ダンジョンに可愛いを求めるのは間違っているだろうか   作:霜降り 

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 ヘレネの誤解をカストルと千秋がなんとかして解いた次の日。

 【レト・ファミリア】の面々はダンジョンの探索に訪れていた。

 

「【閃】」

 

 千秋の手に持つ刀が一瞬ブレると同時、キラーアントが胴体から真っ二つに割れる。

 千秋はとある極東生まれの狐人(ルナール)だ。

 そんな彼は、ある家系に護衛として仕える家の生まれである。

 故に彼の剣技は子供の頃から鍛え抜かれ、そのLv.に見合わないものをもっている。

 それはまさに達人級。その腕にさらに彼のスキル補正もかかればキラーアントの甲殻などあってないようなものだった。

 そんな彼が何故オラリオに来たのか、それを知るのはレトだけである。

 

「これで終わりか」

「だね、周囲警戒!」

 

 ヘレネの言葉に千秋とルーガは辺りを警戒する。

 そして、もう一人のカストルはボロボロのナイフを取り出すとキラーアントから魔石を取り始めた。

 警戒し、会話が消える中ザク、ザクとナイフでキラーアントをえぐる音だけが響く。

 そんななかルーガが口を開いた。

 

「なあ、そろそろ下に降りねぇか?」

 

 警戒はしながらも、団長であるヘレネに視線を向けながらルーガがしたのはある提案。

 ダンジョンのさらに下の階層に降りないかという提案だった。

 

「ん〜」

 

 それを聞いたヘレネは少し考える。

 

 現在、ヘレネ達【レト・ファミリア】は七層を中心に探索している。

 そんな七層は、実を言えばヘレネ達の実力であれば余裕も余裕であった。

 Lv2はいないもののヘレネ達はカストルを除き全員Lv2まで秒読みとすら言えるステータスを持っている。

 それでいて連携もしっかりしているのだから、七層なんてもはや脅威でもなんでもない。

 お散歩とすら言えるほどである。

 それなのに何故七層にいるのかと言えばヘレネが安全第一と言い聞かせているからである。

 

 『冒険者は冒険してはならない』

 そんな言葉がある。

 ダンジョンは未知だ。

 このダンジョンという存在は今になってもなんなのか、全くと言っていいほどわかっていない。

 そんなダンジョンにおいて冒険という()()は自殺行為でしかない。

 だから冒険してはならないと言われてるのだ。

 

 それにダンジョンにはイレギュラーが起こり得る。

 そのイレギュラーに巻き込まれれば簡単に死ねる。

 だから、その確率を少しでも減らすための安全第一

 この考えは一部のそれを理解していない駆け出しを除けば冒険者にとって常識である。

 もちろん、ヘレネ達もそれは同じである。

 その中でも【レト・ファミリア】はその意向が強い部類だが。

 

「確かに、降りてもいいかも」

 

 その上でヘレネはそう言った。

 もちろんヘレネは考えなしにそういったわけではない。

 これでいてかなり頭の回るヘレネはちゃんと自分達の実力を理解した上で降りていいか考えた。

 そして、一層程度なら問題はないと判断した。

 

「千秋は?」

「……私も同意見だ」

「お、なら、とっとと降りようぜ」

 

 確認のために千秋に問いかけると千秋も肯定する

 それに喜んだルーガはニヤリと笑みを浮かべた。

 

「おいカストル早くしろ!」

「ちょっと待って」

「ルーガ〜〜?この前もやめなさいって言ったよねぇ?」

 

 ルーガの言葉にヘレネは薄く笑みを浮かべる。

 その裏に見える怒気にルーガは顔を引きつらせた。

 乱雑な彼であったがそれでもヘレネには逆らおうとは思わない。

 【レト・ファミリア】の力関係という物が如実に現れていた。

 

「終わったよ」

「よ、よし!行くぞ行くぞ行くぞ!」

「煩い」

 

 ヘレネから逃げるように騒ぎ立てるルーガに千秋が煩いと目だけを動かし睨みつける。

 しかし、次の層に降りれるのがそれほど嬉しいのかルーガはまるで聞いていない。

 そんな彼らはワイワイとゆるい雰囲気で歩いていく。

 ダンジョンを舐めてるようにも見えたが、当然そんなことはなく、誰一人として気は抜いていない。

 全員ダンジョンが油断ならないことを知ってるのだ。

 

 そんな彼らの下の階層に挑戦するという判断は何も間違っていなかった。

 例えあの【勇者(ブレイバー)】と名高いフィン・ディムナでも同様の判断を下したことだろう

 

 しかし、そんな正しい判断をできたところでここはダンジョンなのだ。

 迷宮、その名にふさわしいこの場において

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 正しい選択をすれば生き残れるほど、迷宮(ダンジョン)は、甘くない。

 

「……なんだ?」

 

 最初に気づいたのは狐人(ルナール)らしい巨大な耳を持つ千秋だった。

 ドン!ドン!ドン!と、迷宮の中に一定感覚で重低音が鳴り響く。

 まるで巨人の地ならしのような音は少しずつ確実に、ヘレネ達に近づいていた。

 

「……これは」

 

 ヘレネは嫌な予感を感じた。

 初めての音、知らない音。

 この音がなんなのかは全く分からない。

 しかし、これだけは言えた。

 

 何か、何か、不味いものが来る。

 ガンガンとヘレネの頭の中で警戒音がざわめく。

 

「嫌な予感がする。今すぐ撤退するよ!」

「っ!カストルゥ!!!!」

 

 ヘレネが撤退を決めた。

 その判断は素早く、的確だった。

 

 しかし、遅かった。

 

 唯一、そのことに気がついたルーガがカストルを突き飛ばす。

 そして、カストルが突き飛ばされると同時に、ルーガがヘレネ達の視界から消えた。

 

「は?」

 

 突き飛ばされたカストルの口から何が起こったのかわからない、呆けた声が漏れた。

 そんな彼の視界に映ったのは、突如自身を突き飛ばしたルーガを轢き潰す巨大な何かの姿だった。

 

「ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」

 

 【レト・ファミリア】の下へ、イレギュラーが襲いかかる。

 

 

 

 

 

「下がれぇええええええええ!!」

 

 あまりにも唐突な、予想外の出来事に全員が固まる中最初に動き出したのは一番の後ろで敵を警戒していた千秋だった。

 普段から冷静で声を荒げない彼からは想像できないような大声で叫ぶその姿から彼の焦りが見て取れた。

 

「っ!」

 

 その声でようやく復帰したヘレネは大きくバックステップをする。

 瞬間、先程までヘレネが立っていた所へ大斧が振り落とされた。

 爆発音のような音と共に地面に大きく罅が入り砕けちる。

 もし、千秋が声をだして警告していなければ、バックステップが少しでも遅ければ、ヘレネは今頃地面の染みになっていただろう。

 

「ミノタウロス!?なんで七階層に!」

 

 冷や汗を垂らしながら眼の前の大斧を持つその不条理(イレギュラー)にヘレネは驚愕する。

 

 そのイレギュラーの名は、ミノタウロス。

 形容するならば牛頭の人間といったところか。

 茶色の肌に巨大なねじれ曲がった角。

 その筋骨隆々の体と血走った目玉は見るものに恐怖を味合わせる。

 そんなミノタウロスは本来ダンジョンにおいては十五階層あたりで出現するモンスター。

 七階層、こんな場所にいるわけがないのだ。

 

「まさか、イレギュラー……?」

 

 ミノタウロスは興奮状態なのか巨体を揺らし荒々しく息をする。

 その威圧感に体が竦むのを感じながら立ち上がったカストルは呟いた。

 イレギュラー、それはダンジョン内で起きる本来からは外れた現象。

 ダンジョンは精密な機械ではない。

 むしろ、その存在は生物ようなあり方をしている。

 それ故か、ダンジョン内では時たまそういった事が起きる。

 

 そして、そのたびに少なくない冒険者の命が失われていくのだ。

 今の、ヘレネ達のように。

 

「【閃】!」

 

 二人が動けない中やはり一番最初に動いたのは千秋だった。

 後衛の位置から一瞬で前にでるとミノタウロスへ斬りかかる。

 Lv.1の身体能力でありながら、彼の故郷、刀の本場である極東の国、そこで洗礼された技はステータスに見合わない威力を誇る。

 しかし、それでも

 

(硬いっっ)

 

 千秋は分かってはいたが間違っていてほしかった事実に顔を歪ませる。

 刃は通ってはいる、だが、斬ることができない。

 このまま力任せに無理に斬ろうとすると刃がその硬い筋肉によって阻まれそのまま抜けなくなる。

 そうなったらおしまいだ。ミノタウロス相手に獲物を失うのは避けたかった。

 だが、これではつまり攻撃ができないということだ。

 ミノタウロスの目がぎょろりと動き千秋を睨みつける。

 邪魔者を排除しようとミノタウロスは大斧を構えた。

 

「っぐううううう゛っっ!」

 

 ガキィィィンっ!千秋の刀と大斧がぶつかった瞬間金属音が響く。

 

(重いっ!!)

 

 受け止めた大斧、そこから流れてくる力はあまりに異常。

 技もない、読みもない

 

 しかし、力があまりにもあった。

 

 まるでプレス機に押しつぶされてるかのような感覚が千秋を襲う。

 弾くのは無理、そう判断しざるをえなかった千秋は刀を上手いこと扱い大斧を横へと逸らした。

 大斧は千秋の剣技で少し逸らされ、彼の真横の地面を破壊する結果に終わった。

 

(予想以上だ!)

 

 内心千秋は叫ぶ。

 ミノタウロスの一撃、それは受け止めるにはあまりにも重すぎた。

 千秋とてミノタウロスの脅威はわかってたつもりだった。

 それでも、ここまで

 ここまで差があるというのか。

 

 なんとか大斧の一撃は逸らすことができた。

 それは千秋の故郷で身につけた技、これがなければそのまま千秋は死んでいた。

 達人級の千秋だから、できたこと。

 しかし、

 

 その程度でミノタウロスの力が抑えられるわけがない。

 

 結局のところ技は小細工だ。

 小細工というものは、本物の力には負ける。

 力ずくで押しつぶされる。

 手が震える、構えた刀がガタガタとブレる。

 刀には大斧を受け止めたところに大きな刃こぼれができていた。

 たった一撃。

 それだけで千秋の手、そして刃も限界を迎えていた。

 

「【駆けろ雷兵 我が名の下に】【ブロンティ・スパルタ】!」

 

 ヘレネが詠う。

 ヘレネの持つ魔法の中で一番詠唱が短い、威力を犠牲に即効性に重きを置いた魔法。

 しかし、それでもヘレネの手にかかれば下手な魔法なんかよりよっぽど威力を発揮する。

 

 よっぽど如きでミノタウロスに届くわけがないだろう。

 

 このプレッシャーの中魔力暴走(イグニス・ファトゥス)を起こさず素早く詠唱を終えたヘレネの技はまさに天才と称賛すべきものであった。

 しかし、

 

(全然たりない!)

 

 あまりにも火力不足。

 ほとばしる雷光はミノタウロスを襲う、がミノタウロスからすれば静電気程度なのだろか、まるでなにかしたか?と言わんばかりに全く意に返さない。

 

 ヘレネはルーガの方を見る。

 二人の火力が通らなかった以上、頼みの綱はルーガだけだ。

 ルーガならば、そのあまりに巨大な大剣でミノタウロスにダメージを与えられるかもしれない。

 しかし、その頼みの綱は、ルーガは壁によりかかり気絶していた。

 仕方ないだろう、ミノタウロスのタックルが直撃したのだ。

 むしろこれで気絶程度で済んでるのがルーガの凄いところである。

 

(足りないっ)

 

 ヘレネは内心叫ぶ。

 全てが足りていない。

 ミノタウロスというモンスターを相手するのに【レト・ファミリア】はあまりにも足りていなかった。

 

 勘違いしてはならないのは、別にヘレネ達が弱いわけではないこと。

 【レト・ファミリア】は強い。

 Lv.1が四人という弱小でありながらカストルというサポーターを除き高いレベルで纏まっている。

 ルーガは、タンクとして天性の才を持つ男だ。耐えるという行為に関しては、彼はLv.1でありながらLv.2を凌駕するものを持っている。

 千秋は、故郷で鍛えられたLv.1には見合わない剣技を持つ。その剣技はまさに達人級、技だけを見るのなら第一級冒険者と勝るとも劣らない。

 ヘレネは、天才だ。

 彼女はこれだけで説明がつく。

 全てのステータスが高水準、剣も扱えて魔術師として砲台役もできて、サポートも可能、()()()()()()()()()()()()()()

 指揮役もできるし、パーティの都合上今は砲台役に徹しているが、本職は中衛……もしくはソロプレイヤーである。

 まさにオールラウンダー。それを彼女は全てにおいて平均以上の実力で成し遂げる。

 

 そして、この三人はちゃんと連携ができる。

 連携というものがどれだけ強さに関わるのか、それはかの【フレイヤ・ファミリア】の【黄金の騎士(ブリンガル)】が証明している。

 Lv.5四人の完璧な連携でLv.6,7の者たちと張り合う彼らはまさに連携の理想形だ。

 【レト・ファミリア】は流石にあの以心伝心の完璧な連携はできないが、それでもLv.1のファミリアとしてみれば高水準。

 この三人が揃った【レト・ファミリア】はそこらのLv.2相手に勝ちうるほどの実力を誇るのだ。

 

 そのうえで

 

 そのうえで、ミノタウロス相手には

 

 ()()()

 

 タンクとしての才能は、一撃で吹き飛ばされた。

 剣技は、筋肉という力の元だけで無力化された。

 天才のオールラウンダーは、何でもできるからこそ、格上相手にはただの器用貧乏と化す。

 

 これが、迷宮(ダンジョン)

 

 これぞ、迷宮(ダンジョン)

 

 才あるものでも容赦なく命を落とす場。

 

 これこそが、迷宮(ダンジョン)である。

 

(どうする?)

