わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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第四章:5 噛み合わない歯車

 ナスビとライカのファイトは、ナスビの勝ちで終わった。負けたライカは姿を消して、勝ったナスビも意識を失った。

 負ければ全てを失うって、本当に──比喩でも何でもなく、事実だったのかよ。自分の身体ごと、この世界から消え失せると。

 

「なるほど、戦争か。確かにこりゃ戦争だわな。幻か現実か、生きるか死ぬか……ッハ、やらされる方はたまったもんじゃねえな。趣味の悪い黒幕もいたもんだぜ、随分ふざけた催しじゃねえか」

 

 俺の言葉に、意識を失ったナスビを介抱していたアキナが反応する。

 

「幻真星戦の事を知らないのか?」

「それがこの戦争の名前か。詳しい事は何も知らねえ。大雑把にはライカから聞いたがな。……要するに、この世界をぶっ壊して現実に戻りてえんだろう? その為には幻影(ファントム)ファイターってやつが邪魔なんだろう? まぁ俺は幻影(ファントム)ファイターかどうかも怪しいもんだがよ」

 

 俺はアキナに対して聞く。分からないんだ。どうしてお前がそっちにいるのか。

 

「そんなに現実が、自分が失踪した世界が恋しいか? それとも他の連中にこの戦いが終わればみんなの元に帰れると吹き込まれたか? どっちでもいいが、俺はそんな現実は認めない。認められない。大切な人が消えた世界なんざ、俺にとっちゃゴミクズでしかない。この世界もまぁクソみてえなもんだが、二人が生きているなら許容できるさ」

「どういう意味だよ、ケント。お前だって自分の望みを現実で叶えたじゃないか! なのに、どうしてそんな事を言うんだ!? お前は奇跡を掴んだじゃないのか!!」

 

 アキナの叫び。そこに嘘偽りの色はない。ヒカリちゃんもアキナを止めようともしていない。本気だ。本気で俺が現実で幸せを謳歌していると信じ切っている。

 そうさせたのは誰だ。アキナの後ろでナスビ抱えてボケっと突っ立ってるバカ共か? どこまでもコケにしやがって。俺の親友を。俺の愛しい人を。俺の人生の太陽を! よくも穢しやがったな!!!

 

「じゃあお前が認識してる現実ってやつを聞かせてくれよ。なぁ、親友。お前はいったい何に巻き込まれたよ? どうして俺達の前から姿を消したんだ?」

「俺は運命大戦を勝ち抜いて、ヒカリの病気を治した。失踪もしていない! それはお前だって知ってるだろ? エリカの協力者だったって、タイゾウさんから聞いてるんだ。その後の宿命決戦で、お前はエリカを助ける為に命をかけたじゃないか!! その先で手に入れたものを全部捨てていいのか!?」

「だから、誰だよそのエリカってのはよ! あぁ、よく分かった。アキナ、お前騙されてるよ。随分と幸せな走馬灯を見せられたもんだな」

 

 自分は失踪せず、ヒカリちゃんが助かって完全無欠のハッピーエンド。そうだな。俺だってそれが現実だったならどれだけ良かったか。

 だがな。そうはならなかった。俺の前から二人が消え、世界から太陽が消えた。寒かったぜ。アキナとヒカリちゃんのいない人生は。

 だからアキナ。もういいんだ。そんな都合のいい妄想を吐き出さなくてもいい。俺がお前を止めてやる。

 

「それともあれか? 失踪直前の記憶を持ち込んだから混乱してんのか? まさかヒカリちゃんもそんなあり得ない都合良い妄想(デウス・エクス・マキナ)を信じてるのか? 誰の口車だ? 後ろの三人の誰かか? ──ふざけてんじゃねえぞクソ野郎共が!! 俺の親友を、何よりも大切な二人を! もう一度地獄へ突き落そうっていうのかよ!!! 俺は──!」

「ケント」

 

 そんな俺の言葉は、アキナの鋭い言葉で止められた。

 

「本気で現実を無かった事にしたいのか? お前が死に物狂い掴んだ理想郷をかなぐり捨ててまで、この幻世界に住みたいのか? それがお前の──竹松ケントの答えなのかッ!!?」

