わずかなヒカリへ手を伸ばせ   作:水金地火木土天海冥

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第四章:最終話 覚醒(めざめ)の刻

「ここにいたのね」

 

 目を閉じた俺の耳に聞こえてきたのは、ヒカリちゃんの声だった。

 

「どうしてここに? 帰ったんじゃないのか」

「あんなあからさまに帰らせようとするなんて、何かあったって言ってるようなものでしょ。心配して戻って来てみれば、案の定だったわね」

 

 俺の身体は既に左半身が半透明の状態だ。じきに全身が消えるだろう。

 だが別に痛いわけではないし、感覚が無くなっているわけでもない。消えた左手もちゃんと動かせる。切断されてるわけではないのだから当然だろう。

 ただ動かしている様子を目視出来ず、物体をすり抜けるだけだ。

 

「なぁ、ヒカリちゃん。そっちの俺は竹松ケントとしての人生を繰り返してたのか? 何回目の人生だって聞いてきたのに、いざ俺の前世を話し始めると困惑してたのが気になってな」

 

 夜の沈黙は肌寒く居心地も悪い。話題提供も兼ねて俺はヒカリちゃんに向こうの世界の俺について質問する。

 

「そうね。何度も繰り返し、旅をして来たって言ってた。無道竜久っていう人の事は初耳だけど」

 

 同一人物への輪廻転生を旅と表現するのは中々イカれた感性じゃなかろうか。

 あるいはループし過ぎて言語能力がバグってんのか? 向こうの世界の竹松ケントはどうも曲者のにおいがする。

 

「ねえ、この際だから最後に聞いてみたい事があるんだけど。いい?」

「聞きたい、じゃなくて聞いてみたい、か。問題ない。何でも聞いてくれ」

 

 次はヒカリちゃんの(ターン)だ。俺は頷いて続きを促す。

 

「いつから私の事が好きだったの?」

 

 ヒカリちゃんからの思いもよらない質問に俺は思い切り咽た。確かに初恋だが、特にそれはヒカリちゃんに伝えてなどいない。

 隠していたつもりだったがバレていたのか。あるいは──。

 

「あー、まさか。そっちの俺もヒカリちゃんの事が好きだったって話か? おいおいマジか。そんなところまでそっくりなのかよ」

「同一人物なんだから好みも似てるのは当然でしょ。言いたくないなら無理して言わなくてもいいけど」

「いや言うよ。どうせ最期だ。いつまでも抱えてても仕方ないし」

 

 何でも聞いてくれと言った手前、隠す方がカッコ悪いだろう。

 俺が彼女に恋をしたのはいつだったか。過去に思いを巡らせながら言葉を紡ぐ。

 

「少なくともアキナが失踪する前ではあったな。ヒカリちゃんと出会って交流していく内に惹かれていたよ」

「出会って結構すぐだったんだ」

「少なくとも俺はそうだ。そっちの俺が同じかどうかは分からないけど。明るい声と笑顔に元気づけられて、今思うとあの時は本当に幸せだったなあ」

 

 そうだとも。あの時が人生の幸せの絶頂だった。この幻世界はあの時に戻れたような気分にしてくれた事だけを見るなら悪くなかった。それ以外が全部駄目だった。それだけだ。

 自分の身体を確認すると下半身は完全に消えて、首から下も消えそうになっている。

 もうすぐこの時間も終わりか。そう考えて、俺はヒカリちゃんに気になっていた事を聞いた。

 

「ヒカリちゃんは明星エリカという人を知っているのか?」

「知ってるわよ。……気になる?」

「あのナスビみたいな男はともかくとして、アキナの口からも同じ名前が出てきたからな。一緒に生きるんじゃなかったのか、ってさ。そう言われると気になる」

 

 返す返すも、俺の記憶には明星エリカという人間は存在しない。そうなればおそらくはヒカリちゃんの世界のケントの知り合いなのだろう。

 ならばいったいどういう関係だったのだろうか。

 

「こっちの世界のケントの彼女」

「う゛ぇ!?」

 

