「《リザードソルジャー コンロー》」
「《万里鵬翼のギアケツァール》」
ヒカリちゃんのデッキはダークステイツ。ダークステイツは、どんなデッキだったかな。ソウルを貯めてどうこうするのが多いんだっけ? とりあえずはいつも通り戦った方がいいだろう。
一、二ターン目はお互いにライドして細かく殴り合う。こっちは先攻だから、ビート兼5000シールドのグレード2を先に出せるのがメリットだな。
「あなたが──」
「どうした?」
ふと、ヒカリちゃんの声が俺の耳朶をかすかに叩く。
「あなたが知ってる現実の私は、失踪したって言ったわよね?」
「あぁ。アキナが失踪した三年後くらいだったか。ヒカリちゃんも後を追うようにいなくなった。ありゃキツかったぜ。アキナに続いてだったからな。兄のいない現実に耐えられなかったのか。俺じゃあヒカリちゃんの生きる理由になってやれなかった」
「……そうね」
俯きながら声を絞り出すヒカリちゃん。それに対し俺は責めているわけじゃないと告げる。
六十間近まで生きていても忘れなかった記憶。もはや忘れたいとも思わず、アキナとヒカリちゃんの事をずっと抱え続けた人生だった。
「それならもう一つ質問に答えて。あなたは今、何回目の人生を歩んでいるの?」
ヒカリちゃんからの質問を聞いた瞬間、俺の顔が凍り付いた。
何故、俺が前世を持っていると知っている? カマかけの類ではなく、確信を持った声色に疑問が俺の脳内を駆け巡る。
どうしてバレた。というより、何故バレている。何を以てヒカリちゃんは俺を転生者だと勘づいたのか。
「オイオイ、オイオイオイオイ……くく、くは、ハハハハハハハハハハッ!! マジか、おいマジかあ!? マジで言ってんのかよ、ククク……そうか、そうか。どこで、どうして……いや、もう何でもいいか。こんな非常識がまかり通ってる時点で、もう何でもありだよなあこの世界はよ」
笑う。笑う。笑う。喉が痙攣して呼吸が乱れる。上ずった声が震え、もはや平静を保てない。
ならもういいか。いいじゃねえか。言ってしまえよ
「お察しの通り、二回目だ。前世での名前は
「え?」
今度はヒカリちゃんが何を言っているか分からないという表情になる。
転生していると確信して質問してきたんじゃないのか? ならば当然、前世の情報もバレていると思ったんだが。違うのか?
まさか、
「前世でもカードゲームはやってたんだ。遊戯王にデュエル・マスターズ、ポケモンカードゲーム、マジック:ザ・ギャザリング。あー、後はデジモンのコラボカードが出た時にバトスピを触って、アクエリアンエイジも触ろうとして、結局周りの奴らが触らなかったからカードだけちょっと集めてそのまま。ヴァイスシュバルツで艦これとかバンドリのデッキを友達から借りてちょいと回した事もあったか? あーそうだ。東方の同人カードゲームもちょこちょこやってたっけか。──ヒカリちゃんは知らないだろう? この世界では存在しないカードゲームだ。カードゲームと言えばヴァンガードだからなあ」
少し思い出すだけでこれだ。意外と色々触ってたな。
本当に懐かしいラインナップだ。この世界では存在しない、もう触る事すら出来ないカードゲームの数々。
「ここまで聞いてもう分かっただろ? 俺はこのヴァンガードが主流の世界とは違う現実を生きた記憶がある。他にはそうだな、今俺たちが住んでいる場所にしても違いがある。無道竜久が生きた世界じゃ、加賀國ではなく石川県って名前だったよ」
「いや待って。そこまでは知らないんだけど。……え? 本当に?」
俺とヒカリちゃんとの間の認識の違いが浮き彫りになっていく。
念の為アキナにも視線を合わせるが、こちらも混乱しているのか首を傾げたままだ。
「何を勘違いしていたかは知らないが、だからと言って勝負に手は抜かないぜ。俺はグレード3の《ドラゴニック・オーバーロード》にライドだ」
