たづな「経営難なのでトレーナーと一日デート券を発行します」 作:空見大
「せや、なんかそんなもんが最近広がってるらしい」
食堂の席を挟み向かい側。
いつもよりどこか慌ただしい周囲を眺めながらそんな事を口にしたタマモクロスだが、かくいう彼女もどこかそわそわしているように感じられる。
山盛りのカレーを前に手を止めることなく口に運びながら、オグリキャップはタマモクロスに対して疑問を投げかけた。
「タマは持ってるのか?」
「いんや、なんでもとんでもなく高いんやと。買えん額ちゃうけどG1レース半分の値段やっちゃう噂やで」
「そんなにか!」
金銭感覚にいくら疎いオグリでも、比較として出されるのがレースであればその価値は理解できる。
トレーナーと一日デートをする。
その為にそれだけの金額を払えるかと聞かれれば、正直オグリはなんとも言えなかった。
だがそれはタマモクロスから次の言葉を聞くまでの間の、刹那の逡巡にすぎない。
「せやろ? いくらトレーナーが恋人として扱ってくれてあれやこれやしてくれる言うてもなぁ……?」
照れくさそうにそんな事を口にしたタマモクロス。
付近では噂について本当なのか聞きたがっていたらしいウマ娘達の耳が、恋人扱いという言葉を聞いてピクピクと動くのが見て取れる。
恋人扱いで、なんでもしてくれる。
この言葉は恋するウマ娘にとってまさに劇薬だった。
学園内でチケットの噂がこれ程までに広まっている理由は間違いなくこれだろう。
どこまで入れ込むかはウマ娘次第ではあるが、少なくとも確実にトレーナーと甘い時間を過ごせると聞けば大体のウマ娘は揺らぐ。
そしてそれは普段恋愛ごとに興味がないと思われているオグリだって同じこと。
「そ、その恋人扱いというのはデートの間ずっと続くのか?」
「そりゃあ高い金出すんやからそうなんちゃうか? ただまぁ言うても所詮金で買った関係やで? あんまりに寂しいやろ」
「……本当にそうなのだろうか?」
現実的な言葉で切って捨てるタマモクロスに対し、オグリは食い下がる。
そんな彼女の姿がタマモクロスにしてみれば少し意外に映ったようだ。
怪訝そうな顔をする彼女の前で、オグリは自分の考えを続ける。
「きっとウマ娘もトレーナーも、お互いの立場や環境で本音を話せない事もある。だからそのチケットはきっと、そんな二人を少しだけ本音に近づけてくれる物なんじゃないのか?」
「随分とロマンチストやな。ほんならこのチケット、アンタにやるわ」
オグリならきっとそう言うと思って居たとばかりに、タマモクロスは机の上にチケットを置く。
ペラペラなただの一枚のチケット。
だがそれは周囲のウマ娘たちが求めてやまず、曖昧な入手方法にどぎまぎせずにはいられない宝。
「この前チケット配り歩いてるヤツにおうてな。初回無料体験っちゅうからなんの事か分からずに貰ったはええけど、ウチこういうの使うタイプちゃうしオグリにあげるわ」
「……いいのか? タマ。これを貰っても」
たとえお金が絡んでいなかったとしても、このチケットは大切なもののはずだ。
そんなものを貰って本当にいいのだろうか。
チケットとタマ、両方の間で視線を行き来させるオグリに対してタマは胸を叩いて応援する。
「ええちゅうてんねん。ウチもたまには友達のためになんかしてやりたいって思う事もあるっちゅうねん」
「――タマ!!」
「ちょ! 暑苦しいって! こんなとこで抱き着くなや!!」
感極まり抱き着くオグリだが、タマモクロスも口では嫌がっているようだが実際存外に嬉しそうである。
デート券は実在し恋人扱いされるという噂が本当である事。
チケットを配り歩いている謎の人物が居る事などの情報を聞いて周囲のウマ娘達が食堂を後にする中、二人は仲睦まじい時間を過ごすのであった。
▽△▽△▽△▽△▽△
そうしてその日の練習終わり。
夕方の練習場にあるのは肩で息を切らしながらしんどそうにしているオグリキャップと、その横で何やらデータを取っているトレーナーの姿である。
いつも通りの練習の風景であり、トレーナーもいつもと変わった様子はない。
チケットの話は既に学園中に広まっているので、知らないという事は内だろう。