 

 団長としてヘレネはこの状況を思案する。

 ここから生き残るにはどうするのが正しいのか、どうするのが一番可能性が高いのか。

 戦う?無茶だ、攻撃がまともに通らない敵なぞ倒せるわけがない。

 逃げる?これも無茶だ、現れたときのことを考えればわかる、簡単に追いつかれて終わりだ。

 ならば……ヘレネはちらりと、カストルを見た。

 二つ、ヘレネは案を思いついていた。

 一つは可能性は低いものの全員が生き残れる案。

 もう一つは()()を犠牲にするものの確実に生き残れる案。

 ヘレネは迷う。

 わかっているのだ。団長としてファミリアの命を預かるものとして、時には非情な判断をくださなければいけないことを

 それで、彼が受け入れることも

 

 しかし、その選択はあまりにも……

 

 ヘレネは迷った。

 

 そんな様子をカストルは横から見ていた。

 カストルもこの状況で何もできないことを悔やみながら、なにかないかとヘレネと同じく助かる方法を考えていた。

 なにせ、カストルはルーガに庇われたから今立てているのだ。

 そして、カストルがルーガに庇われてしまったから、今この状況になっているのだ。

 

(何考えるんだあいつ!)

 

 カストルは気絶するルーガを睨見つける。

 せめて、せめて、ルーガが起きていれば眼の前のミノタウロスと勝負の形にはなり得たのだ。

 なのに、ルーガは戦力外のカストルを何故か庇い気絶した。

 カストルには分からなかった。

 自身を嫌っているはずのルーガが何故自身を庇ったのが、分からなかった。

 何故、今自分が生きてしまっているのか分からなかった

 だからこそ、カストルは直ぐにその案に辿り着いた。 

 

「ヘレネ、俺をおと「カストル」

 

 思いついた案、それを直ぐ様言おうとして、それを横から止められた。

 突如割り込んだ千秋にカストルとヘレネはぎょっとして千秋のことを見る。

 

「お前は逃げて救援を呼べ、そうすれば助かる可能性がある」

「なっ!?」

 

 千秋の提案にカストルは驚く。

 なんたってそれは、

 

「無茶だ!救援を呼んでる時間なんてないだろ!」

 

 あまりにも無謀な提案だったからだ。

 この広い迷宮のなか、冒険者が近くにいる可能性は低い。

 それでいてミノタウロスと戦えて助けてくれるような人でなければならない。

 時間をかければ見つかるかもしれない、しかし、ミノタウロス相手にヘレネ達ではもって五分がいいところだ。

 

 その五分で救援を呼ぶのはあまりにも無茶。

 例えるなら……いや、そのまんまだ。砂漠から針を探す作業である。

 

「俺を囮にしてヘレネ達だけでもっ……」

「お前は」

 

 千秋がカストルを恨むように睨みつける。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その声に乗った感情をカストルはすぐに処理できなかった。

 その言葉にはあまりにも沢山の感情が乗りすぎていた。

 苛つき、熱情、恋慕、後悔、それだけじゃないもっと沢山の感情が千秋の中でも処理しきれてない感情が滲み出ていた。

 けれど、それでもカストルは千秋が何を言いたいかわかってしまった。

 彼が()()()()()()()()()分かってしまった。

 カストルは迷う……果たしてこの選択は本当に正しいのか。

 しかし、それを千秋は睨みつけた。

 

「時間がない、分かったならとっとと行け」

「っ……!ああ、くそ、わかったよ!」

 

 カストルは千秋を少し睨み一瞬ヘレネの顔を見ると、二人に背を向け迷宮の暗闇に消えていった。

 そして、その先に暗闇しか見えなくなった時ヘレネは呟いた。

 

「ごめん」

「謝る必要はない、むしろ独断で動いた私が謝るべきだ」

 

 カストルと同じくヘレネも気づいていた。

 千秋がした提案、その提案をした理由。

 それは、ヘレネに非情な選択を選ばせないためだった。

 仲間のやさしさ、そして自身の不甲斐なさにヘレネの目から小粒の涙が溢れた。

 ヘレネは後悔する、こうなってしまったのは自分が優柔不断だったから、団長として未熟だったから。

 

 自身が背負う責務を千秋とカストルに背負わせてしまった。

 ヘレネは団長としてまだまだ、未熟なのだ。

 

「昔似たようなことがあった……私はそのとき守られた側だった」

「それって」

「昔の話だ。今も私はそのときの無力感を覚えてる。そんな思いはお前らしくない」

 

 ヘレネは少し驚く。

 なにせ今まで千秋は過去のことを全く語って来なかったのだ。

 しかし、彼の話を聞いてそれも当然かと思う。

 少ししか聞いてないが、それでもその過去が非常に重苦しいのは察せたから。

 

「完全に私のエゴだ。すまない」

「ううん、いいよ。むしろ謝るのは私だもん」

 

 改めて考えれば

 もし、あの選択肢を取っていればヘレネは一生後悔しただろう。

 だから、千秋は自身の命を賭けてまでヘレネを庇ってくれたのだ。

 

「……やるか」

「うんっ!」

 

 一言、普段から無口な彼らしい無骨な鼓舞。

 そのいつもどおりな彼に、涙を拭えばそこにはいつものヘレネの顔があった。

 ヘレネは笑みを止めない。だって、その方が可愛いから。

 睨みつけるはミノタウロス。

 二対一、それなのに勝率は低い、いいやゼロに近い。

 それでも、やらねばならない。

 冒険を、しなければならない!

 

「私ね!実を言うとこんな冒険憧れてたの!」

「ふっ、とても奇遇だ。私も、こういうのには少々憧れがある」

 

 だが、それでも怯む理由にはならない。

 互いを鼓舞するように二人は叫ぶ。

 

「だったら救援とかいらないよね!その前に倒しちゃおう!」

「故郷の神に聞いたことがある。こういうときはこう言うらしい……別に倒してしまっても構わんのだろう?」

「それなんか違うかも!」

 

 得物を構え、対峙するは巨大な怪物。

 

 それはまるで英雄譚の一ページ。

 

 さあ、冒険の始まりだ。

 

 

 

 

 

「はぁっ……!はぁっ……!誰かっ!誰かいないのかっ!?」

 

 二人が冒険を始めて少し。

 カストルは助けを求め声を荒げながら走っていた。

 しかし、この広い迷宮のなか、たまたま冒険者がいる可能性は低く、必死のカストルの叫びも先の見えない闇に包まれて消えていく。

 迷宮の中にカストルの足音と声だけが響く。

 この世から自分以外いなくなってしまいそうになるくらいには何も無い。

 モンスターすら現れない状況にカストルは不気味ささえ抱いた。

 しかし、そんなことを気にしている暇なんてどこにもなかった。

 今このときだってあの二人はあのイレギュラーと戦っているのだ。

 ヘレネと千秋の命はカストルに全てがかかっているのである。

 

「誰かっ!誰かっ!」

 

 全力疾走というのは何分も持つものではない、息絶え絶えのまま、鉛のように重い足を持ち上げカストルはがむしゃらに動く。

 だが、誰もいない。

 

「なんで!なんでっ!くそっ!」

 

 カストルの慟哭すら迷宮の闇に吸われ何もなかったように消えていく。

 体が重い、二人の命だ。

 カストルの中の悪魔が耳元で囁いた。

 もう諦めていいんじゃないか?

 これだけ走り回って、これだけ叫んで

 ちゃんと頑張っただろう?それでダメだったんだから仕方ないさ。

 もう、軽くなっちまおうぜ?

 カストルの頭の中に嫌な声が響く。

 その声はまるで夜闇のような引き込まれる魔力があった。

 ここに入れば何もかも忘れて眠れる、そんな魔力。

 それが自身の身体に絡みついてくるのを幻視しながらカストルは走る。

 止まったらこの魔力に追いつかれてしまいそうだった。

 

「誰かいないのかっ!!!」

 

 必死にカストルは体を動かす

 だが、その努力虚しく迷宮には人影の一つすら見えやしない。

 

「はあっ……はあっ……」

 

 気がつけば、カストルの足は動いていなかった。

 嗚咽が入り交じる息を吐きながらカストルの体は息を整える。バクバクと震える心臓が自分が生きていることを教えてくれて、カストルはそれがとても不快だった。

 

「ああ……くそっ」

 

 この瞬間、眼の前に冒険者が現れないか、そんな夢を抱いても、やはり眼の前は真っ黒だった。

 

「なんでっこんなっ!」

 

 膝からカストルは崩れ落ちる。

 呂律の回らない舌でカストルは泣き叫ぶ。

 カストルの精神は既に限界を迎えていた。

 この行為に意味はない、こんなことをしても何もならない。心の底でそれがわかっていてもカストルの口から世界への文句が漏れていく。

 

「なにか方法はっ」

 

 もはや、今ここで冒険者が見つかっても間に合うかどうか。

 この状況をどうにかできる、他の方法を考えるがそんな方法があるわけもなく。

 思いついたのと言えば戻って加勢するという無意味な行為だけ。

 それだってカストルのステータスじゃ足を引っ張るだけで終わるだろう。

 

(俺が冒険者を諦めなければ)

 

 カストルは思わず自身がまだ夢を追っていた世界を想像した。

 それで強くなってることは想像できなかった……でも、あの二人の隣で戦うことくらいはできたはずだ。

 

(俺のせいだ……)

 

 過去の自分を殴りたくなる。

 自分が努力していれば、自分が諦めなければ

 そんなタラレバが浮かんで消えて、全て消える。

 もはや、何もかもが手遅れだった。

 

(俺にもっと力が……あれば……待て)

 

 カストルは昨日のあの会話を思い出す。

 

「ある……!」

 

 カストルはサポーターとして持っていたバックパックを下ろすとその奥の奥、その中に入れていたものを取り出した。

 それは、昨日ヘレネに貰ったあのお姫様のような服。

 何故、こんなものを持ってきたのかと言えば、()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()

 

(これを着れば、いけるのか?)

 

 それなのに最初から着なかったのは迷っていたからだ。

 これを着てしまえばカストルは夢を見れなくなるかもしれない、そう思えば着ることができなかった。

 それなのに持ってきてしまったのは……昨日のレトからの言葉が原因だった。

 

『あなたの夢はその程度なの?』

 

 レトの言葉はカストルの胸の中に残り続けていた。

 諦めたはずの夢、その夢に縋っている自分、そんな自分が嫌いで、それでも一歩を踏み出せず。

 そんなカストルにとってその言葉はあまりにも重かったのだ。

 

(俺は……)

 

 選択だ。

 カストルは選択を迫られた。

 賭けるか、降りるか。

 人生のオール・イン。

 カストルは迷う。

 やるしかない、無理だ、やらないと、無理に決まってる。肯定と否定が天使と悪魔のようにカストルの中で飛び回っている。

 

(やるしかないのは……わかってるんだ)

 

 この状況で生き残って、カストルに何が残るだろうか。

 そんなことはカストルにも分かってる。

 でも、

 

(無理だ……)

 

 そんなことしても無理に決まってる、カストルはそう思ってしまう。

 足が竦む、一歩が踏み出せない、折れた柱は治らない。

 カストルは自信を持ってなかった。

 けれど、

 

()()()()()()()()()()

 

 カストルは服を脱ぎ、そのワンピースの袖に手を通す。

 

(この時なら)

 

 服を着る、ウィッグを被る。

 こうなれば……今の姿なら、カストルは自信を持てる。

 

『お前は可愛らしい』

『とっても可愛らしいですね〜』

『カストル!可愛いよっ!』

 

 言われてきた言葉が背中を押してくれる。

 何も無いカストルという小人族(パルゥム)にも可愛いがあると教えてくれた。

 

(今の俺は、可愛いから)

 

 可愛いと、自信を持つことができる。

 この姿なら自身を可愛いと思えた。

 この姿なら自信を持つことができた。

 

(オシャレをすると自己肯定感があがるって、こういうことか)

 

 カストルの身にはどこからか、全能感のようなものが湧いていた。

 それが、自己肯定感というものなのにカストルは気づき、ようやくヘレネの言っていたことを理解した。

 ああ、なんて足が軽い。

 

 さあ、覚悟を決めろ。

 

 英雄になる覚悟を

 

 もう折れないという覚悟を!