 驚きすぎて変な声が出てきた。冗談かと思ったが、ヒカリちゃんは至って真面目な表情で、とても俺を揶揄ってやろうと考えている様子は無い。

 あっちの世界の俺に彼女が出来ていたのか。だからアキナは一緒に生きるんじゃなかったのかと俺を問い詰めてきたわけか。

 

「そうか。アキナは俺をそっちの世界のケントだと思い込んでたから、知らないって答えた俺に絶句してたわけか。そりゃあ、彼女の名前なんざ知らんと答えられたらあんな反応にもなるわな。もしかしてアキナとヒカリちゃんの後ろにいた人の中にいたりするのか?」

「あの三人の中にはいないわよ。幻真獣ファイターではあるけどね」

 

 どうやらこの世界にはいるが、あの場にはいなかったらしい。それならもう直接会う事も無いだろう。

 いったいどんな人なのか。趣味嗜好が似ているとすれば、俺でも魅力的に見える女性なのだろう。一目見てみたい気もするが、いやそんな未練がましい事は止めておくか。

 あっちの俺がヒカリちゃん以外で共に生きたいと思える女性。残念ながら、今の俺じゃあ想像もつかない。だけど、きっとヒカリちゃんにも決して劣らない魅力的な女性なのだろう。

 

「そっちの世界の事を知らないとはいえ、結構好き勝手言っちまったな」

「あの時のセリフ、私もびっくりしたんだからね」

「いや本当にごめん、ヒカリちゃん。出来ればそのエリカって人には内緒にしておいてくれ。世界が違うとはいえ、彼氏と同じ存在から自分の悪口が出て来たと知れば凹むだろうから」

 

 何もかもが嚙み合っておらず、ナスビに神経を逆撫でされていた事も相まってキツい言い方になってしまった。そこは自身の不徳だし、反省しないといけないポイントだろう。

 その反省を生かす機会をこの先与えられるかも分からないが、あの世に持って行く教訓として胸に刻んでおこう。

 

「しっかし彼女かあ。じゃあそっちの俺はヒカリちゃんに振られたわけか」

「その辺りの事も聞きたいの?」

「……いや、そこまでは聞きたくない。そこまで聞くと死んでも死にきれなくなる」

 

 もうすぐ死ぬであろう俺には不要な情報だろう。ヒカリちゃんを諦めたか、あるいは玉砕したかは分からないが、新しい出会いがあったのであれば喜ばしい事だろう。

 

「そのエリカって人、そっちの俺と喧嘩とかしてないか? 付き合ってるっていうなら俺の性格なんざ百も承知だろうが、割とテキトーだからな。不満がたまって、なんて事もあるだろうし」

「一回大喧嘩した事があるよ。その時はケントがアキナに怒られてた」

「あーあー。あり得そうな未来だな。それに、世界が変わってもアキナのお節介も相変わらずか」

 

 俺が怒られた事については特に何も思わない。どうせ何かミスったんだろう。

 俺も女心とかからっきしだし、仮に俺に彼女が出来ても同じような結末を辿るだろう。

 

「……そろそろ時間、かな」

 

 既に首から下はこの世界から消えている。頭部ももうすぐ消えて、意識も失うだろう。

 

「俺はもうすぐ消えるけど、ヒカリちゃんは帰らないのか?」

「あなたを見送ってから帰るわよ。一人で誰にも知られず消えていくのって、寂しいもの」

「ハハハ、そうか。そりゃ嬉しいね。最高の気分だ」

 

 孤独に死ぬと思っていたから。もういなくなってしまった、二度と会えないと思っていたヒカリちゃんに看取られるのなら最上の末路だろう。

 本当に奇跡みたいだ。目の前に長年求め続けていた女性(ひと)がいる。

 それだけで今までの人生が報われた。思い残す事などある筈もない。

 

「あぁ、ヒカリちゃんは強いな。自分の手で理想の未来を掴んで、そして今も現実を取り戻す為に戦っている。バカな俺とは大違いだ」

 

 俺は危うくその世界を踏み躙るところだった。自分の事しか考えず、長く生きていたはずなのに悲劇の自分に甘えていた。

 完全に頭が冷えて、今までの自分の行動を客観視して、あぁなんて醜いのだろう。

 