「理想郷はここだアキナ。ここにある。この世界こそが、アキナとヒカリちゃんが生きてくれる唯一の世界。至高の世界だ。あぁ、長かった。二人がいなくなって五十年近く経ったんだ。そんな枯れ果てた俺が夢見た現実が、ここなんだよアキナぁ!!」

 

 その言葉にアキナは困惑の表情で押し黙る。

 

「笑えるだろう? そこまで生きてもまだ過去に囚われてるんだ。ちょっとは前を向けばいいのに、失ったもんばかり指折り数えて現実逃避。ハハハハハ!! 爆笑もんだぜ! そんな生活に戻るくらいなら、今ここでお前らを負かして幻世界を継続させる。アキナとヒカリちゃんの失踪先の生活はどうだか知らねえが……いや、もう言葉を取り繕うのはやめにするか。結局のところ、二人は死んだんだろう?」

 

 目を逸らしていた。考えないようにしていた。だってヒカリちゃんがあんなに必死に探していたんだ。生きているって信じていたんだ。

 それに俺だって。アキナが既に死んでいるなどと。ヒカリちゃんも人知れず死んでいるなどと。そう考えてしまったら、俺は何をよすがに生きればいい?

 

「だったらこの世界で生きりゃあいいじゃねえか! 他のメンツが現実に戻りたそうにしてるから? 困ってる人を放っておけないから? だからまだお得意の手を伸ばすってやつをやってんのか!? 呆れるぜ明導アキナ ! 結局死んでもお人好しのままかよッ!!」

 

 だからこそ。そんなアキナだからこそ、俺も失いたくないんだよ。

 しかしアキナは俺の言葉に頷かない。むしろ真っ向から反発した。

 

「俺は現実で歩んだ人生を無かった事になんて出来ない! ケント! お前だって今まで積み重ねてきたものがあるだろう! 俺は知っているぞ。俺なんかじゃ想像も出来ないような道を歩んできたじゃないか!」

「今まで生きて積み重ねてきたもんはなぁ! 二人がいなくなった瞬間にただのガラクタになっちまったよ! お前たちがいなきゃ何の意味も無かったんだ!! 歩んだ人生を無かった事に出来ないィ!? 笑わせんな、つまんねえよ。ギャグセンス皆無だぜアキナ!! 無かった事にしちまえばいいじゃねえかよ! アキナとヒカリちゃんを消した現実とかいうクソ世界の人生なんざよォ!!」

「だから! 俺はいなくなっていないって言ってるだろうが! この分からず屋ぁ!!」

「強情なのはどっちだ、アキナ! 俺はお前を、そしてヒカリちゃんを見捨てられない! 全力疾走の自殺じゃねえかこんなモン!! もう俺は迷わない! 今度こそ手放しちまったら、俺はもう竹松ケントですらない、ただのゴミに成り下がる!! 俺にお前たちを救わせろよ! もう二度と離さない。離してやるものか! 俺の人生なんかよりもずっと大切なんだ!! だから──ッ!!!」

 

 自分のデッキを突き付けて、俺はアキナに宣言する。

 

「どうしても現実に戻りたいと言うのなら、()ろうぜアキナ」

「ケン、ト……っ!!」

「語りたいならカード(こいつ)で語ってくれ。好きだろ? そういうノリがよ。俺も好きだぜ! ジジイになっても男の子だしなあ!!」

 

 そう言うとアキナは諦めたようにデッキを取り出すが、ヒカリちゃんが止める。

 

「ごめん、私にやらせて」

「……いいのか? 目の前のケントは」

「分かってる。大丈夫だから」

 

 覚悟を決めた様子のヒカリちゃんに困惑するのは俺の方だ。アキナに喧嘩を売ったつもりだったが……まぁいい。

 この世界で生きてほしいと願ったのはアキナだけじゃない。ヒカリちゃんもそうだ。俺の初恋。何よりも大事にしたかった女の子。

 そんな彼女が、俺を仇かのように睨みつけている。

 

「私が相手でもいいんでしょう?」

「……あぁ。ファイトの順番が変わるだけだからな」

 

 ちょっと勢いは削がれたが問題はない。たとえ恨まれようとも俺は手加減するつもりはない。他の人の為に、死んだであろう現実に戻ろうとするのであれば、たとえ悪魔と罵られようともここで引き留める。