 

(ポルックス、力を貸してくれ)

 

 自分の胸、そこにいる()に話しかけ

 オシャレ、悪くないかも

 そう思ったカストルの顔にはもう、不安は浮かんでいない。

 

 そんな表情可愛くない。

 

 カストルは来た道へ向かって走り出した。

 

 

 

 

 

「ぐあっ!?」

「千秋!?」

 

 ガキンッ!という破砕音とともに千秋の刀が叩き折られる。

 ミノタウロスの大斧をなんとか受け止めた千秋だったが、刀が耐えられなかった。

 千秋はそのまま壁に叩きつけられ……起き上がらない。

 

「っ……!」

 

 ミノタウロスは気絶した千秋に興味をなくすと次はお前だと言わんばかりにヘレネを睨みつける。

 その視線にヘレネは一歩後ずさんだ。

 二人でなんとか耐えられていたミノタウロスの攻撃。

 それを一人で捌く、そんなことできるだろうか?

 

「あはは、これはもう駄目かもなー」

 

 普段からポジティブ思考な彼女でもこの状況には諦めたくなる。

 カストルは未だに戻ってこない、きっと冒険者が見つからなかったのだろう。

 もはや死ぬのは確定とすら言える状況だった。

 

「でも」

 

 杖を捨て、ショートソードを構える。

 何故か力のステータスも高いヘレネだが、それでも本職は魔道士だ。

 だから、剣も剣技も自身を守る最低限のものである。

 あの剣技の天才とすら言える千秋の刃が通らないのだから、砲台役として長く前衛としての戦闘をしてないヘレネの剣技程度ではミノタウロスに太刀打ちできるわけがない。

 それは分かってる、しかしヘレネは諦めない。

 

「可愛くないし」

 

 だって可愛くないから。

 それだけでヘレネはショートソード片手にミノタウロスへ駆け出した。

 

「取り敢えずっ!」

 

 ミノタウロスの足目掛けてヘレネは剣を振るう。

 この剣でどこまでできるかの確認。

 

 なんて考えが甘いことをヘレネが知ったのは剣が当たってすぐだった。

 ガンッ!と、まるで金属にぶつかったときのような音を奏でながらヘレネの剣はミノタウロスの足でハジかれた。

 

(うそっ)

 

 まるで鉄に打ち付けたかのような感触。

 剣に当たれば切れる。そんな先入観からまさか、刃が通りすらしないという可能性を考えていなかったヘレネは体を固まらせてしまった。

 その瞬間はミノタウロスという相手に対してあまりにも致命的だった。

 

(あ)

 

 やらかした、そう気づいたときには遅かった。

 逃げるのも防ぐのももう不可能。

 ヘレネの頭の中に楽しかった走馬灯が流れる。

 スローモーションになる視界で少しずつ、その大斧が迫ってくるのが見える。

 

(ごめんなさい、お母さん。ごめんなさいレト様)

 

 頭の中でひとしきり謝って、最後、ヘレネが考えたのは。

 

(王子様……であいたかったなぁ)

 

 そんなことだった。

 せまる最後のとき、ヘレネは呟いた。

 

「誰か、助けて」

 

 縋るような、ヘレネらしくない、そんな助けを求める声。

 その声に、応えるものは、いない。

 

「カストル……」

 

 思わず、呟いた。

 

『やめろ!』

 

 昨日、あの男相手に割り込んでくれたカストル。

 あの時の彼は最高に可愛いのにかっこよかった。

 ふと、あの時のことを思い出して呟いてしまった。

 何も意味なんてないのに。

 もう手遅れなのに。

 それなのに、

 

 その声に、応えるものが、いた。

 

「ヘレネぇええええええ!!」

 

 横からの乱入者に大きな衝撃を受けてヘレネの体は横へと吹き飛ばされた。

 瞬間、ミノタウロスの大斧が振り下ろされるが、そこには何もない。

 何が、ヘレネは衝撃と自分が未だ生きていることに混乱する。

 ただ、助けられたというのはわかった。

 

(王子、様……?)

 

 そんなヘレネを助けてたのは、

 王子様ではなく。

 

「助けにきたよ!」

 

 金髪の髪を揺らす、お姫様だった。

 

 「カス、トル?」

 

 ヘレネが信じられないかのようにカストルの名を呟く。

 救援を呼びにいったやつが何も連れずに女装して帰ってきたのだから、その驚きに無理もなかった 。

 安心、驚愕、困惑、その内心を表すように表情が変わりまくるヘレネにカストルは少し笑い。

 そんな彼女に安心させるようにカストルは言った 。

 

「任せて」

 

 視線をミノタウロスへ向ける 。

 獲物を逃がしたからか、ミノタウロスさんは大変ご立腹のようで目を充血させるほどの大興奮でカストルを睨みつけている。

 その威圧感、殺意なんてものではないその狂気に、思わずカストルの体が震える 。

 

(ああ、怖い)

 

 内心、カストルは呟く。

 任せてなんて自信ありげに言ったが、実際のとこ今のカストルがミノタウロス相手にどれだけ通用するかはカストル本人もわかっていない。

 

(でも……いけるさ)

 

 さがるな、進め。

 

(英雄になるんだ……なら、好きな女の子の一人くらい助けなきゃな)

 

 今までのカストルなら、こんな賭けのようなことはできなかった 失敗を恐れ、進むことができなかった 。

 だが、今のカストルなら、可愛いという精神の一本の支柱を手に入れたカストルなら、英雄への覚悟を決めたカストルなら、できる 。

 

(だって、俺は可愛いんだから)

 

 取り出して構えるのは使い込んだボロボロのナイフ一本。

 対してミノタウロスは誰のものなのか……赤黒く染まった大斧

 その殺意の塊とすら言える大斧は、見るだけで震えそうになるほど恐ろしい。

 それでもカストルは

 

「ぶっ飛ばしてやる」

 

 笑顔を浮かべ、自信満々でそういった。

 

 

 

 

 

 

「ねえ、オッタル。昨日面白い子を見つけたの」

 

 ダンジョン、地上の大穴とも言える場所の上。

 天を貫くほどの高さの塔である『バベル』、その最上階。

 地上全てを見下すことができるこの場には一柱の女神と、一人の眷属がいた。

 女神の名はフレイヤ。【ロキ・ファミリア】に並ぶ都市最大派閥の【フレイヤ・ファミリア】の主神である。

 美の女神である彼女は少し楽しげな様子で一人の眷属へ話しかけた。

 

「面白い子、ですか……」

 

 巨大な体躯を持ち筋骨隆々の猪人(ボアズ)である眷属の男はフレイヤの言葉を反芻する。

 この男は【猛者(おうじゃ)】オッタル、【フレイヤ・ファミリア】団長にして、都市唯一のLV.7にして、都市最強と名高い男である。

 そんな彼は内心でため息をついた。

 ―――まただ。

 

「ねえ、オッタル」

「なりません」

 

 過去、フレイヤはこんな会話の展開で数度お供も連れずに歩き回ったことがある。

 そして、そのときは大抵大変なことになるのだ。

 【ロキ・ファミリア】とオラリオ中を巻き込んで抗争になりかけたり、国の戦争に巻き込まれ一国を救うことになったり。

 そんなことになるので、いくらフレイヤに忠誠を誓うオッタルでも忠言をせざるをえなかった。

 が、どうも今回は特にそういったことをするつもりではなかったらしい。

 

「……別に、ただの雑談よ」

「も、申し訳ありません」

 

 拗ねたように言うフレイヤに、自身の早とちりだと気がついたオッタルはすぐさま謝った。

 そんな彼にフレイヤがもの言いたげな目を向けるが、結局は何も言わず話を戻した。

 

「初めて見たわ。珍しいなんてものじゃない、奇跡も奇跡。輪廻の輪に逆らった魂」

 

 フレイヤは昨日見た()()の魂を思い返し、笑みを浮かべる。

 それはまるでコレクターが自身の知らないものを見つけたときのような笑み。

 その魂はフレイヤからしてみれば、特になんてことのない魂だった。

 普通の、英雄でもない愚者でもない、そこらにいるような何も運命付けられてもいない魂。

 しかし、()()には他と決定的に違う点が一つ。

 

「……取るのですか?」

 

 オッタルはそんなフレイヤの様子に尋ねた。

 フレイヤが興味を持つ、それはつまり【フレイヤ・ファミリア】に入団する権利である。

 ……いや、権利という名の義務に近い。

 美の女神である彼女は情熱的だ。

 欲しいものはなんとしてでも手に入れようとする。

 それは相手が別ファミリアの人間でも変わらない。

 どんな人間でもフレイヤを前にすれば彼女に平伏し、忠誠を誓う。

 あくまで本人が入団する権利だが……その意思は既にフレイヤの手のひらの上と言っていい。

 そんなものがいるわけがないが、例えフレイヤに抵抗されたとしても。

 オッタルはフレイヤに忠誠を誓うのみ。

 

「やめておくわ。あれは珍しいだけ……気にはなるけど伴侶(オーズ)になることはない。」

「はっ」

「それにレトのところにはあまり手を出したくないものね……」

 

 フレイヤが出した、神の名、その名前にオッタルは反応する。

 

「あの方のところですか……」

「ええ、あの子も魂を見れたはずだから……はぁ、完全に出遅れたわね」

 

 あんな珍しいもの、他の神も欲しがるはずだ。

 恐らく、レトは彼女を保護するために眷属にしたのだろう、彼女はそういう神だとフレイヤは知っている。

 実際、神の中でも柔和でありながら()()()()()()()()()()()()()で有名な彼女に手を出そうする神はいない。

 昔から下界にいる神は特にだ、大昔の【レト・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の大抗争は神の記憶に強く残っている。

 それはフレイヤも同じだ。

 【フレイヤ・ファミリア】は今や都市最大派閥、あの頃ならともかく、今の【レト・ファミリア】なら蹴散らせる。

 それはわかっているがそれでもレトには手を出したくないと思わせるものがあった。

 これで、先にフレイヤが見つけていたら欲しかったのだが……

 

 まあ、いい

 ちょっと前の自分ならそれを悔しがったかもしれないが、今の自分には別のがある。

 

「今はそれよりも()()()のほうが大事よ」

 

 フレイヤは目を細めて笑みを浮かべる。

 脳内に浮かび上がるのは白髪の少年の姿。

 彼は今どこで何をしてるのだろう?ダンジョンの中だろうか?それともご飯を食べているのだろうか?

 そんなことをまるで恋する乙女のように想像したフレイヤは笑みを浮かべた。

 

「それにしても」

 

 ふと、フレイヤは思う。

 思い出すのは昨日であった彼女の魂。

 

()()()()()()()本当に下界は未知ばっかりね」

 

 

 

 

 

 ホームのキッチン、そこではレトが一人で料理をしていた。

 

「ふっふ〜ん♪」

 

 鼻歌を歌いながら料理をするその姿は彼女の若々しくも落ち着いた雰囲気もあり、まるで新妻のようにも見える。

 

「完成〜」

 

 まあ、出来上がったのはフライパンで雑に炒めただけの適当なものなのだが。

 【レト・ファミリア】の眷属はみなダンジョンに行っており、ホームには誰もいない。

 本気を出せばそこらの料理人が自ら弟子入りしてくるレベルの料理を作れる彼女だが、一人の時にそこまでこだわるのは面倒なので、普段は適当に済ませている。

 無論、みながいるときはちゃんと作るが。

 

「流石にこんなの見せられませんしね〜」

 

 おっとりしている彼女だが、そんな彼女にも羞恥心は当然あり、流石にこんな料理を作っているところは見られたくなかった。

 ……既にファミリア全員の周知の事実になっていることに関してはレトはまだ知らない。

 

 料理をテーブルに持っていき、口にいれる。

 味はそこそこ、悪くはないが進んで食べたくなるようなものではなかった。

 こんな味でもみながいれば美味しくなるのに。

 そう思いながらレトは今はダンジョンにいる自身の眷属のことを思い返す。

 

「今日も無事だといいのですが〜」

 

 神はダンジョンに潜れない。

 これは神のルールであり、破ることはできない。

 そのため、神というのは眷属達がダンジョンに潜っていても、ホームでお留守番することしかできないのだ。

 レトはそれがとてももどかしく感じる。

 今この瞬間、眷属達(子供達)が死にかけているかもしれない。

 そう思うと心が冷える。

 

「特に、カストルは……」

 

 昨日の問答を思い出す。

 カストルは未だに迷っている。

 それをレトは否定しない。人間というものはそういうものだと理解している。悩んでいい、だから自分から選択してほしかった。

 レトとしてはカストルが夢を諦めると決めたのなら、それ以上何も言う気はない。

 それならそれで主神として最大限のサポートをするだけだ。

 ただ、今のカストルは迷っている。

 選択肢を、ではない、一歩踏み出すことを迷っているのだ。

 だから、レトがするのは背中を押すだけである。

 決断とは時に無常で、非道である。

 その重さを一緒に背負ってあげる。

 冒険のサポートはできないから、そのくらいの手伝いはしたかった。

 

「まあ、なんとかなるでしょう」

 

 楽観的ではない。

 レトとしてはカストルなら、彼ならば一歩踏み出すだけで大丈夫と確信をもっている。

 なにせ、彼のスキルは……彼の魂は、()()()()はとっても。

 

「可愛いですものね〜?」

 

 

 

 

 最初に動き出したのはミノタウロスだった。

 大斧がカストルを目掛けて、流星のように落ちてくる。

 だが、その一撃は空を切る。

 ミノタウロスがその大斧を振り下ろすよりも早く、カストルは走り出していた。

 

「おっそいなぁ」

 