「今まで頑張ったんだね、ヒカリちゃん」

「……あなたの口から、頑張ったって言葉を初めて聞いた」

「おいマジか。頑張るって言葉が嫌いなところまで一緒なのかよ」

 

 しょうもない前世の話。頑張れという言葉を投げかけられて、俺は応援の気持ちよりも所詮は他人事でしかないという感覚で受け取った。

 これも今にして思えばひねくれていたのだ。そんな自分がかっこいいと勘違いした、幼い頃の逆張り精神の暴走が今も尾を引いているだけ。

 正直なところ。あまり褒められた事では無い。だから、この言葉が嫌いな理由は俺の胸にしまっておこう。単純に恥ずかしいし。

 

「また会おうね、ケント」

 

 もう顔の七割が消えた時、ヒカリちゃんから告げられる。

 また会おう、か。そうだな。もう別の世界に旅立ってしまった君に会えるかは分からないけど、一度会えたんだ。だから、もう一度会える事もあるだろう。

 俺は静かに頷き、再会の約束を口にしようとして、はたと気付いた事が先に飛び出した。

 

「あれ、ちょっと待って。気になってたんだけど何で俺の事を呼び捨てに──」

 

 最後まで言い切る事が出来ずに、俺という存在がこの世界から消えた。

 ちょっと待って。マジでちょっと待って! やり直させて! 

 あ、ヤッベ。マジでミスった。いやでも、しょうがなくない!? 呼び捨ての理由気になるじゃん!?

 誰も聞いていないのに、軽い後悔に包まれながら胸中で言い訳を並べ立てている間に、俺の意識は深く深く落ちていった──。

 

「……ほんと、バカな人」

 

 ──その刹那、ヒカリちゃんの呆れた声が聞こえた気がした。

 

 ◆

 

 ──そして、目を覚ました時に俺は全てを理解した。

 あれは間違いなく、竹松ケントとしての一回目の人生の記憶だ。いつの間にか終わっていたと思っていたが、そもそも幻世界に吞み込まれたから記憶が断絶していたのか。

 転生者という特殊な背景と幻世界で生きた人格に現実の夢を見せる幻影(ファントム)ファイターという特性が共鳴した結果、幻世界の記憶を持った現実の人格の幻影(ファントム)ファイターもどきというキメラが生まれたのだろう。

 他の幻影(ファントム)ファイターとは基本人格(ベース)が真逆だ。

 

「幻世界の経験で荒んでいたのではなく、アキナとエリカがいなくなって流されるままに生きていたから荒んでいた、か。まさかこんな事になるなんてな」

 

 その上で現実の人格に選ばれたのが一回目の人生のものだったのは、エリカとの因縁を世界が手繰った結果なのかも知れない。

 エリカが幻世界で目覚めたのはイレギュラーだったらしいが……あまり好きな言い回しではないが、これもまた運命というやつなのだろう。

 

「……それはそれとして、マジで何やってたんだ俺は」

 

 一回目の人生が基となった幻世界での人格がやらかした醜態を振り返る。羞恥心が刺激され、何とも言えない気分になる。

 あれは間違いなく俺なんだが俺ではない。エリカと共に生きる事を決めた俺とは違う。

 そうやって心に棚を作って平静を保つ。そうでなければ恥で叫びたくなる。

 

「よし、後悔の時間は終わりだ」

 

 言葉を発して気持ちを切り替える。幻世界ではアキナやエリカ、カゲツさん達が必死で戦っている。ならば俺も力を尽くさなければ嘘だろう。

 ベッドから起き上がり、枕元に置いてあるぬいぐるみに話しかける。

 

「覚悟は出来た。現実世界を取り戻す、下準備を始めよう」

 

 このまま現実が浸食されるのを黙って見ているワケにはいかない。

 故にこそ、覚醒(めざめ)の刻だ邪竜(ファーヴニル)。悪しき幻を駆逐するべく、再び爪牙を振るうのだ。




幻真星戦編はこれで終わりになり、また休止状態に戻ります。
短い間でしたが、お付き合い頂きありがとうございました。
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