 これでファイトが成立したのか、先のナスビとライカの際に出てきた黒いファイトテーブルが地面からせり上がってくる。

 

「これが幻真星戦ってヤツか。ライカとナスビのファイトを見てはいたが、実際当事者になってみると……ハハハ、非常識過ぎて笑うしかねえわな」

「怖気づいたなら降参してもいいわよ」

「兄妹揃って笑えねえ冗談ばかりだな。俺は逃げねえよ。アキナを、そしてヒカリちゃんを幻真獣ファイターとかいう枷から解放する。そして、その無謀な自殺を止めて幻世界を存続させる。それが俺の戦う理由なんだからよ」

 

 テーブルにデッキを置いて、ヒカリちゃんを見る。その顔は険しい。

 当然か。アキナやヒカリちゃんの邪魔をしているのは俺の方だ。だけど俺も退く事などできはしない。

 二人の心情がどうであれ、俺は現実になど戻りたくないし、二人を現実に戻らせたくない。

 それは見殺しといったい何が違う? 当人がそれでもと吠えて死にたがっていても、おいそれと許容などできる筈が無いだろう。

 

「この戦いをおっ(ぱじ)めた元凶も、この世界を創造したカミサマも、どいつもこいつも残らずクソだ。とことんまで俺ら人間を舐めくさってやがる。高級(たけえ)ワイン片手にブヒブヒ嗤うダークネス成金ブタ野郎が黒幕だって言われても俺は納得するぜ。忌々しすぎて反吐が出る。だがよ、同時に俺は年甲斐もなくワクワクしてんだ。何故だか分かるか?」

 

 もはや事態は人間のお気持ち程度じゃどうにもならない。それは誰しもがそうだろう。友情パワーで世界をぶっ壊せるなら既に事件は解決してる。

 巻き込まれた事実は変わらないし状況は何一つ好転しない。だが、こんな事態でも何もかもが駄目ってわけじゃない。

 世界の危機。それに巻き込まれたって事はつまり──。

 

「まるで物語の主人公みてえじゃねえか。自分が特別だと、選ばれた人間だと。そうじゃなきゃ、こんなセカイ系じみた人知を超えた事件なんかに巻き込まれるかよ。今なら奇跡でも起こせるんじゃないか? アキナを、そしてヒカリちゃんを助けたいと願えば叶えてくれそうじゃねえかよ」

 

 この言葉を聞いたヒカリちゃんの目が冷たくなる。

 

「やっぱり、あなたは私の知ってるケントじゃない。──私が知ってるケントなら、そんな言葉は絶対に言わない。言うはずがないもの。それはあの人にとって侮辱以外のなにものでもない!」

「私の知ってるケントじゃない、ねえ。それはちょいと傲慢が過ぎるってもんだぜ。俺がヒカリちゃんの事を理解しきれていないように、ヒカリちゃんも俺の事を何もかも把握してるわけじゃないだろ? 英雄願望。根拠のない優越感。自分が特別だと信じられる厨二の心! 男の子なら誰しもが標準搭載だぜ!! 疑うってんならアキナに聞いてみてくれよ、なあ!!」

 

 俺の言葉にヒカリちゃんはもう反応を返さない。なるほど、問答は既に無用という事か。いいねえ、こういうピリピリした空気は嫌いじゃない。

 お互いにファーストヴァンガードを置いて、宣言する。ヒカリちゃんがこの世界で生きるか、俺が死ぬか。一世一代の大勝負。世界をかけた一戦だ。

 

「「スタンドアップ、ヴァンガード!」」

 

 さあ始めようかヒカリちゃん。俺が勝てば次はアキナだ。自分が死んだ現実なんか忘れてしまえよ。俺と一緒に、良い夢見ようぜ。なあ、一緒に幻で溺れてくれ。

 寂しかったんだ。みんな俺を置いて逝ってしまうから。

 だから今度は決して逃がさない。手放さない。失ってなるものか。この勝負、俺が勝つ!




次回、ファイトが始まるような終わり方ですがファイト描写は思い切りカットしてます。
全カットというわけではなく、セリフの合間に進行していく風な感じです。
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