前触れも何もなく? こんなに呆気なく、俺の願った日常が終わるのか?

 もう一度、俺は二人を取りこぼしたのか?

 

「は、はは……ハハハハハハハッッ!! ふざけんじゃねえぞッ!!」

 

 認めない。認められない。あぁ、そうだ。こんな結末認めてたまるか。

 現実で失った二人を、今度は幻世界でも失うのか。世界の脚本に二人はこの世から消えるとでも書いてやがるのかよ。クソしょうもねえ脚本家(運命)ごときが、どこまでも舐めくさりやがってよォ!!

 

「この程度で諦めてたまるか!!」

 

 いないのならどこまでだって探してやる。マップ端でループするようなクソ(たわ)けたゴミ世界なら、消えた人間の痕跡がバグのように残っている可能性もある。

 どうあっても世界が二人に消えろと言うのなら、あぁいいさ。だったらこっちは全力で中指立てて抵抗してやらぁ!!

 もう二度と! 俺は! 現実みたいなしょぼくれた余生を過ごすつもりなんざねえんだからな!!

 

「何が幻世界だ。これじゃ何も変わらねえじゃねえか。世界も、そして俺も! なぁ、そうだろ!? クソの役にも立たねえ竹松ケント(■■■■)くんよぉ!!」

 

 なぁ、竹松ケント(■■■■)。お前は何故まだ生きている? 二人の失踪を防げなかったお前が、どうして今も友人気取りなんだよ。

 死ねよ。死んじまえよ竹松ケント(■■■■)。お前が不甲斐ないから、お前と関わったから。現実でも、幻世界でも、お前の前から消えたんじゃねえのかよ。

 

「分かってる。分かってるさ。俺が生きる価値のねえゴミクズだってのは重々承知なんだよ。だがな、このままじゃ終われねえ。ゴミにはゴミなりの矜持があるんだ。二人の痕跡を見つけるか、カスみてえな創造神の(ツラ)を拝むまで、俺は足掻き続ける。二人に詫びるのはその後だ」

 

 街を彷徨い続けて、気が付けばもう夜だ。トワイライトの活動時間だ。

 ……行こう。リーダー、いや。ライカに二人の事を聞いてみよう。もしかしたら、幻世界で会っている可能性もある。

 

「ま、俺の勘はほとんど外れてるがな。我が事ながらマジで信用ならねえ」

 

 ◆

 

 いつも通りの時間。ワンダヒルに到着すると、メンバーが何やら揉めている。

 いや、よく見ると知らないヤツがいるな。トワイライトに旗取りのファイトを挑みに来た命知らずか?

 

「おい、何やってんだ?」

「ケントじゃねえか。いや、コイツがリーダーに会わせろって舐めた事言ってきてんだよ」

 

 ライカに会わせろ? まぁ確かに、喧嘩を売りに来て最初(ハナ)から一番強いヤツを出せってなあ愉快な事じゃねえよな。

 その挑戦者の顔を見る。なんつーか、こう。覇気がねえな。本当にトワイライトに喧嘩売ってきたのか? こいつが?

 

「へぇ。こっちの君はこういう色なんだ」

「何を知った風な口きいてんだこいつ。誰だお前は?」

 

 こっち? 色? つか、何で知り合い気取り?

 

「廻間ミチルだよ、竹松ケント君」

「何で俺の名前を……マジで何者だよ、ストーカーか?」

「ここじゃない世界で、僕は君と会った事があるんだ」

「現実の話か? つう事はお前、幻影(ファントム)……いや、ライカに喧嘩を売りに来たってんなら、幻真獣ファイターか?」

 

 俺の言葉を廻間とやらは否定しなかった。マジか。マジか。マジなのか。こいつが、この微塵も強くなさそうなすっ呆け野郎が幻真獣ファイターだと?

 

「君も現実の記憶があるんだね。ならどうして初対面みたいな反応をしたのかな?」

「現実だろうとこの世界だろうと、お前とは正真正銘初対面だ。キモいナンパ野郎みてえなセリフ()かしてんじゃねえぞナスビ野郎」

「ふうん……なるほどね」

 

 調子が狂う。俺の挑発にこいつは何も乗ってこない。というより、俺の言葉が響いていないのか。

 暖簾に腕押し、糠に釘。ともかく手応えというものが何一つ感じられない。

 こんだけボロクソに言われりゃあ少しくらいカチンときてもいいだろう。何だこいつ本当に人間か? 感情の搭載を忘れたアンドロイドでございと言われても信じるぞ俺は。

 

「君と僕で認識している現実が違うのかな? じゃあ一つ聞いてみようか」

「まだ何かあんのか?」

「君は明星エリカという名前を知っているかい?」

()()()()()。お前のお友達自慢か? 舐めるのも大概にしとけ」

 

 その言葉を放った瞬間、俺の心臓が一瞬だけ跳ね上がった。何だ? この感覚……まるで、何かを致命的に間違えたような。

 いや、だが。明星エリカという名前など、俺は知らない。聞いた事がない。出会った事もない。なのに、この感覚はいったい……?