いつも何を考えているのか分かりづらいトレーナーだが、そんなトレーナーに対してオグリキャップは一歩勇気を踏み出して言葉を紡ぐ。
「トレーナー。一日デート券というものは知っているか?」
「……ああ。トレーナー全員を集めて合同説明会があったからな。最後の走りが一瞬ぶれてたのはそれか?」
「そうなのかもしれない。私も意外と緊張しているのだな」
少し照れたような表情を見せながらも、オグリキャップは話を続ける。
「トレーナー、これを受け取ってもらえるか?」
オグリキャップが懐から取り出したのは昼にタマモクロスから貰ったトレーナーと一日デート券。
くしゃくしゃなその見た目からこのチケットを出すかどうか寸前までためらっていたことが読み取れる。
実際、彼女の胸中はいまも様々な思いが蠢いているのだろう。
「断る権利はこちらにはそもそも無いが、これは俺の意思で貰っておこう。これは買ったのか?」
「ありがとうトレーナー。タマから貰ったんだ、タマも誰かから貰ったらしい」
「そういえばこのチケット譲渡に関しての条件はないんだったな。アグネスタキオンのトレーナーがぼやいていたのを聞いた」
トレーナー同士、チケットについての情報交換は行っているようだ。
恋人にされるチケットなんて物が配られていたら、そうやって情報交換をするのは当然のことといえる。
「それでいまから明日のこの時間まで、俺は君の恋人としてそれなりの要求に答えるつもりだが、どうすれば?」
トレーナーにこの後の展開を聞かれ、オグリは予想外の言葉に固まってしまう。
彼女はてっきりチケットを渡せば良い感じに向こうからデートの手引きをされ、良い感じに楽しい時間を送り、良い感じに別れる流れになるのだとそう考えていた。
購入するチケットなのだからサービスが向こう側から提供されるだろうという無意識の考えがあったのだろうが、このチケットはその辺り特別な取り決めは存在しない。
迷った末にオグリが出した結論は、なんとも彼女らしいものであった。
「ト、トレーナーの手作りのご飯が食べたい」
▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△▽△
家庭科実習室。
普段ウマ娘達が授業で使っているそこは、料理をする為に一通り必要な物が揃っている。
学園内で料理をするのならここか学生寮かトレーナー寮のどこかになるわけで、一番間違いが起きなさそうなここを選んだのはオグリの意思でもあった。
椅子に腰をかけて料理している姿を興味深そうに見ているオグリに対して、トレーナーは下準備を行いながら言葉を投げかける。
「そう言えば連れて行くことはあっても、作ってやることはほとんど無かったな」
「……私は沢山食べるからな。仕方ないだろう。トレーナーには迷惑をかける」
燃費の悪さ、という点に関してオグリは自分でも少し気にしている。
食べることは好きだ。共に食べる相手がライバルや仲間だったら、ご飯はもっと美味しく感じられる。
ご飯を食べること自体は大好きだが、そんな大好きな行動でトレーナーに迷惑がかかってしまうことが彼女にとっては言いようのない違和感だった。
トレーナーからしてみればそれを含めて彼女の体調を管理するのが仕事。
割り切って言うのであれば、仕事なのだから迷惑だろうとなんだろうと解決して見せるのが彼にとっての使命だ。
だが、だから気にしませんなんて言えるウマ娘は少なくともトレセン学園には存在しない。
「俺はいまお前の恋人だ。だから素直に言うが、気にするな。自分が惚れ込んだ相手に頼られて嫌な男なんていない」
なんとも優しい言葉だ。
惚れ込んだ、と言う言葉に耳まで真っ赤にするオグリを置いて、トレーナーは言葉を続ける。
「オグリは良い子だ、我慢だってできる。だけど時には甘えることだって大事な行動だ。そもそもお前らはまだ大人に甘える年齢なんだしな」
大人と子供、その関係性は非常に明瞭だ。
何かしてあげなければならない、幸せに生きて欲しい、笑顔で暮らせるような環境を作ってあげたい。