 ミノタウロスの大斧、その質量から発揮される威力は凄まじく、カストルでは一撃喰らえばひとたまりもない。

 しかし、その威力の代償に速度はカストルでも余裕で避けれるほどに遅い。

 今度は大きく振りかぶった横薙ぎ。

 そんな分かりやすい攻撃、少しジャンプをすれば避けることができる。

 

「読みやすいねお前!」 

 

 今度は斜めの切り払い。

 ミノタウロスの力に任せた攻撃……いいや、力だけに頼った技もない攻撃。

 

 そんな攻撃はカストルの脅威にならない。

 だって、カストルは知っているのだから。

 自身よりも大きな相手に対する戦い方。

 それは、ルーガとの戦いで身につけた戦い方。

 何度何度何度も、地面に叩きつけられた。

 そのたびにどうすればいいか、どうすれば勝てるか考えてきた。

 カストルの身にはそんな戦い方を頭ではなく体で覚えている。

 ルーガとは違いフェイントなんてのもしてこない相手。

 そんな相手の攻撃、あまりにも読みやすい。

 視線が、筋肉の動きが、攻撃して来る直前に、ここに攻撃しますよと教えてくれるようなもの。

 そんなものに当たるほどカストルは遅くない。

 

「ブモォッ!」

「当ててみろざーこ!」

 

 怒るミノタウロスの猛攻を避けながらカストルは煽る。

 今のカストルからすれば一番嫌なのは自分以外を狙われることだった。

 自信満々なカストルだったが、今のカストルにミノタウロスを攻撃する方法はない。

 千秋の斬撃が通らないのだからカストルのオンボロナイフでは無理に決まっている。

 だから、やるのは時間稼ぎ。

 気絶し、目覚めないルーガと千秋が起きるまで時間を稼ぐ。

 そのためには、ミノタウロスの視線をカストルへと釘付けにしなければならない。

 

「ま、その程度の攻撃当たるわけないけどな!」

 

 そんな煽りが聞いたのか、それとも自身の周りをちょこまかと動き回る鼠が鬱陶しかったのか、ミノタウロスは苛ついたようにさらに激しく大斧を振り回す。

 

「ははは!どこ狙ってんの!?もっとちゃんと狙ったらぁ!?」

 

 極限の状況にカストルの中からアドレナリン溢れ出す。

 そのアドレナリンに身を任せカストルは普段は見せないようなハイテンションで煽り散らかした。

 怒りに身を任せた攻撃はカストルからすればむしろ読みやすく、回避は簡単だった。

 しかし、一撃当たれば死の状況、アドレナリンの力を頼らなければ脚がすくみ動かなくなってしまいそうだった。

 

 そんなカストルを少し離れた場所からヘレネは呆然と見ていた。

 

「な、なにあれ……」

 

 ヘレネの視界に収まる、カストルの動き。

 それはヘレネの知るカストルの動きではなかった。

 

「カストルのステータスじゃあんな動き、できるわけが……いや、私でも……」

 

 Lv.1の中でもかなり高いステータスを誇るヘレネ。

 そんなヘレネでも今のカストルの動きをできるとは思えなかった。

 これじゃあ、まるでLv.2のような……

 そんなことを思ってヘレネは首をぶんぶんと振る。

 ありえない、ヘレネはカストルが入団してからずっと彼のことを見てきている。だから、カストルが実はLv.2だったなんてことはありえないことは知っている。

 なら、スキル?

 スキルによるステータスアップ、ありえない可能性ではないが、レベルアップに近いほどステータスがあがるスキルなど信じがたいものでもあった。

 しかし、それくらいしか可能性は思いつかなかった。

 そんなヘレネの予想は、正解だった。

 

 カストルが持つスキル、その名も【双星(ジェミニ)

 

 このスキルは()()()()()()という超特異体質のカストルだからこそのスキルである。

 カストルの体には魂が二つある。

 

 一つは、カストルのもの。

 

 そして、もう一つはカストルの妹ポルックスのもの。

 

 産まれることのなかった魂。

 輪廻の輪に帰るはずだったポルックスの魂が、カストルの中に宿っているのだ。

 

 そんなポルックスの魂は普段は眠っている、正確に言えば違うのだが、形容するならばこれが最も近い。

 

 何故なら、本来魂に対して器は一つだからである。

 カストルの器にポルックスの魂は反応しないのである。

 

 だから、今までのカストルにとって、その魂は無用の長物とすら言えるものだった。

 

 だが、しかし

 

 この魂が目覚めたとすれば?

 

 それを可能にするのが、【双星(ジェミニ)

 

 このスキルの発動条件は()()()()()()()()()()()

 

 ポルックスという女性の魂に近づく。

 それを言い換えると。

 

 ()()()()()ということだ。

 

 だから、カストルは女装したのである。

 カストルが女装すればするほど、カストルの姿がポルックスに近くなればなるほど。

 カストルという器がポルックスに近づくほど。

 

 ポルックスの魂は()()()()()

 

 魂は肉体を動かす動力源だ。

 そして、魂が二つあるということは。

 魂の出力が()()()()()()()()()()()()()

 カストルのステータスに目覚めたポルックスのステータス。

 Lv.1二人分のステータス。

 

 二つ合わせて、そのステータスはLv.2に並ぶ。

 

 今のカストルは、あの貧弱だったカストルは、Lv.2のステータスを手にしていた。

 

 そのことを知らないヘレネはカストルのステータスについては気にすることをやめた。

 今考えても仕方ないと割り切りをつけたのである。

 そんなことより、今はミノタウロスだ。

 カストルはミノタウロスの攻撃を一度も食らうことなく避けている。

 それはまるで大人が子供をあしらうかのごとく、カストルがミノタウロスを圧倒してるように見えた。

 しかし、ヘレネは気づいていた。

 

(一度も攻撃してない……攻撃できないんだ)

 

 カストルは先程から避けることしかしていない。

 恐らく避けるのに手いっぱいで攻撃する余裕がない。

 それに、そもそも攻撃したところでカストルのあのボロボロのナイフじゃまともに攻撃は通らない。

 いくら避けることができても、攻撃ができないのでは勝つことはできない。

 

(このままじゃ負ける……!)

 

 今はカストルは回避できてる。

 でも、一分後は?二分後は?

 わからない。

 カストルは死んでいるかもしれない。

 

(助けなきゃ!)

 

 ヘレネは立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。

 

 脳裏に浮かぶのは、自身の頭をかち割ろうと迫りくる大斧の姿。

 

(うっ……)

 

 吐き気を感じて、ヘレネは口を抑える。

 初めて死を身近に感じたあの瞬間。

 ヘレネに死を意識させたあの瞬間はヘレネが思っている以上に、大きな傷跡(トラウマ)を作っていた。

 あのミノタウロスが大きく見える。

 足が竦みそう、あの目が怖い、あの大斧が怖い。

 今すぐこの場から逃げ出したい。

 そんな思いが、ヘレネの中から湧き上がってくる。

 

(怖い……怖いよ……カストル)

 

 ヘレネらしくないそんな思いがヘレネの中に溢れ出してくる。

 それも当然だった。

 あと少しでもカストルが遅れてれば、ヘレネは死んでいたのだ。

 そんな状況で、トラウマにならない人間はいない。

 なによりヘレネは知らなかったのだ。

 挫折、というものを。

 ヘレネは天才肌の人間だ。

 何事もそつなく要領よくこなす、そんな天才。

 だからこそ、普通なら知っている挫折、という感覚を知らなかった。

 初めて知った挫折はヘレネに重くのしかかっていた。

 立ち上がろうとしても、立ち上がれない。足が動かないのではなく脳が動かそうとしてくれなかった。

 

 

 ヘレネは恐怖に怯えることしかできなかった。

 

 

()()?)

 

()()()()()()()()()()

 

 ()()()()()

 

 ヘレネは天才だ

 彼女はもはや、神に愛されている、そんな形容詞が似合うほどの天才だ。

 

 そんな彼女がたった一度の挫折程度で()()()()()()()()()()()

 

 ヘレネの視界の中、そこでカストルが頑張ってる。

 ああして、命を懸けてヘレネ達を助けようと頑張っている。

 それなのにヘレネ()は何をしている?

 後ろで一人で、怯えてるだけ?

 まるで、物語のお姫様みたいだ。

 助けを持つだけの、お姫様。

 

(ふざけないで)

 

 そんなの、ヘレネが目指した可愛さじゃない。

 

(私はそんな()()()じゃない!)

 

 ヘレネが目指す可愛さは、そんなじゃない。

 助けを待つ可愛さじゃない。

 もっと圧倒的な可愛さだ。

 怯えるなんて、解釈違いもいいところだ。

 

(ありがと、カストル)

 

 この夢を、この理想を

 記憶にしまわれていたこの可愛さを

 思い出させてくれのはカストルだ。

 

 あのとき、夢を語らせてくれたから。

 カストルが必死に戦っているから。

 ヘレネは、今初心を、オラリオに来た理由を思い出せたんだ。

 

(こんなの)

 

 視界に映るミノタウロスは変わらず怖い。

 だから、どうした。

 その程度でヘレネの心は折れやしない。

 さあ、立てよ。

 

(可愛くない可愛くない可愛くない)

 

 その醜悪な顔がむかついた。

 その顔に見える表情がむかついた。

 ミノタウロス如きに怯えて泣きそうな自身の顔にむかついた。

 立ち上がれよ。

 

(こんなの全然可愛くない)

 

 モンスターに怯えるなんて、ヘレネの可愛いの中にはない。

 ヘレネの理想の姿ではない。

 立ち上がる、杖を構える。

 

 カストルのサポート?いいや違う。

 

 思い出した。

 思い出した。

 

(あのときから、忘れてた!)

 

 改めて考えれば、あまりにもヘレネらしくなかった。

 それは【レト・ファミリア】の団長として

 その団長の責任のため。

 団長として皆を導くため。

 そのために、自分の信念を曲げてしまっていた。

 あのとき、ヘレネの中に浮かんだカストルを囮にするという案。

 あんな可愛くない案、本来ヘレネから出てくるものじゃない。

 それが、でてきてしまったのはヘレネが団長だったからだ。

 その責任のためだった。

 

 でも、それはヘレネの理想じゃない。

 

 忘れていた。

 ヘレネは自分のスタイルを忘れてたんだ。

 責任、責務?昔のヘレネはそんなこと気にせず好き勝手にやっていた。

 好き勝手にみんなを救っていた!

 

(私がっ!)

 

 ヘレネの目指す可愛さはそれではない。

 ヘレネの目指す可愛さは王子様を迎えるための可愛さだ。

 

(私が目指すのは、()()()()()()()()()!!)

 

 壁?非現実?不可能?非常識?ああ、なんだ全部全部煩い煩い

 そんなもの持ち前の可愛さで全部壊してやるんだ。

 それが可愛さだ。

 ヘレネが目指す可愛さだ。

 

 それを目指すのならば、眼の前の障壁一つ。

 

()()()()()()()

 

「すぅー、カストルぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 大きく息を吸ったあと大声でヘレネはカストルの名を呼んだ。

 

「五分っ!五分でいい!時間を稼いで!……いいや!稼ぎなさい!」

 

 有無を言わせず、カストルに告げる。

 五分、それはヘレネの持つ最高火力の魔法を放つのに必要な時間。

 その時間は一般的な大魔術と比べてもあまりにも長い時間だ。

 何故、そんな時間がかかるかといえば、その魔法があまりにも繊細な魔法だから。

 すこしでも魔力のコントロールをミスれば即魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起きる繊細な魔法。

 しかし、そのぶん火力は凄まじく、この魔法を当てれば間違いなくミノタウロスを倒せるという自信がヘレネにはあった。

 

「カストル!あなたのことを頼らせて!」

「とーぜん!」

 

 ミノタウロスの五分、その長さはヘレネは身を持って知っている。

 それでもカストルは当たり前のように頷いた。

 

 

 

 

 

「あったんねーよ!」

 

 カストルはミノタウロスを煽り続ける

 鬱陶しくなるように、わざと羽虫のごとく周りを飛び続け、無視されないように時たま攻撃にならないような攻撃を仕掛ける。

 少しでも視線をカストルへ向けるためカストルはミノタウロスを煽り続けた。

 今この瞬間も、ヘレネは歌っている。

 彼女の安心して歌える場を整えるのがカストルの仕事だ。

 彼女の元にミノタウロスをたどり着かせてはならないのだ。

 五分、それはヘレネに告げられたカストルが稼がなければならない時間。

 

(きっちぃ……)

 

 自信満々に頷いたカストルだったが、その実態と言えば無理をしているだけだった。

 ミノタウロスの攻撃を避けるために全力で動かなければならないというだけで体力を消耗するのに、一撃も食らってはならないプレッシャーと緊張感がそこに上乗せされカストルの体力はガンガン削れていく。

 一手一手、ミノタウロスの攻撃を避けるたびに地面に倒れ込みたいという欲望が湯水のように溢れそうになり、それをすぐさま抑える。

 一瞬の油断が死につながる。

 そんななかの五分はあまりにも長かった。

 そも戦闘というのは0.1秒が勝敗を支配する世界、五分というのはあまりに異常な長さなのだ。

 そんな状況でもカストルが自信満々に言った理由なんて単純だった。

 

(ヘレネに頼られた!)