 

「ミチルさん!」

 

 そして、次に聞こえてきた声に俺は全ての思考がとんだ。この、声は……!

 ナスビの後ろから声をかけたのは、アキナだった。その隣にはヒカリちゃんと、三人ほど知らない男女が並んでいる。

 

「な、ん……?」

 

 口から言葉が何も出てこない。何でここにいる? 何でこのナスビと知り合いみてえな事を? そもそもお前たちは失踪したんじゃなかったのか?

 いったい何を言えばいい。いったい何を聞けばいい。空白の思考が空回りを始めた瞬間、メリーゴーランドを改造したトワイライトのファイト場からライカの声が響いた。

 

「ケント、そこまでだ。……歓迎するぜ。幻真獣ファイター」

「幻真獣を知ってるって事は……」

「ライカさんが、幻影(ファントム)ファイター!?」

 

 ライカの言葉に反応を返すヒカリちゃんとアキナ。幻真獣やら幻影(ファントム)やらを知っているという事は、この二人も幻真獣ファイターという事なのか。

 すなわち、幻世界を否定して現実世界を取り戻そうとする者達。

 

「……何で、だよ。何でよりによってアキナとヒカリちゃんが……?」

 

 小さい声で呟く。それは絶望という言葉すら生温い。アキナとヒカリちゃんにとって、この幸せに青春を謳歌していた幻世界よりも、失踪した現実の方が大事だと言うのか?

 それとも他のやつらに唆されたのか? 幻真獣ファイターに勝てば、現実で元の生活に戻れるとでも吹き込まれたのか?

 

「ケント、お前は俺のファイトを見ていろ。幻影(ファントム)ファイターと幻真獣ファイターの戦争がどういうものなのかを肌で感じるんだ。……戦うんだろう? 大切な人が暮らす幻世界を守るために」

「……あぁ、分かった」

 

 ライカの声に冷静さが戻ってくる。その言葉に俺は頷く。

 俺以外のメンバーは既に帰らされている。幻影(ファントム)ファイターと幻真獣ファイターの事を何も知らないから。つまりは戦争の部外者。巻き込むわけにはいかない。

 

「ケント。どうしてお前が幻世界を守ろうとしているんだ?」

「まさか、あなたも幻影(ファントム)ファイターなの?」

 

 アキナとヒカリちゃんの言葉に、俺は違和感を覚えた。

 この世界において、アキナと俺は屋上で一言だけ言葉を交わした程度だ。ヒカリちゃんに至っては接点すらない。

 なのに二人は随分と親しいかのように接してくる。つまり、現実の記憶が蘇ったと言っていいだろう。

 そこまで考えたところで、しかし俺の違和感が消えてくれない。何かを掛け違えているような、何とも言えない妙な不快感はいったいどうした事だろう。

 

「エリカと一緒に生きると言ったのは嘘だったのか?」

 

 その違和感が決定的になったのはアキナの言葉だった。

 そう、まただ。またその名前だ。どうしてアキナからも、その明星エリカという知らないやつの名前が出てくるんだ。俺の知り合いのように言ってくるが、やはり記憶の中に心当たりが見つからない。

 現実の記憶にも、偽りの記憶にも、明星エリカなどという人間はどこにもいない。

 

「……何の話だ?」

「ケント、本当にどうしたんだよ! お前らしくないぞ!!」

「うるせえ! 俺らしくないだと? だったらお前はどうなんだよ!!!」

 

 アキナの勝手な言葉に俺の頭に血が急速に流れ出す。

 俺らしくない。俺らしくない、か。なるほど、なるほど。なあ、アキナ。お前は俺を笑わせたいのか? それとも怒らせたいのか?

 勝手に人の前から消えておいて。俺の気持ちなんざまるっと無視して。あぁ、あぁ、いいだろう。お前がその気ならのってやるよ、その喧嘩ぁ!!!

 

「ワケの分からない事をくっちゃべってんじゃねえぞ! あのナスビも! お前も! これだけはハッキリ言っておくがな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!! 誰だよそいつは! 男か? 女か? それとも誰かのイマジナリーフレンドか!? 挙句の果てには俺らしくない? 知りもしねえ人間と一緒に生きるんじゃなかっただあ!? 俺とヒカリちゃんの前から消えておいて!! よくもまあそんなセリフが出てきたもんだな、オイ!!!」

 

 俺の言葉を聞いて、アキナとヒカリちゃんは信じられないものを見たかのように絶句した。

 何故アキナがそこまで驚く? どうしてヒカリちゃんは、そんな泣きそうな表情(かお)をするんだ?

 

 ──もう一度俺の心臓が跳ねた。いったい何だよこの感覚は。マジでワケが分からねえんだよ!

 誰か教えてくれよ。俺はいったい何を間違えているんだ?

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