オーバーロードの連撃効果でダメージを稼ごうと思ったが、四点で止まってしまった。
続くヒカリちゃんのターンの攻撃を何とか凌ぐ。トワイライトでファイトしまくって一応このデッキの回し方は覚えたものの、細かい動きというか、初見デッキへの対応がまるで分からん。
「……つまり、今のあなたは一回目の竹松ケントでいいのね?」
「一回目……まぁ、竹松ケントとしては一回目だな、うん。というか、同じ人生を何度も繰り返すって控えめに言って地獄だろう。ヒカリちゃんの現実の記憶はどうなってんだ?」
「アキナが──お兄ちゃんが失踪した後、私を魄山まで連れて行ってくれた事は覚えてる?」
「もちろん覚えている。今にして思えば、あれはヒカリちゃんの負担を考えると止めとくべきだったと心底後悔しているが」
アキナは失踪していないという主張を繰り返している。あの様子だと本気で記憶に無いのだろう。現実を認識したショックによる記憶改竄なのか、ただの混乱なのかは分からないが、俺の話を聞ける状態ではないだろう。
対してヒカリちゃんの方は失踪した記憶があるという。ならばこそ彼女に問うべき事がある。
もしかしたら聞くべきじゃないのかも知れないが、気が付けば俺の口から言葉が出ていた。
「その事がヒカリちゃんの記憶にもあるって事は、自分が失踪した事も覚えているんだな? アキナと違って失踪した現実を知っても尚、現実世界を取り戻したいと本気で思っているんだな?」
その問いに対するヒカリちゃんの答えは──。
「お兄ちゃんがいなくなった後、私は運命大戦……運命者カードに選ばれた。そこで戦って、自分の願いを叶えたわ。お兄ちゃんを助ける為に、過去に戻りたいという願いを」
「……」
──あぁ、そうか。そうきたか。
ヒカリちゃんの答えに対して感じたのは、疑問よりも納得だった。
そりゃそうだ。アキナを助ける可能性を提示されてそのまま飛び込んだ。アキナがいない現実に嫌気がさして自殺したってよりも、よほど納得できる。
それに幻世界なんて事が巻き起こる世界だ。タイムスリップのチャンスが転がってくるなんて事も起ころうさ。
なるほど。なるほど。確かにヒカリちゃんなら、どんなに危険であろうとも迷わず踏み出すのだろう。
そして失踪する前のアキナを救うべく、全力をとすのだろう。
「……んだよ、そりゃ」
だが、納得したからと言ってそれを飲み込めるかは別問題だった。
「何だよそりゃ! 運命大戦? 願いを叶えた? アキナを助ける為にタイムスリップ? だから俺の前から消えたって!? ──ああ、納得したよ。そうだよなあ! 愛する家族を助ける為なら世界の一つや二つ捨てられるだろうさ! 俺だってヒカリちゃんを助ける為に世界を捨てろって言われりゃそうするさ! けど、けどなあ!!」
ヒカリちゃんの声色に嘘はない。本当に過去へのタイムスリップを成し遂げたのだろう。そしてその果てにアキナを救ったのだろう。
アキナが失踪していないと言っているのは、記憶の改竄や錯乱ではなくマジだったという事か。
つまり今、俺の目の前にいるのはタイムスリップを果たした俺の知るヒカリちゃんと、俺の知るアキナとは別人……いや、あえて言うなら並行世界のアキナという事なのだろう。
「そんなのズルいじゃねえか!! 俺だってそんな世界に住みてえよ! アキナが失踪せず、ヒカリちゃんが元気に生きている世界が! そんな都合のいい理想郷があるなら! どうして、どうして誘ってくれなかったんだ! どうして相談してくれなかったんだ!?」
それはもはや八つ当たりでしかなかった。分かっているがもう止められない。そんなご都合主義があったなんて知らなかった。いや、当時の俺にはそもそも知る資格が無かったのか。
何という思い上がりだったのだろう。つまりは俺がこの場にいるのもただの偶然であり、ただの一度も選ばれてすらいなかったのか。