 

 惚れた女から頼られて、断れる男なんていないのである。

 特にヘレネは団長としての責任感だからか、ダンジョンで人に頼ることはあまりない。

 そんなヘレネに戦闘で頼られた。

 ヘレネがカストルを信じてくれた。

 それも、無茶振りだ。

 無茶振りなんて普通はされたら怒るだろう。

 けど、ヘレネの性格を知っているカストルならヘレネの真意が分かる。

 彼女は無茶振りなんかする人間ではない。

 

 ヘレネはカストルを信じたのだ。

 ヘレネはカストルならできると信じてるから無茶振りをしたのだ。

 その事実にカストルは内心狂喜乱舞である。

 

(ヘレネができる、そう信じてくれたんだ)

 

「ならできなきゃ男じゃねぇ!」

 

 男に到底見えない格好で、カストルは叫んだ。

 

 

 

 ミノタウロスが動きを止めたのはヘレネが歌い始めてから二分の出来事だった。

 先程まで力任せに大斧をぶん回し続けていたというのに突如動きを止めたミノタウロスに、カストルは懸念の目を向ける。

 

「はあっ、息切れか?その見た目で体力ないんだな?」

 

 自身も息を切らしながらも、カストルはミノタウロスを煽る。

 先程まで暴れまわっていたからこそ、この静止はどこが不気味で、カストルは警戒する。

 先程の荒々しい戦闘とは真逆の、まるで静かな達人の間合いのような見合い。

 そんななか、ミノタウロスが怪しく笑った気がした。

 カストルの身にゾゾゾッと悪寒が走る。

 何だ?とカストルがさらに警戒を強くすると同時、ミノタウロスが大きく息を吸い込んだ。

 

「ブモォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!」

 

 そして、吠える。

 大気を震わす猛々しい騒音が迷宮内に轟き、激しく反響する。

 その騒音の名は『咆哮(ハウル)

 その絶叫は音でありながら人間の持つ根源的な恐怖を思い出させる。

 

「……っ!」

 

 そんな音を真正面から食らったカストルは一瞬、怯んでしまう。

 そう、怯んでしまった。

 勝負の世界は0.1秒が勝敗を分けるというのに。

 ()()というあまりにも長い時間の隙を晒してしまったのだ。

 ミノタウロスの血走った目がカストルを射抜く、その目は笑っていた。

 

(まずいっ)

 

 避ける暇はもうなかった。

 大斧は振り抜かれ、カストルを狩ろうと近づいてくる。

 咄嗟にナイフを構えガードしようとするが、あまりに無意味。

 

(重っっ…!?)

 

 ナイフと大斧がぶつかり合う瞬間、ナイフが粉々に弾け飛んだ。

 ナイフを挟んだというのに勢いは全く衰えることはなく。

 

「っっ゙がはっっ……!?」

 

 直撃

 

 カストルの体がくの字型に折れ曲がり、口の中から空気と血反吐が吐き出される。

 

 まるで破城槌が直撃したかのような衝撃。

 そのままミノタウロスは大斧を振り抜く。

 カストルはまるでラケットに打ち出されるボールのように壁に叩きつけられた。

 

「……っ゛っ゛!!」

 

 一撃で肺の中の空気を吐き出せられたカストルは背中とお腹に走る痛みに襲われる。

 その経験したこともないような痛みにカストルは声を出すこともできない。

 

「……っ、は゛ぁ゛っ゛……ごほっ゛……」

 

 意識が朦朧とするなら本能的に空気を求め呼吸が行われる。

 しかし、たんがまじり上手く呼吸できずカストルの口からは声にならない声だけが漏れた。

 

 滲む視界の中、ぼやけてミノタウロスの体が見えた。

 大斧を背負い、モンスターのくせに一歩また一歩と歩いてくる様子は処刑人かもしくは死神のようにも見えた。

 カストルは少しでも体を動かそうとするが、動かない。

 

「ぶもぉ……」

 

 その姿を見てミノタウロスが醜悪な笑みを浮かべる。

 もはや、勝利を確信したその笑み。

 それも当然か、今のカストルは動くことすらままならない。

 

 ミノタウロスは、その手に持った大斧は天高く振り上げると、ギロチンの如くカストルの首めがけ振り下ろした。

 

 大斧がカストルに着弾する、そのとき。

 

 

「らあああああああああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 

 乱入者が現れた。

 いいや、乱入ではない、最初からいたのだ。ずっと気絶していただけ。

 

「ぶぅち殺してやるよぉっ!クソ牛がァァァァァァァァァァッッッッ!」

 

 ガギィィィィィィィィィィィィィンっ!

 カストルほどの大きさを誇る大剣とミノタウロスの大斧がぶつかり、金属音が荒々しく響く。

 ぶつかった大剣と大斧、得物にしてはあまりにも大きすぎる武器のぶつかり合いは。

 

「オルァァァァァァァアアアアアアアアアアアアッッッ!」

 

 大剣の勝利だった。

 その咆哮、ミノタウロスが如く。

 【レト・ファミリア】前衛であるルーガが復活した

 

 

 

「っあ……ルーガ!」

「あ?誰だお前?」

 

 カストルは喜びに満ちた声でルーガの名を呼ぶ。

 なにせ、この状況で最高の前衛が目覚めたのだから

 そんなカストルにルーガは怪訝な顔をし警戒を露わにする、なにせ全く知らない女から自身の名を呼ばれたのだ。警戒するのも必然である。

 しかし、そんな警戒はすぐに晴れる。

 

「カストル……か?何だお前その変な格好」

「……うるせ、色々あるんだよ」

 

 ルーガは眼の前の女の細かな顔のパーツを確認し、その見覚えのある顔にまさかと、思いながらもカストルであることに気がついた。

 ルーガの粗雑な言葉に若干カストルは苛つきつつ、まあこいつはこういうやつだと説明は諦めた。

 

「女と見間違えた、普通に可愛いじゃねぇか」

「……へっ、そうだろ、可愛いだろ」

 

 可愛い、その言葉がカストルはちょっと前までは嫌いだった。

 しかし、今のカストルにとってその言葉ばむしろ自信をくれる言葉。

 にやりと笑い立ち上がるとカストルは得意げにそう言った。

 

「……はっ、お前は、それでいい」

 

 その顔にルーガは内心歓喜する。

 ルーガの脳裏に浮かぶのは今までのカストルの姿。

 元々ルーガとカストルは同じタイミングで【レト・ファミリア】の門を叩いた。

 つまりは、同期

 そんな二人はそりが合わず犬猿の仲だが、それでいてお互いに高め合う仲間だった。

 どちらも冒険者になりたい、そんな夢を持ってオラリオに訪れた。

 ルーガは二人でその覇道を走り抜けると思っていた。

 そんな中、カストルは折れた。

 いつからなのかルーガは分かっていない。

 ただ、ある日からカストルはルーガとは違う道を歩いていた。

 それにルーガはとてもムカついた、とても苛ついた。

 お前はそんな奴じゃない、お前はもっと強くなれる

 だというのにカストルは折れた。

 それはルーガからすればダイヤモンドになる原石をプレス機で潰してゴミ箱に投げ捨てるような行為だったのだ。

 だから、カストルのプライドを刺激するようなことを言ったり、模擬戦をするようにしたのだ。

 そうすれば、あのカストルが帰って来るかもしれないと。

 そして、今のカストルは見た目こそだいぶ女の子っぽくなったが、あのときの生意気なカストルだった。

 

 ライバルの帰還、ルーガの心を喜びに満ちていた。

 ああ、だからこそ

 ガタン、ルーガは迷宮に膝をつく。

 

「ルーガ!?」

「……ああ、くそ」

 

 ルーガは分かっていた。今の自身の状態を。

 最初、あのミノタウロスに轢かれたときだ。

 骨が数本やられた、特に脚が致命的に折れている。

 それでもまだなんとか動けたが、先程ミノタウロスとの打ち合いでトドメが入ってしまった。

 それでもカストルの眼の前で倒れるのが嫌だというだけの理由で痩せ我慢していたが、もう無理だ。

 

「ポーションを!」

「……いや、お前が使え」

 

 ポーションを被り、多少の傷を治療したカストルがポーション片手に近寄るが、それをルーガは拒否する。

 中途半端に治療されるよりも、カストルが使ったほうがいい。

 ルーガはもう戦うことができない。

 折角、ライバルが帰ってきたのに、一緒に戦うことができない。

 なによりもそれがムカついた。

 

「おい、カストル」

 

 だから、託す。

 獲物がないカストルにルーガは大剣を投げ渡す。

 カストルにはあまりに大きすぎる獲物だが、何も無いよりはマシだ。

 

「任せた」

「……任された!」

 

 嫌い合い、互いの力を認め、お互いを信頼し合う。

 その姿はまさにライバルであった。

 

 

 

 

 

 

(カストルッ!?)

 

 カストルにミノタウロスの大斧が直撃したとき、ヘレネは内心で叫んだ。

 致命的な一撃、壁に叩きつけられたカストルはまだ息はあるようだが、苦しみにもがいていた。

 

(カストルッ!カストルッ!)

 

 そんな姿が見ていられず、ヘレネは今すぐ走りだしたかった。

 しかし、それはできない。

 

(やばっ、コントロールが!)

 

 少しでも集中を欠いてしまえば、魔力暴発(イグニス・ファトゥス)でヘレネが大爆発することになるからだ。

 今だってあと少し反応が遅ければもうアウトだった。

 今ヘレネが唱えているヘレネの魔法は()()()()()()()()()()()()()()

 大量の魔力を使うという行為は例えるならバケツ一杯一杯に水を注いで溢れないように運ぶようなものに近い。

 (魔力)を沢山入れたバケツ(魔法)は重く動かしづらい。

 だというのに少し集中を切ってしまえば(魔力)は|バケツからこぼれだしてしまう。

 そうして魔力暴発(イグニス・ファトゥス)が起きるのだ。

 だから、ヘレネは気を乱してはならない。

 

(カストルなら、大丈夫)

 

 ヘレネは自信を鼓舞する。

 

(私は信じてる)

 

 ヘレネは信じている、家族のことを。

 

(集中しろ!私!今私がすべきことをなせ!)

 

 駆け出したい気持ちを抑え、ヘレネは歌い続ける。

 それが今のヘレネの役目だった。

 カストルはルーガが助けてくれた。

 しかし、次はどうする?次またそのようにいく保証はない。

 

(早く!もっと!もっと早く歌え!)

 

 ヘレネが早く歌い終われば終わるほど、戦闘は短くて済む。

 ミノタウロスと相対する時間も減る。

 カストル達の命はヘレネの歌に全てがかかっているのだ。

 

(もっと!もっと……え)

 

 だが、迷宮(ダンジョン)はそれすらも許さない。

 

 少しでも、ほんの少しでも早く歌おうとするヘレネの耳元に嫌な音が聞こえた。

 カサカサという虫が歩くような音。

 戦闘音か、それとも先程の『咆哮(ハウル)』か、何かに引かれたのか、どこからともなく現れたのはキラーアントだった。

 真っ黒な何を考えてるかわからない虫特有の瞳。

 それが歌うだけで無防備な姿を晒すヘレネに向けられた。

 

(やばいやばいやばいやばいっ!)

 

 ヘレネは迎撃しようにもできない。

 もう詠唱は始まってしまっている、今更バケツから水を戻すのはできない。

 戻そうとすれば魔力暴発(イグニス・ファトゥス)でボカンだ。

 しかし、無視することもできない。

 

(なにかっ)

 

 ヘレネは対抗策を、その頭脳を最高速で回し考える。

 そして、思いついた。

 

(……並行詠唱)

 

 並行詠唱、それは魔法を唱えながら、同時に動く技術。

 しかし、この技術の難易度は高い。

 なにせ、タブルタスクの極みのような行為なのだ。

 例えるならば勉強をしながら運動をするかのような行為。

 当然、こんなことできる魔術師は少ない。

 例え都市の二強である【ロキ・ファミリア】や【フレイヤ・ファミリア】の冒険者でさえ、並行詠唱を使いこなせるものは一握りの選ばれしものだけだ。

 当然、ヘレネはそんな事は出来ない。

 しかし、それに文句を言えるものは居ないだろう。

 彼女はLv.1だ。出来なくて当然である。

 

(でも、やるしかない)

 

 だが、そんなこと言い訳にならない。

 今この瞬間、それをできなければヘレネだけじゃない、カストルも、ルーガも、千秋も、全員が死ぬ。

 逃げるわけにいかないのだ。

 

(だって、カストルは私を信じてる!)

 

 カストルはあのミノタウロスと戦っている!

 それはヘレネを信じているからだ!ヘレネの魔法がミノタウロスを打倒してくれると信じているからだ!

 

 その信頼を裏切れるか?

 

(攻撃はしなくていい、私じゃ倒しながら唱えたら絶対失敗する!避けるのと歌うことだけに集中しろ!)

 

 否

 ヘレネがその信頼を裏切るわけがない。

 ならば、やる。

 ぶっつけ本番上等!ここでできなければヘレネはそこまでの人間だったということでしかない。

 

(やってやる!)

 

 そして、それができるのがヘレネという人間だ。

 ヘレネという英雄の卵だ。

 

 キラーアントの魔の手がヘレネに迫りくる。

 

 キラーアントの牙が、ヘレネの体を貫く。

 

 それを、最低限の動きでヘレネは避ける。

 

「【兵士、戦場。遠き導き】」

 

 しかし、詠唱は止めない、止めてはならない。

 歌え、歌え、歌い続けろ。

 ヘレネは、並行詠唱に成功した。

 

(避けるのは最低限!最優先は歌うこと!)