父性や母性などと呼ばれるそれらは大人が子供に向ける物であり、トレセン学園のトレーナー達がウマ娘達に対して意識してかどうかは定かではないが、強く持っている物でもあった。
「私はまだ子供だ。でも後数年もすれば大人になる」
「そうだな。その時にどんな道をオグリが行くつもりなのかは知らねぇけど、俺ぁその背中を応援してやりたいと、そう思ってる」
「その時もあなたの横に、私はいられるのだろうか」
「……そりゃぁ、難しい質問だな」
ウマ娘の全盛期は短い。
全盛期を越えてしまったウマ娘はそこから停滞すればいい方で、衰退していくのが普通だ。
だから誰しもがこの学園生活に人生を捧げているのであり、一生でたった一度のチャンスをつかむために全力を賭けているのだ。
トレーナーはそんなウマ娘を応援するための仕事であり、全盛期を越えてしまったウマ娘につきっきりになるなんてことは殆どない。
もしそんなわがままを叶えたいのであればそれこそ特別な事例――学園を間に挟まなくても成立する様な愛情や特別な友情を構築できた場合にだけだろう。
遠回しに聞くべきだろうと考えオグリなりに頭をひねって出した質問は、直球ど真ん中でトレーナーに対して飛んでもない質問として飛び込んできていた。
「好きでソイツの横に居たって、いずれ別れなきゃいけない時も来る。お互いの環境がすれ違えば、それだけで生涯を誓った親友だって数ヶ月すれば顔見知りだ。そんな未来の事は確約してやれない」
「それはトレーナーとしての言葉か? それとも私の恋人としての言葉か」
上手くこれで誤魔化されてはくれないか。
そんな思いから発したトレーナーの言葉はオグリにはまるで効いていない。
彼女にとって大事なのはいまトレーナーの口から発せられている言葉が立場からくるものなのか本心からなのか。
そのどちらからやってきたのかというただその一点のみである。
栗毛の怪物の差し足はここだと見極めたチャンスを逃さない。
トレーナーとデートをすることが出来る、しかも恋人として?
そんなチャンスをオグリキャップというウマ娘は何が有っても見逃すことはない。
「トレーナーとしての言葉だ。……随分踏み込んでくるな」
「いまはチケットの効果時間中で、私とトレーナーは恋人だ。これくらい恋人だったら普通の会話だと聞いたぞ」
「誰に?」
「タマだ」
「……そうか。まぁそれはいい。少なくともその問題はまだ足を踏み入れるべきじゃない、早くてもトゥインクルシリーズが終わってからだ。ほら料理上がったぞ」
いいながらトレーナーの料理が机の上に並べられる。
好みを完全に把握されたうえで前妻として用意されたそれは、匂いも飾りつけも色合いもすべてが完璧にオグリキャップの為だけに整えられた食事だ。
今日突然提案されて作れるようなものではない。
かねてからこのような日が来ることを想定して準備をしてきたのだろう。
暖かい湯気が立ち上る料理を前にして手を合わせ、同じように目の前で頂きますと口にするトレーナーと共にご飯を口にする。
食べている間、会話はない。
それはそれは静かなもので、互いに先程までの会話の内容を頭の中で反芻しながら、どちらから言葉を繰り出すべきかと思案するそんな時間。
だが堪えきれなくなって言葉を発してしまうのはオグリキャップだ。
「美味しいな……それに暖かい」
「出来立てだからな」
「それもあるだろうが……トレーナーの心が感じられる。暖かいよ」
「………ったく、人の気も知らないで好き勝手言いやがって」
ご飯を作って、食べてもらって、雑談して。
そんなありふれた日常がどうにも心地よくて、今だけはとその心地良さに浸ってしまいそうになる。
だが一度これに浸って仕舞えば抜け出せないことは明白だ。
そういったことまで考えて、大人側の枷を外すためにあのチケットが存在したことは間違いない。
「オグリ」
「なんだトレーナー」
「……また、飯作ってやる」
こうして言うべきでないことを口にしてしまっている自分は、もう絆されてしまっているのだろうか。
そんな事を思うトレーナーの前で、オグリは心の底から満面の笑みを浮かべるのであった。
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