「……ッハ、結局は何もかもが俺の勘違いだったって話かよ。俺じゃヒカリちゃんもアキナも助けられず、このまま干乾びる運命だったと受け入れろって? 確かにそれが賢明なのかも知れないな。マジでふざけてやがる。どこまでも俺で遊んでくれるじゃねえかよ!」
手札の《ボーテックス・ドラゴン》を眺めながら呟く。
別に今負けているわけじゃない。勝負を続ける事は出来る。出来る、が。
「なぁ、ヒカリちゃんが生きている
「もちろん。私が掴み取った最高の世界なんだから」
「ハ、ハハハ! そうか、そりゃそうだよな。過去に跳んで、未来を変えて、アキナと一緒に過ごせて。それで楽しくないわけがねえよな。ハハハハハハハ──アーッハハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ヒカリちゃんの答えにもはや笑うしかなかった。最低だ。俺はいったい何をやっていたのか。こんな戦争に、いったい何の価値があるのか。
彼女が
「降参、降参だよ。何だよ、結局この世界に俺なんざいらなかったじゃねえか。妙な事に巻き込んで期待させやがって。分かってた事だが、やっぱこの世界の創造神サマはクソだ。何度罵ろうがまるで足りねえ。……悪いなライカ、戦う理由が無くなっちまったよ」
俺は手札を放り投げ、両手を挙げた。
アキナはいなくならない。ヒカリちゃんは元気に過ごしている。そんな場所が現実なら、俺がそれを奪っていいわけないだろう。誰よりも幸せになってほしいと願っていた人の
それをしてしまえば、もはや俺の存在価値すら失う事だ。クズですらねえ害獣、駆除対象。俺はそこまで落ちぶれるつもりなどない。
「それであなたは良かったの? 私は──!」
「いや、いいんだ。俺を置いていった云々に関してはもう、八つ当たりでしかないからな。それによ、もうジジイだぜ。いい加減鬱陶しい老害は退場するもんだろうがよ」
少しの間だったが、ヒカリちゃんと話せて本当に良かった。アキナが高校生活を楽しんでいる様子を見れて本当に良かった。
「アキナ、そしてヒカリちゃん。短い間だったが、一緒の世界で過ごせて楽しかった。いい夢見れたぜ。ありがとうな。それと、色々と話を聞かずに暴走して悪かった。現実でも元気でな」
ファイトテーブルも既に消えている。自分のデッキを仕舞って俺は告げる。
「ほら、早く帰れよ。幻世界でも夜が危ない事には変わりないだろ?」
訝しむアキナとヒカリちゃんに対して右手を振って退散させる。既に左手の指先が徐々に消えかけている。負けた俺はこの幻世界から強制退出させられている真っ最中ってわけだ。
ライカと退場方法が違うのは、やっぱり俺はただ偶然巻き込まれたモブでしかなく、異物として排除されようとしているのだろう。
幻真獣ファイター達が立ち去って、俺はトワイライトのファイト場だったメリーゴーランドに寝転がる。
「……ハハ、まあまあいい人生だったんじゃないか? こんな穏やかな最期も悪くねえ」
この世界から消えたら、俺はどうなるんだろうか。元の現実に戻るのか、それとも普通に死んであの世に逝くのか。
どっちでもいいか。俺はもう疲れた。これ以上は付き合いきれねえ。幻世界の今後の破滅を切にお祈りしていますってな。消えちまえよこんな世界。カミサマのおもちゃにされた恨みが呪いとなって吐き出された。
「あーあ、ったく。また現実で二人に会いてえな。一緒に遊んで、他愛のない話で笑って。……そんな幸せを享受する資格はもう俺にはねえか」
願望はただ幻世界の夜空に虚しく消えていく。だが、少なくともアキナとヒカリちゃんが一緒に生きる未来があると分かったんだ。ならもう、それで良しとしようじゃねえか。
だから二人とも、こんなどうしようもない俺の事なんざ忘れてどうか幸せになってくれ。
さようなら、親友。さようなら、初恋の人。俺は瞼を閉じて終わりの時を待っていた。