 

 しかし、いくら彼女と言えどその並行詠唱は完璧ではない。

 大きな動きは無理だ、最低限の動きしかできない。

 それでも、彼女は並行詠唱を成功させた。

 これが、ヘレネという人間。

 神に愛された少女、そして、英雄の卵。

 

 ヘレネは避ける、キラーアントの猛攻を

 

(選べ!食らっていい攻撃を!)

 

 不完全の並行詠唱では、どうしても避けれない攻撃があった。

 だから、ヘレネは全部避けることを諦めた。

 どれだけ血を流そうが、どれだけ体が傷つこうがいい。

 口と命さえあれば歌い続けられる。

 キラーアントの猛攻をヘレネは避けて、避けて避け続ける。

 そして、歌い続ける。

 信頼に応えるために!

 

 だが、

 

「……っ!【止まらぬ怒号響く悲鳴】」

 

 キラーアントの牙がヘレネの顔をカスる。

 その美しい顔から一筋の傷がつき血が垂れる。

 どれだけ、天才であろうと、どれだけ神に愛されようと、例えそれが英雄の卵であろうと。

 それを潰すのが迷宮(ダンジョン)だ。

 

 カサカサ、カサカサ、カサカサ、カサカサ、カサカサ

 

 キラーアントが増える、また一匹、また一匹、また一匹。

 増える、増える、増えていく。

 キラーアントの数が、ヘレネの傷が、増えていく。

 

(だから、なに!?それは止まる理由じゃない!)

 

 彼女は心の底で叫ぶ、それはある種の自己暗示。

 だが、彼女がいくら天才でも限界はあるのだ。

 キラーアントの攻撃を避けて、ヘレネが少し体勢を崩す。

 そこに、キラーアントが突撃した。

 

(あ、やばっ)

 

 心の中でヘレネはそう思った。

 致命傷、避けようにも避けれない。死ななくてもその後の魔力暴走(イグニス・ファトゥス)で死ぬ。

 

 結局、天才でも失敗はするのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「【閃】!!」

 

 ()()()()()()()()()

 

 声と同時、キラーアントは叩き落された。

 キラーアントを叩き落とした男、千秋はその頭から血を流し、その美しい顔を歪ませるほど怒り、眉間にしわを作りながらも吠える。

 

「ヘレネ!!詠唱に集中しろ!!」

 

 その身を伝う赤色の液体を気にすることなく怒鳴るように叫ぶ。

 

「おおおおっ!」

 

 折られた刀を捨て、もっとも原始的な刀。

 そう、手刀という名の刀で千秋はヘレネを喰らおうと集まってくるキラーアントを弾き飛ばしていく。

 普段は水のように滑らかな美しい剣技と違う、鬼のような激しく荒々しく、猛々しい戦い。

 キラーアントの甲殻は固く、人間の拳で殴ろうものなら拳のほうが傷つくことになる。

 千秋もそれは同じ、キラーアントを叩き落としたその手は自身の血で赤黒く変色していた。

 だが、千秋はその痛みに怯みはしない。

 ヘレネを、ファミリアの家族を守るため。

 二度と家族を失わないため。

 

「私がお前を守る!!私を信じろ!ヘレネ!」

 

 千秋のその言葉。

 ヘレネはその言葉に迷いなく従った

 

 

 

 

 

 あとどれくらいだ?

 カストルはミノタウロスの攻撃を避けて避けて、たまに受け止め、考える。

 二つの強大な質量を持つ金属がぶつかると同時、ガギィィィン!と金属音が鳴り響く。

 ルーガの大剣、ふり慣れてない上に巨大すぎるこの剣はカストルからすればあまりにも扱いづらいことこの上ない。

 しかし、あのボロボロのナイフと違いミノタウロスの一撃を受け止めて逸らすことができるようになったのはありがたかった。

 

「はぁっ、はっ、」

 

 そうして、戦い続けていたカストルだったが、体力はもう限界をとうに越していた。

 息を粗くし、動きから繊細さは消え、大雑把な動きが多い。

 手は震え、足はふらつき、少し気を抜けばバランスを崩して倒れてしまいそうだった。

 大斧も、最初の方は掠ることすらなかったというのに、今は数度か掠りカストルの肌に傷を残している。

 それも仕方ないことだ。常人であればもはや立つのも辛いほどの状況。

 現在のカストルが立ててるのは気合、そしてヘレネへの恋心その一心だけである。

 そんなカストルに対して、ミノタウロスは未だ疲れというものを見せなかった。

 

(どれくらいたった?あと、どれだけやれる?)

 

 カストルは今、どれだけ時間がたったかわかっていない。

 時間を測る余裕なんてなかった。体感では五分なんてとうに超えているが、こんな極限状態の体感が当てにならないことは分かっている。

 ただ、ヘレネがまだ歌っているということは五分経っていないのだろう。

 そこまで考えたところで、これで何度目だろうか、大斧がカストルに迫る。

 カストルは飛び引いて避けるが、大斧は空を切ったまま止まることなく壁を砕くと、破片がカストルへ飛んできた。

 

(きつい……俺の体力もあるけど、なによりコイツ、()()()()()!)

 

 睨みつけるミノタウロスの目に映るのは策略。

 破片はカストルにとって致命傷にはならないが、ゴツゴツとしたものが当たるたびに生傷が増え確実に体力が蝕まれていく。

 たまたまではない、ミノタウロスはそれを狙っていた。

 最初、戦いはじめのときはデタラメに斧を振り回すだけで、カストルからすれば回避も簡単だった。

 それがどうだ。

 今は攻撃をすると同時、確実にカストルの体力を奪いにきている。

 力任せではない、策略を込めた一撃。

 このミノタウロスはカストルとの攻防、その中で策略を得たのだ。

 

(厄介が過ぎる……!)

 

 その事実にカストルは顔をしかめる。

 ただでさえ格上の相手。

 カストルがそんな相手と戦えていたのは、相手に知能と呼べる知能がなかったからだ。

 それを相手が得てしまった以上、カストルは負ける。

 

(攻めるか?)

 

 このまま行くとジリ貧だ。

 ならば、こちらから攻めるのはどうだろうとカストルは思案する。

 この固まった戦況を崩すためにその選択肢はなしではない。。

 倒しきれなくても手傷を負わせれば相手の攻撃も少しは緩くなるはずだ。

 しかし、攻めるというのは同時に守りを捨てるということ。

 つまり、大きなリスクがつきまとう。

 

 そのとき、ミノタウロスが動いた。

 

「ブモオオオオ!!」

 

 何時までも死なないカストルにムカついたのか、突如ミノタウロスは怒りに任せたように大斧を振り抜いたのだ。

 

(イケるっ!)

 

 その瞬間カストルは確信する。

 怒りに任せた一撃、それはカストルからすればあまりに隙だらけだ。

 この瞬間なら一撃入れ込むことができる。

 そう確信したカストルはミノタウロスの懐めがけ地を蹴った。

 その途中カストルはミノタウロスと目が合う。

 

 その目は、笑っていた。

 

(おい、まさか)

 

 身を貫くような悪寒。

 なにか大きなミスをしても知ったときに走るような緊張感。

 直感でカストルは自身が罠にはめられたことに気づいた。

 しかし、もう遅い。

 ミノタウロスが大斧の柄から()()()()

 そして、腕を大きく引き絞った。

 

 (ブラフ)

 

 怒りに身を任せたかのような姿は全て演技。

 実際はカストルが攻めることで隙を作り出すための策略。

 その演技は見るものが見れば一発で分るほど拙いものだった。

 しかし、疲労によって頭が回らず、なによりモンスターが(ブラフ)を仕掛けてくるなど考えてもいなかったカストルにその演技はあまりにも効果的だった。

 

 駆けるカストルへミノタウロスの拳が放たれる。

 その拳はまるで城塞を破壊する大砲。

 回避など、不可能、防御など、無意味。

 

 

 

 

 

 ぐしゃり

 

 

 

 

「っあああああああああぁ!?」

 

 またカストルは壁に叩きつけられる。

 衝撃が体を揺さぶり、血反吐が口から飛び出した。

 もはや、力を入れることを体が拒否してくる。

 ばたり、体が倒れた。その衝撃で全身に鋭い痛みが走る。

 カストルの身に絶望が走った。

 

(ここまで来たんだぞ……)

 

 全力を賭した。

 ピンチだって、なんとか乗り越えた。

 全身が軋み、体が悲鳴を上げる。

 間違いなく骨が数本イッている。

 

(ようやくここまでこれたのに……!)

 

 疲労はたまりにたまり、もはや感覚すら感じない。

 ポーションはもう切れた。

 

(無理なのか……?)

 

 スキルを使っても、カストルの全てをかけても

 英雄には成れないのか。

 カストルには足りないのか。

 

 もう十分頑張っただろう、そう心のなかで悪魔が囁いた。

 その通りだ。

 ミノタウロス相手にここまで善戦できた。

 それで、満足……

 

()()()()()()!)

 

 立ち上がろうとする、できない

 立ち上がろうとする、できない

 立ち上がろうとする、できない

 立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない

 立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない立ち上がろうとする、できない

 

 立ち上がろうとする、できない。

 

(くそっ、くそくそくそくそくそくそっ!!)

 

 脳からの命令はいくら流しても意味をなさない。

 立てない立てない立てない立てない。

 これが、現実。

 カストルが敗れた現実。

 

(俺は成れないのか……)

 

 笑いたくなった。

 命を賭しても叶わない現実に。

 ミノタウロスが見える。

 終わり、その言葉が近づいてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【けれど、終わりは遠く、まだ遠く】」

 

 

 

「【未だ道は続いている、勝利の道は続いている】」

 

 

 

「【さあ、行こう。その道を、覇道を駆けろ、駆け抜けよ】!」

 

 

 

 カストルは目を見開いた。

 

 歌が、

 

「【戦場の中の喝采を、戦火を覆すその名を叫べ】」

 

 歌が、

 

 聞こえる。

 

「【さあ、立ち上がれ英雄よ】!」

 

 ヘレネの歌が、聞こえる。

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!!!!!」

 

 雄叫び、立ち上がる。

 

「はーっ、はーっ」

 

 息を荒くして、壁によりかかり立ち上がるのがやっとだ。

 体がうまく持ち上がらない、剣を杖代わりにしても勝手に前傾姿勢になってしまう。

 あまりに絶体絶命、カストルの身はもう死に向かっている。

 それでも、

 

「【求めるは勝利のみ】」

(聞こえるんだ、歌が)

 

 歌が響く

 

「【止まらぬ足音その先へ】」

(ヘレネが歌う声が)

 

 歌が響く

 

「【諦めるなど、認めない】!」

(ヘレネは諦めてないっ!なら!)

 

「諦められるかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

 

 叫ぶ

 ただ、叫ぶ

 自分の体

 限界を超えた体に活を入れるために。

 そうしなきゃ、倒れそうだった。

 倒れるから、そうした。

 

「【多数の敵など踏み潰せ、巨大な敵など乗り越えろ】!」

 

 全身から血を流し、ボロボロの姿でミノタウロスを睨みつけるその姿は崩れた長い髪を合わさり幽鬼のようにすらみえた。

 

 しかし、その身をつき動かすのはただ純粋な恋心。

 

 もはや、狂気に似たその感情。

 ああ、しかし

 

 恋は情熱

 

 それ以上の原動力などあろうものか。

 

「【駆けよ駆けよ、英雄よ】」

(ヘレネは俺を信じてるっ!)

 

 好きな人の信頼。

 好きな人が信じている。

 ヘレネがカストルを信じている。

 ヘレネはカストルならばできると信じている。

 

「【彼方の勝利、その道を】!」

「その信頼をっ!裏切れるかぁああああああ!!」

 

 それだけでミノタウロスと相対する。

 

(こいつが成長するなら俺も成長しなければならない)

 

 だが、どうやって?

 どうやれば、こいつを超えられる?

 そんな手があるのか?

 

「【積み上げたものを踏みしめろ】」

 

(あ、そっか)

 

 その答えを、歌声とともにカストルは思い出した。

 もっとも大切なこと。

 ヘレネが教えてくれた、一番大切なこと。

 

「【戦友共を忘れるな】」

(忘れてた)

 

 気がつけば、なんて単純なこと。

 なんで忘れていたのだろうとカストルは自身のことを不思議にすら思った。

 

「あは、あははははは」

 

 カストルの口角と目尻が上がる。

 

 こんな単純なことを忘れていた自分が滑稽だった。

 

 こいつが、成長している。

 

 けれど、それ以上にカストルは

 

 ()()()していたんだ。

 

(ああ、そうだ、そうだった)

 

 ああ、こんな、こんな幽霊のような姿……

 

 

 

()()()()()!!」

 

 

 

 あまりに、今更。

 まるで朝のルーティンのように、はだけた服を直し、髪を整える。

 そこにいるのは、幽鬼ではない。

 狂気に堕ちた幽鬼じゃない。

 

(ヘレネが言ってた!)

