00 ジオン・ズム・ダイクンの死 0068
宇宙世紀は開幕から今に至るまで混迷の時代を突き進んでいた。
西暦から宇宙世紀への改暦セレモニーの際に、地球低軌道上に設置された地球連邦首相官邸「ラプラス」が爆破され、初代首相リカルド・マーセナスらが死亡。
宇宙世紀25年ファーストコーディネイターであるジョージ・グレン自身が設計した大型宇宙探査船「ツィオルコフスキー」で木星へ旅立つ直前、今までの自らの成功が自らが遺伝子を改造された者だから出来たと言う事を暴露し、コーディネイターの製造方法を世界中にネットワークを通じて公開し、いわゆる人工の新人類の登場に世界は混乱した。
宇宙世紀32年ジョージ・グレンが、木星探査中に、明らかに地球のものでは無い金属生命体の死骸を発見。
宇宙世紀40年に各宗教界の権威者が一堂に会し、コーディネイターに関する議論を行うがまとまらず、宗教界は権威失墜。
宇宙世紀55年スペースノイド全体で自治権を求める声が上がる。また、天然の新人類ジオニズムが提唱される。
宇宙世紀56年砂時計型のコロニー群、通称プラントが建造される。
コーディネーター専用の棄民地となる。
宇宙世紀60年「黄道同盟Zodiac Treaty」が結党。63年ジョージ・グレン暗殺。
宇宙世紀65年スペースノイド独立派のダイクン派の二十万人が粛清される。
そして
サイド3ムンゾ ズム・シティ ギレン・ザビ私邸 宇宙世紀0068。
執務室と言うか囲碁や将棋のゲームがインストールされた端末が放置してあった。
仕事場ではなく、個人的な趣味の偽西洋風日本家屋風セーフハウス。
ギレンの日本趣味の発露の一つと言った趣であった。
ただ今日に限っては少々溜まっていた書類仕事を片付けるために縁側に座って正面にテーブル代わりの縁台を置いて仕事をしていた。
「ギレン閣下!コーヒーをお持ちしました。」
「…白砂糖ではなくコーヒーシュガーか黒砂糖を使ってくれ。」
「あ、入れなおしてきます。もう少しお待ちください。」
「すまんな。」
「いいえ。大丈夫です。」
セシリア・アイリーン8歳、卑賎の生まれである彼女であるがギレン・ザビの正妻であるトリエステがギレン・ザビと婚姻を結び、この新居に入居した際、奉公人の一人としてある種の慈善枠として雇用された少女であった。
「お待たせしました。」
「貴方、少し休まれませんか?」
今度はセシリアと彼女を伴って水色のロングヘアに真紅の瞳を持った少々線の細そうな女性が穏やかに声をかける。彼女が正妻のトリエステであった。
「あぁ、そうだな。」
ギレンは仕事の手を止め、背後の一室に目を向ける。
そして、腰を上げてトリエステの対面に座る。
3段重ねのケーキスタンドを用い、下段にサンドイッチ、中段にケーキ、上段にクロッシュで保温されたスコーンなどが載せられていた。
「失礼します!」
そんな穏やかな空間にデギンの秘書の一人が無粋にも割り込んでくる。
ギレンは不快そうに無い眉を動かすしぐさをする。
「なんだ。言ってみろ。」
「ギレン閣下!大変です!ジオン・ズム・ダイクンが演説中に急死しました!」
「な、なんだと!?」
ムンゾ独立運動の象徴たるダイクンが、議会での対連邦重要演説中に急死を遂げる。
偶然にもここ数日、夫婦共々体調を崩していた。
父デギンに休むよう勧められ、ザビ家の中では関係がマシだった故にダイクンにも欠席を咎められなかったこともあり、静養していたのだが…。
このような事になるとは…。
人々はダイクンの突然の死に衝撃を受け、大混乱に陥る。求心力を失った政治混乱の中、共に同志として独立運動を支えてきたデギンを戴くザビ家一派とジンバ・ラルを戴くラル家一派の政争が始まり、ダイクンの死についてザビ家は「連邦による暗殺説」を流布し、ラル家は「ザビ家による暗殺説」を流布することで人々は混乱することとなる。
ギレンは混乱する市中を通り抜け父デギンの私邸へ向かった。
まだ、デギンは来ていない様だ。未だ議場で現場を押さえているのだろう。
代わりに弟の一人サスロがいた。
「サスロか。そっちの方はどうだ。」
「あ、兄貴か。メディアは連邦系以外は狂ったように連邦の謀殺を謳っている。すぐに抑えさせる。」
「いや、いい。恐らくこの流れは止められない。父上もそうお考えのはず。ラル派ともやりあうことになるはずだ。ジンバ・ラルはこちらの暗殺を流布するだろう。」
「なら、こちらもラルが逸って暗殺したとするか?」
「同じ土俵に立ってどうする。世論に乗る。国民は潜在的に連邦を憎んでいる。ここで水掛け論などやってみろ、国民は我らを冷めた目で見るぞ。多くの国民は愚かだが無能ではない、考える頭はある。元首死亡の緊急事態に、一方は国民たちから見ても共通の敵である連邦に膝を突かず非難する我々と、この期に及んで派閥争いをするジンバ・ラル。国民の目にはどう映るかな。」
「わかった。そのように動かす。」
