第二章:1 磔刑の邪竜と狂乱の道化
運命大戦が終わって、他のみんなは日常に戻った。アキナとヒカリちゃんも平穏に過ごせている。かつての俺が思い描いた
時間の矯正力に攫われて、俺の目の前で未来のヒカリちゃんは消えて行った。俺は何も変わらない。何度輪廻を繰り返そうと、俺が救いたかった人は全て俺の手からこぼれていく。
だから俺の旅は終わらない。時間の矯正力で存在が消されるメカニズムを把握出来れば、ヒカリちゃんを取り戻せるかも知れない。
「ほぉ? 人間にしては中々の
「……お前は──ッ!?」
いつの間にか部屋の中に一体のぬいぐるみが浮かんでいた。赤い竜を模したぬいぐるみ。そしてそこから聞こえるのは底冷えする程の禍々しさ。俺は一度、これと似た力を見ている。アキナと未来のヒカリちゃんがファイトしていた時、術式に紛れ込んだ異質な力。
まさか、こいつがその力の源泉なのか。──という事は、つまり。
「お前、シヴィルトだな?」
「クククククッ、我が名を知るか竹松ケント。やはり貴様はただ者ではないな」
ゆらゆらと愉快そうに揺れるシヴィルトを眺めながら、俺は考える。何故こいつはここにきた? 何故今になって動き出した?
情報が少なすぎる。過去の輪廻でガブエリウスから聞いた話だけでは目の前の状況を整理出来ない。
「それで? ガブエリウスの一族を喰い荒らした邪竜が、わざわざ俺に何の用だ?」
「ほうほう。良いな貴様。我が力の前であっても不遜な態度を崩しもしない。故に光栄に思え。貴様を、私の運命大戦──否、宿命決戦開幕の余興としてやろう」
シヴィルトの目が赤く輝く。ガブエリウスが言うには、シヴィルトには欲望を暴走させる力があると言っていたか。どんな力だろうかとしばらく目を見ていたが、俺の身体には特に異常は見られない。
では精神か? とは言え自分では何かが変わった気がしない。──そこまで考えたところで、俺の意識は過去の輪廻へと飛ばされた。
◆
『そんなに強いならッ!! どうして三年前に選ばれなかったの!? どうしてお兄ちゃんだったの!!? 何で今更っ、あなたが選ばれるの!!!?』
永い、永い輪廻の中でヒカリちゃんの憎悪の声が響き続ける。これがシヴィルトの力なのだろうか。欲望を暴走させると聞いていたが、先に精神を疲弊させるつもりだろうか。
『──最ッ低……!!』
何度も聞いた。何度も繰り返した。そしてその度に生きていてほしいと願っていた。俺への憎しみを理由にして、ただ俺はヒカリちゃんに生きてほしかった。
『どうして! どうして!? 私はお兄ちゃんを、助けたかったのにッ!!』
その願いを。その思いを。容赦なく踏み躙ったのは俺だ。その果ては未来のヒカリちゃんがアキナを救うという結末。
あぁ、なるほど。こうやって人の求める渇望を想起させるのか。随分と技巧派だな。
『私の──ッ! 邪魔を、するなアアアァァァ!!』
治癒の奇跡は心までは癒せない。ヒカリちゃんからアキナを救うと言う希望を奪ってしまえばどうなるか。俺はその現実に目を瞑り続けた。輪廻の果てに救う為だと言い訳して。
『ハハハハハハハッ!! 面白い、面白いぞ竹松ケント! 並行世界に転生し続ける人間など初めて見たよ』
そしてこの永い輪廻に相応しくない声が穢らわしく響く。分かっていた事とは言え、ひどく不快だ。
『竹松ケントよ! 貴様の願い、叶うやも知れんぞ?』
願いが叶う、ねぇ。そんなものは運命大戦の時に散々聞いた。それでも俺は届かなかった。ヒカリちゃんを救い出すと言う、俺の──。
『そうだ! 魂の衝動を叫ぶがいい!! 思い? 誓い? それらに何の意味もないだろう!! 全てを捨て、我がシヴィルトの名の下に服従するのだ!! さすれば貴様の願いも成就するだろうッ!』
──その言葉が、一瞬で俺の頭を冷やした。思いが無意味? 誓いが無意味? 捨てれば願いが叶うだと?
『初めまして。俺は明導アキナ。よろしく』
『お兄ちゃん! も~友達を連れてくるなら先に言っといてよ~! あ、初めまして。妹のヒカリです』
奴は今、俺の宝物を穢したか? この原初の記憶を無意味と断じたか?
『わずかな光でも手を伸ばした者にのみ奇跡は舞い降りる』
この星明りを。色褪せぬ恋心を。俺の旅路を照らしてくれた至高の輝きを。奴は無価値と断じたか?
『さぁ、欲望を解放しろッ!!』
は、ははは、ははははははははははッ!! そうかそうかシヴィルト、よく分かったよ。それがお前の思想か。それがお前の信念か。──今更俺の前に現れて! 俺の旅路を嗤うのか──ッ!!
ならばいいだろう。お前の言う通り、俺の欲望をぶつけてやる。俺をここまで怒らせたんだ──当然、命も要らないんだろう? 死ねよシヴィルト。お前の全てを蹂躙し、
◆
「……何だ?」
シヴィルトの声が聞こえる。どうやら意識が現実に戻ってきたようだ。今のところシヴィルトに操られていると言う自覚はない。シヴィルトの精神汚染が効いてないのか、それともとっくに俺は手遅れなのか判断出来ない。
だが関係ない。訝しむシヴィルトを近くにあったハサミで刺す。
「無駄な事を。これはただの端末で──ガァッ!!?」
「ガブエリウス仕込みの固定術式。端末で本体と繋がっているなら好都合だ。
ハサミの刃に術式を刻み、ぬいぐるみに宿る力に対して発動させる。万が一にでもシヴィルトを逃がさない為にガブエリウスが用意していた術式の一つだ。シヴィルトの残滓に対して使用するもので、本体への逆探知をかけて力の行使を制限するものだ。過去の輪廻でガブエリウスに教えを請うた術式は、その力を遺憾なく発揮してくれた。
「あれだけ煽ったんだ。早速俺の願いを叶えて貰おうか。……シヴィルト、お前の破滅という末路を以って!!」
術式は安定し、端末であるぬいぐるみを動す度程の力すらも出力できないようで、ハサミの刃から離れる様子もない。忌々しい表情をさせながらシヴィルトは言う。
「だが、この術式はあくまでも制限のみだ。この身を滅ぼすには足りないな」
「俺はガブエリウスの術式を理解している。その意味を考えてほしかったものだな」
「……何?」
「宿命決戦だったか? この短時間で次の運命大戦の亜種を始めるんだ……ガブエリウスの術式を流用したのだろう?」
「何を言っているんだ、貴様は?」
忌々しい表情は変わらない。だが、わずかに声色に焦りが滲んでいるのが分かる。上位存在らしい余裕など微塵も感じられない。
「その宿命決戦、俺が貰う。お前は磔刑に処して舞台を彩るオブジェにしてやろう」
さぁ始めようか、シヴィルト。最早どこにも逃げられん。俺の怒りの、憎悪の、呪いの餌食となって貰うぞッ!!