 

 ()()()に一番大切なのは、

 

()()!」

 

 カストルは笑う。ヘレネのように。

 傷だらけでも、服がボロボロでも、体が限界でも。

 それでも、笑え、笑え、笑え!

 その姿は、その笑顔は

 

 可愛かった。

 

 これが一番可愛い

 今の俺が一番可愛い!

 

 ヘレネのような満面の笑みを浮かべるカストルの中、消えかかっていたポルックスの魂が再点火する。

 

「【求めた勝利を思い出せ】」

 

 戦いの中気づいたら忘れていた。

 その初心

 思い出した。

 

 可愛いに最も大切なことそれは『笑顔』

 カストルの体から力が湧いてくる。

 向かい合う、怪物と真正面。

 体格が違う、小さい者と大きい者。

 

「【その心に炎を灯せ】」

 

 なんかの英雄譚にこんなシーンあった気がする、そんなことをカストルは思った。

 

「さぁ」

 

 覚悟を決めよう。

 一歩、踏み出すんだ。

 英雄への道を。

 この瞬間を英雄譚の一頁にしてやるんだ。

 

「【今、ここに英雄達を讃える歌を送る】」

 

 カストルは大剣を構える。

 逃げるのはもうやめだ。

 立ち向かえ

 

 かっこいい英雄がいれば、美しい英雄もいる。

 ならば、可愛い英雄だって、いていいだろう!

 

「────勝負だ」

 

 カストルは超前傾姿勢で弾丸が如く走り出した。

 ミノタウロスは当然のごとく迎撃のために大斧を振るう。

 

 するり、そんな擬音が聞こえるほどカストルはその斬撃をスライディングでキレイに通り抜ける。

 そして、地面を蹴り上げ最加速。

 一瞬にしてミノタウロスの懐へと潜り込んだ。

 ミノタウロスはあのときのルーガようにカストルを蹴り上げようとして……カストルがどこにもいないことに気がついた

 

(ほんと分かりづらいアドバイス)

 

 そんな様子を()()()()()()()()()から眺めたカストルは心のなかであのアドバイスをした千秋に文句を言った。

 カストルがやったことは単純だ。

 股下を通り抜けた、それだけである。

 

 思い出すのは、千秋から受けたあのアドバイス。

 

『強みをもっと活かせ』

 

 その強み、子供のような体だからできる、小人族を(パルゥム)だから許された予想外の方法。

 小人族(パルゥム)の強み。

 それを使った、もっとも簡単な相手の後ろの奪い方。

 ミノタウロスはまさか股下を潜られたなんて想像しない

 だって、できないのだ。

 ミノタウロスにはそんなことできないのだ。

 小さな小人族(パルゥム)と違って、そんなことできない。

 だから、そんな発想がない。

 それ故にミノタウロスからは突然カストルが消えたように見えただろう。

 これが小人族(パルゥム)の強み。

 

 ミノタウロスはカストルを必死に探す。

 その姿はあまりに、隙だらけ。

 

小人族(パルゥム)に生まれてよかったよ!)

 

 この隙を作れたのはカストルが小人族(パルゥム)だったから。

 獣人でもドワーフでもエルフでもこんなことはできない。

 小人族(パルゥム)だからできた。

 カストルは初めて自分が小人族(パルゥム)であることを、素直に誇ることができた。

 

 カストルは大剣を構える。

 こんな大きなチャンス逃すわけがない。

 

「はあああああああああああああああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!」

 

 狙うは首筋。

 今まで隙が生まれるからとできなかった大ぶりの一撃。

 未だカストルを探す間抜けなミノタウロスへ今までの散々にやられてきた仕返しと言わんばかりに特大の一撃をぶち込んだ。

 

「ブッ、モオッ!?」

 

 刃が入った瞬間、ミノタウロスはようやくカストルが後ろにいるのに気づき、カストルを振り払う。

 カストルは吹き飛ばされ、受け身も取れず地面を転がる。

 

 

 

 ミノタウロスの首は未だ繋がっていた。

 

 

 

 だが、

 

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!?!?!?」

 

 間違いなく刃はミノタウロスの首に大きな傷をつけた。

 

 鮮血がミノタウロスの首から溢れ、迷宮の壁と床を赤く染める。

 首を切られたミノタウロスは痛みからか地団駄を踏むようにがむしゃらに暴れていた。

 

「ざまぁないねっ」

 

 その様子を地面に背をつけて嘲笑うカストル。

 言葉が通じたわけではない、しかし雰囲気から嘲笑の気配を感じたのか、ギョロリとミノタウロスの視線がカストルを貫く。

 その目は真っ赤に充血し、もはやトマトのようにすら見える。

 

 カストルは動かない……いや、もはや限界なのだ。動かそうにも動けなかった。

 ダメージは与えられた。しかし、結局それだけだった。

 

 窮鼠猫を噛む。

 なんて言葉がある。

 しかし、鼠が猫を噛んだとて、猫を倒すことはできない。

 

 絶体絶命

 カストルではやはり、届かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「【そして、英雄達は紡がれる】」

 

 

 

「【英雄達に終わりなどありえない】!」

 

 

 けれど

 

 

「【讃歌が繋ぎ、今ここに新たなる英雄が産まれ落ちる】!!」

 

 

 けれど

 

 

「【さあ歌え、新たなる英雄達への讃歌を】」

 

 

 

 けれど、その一撃は、

 

 

 

「【イロアス・トウ・イーリア】!!!!」

 

 

 

 ヘレネ(ファミリア)へと繋がれる。

 

 

 

 

 

 

 

「完っ成!」

 

 ヘレネを中から魔力が溢れ出す。

 それはもはや暴風と見紛うほどの天災のような魔力。

 ヘレネの持つ全魔力を注ぎ、四分という長大な時間をかけて唱えられたその魔法。

 その魔法の正体はヘレネの右腕にかかる付与魔法(エンチャント)

 その効果はヘレネらしく単純でありながら明快。

 そして英雄を讃える歌らしく、あまりにも英雄的な魔法。

 

 この魔法の話を聞けばきっとどの神もきっと大興奮だろう。

 何せこの魔法は享楽主義どもが大好きな"超ロマン"技。

 ジャイアントキリングだけに特化した、まさに英雄の魔法。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 魔力を全て消費、常識はずれの長大な詠唱時間、右腕のみ、たったの一度のみ、そんなあまりにも扱いにくい条件でありながら効果はそれだけ。

 しかし、単純であるからこそ、デメリットを超えるメリットがその一点のみに注がれる。

 

 一点特化にして一点突破。

 全力全開の全力全壊。

 

 その魔法、いうならば

 

 ()()()()()()()

 

 その破壊はステータスのレベルという壁すらも破壊する。

 

 魔力の爆発、それに耐えきれなかった彼女の髪留めが弾かれポニーテールが空へと散る。

 彼女の髪はまるで暴風の中にいるかのように暴れていた。

 

 彼女を見て、ミノタウロスは突進の構えをとった。

 本気でぶつからなければならない、怪物にすらそう思わせるほどの物があった。

 怪物すら、これを相手に本気を出さないわけにはいかないと思わせるものがあった。

 

「いっくよー!!」

「ヴモォォオオオオオオオ!!!!」

 

 そして、少女とミノタウロスが同時に駆ける。

 

 そのミノタウロスの視界

 

 その中に

 

 輝くような笑顔

 

 影のように真っ暗な少女

 

 そして、

 

 振りかぶった

 

 

 

 

 (破壊)が見えた。

 

 

 

 

 

 それが最後の光景だった。

 

 ミノタウロスの拳が大砲だとすれば……これは、()

 

 ドッゴォォォォォオオオーン!!!!!

 

 響いたのは打撃音ではなく爆弾が弾け飛んだときのような爆発音。

 吹き荒れる旋風にヘレネ以外の三人は腕で身を庇う。

 そして、視界が開くと同時に目を見開いた。

 

 ミノタウロスの体が()()()()()()()

 殴られたミノタウロスの顔面、そこを中心にミノタウロスの体は下半身を少し残して根こそぎに破壊していた。

 それでなお、ヘレネの一撃は満足することなく。

 ダンジョンの壁一枚を余波だけで破壊、そこで止まった。

 

「ふぅ……あ……」

「ヘレネ!」

 

 この光景を生み出した犯人であるヘレネは力を使い切り、ふらりと体が倒れる。

 その体が地面に付く前に、カストルはダッシュでヘレネの体を支えた。

 

「まじか……」

「凄まじいな……」

 

 他の二人はこの光景に膝をつきながら呆然と呟く。

 なにせあのミノタウロス、その耐久は身にしみて知っている。

 それを"一撃"で倒す……なら、まだ理解できた。

 ()()()()()は流石におかしいだろう。

 二人してカストルが介抱するヘレネへ視線を向ける。

 

「ヘレネっ!?大丈夫!?」

 

 彼女は魔力切れか、カストルの呼びかけに答えずぐったりしている。

 よく見れば、あの一撃を放った右腕も形容したくないほど酷いことになっている。

 あの威力を出すためにはそれだけの代償が必要だった。

 しかし、だとしても、()()()

 千秋の口から頼もしいものだ、と呆れと感嘆の混ざった声が漏れた。

 

「カストル……?倒せた……?」

「う、うん!倒せたよ!だ、だからし、しっかり!?」

「あはは……これ、ただの魔力切れだからそんな焦らなくても……むしろカストルのほうが……」

 

 カストルの呼びかけにようやく答えたヘレネが最初に心配したのはミノタウロスを倒せたかどうかだった。

 しかし、カストルからすればそんなことよりヘレネの容体の方がよっぽど心配だった。

 そんな大焦りのカストルにヘレネは少し笑い、心配いらないと告げた。

 

「そ、そっか、良かった」

 

 ヘレネが大丈夫、ということを聞いてカストルは安堵の息を吐いた。

 すると体から力が抜けていく。

 気力だけで動いていた体に限界が来たのだ。

 立ち上がろうとして、立ち上がれない。

 

(もう無理……)

 

 ヘレネが無事だとわかって思わずカストルは気を抜いてしまう。

 

 ああ、しかし

 

 迷宮(ダンジョン)で気を抜いていい瞬間などあろうものか

 

「おいっ!カストルっ!」

 

 最初に気がついたのはルーガだった。

 動かないカストルとヘレネの元へ、キラーアントが現れたのだ。

 カストルが声に反応して後ろを振り向くが、既にキラーアントの牙はカストルに伸びていた。

 キラーアントの目とカストルの目が合う。

 

(あ、やば)

 

 平常なら、この瞬間からでも致命傷は避けられた。

 しかし、ミノタウロスとの戦いの中でカストルは既に体力を使い切ってしまっていた。

 カストルの中が絶望という感情で埋まる。

 

(せっかく生き残ったのに)

 

 そう思ったときだ。

 

 一陣の風と共にキラーアントは()()()()()

 

 その風の正体は一本の槍。

 キラーアントの甲殻を貫通してなお止まらないその槍は千秋の真横を通り抜けて、ダンジョンの壁に突き刺さることで止まった。

 

「すまないね、助けるのが遅くなってしまった」

 

 何が起こったのか理解できていない四人に、槍が飛んできた方から男の声が飛んでくる。

 その男は短い金髪で、とても()()()()()

 

 カストルはその男を見て目を見開き、呟いた。

 

「フィン・ディムナ……!」

 

 小人族(パルゥム)の英雄の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「レ ベ ル 2 だぁっー!!!!」

 

 レト様からステイタスの更新をしてもらったヘレネが叫ぶ。

 ミノタウロスを打倒し、【勇者(ブレイバー)】に出会った後。

 俺達はかの【ロキ・ファミリア】に護衛をしてもらい、【ディアンケヒト・ファミリア】で治療してもらった。

 有名どこの派閥に連続で関わることになったので少々目が回る。

 ちなみに全員大怪我をしており、治療していれば少なくない金が吹っ飛ぶところだったのだが、そこはなんと【ロキ・ファミリア】が持ってくれた。

 何故、【ロキ・ファミリア】がそこまでやるのか?その理由はミノタウロスが七層まで来てしまったのには【ロキ・ファミリア】が関わっていたかららしい。

 つまり、巻き込んでしまったからそのケジメというわけである。

 

 そうして、かの【戦場の聖女(デア・セイント)】に治療してもらった俺達はなんとか日帰りでファミリアのホームに帰ることができ、そして今に至る。

 

 ホームの中では数刻前までは全員と大怪我であったとは思えないほど騒がしかった。

 なにせ、ヘレネの言う通りついに【レト・ファミリア】にもLv.2が産まれたのだから。

 

 それもなんと数にして、()()

 

 そう、俺を除いた三人が同時にランクアップを果たしたのである。

 Lv.2三人、三人だ。ただの弱小ファミリアが一気に、上級冒険者を三人保有するファミリアへと化けたのだ。

 そりゃファミリアも大盛りあがりである。

 あの千秋ですら、少しテンションが高そうだ。

 

「今日はパーティーですね〜〜」

 

 俺達が死にかけたという話を聞いて顔をこわばらせていたレト様もこれにはにっこり笑顔を浮かべ、厨房へと向かっていった。

 レト様の本気の料理は凄まじいので、期待大である。

 

「二人もおめでとう!」

「はっ、当然だろ」

「……ああ」

 

 ヘレネがランクアップを成し遂げた二人を褒める。

 