サスロは通信端末で影響下にあるメディアの幹部たちに連絡を取り始める。
「あ、兄貴!遅くなった!」
「来たか。父上はまだだ。それにキシリアも…。」
「そ、そうか。」
ドズルも姿を現した。
ギレンはデギンとキシリアも直に来ると思い一度小用を済ませにその場を離れる。
戻ってくると、全員到着したところだった。
サスロがキシリアを殴って怒鳴りつけている。
何があったか理解できないが、ここは話をそらした方がいい。
「とにかく、手を打ちましょう父上。」
自分も少々驚いているが、父上は唖然としているのか仲裁に入ろうともしていなかった。
「行きましょう。父上。」
「あぁ、すまんな。」
「おい!サスロ!ドズル!何をしている!ついて来い!」
今は、サスロとキシリアを離さないといかん。
ギレンは足早に部屋を移動した。
そこで、ギレンは気が付かなかった。
明確に対立したサスロと自身を軽んじ声を掛けなかったギレンにプライドを傷つけられ静かに怒りに震えるキシリアの姿に…。
「はぁ…やっかいなことになった。」
「・・・まぁ、こうなってしまってはどちらでも良いのですが…。心労が祟ったのでしょうな。ジオン・ズム・ダイクン、医者嫌いの癖に心臓を患っていたようです。放っておいても早晩倒れたでしょう。」
「ん?」
「以前、キシリアからそう報告を受けていました。」
「皆、少し、ギレンと二人だけにしてくれるか…。」
デギンの言葉に従いサスロ、ドズル、キシリアが退室する。
「わしは殺っとらんぞ。」
疑っていたことに気が付いたようだ。
「でしょうな。しかし、演説台で死ぬとはダイクンも間の悪い。」
「全くだ。病気療養で引退して衰弱死が穏当な流れなんだがな。」
「時期が来たら殺すつもりだったので?」
嫌なところを突かれたと言わんばかりに無言になるデギン。
「父上もすべてを成しえるには時期がと言うことですかな?父上は主戦派を謳っても本気ではないでしょうに、ダイクン派は理想論者で強引な思考でしたからね。連邦の虎の尾を踏むのは時間の問題でしたからな。」
「ギレン、貴様もわかっていよう。ジオン・ズム・ダイクンでは独立は出来ても維持できん。所詮は扇動家よ。」
「あの男は勢いだけで進んで、制御不能になるのが落ちですかな。」
「だろうな。…お前がやってみてはどうだ?」
「御冗談を。ですが、私のスタンスは御理解いただいていると思っていましたが…。」
「必要だからやるか。」
「そうです。やるなら、もう少し穏当に時間をかけてやって頂きたかったです。私自身、今の余裕があり適度に張り詰めた生活が丁度よかったのですが…。…父上、民衆を見たでしょう。話し合いだとか理性的になどと言った方向に戻すのは至難の業です。私ならお手上げですよ。」
「あぁ、そうだな。それに今回の暗殺…連邦の謀殺かもしれん。もしそうなら、いや、こうなった以上は一戦交えても良いのでは…と思うのだ。」
「民衆が興奮しています。この流れは変えられませんな。連邦がどう出るかはわかりませんが、戦争も視野に入れ中ればなりません。父上。」
「……うむ。」
ギレンとデギンの問答は数時間続いた。
ギレンはこの時からデギンを低く評価し始めていた。本質的にデギンもダイクンも自分の都合の良い青写真を描く夢想家であると。しかも、デギンのリアリズムな主戦派風非戦から主戦へ手のひら返しには尻拭いが自分であることもあって不信を募らせたのであった。
「それと、父上。ダイクンの妻…ローゼルシアではありません。アストライアの方ですが夫の病状は知っていたでしょう。後付けで恨まれることはすべきではありません。一応、我々の身の潔白は伝え、身の安全は約束しておきましょう。」
「そんなことでよいのか?」
「はい、夫人がジンバ・ラルの完全な傀儡になるのが困るのであって、ザビ家の軍門に下って来られても扱いが難しいのです。」
「派閥内野党にするには大きすぎるか。」
「父上、早速ですがダイクン派の切り崩しを始めましょう。政界再編が急がれます。中立派も組み込みたいのですが…。」
「そうだな。」
「それと、キシリアには父上の方からも釘を刺していただきたい。」
「そう言ってやるな。あれはあれでよくやってくれている。」
「はぁ…父上がそうおっしゃるなら。」
デギンの返事にギレンは不満や不信を押し殺し、部屋の片隅に置いてあったタバコを、おもむろにタバコを手に取る。
「父上、頂いても?」
「ギレン。吸うのか?」
「えぇ、この先の事を考えますと吸いたくもなります。」
「少し古いがいいか?」
「構いません。」
ギレンはマッチを受け取り、火をつける。
「父上はパイプ派でしたね。」
「あぁ、そのタバコはだいぶ前に気まぐれで買ったものだ。」
古いタバコ故に辛みがあった。
「しかし、ダイクンも今死ぬ事もないでしょうに。」
「全くだ。」
トリエステは小説版で存在だけが言及されていた名無しの正妻と言う設定を膨らませたオリキャラです。