 当然、その言葉は俺には向かない。

 当たり前だ、俺だけはランクアップしていないのだから。

 原因は明白、単純にステータス不足である。

 ランクアップには最低Dランクにどこかのステータスが到達していなければならない。

 しかし、俺の最高ステータスは本当にギリギリで届いていなかった。

 もし、一日でも早く今日の決断に至れていれば、そう思わざるには居られない。

 盛り上がる三人に、俺はほんの少し疎外感を感じていた。

 

 その時、ルーガがこちらを見た。

 彼は俺を見下していた。

 そして、言う。

 

「俺はLv.2になったわけだが、何か言うことがあんじゃねぇのか?」

「ちょっと、ルーガ!?」

 

 煽るようなルーガの言葉にヘレネが怒りの表情を浮かべる。

 それを、俺は制した。

 俺はルーガを、見下す眼の前の宿敵(ライバル)を見上げ、睨見つける。

 

「すぐに追いついてやるよ。首洗って待ってろ」

「はっ!随分と大言するじゃねぇか」

 

 ルーガが俺を鼻で笑う。

 それを見てまたヘレネが動こうとするが、今度は千秋が止めた。

 

「とっとと来い、待ってやるよ」

「はっ、すぐに追い抜いてやる」

 

 その会話はどこか懐かしかった。

 そう、俺が諦める前。

 諦める前はこんな会話をずっとしていたのだ。

 ずっと、喧嘩しあっていたのだ。

 俺達は睨み合いそして笑う。

 

 それを不思議そうに見ていたヘレネが突如言った。

 

「カストル……あれだね、格好良くなったね!」

「ふえっ!?」

「あ、可愛くなった」

 

 好きな人から不意打ち気味に褒められて俺の顔がぼふんっと爆発する。

 それを見てヘレネが笑う。

 その笑顔がまた、可愛らしくて……

 

「俺ちょっとトイレ行ってくる!」

「え、あ、うん?いってらっしゃーい」

「はぁ」

 

 俺はその場から逃げ出した。

 千秋のやつの溜め息がやけに耳響いた。

 

 

 

 

「レト様」

「あら〜カストル〜」

 

 トイレへの道中、レト様とすれ違った。

 彼女はこちらにその目を向ける。

 

「ふふ、ランクアップ出来なかったの、残念でした〜?」

「はい、でも、すぐに追いつきます」

 

 その質問に正直に答える。

 もう、嘘を付く気はなかった。

 

「カストル」

「はい」

「その服を着ているということは、そういうことってことでいいですかね〜?」

 

 レト様は俺に目を合わせて、問いかける。

 そう、俺は未だあのワンピースもウィッグも身に着けていた。

 それがなによりも、覚悟を決めたことへの証になるから

 

「はい」

 

 レト様の質問に頷く。

 

「嘘、ではないみたいですね?」

「はい、覚悟を決めました……俺は──」

 

 覚悟はもう決まった。

 逃げるつもりはない。

 小人族(パルゥム)だからって言い訳をするつもりはない。

 俺は決めたんだ。

 

 

「──英雄になります」

 

 

 英雄になる。

 それを聞いたレト様はニッコリと笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【ロキ・ファミリア】のホーム、黄昏の館。

 道化師の旗を掲げるその邸宅に迷宮(ダンジョン)からの遠征を終えた者たちが帰ってくる。

 

「──おっかえりぃいいいいいいいいいいいっ!」

 

 と、いきなり

 敷地内に足を踏み入れた瞬間現れた神が一人。

 彼女は男性陣には一切目を向けず、女性陣のもとへ飛び込むと叫ぶ。

 

「みんな無事やったかーっ!?うおーっ、寂しかったー!」

 

 そして、誰かに飛びつこうとするが、それを誰も彼も避ける避ける。

 

「え、ちょっ、きゃあー!?」

 

 そして、最終的に山吹色の髪を持つ一人の妖精が犠牲者となった。

 

「ロキ、今回の遠征での犠牲者はなしだ。到達階層も増やせなかったけどね。詳細は追って報告させてもらうよ」

「ん?……了解や。おかえりぃフィン」

「ああ。ただいま、ロキ」

 

 フィンの言葉にロキは本当に一瞬怪訝な顔を浮かべるものの、すぐさまその顔を戻すとフィンを出迎えた。

 そして、また女性陣にダル絡みに戻る。

 主神のセクハラなど慣れたものな【ロキ・ファミリア】はそれを華麗にスルーして遠征帰りの片付けを始めた。

 

 そうしてある程度片付けも終わってきたなか、女性陣にずっと絡んでいたロキが、フィンのとこに静かに近づいた。

 

「フィンいいことあったんか?嬉しげやな」

「……分かるかい?」

「まあ、うちと二人が分かるくらいやけどな。到達階層増やせたのかと思たら、そういうわけやないみたいやし何があったん?」

 

 フィン・ディムナは勇者である。

 そのため、常にポーカーフェイスを心がけているが、付き合いの長いロキにはバレていたようだ。

 先ほどの怪訝な顔はそういうことかとフィンは納得する 。

 

「……良さげな候補を見つけた」

「……マジ?」

本気(マジ)さ」

 

 フィンの言った言葉にロキは驚く。

 候補、それはフィンの婚約者のことである。

 フィンは小人族(パルゥム)の再興するためオラリオに訪れた。

 今の小人族(パルゥム)は落ちぶれている。

 小さな体は潜在能力は低く、英雄譚でも明確に小人族(パルゥム)の英雄譚は少ない。

 それに加え、フィアナ信仰も神時代の到来により喪われた。

 故に小人族(パルゥム)は落ちぶれた。

 

 だから、フィンは小人族(パルゥム)を再興することにこの身を捧げることに決めた。

 この世界の中心のオラリオにて、同族の旗印になるために。

 

 そして、そんな彼にとって一つ重要なことがあった。

 それが、婚約者探しだ。

 小人族(パルゥム)を再興するには、一瞬の栄光では足りない。

 

 ()()()が必要なのだ。

 

 それには、【勇者(ブレイバー)】の血を引いているのが望ましい。

 故に、婚約者。

 

 しかし、それはそう簡単なことではなかった。

 まず、婚約者は小人族(パルゥム)でなければならない。

 混血では同族の旗印になり得ないから。

 そして、なによりも、

 

 婚約者には、『勇気』が必要なのだ。

 【勇者(ブレイバー)】の隣に立つに相応しい

 一族を奮い立たせるような

 そんな『勇気』が必要なのだ。

 

 だから、ロキは驚いた。

 フィン・ディムナ、彼の隣に並ぶためのその条件はあまりにも厳しい。

 フィンのお目にかかるだけの小人族(パルゥム)がいる、その時点で驚愕ものなのである。

 

「……どんな子なん?」

 

 興味津々なロキの言葉にフィンは脳裏にあのときの光景を思い浮かべる。

 あのミノタウロスと、恐らくLv.2の美しい小人族(パルゥム)の少女が戦っていた。

 その光景に驚愕したのは言うまでもない。

 ミノタウロスはLv.2ですら命懸けの相手だ。。

 それに一人で向かい合ってる……それも小人族(パルゥム)が 直ぐ様助けようとして、止まった。

 

 理由は当然ある。

 まず、初めて見る小人族(パルゥム)の少女がどれほどのものか気になったから。

 フィンは目的のためできる限り小人族(パルゥム)の冒険者の情報を仕入れるようにしている。

 そんな彼が知らない、それもLv.2の冒険者。

 それに前述の通りフィンは婚約者を探している。

 そんなフィンにとってミノタウロスと相対できる小人族(パルゥム)がとれほどのものなのか気になるのは当然だった。

 

 そして、なにより、ここで助けるのは()()()()()()()

 

 『冒険者は冒険してはならない』

 

 フィンはこの言葉を肯定する。

 しかし、同時に否定もする。

 何故なら、冒険者は冒険しなければ強くなれないのだ。

  これは『神の恩恵』の仕組みが故だ。

 『神の恩恵』におけるステータスは戦い続けていれば勝手に上昇していく。

 だが、Lv.を上げるには厄介な条件がある。

 それが『偉業』 誰も真似できないような、達成困難な何かを達成する必要があるのだ。

 それがなければ冒険者は次のステージにあがることはない。

 そして、『偉業』というものは、冒険しなければきっかけすら得ることできないのである。

 それ故に、冒険者は冒険しなければならない。

 

 Lv.6という圧倒的なステータスを持つフィンがいれば最悪の状況は免れる。

 だから、フィンは彼女達の冒険を見守ることに決めた。

 そして、彼女達は見事『偉業』を成し遂げた。

 あのときの高揚感は記憶に新しい。

 フィンが忘れていた冒険者らしい冒険。

 そして、もう何年も探し見つからなかった婚約者の候補を見つけたこと 謎のモンスターにより遠征が失敗したことも吹き飛ぶほどだった。

 

「素晴らしい子だったよ……正直、これ以上の子が見つかる気がしない」

「ほぉ!そこまで言うんか!」

「ああ」

 

 ニヤけるロキにフィンは頷く。

 なにせ、あの『勇気』に加え外見までも完璧だった。

 長く金の髪を靡かせる彼女は、冒険者とは思えないほど可憐で、美しい。

 フィンとしては『勇気』さえあるのなら外見は二の次だが、それでも同族の旗印になるには美しいに越したことはない。

 

 それに……

 

 フィンは彼女達を護衛したときの会話を思い出す。

 傷だらけの彼女をポーションで治療し、先導してるさなか【勇者(ブレイバー)】に彼女は一度だけ話しかけてきた。

 

『あの、【勇者(ブレイバー)】さん』

『……どうしたんだい?』

『聞きたいことがあるんです』

 

 その会話で、フィンは彼女しかいないと確信した。

 その会話のさなかフィンは笑みを隠すことが出来なかった。

 なにせ、彼女はこう聞いてきたのだ。

 

小人族(パルゥム)でも、英雄になれると思いますか?』

 

 その質問にフィンはすぐさま答えられなかった。

 それは、その言葉を肯定できなかったからではない。

 眼の前の少女が、それを本気で言ってることが分かったからだ。

 その瞳、その可愛らしい外見に見合わない力強い瞳。

 その目はフィンの意志を吸い込んでいるかのように思えた。

 そして、フィンは彼女の質問に答える。

 

『ああ、なれる。小人族(パルゥム)でも英雄になれる』

 

 肯定、そのフィンの答えに彼女は少し胸を抑えフィンをさらに力強い目で見て、ありがとうございますとお礼を言うと自身のファミリアの元へ戻った。

 

 正直に言おう。

 

 ()()()()()()()()()()

 

 一族のための婚約者なんて、関係ない。

 目の前の彼女のその瞳に、惚れてしまった。

 

 そんなフィンにロキは尋ねる。

 

「ちなみに、なんて名前なん?」

「カストル、そう名乗ってたよ」

「ふむふむ、所属は?」

「"あの"【レト・ファミリア】だ」

「ま、まじ!?そんなん完璧やん……」

 

 フィンから告げられた神の名にロキは仰天する。

 レト、当然ロキはその神の名を知っている。

 そして、その神格も知っている。

 彼女は話が通じる神だ、つまりファミリア間の婚約という、通常疎まれる行為も二人が納得していれば間違いなく認められる。

 ロキからしても"持ってる"側故認め難い一面もある。が……それでも、ロキが認めざるを得ないようなそんな神だ。

 そんな彼女の子なら人格に問題あるわけがなく、ロキも安心して自分の子を預けることができる。

 これにはロキもニヤケを隠せない。

 なにせ、自分の子が目的に大きく近づいたのだから

 

 ただ、一つ大きな問題があるとすれば

 

(……何故、彼女のことを考えるとここまで親指が疼くのだろうか?)

 

 フィンの親指がやけに疼くことだった。

 凶兆を伝える彼の親指がやけに疼く。

 一体何故か?理由は分からない。

 今まで感じたことがないほど疼いていた。

 

 しかし、だからといって悲願のためにフィンが止まることはない。

 

 例え問題があろうと、フィンは悲願のためならその障壁を乗り越えるつもりだ。

 

 ……その障壁が、果たして乗り越えられるものなのかは置いとくことにしよう。

 

 そのことを知らないフィンに止まるという選択肢はないのだ。

 

「……楽しみだね」

「今、団長から変な匂いがした気が……」

 

 ブルッ

 

「カストル?どうしたの?」

「い、いや、なんか嫌な予感が」

 

  同時に体を震わした王子様とお姫様(偽)が出会うのはまた別のお話。

 

 

 

 





 ここまで読んで頂きありがとうございました!

 この小説は実はボツ予定のものをここまで書いてボツるのは流石にもったいなくね?ということで軽く纏めて投稿したものになります。
 なので本当はルーガと千秋に関してはもうちょい掘り下げるつもりでした。
 ちなみにボツ理由は思ったより文字数が膨れ上がって纏め切れなかったからです。

 ダンまちの二次創作は初めてだった(というか最近は二次創作もあんまりしてなかった)のですが、これが中々難しい。
 バトル描写もですが、特に詠唱ですよ詠唱。
 考えるの大変すぎる。これが書けるの本当に尊敬します。
 ですが、それはそれでとても良い経験になったと思います。
 改めて最後まで読んで頂きありがとうございました!
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総合評価:20848/評価:8.85/連載:18話/更新日時:2026年05月05日(火) 07:31 小説情報


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