奴隷市場を壊滅させた翌日、ニーナは国境から数十キロ離れた村に潜伏していた。
村の酒場の片隅で地図を広げながら耳を澄ます彼女の表情は、いつものメスガキの顔とは違う。
「···そろそろ追っ手の1人や2人、来てもいいと思うんだけど、まだかなあ」
期待混じりに呟く声。
だがそこには、苛立ちと焦りも滲んでいた。
奴隷市場にいた帝国の技術士官を一方的に叩き潰し、地下施設ごと焼き払ったのだ。 それを見逃すほど、あの帝国が間抜けであるはずがない。
だが予想に反して何の反応もない。
帝国の追っ手どころか指名手配の情報も、まるで風の噂さえ届かない。
この村の人間の動きも至って普通だ。
「もしかしてさ、帝国って案外小心者だったり···いやいやいや♡」
ふるふると頭を振る。 違う。本来なら、ここからが“本番”になるはずだった。
奴隷市場を襲撃した報復として、帝国の軍勢に追い詰められ── 無様に抗い、壊される。
そのために暴れたというのに、何の反応もないなどということがあるだろうか?
「つまんない、なぁ···♡」
呟いた声は、ほんの少しだけ震えていた。
その夜。 ニーナは村の外れにある廃教会で休んでいた。 聖堂だった場所は既に崩れかけており、屋根の一部は星空を覗かせている。
だが、魔力を篭めた防御結界を張り巡らせれば、それなりに安全な拠点にはなる。
ニーナは祭壇跡に腰をかけ、持ってきた魔導端末──学院仕様の携行情報板を広げていた。
画面には、魔法学院での学生たちの行動記録、情報網、そして──学院の仲間たちの消息が映っていた。
「クレア···」
優しい彼女の事だ、きっと今もニーナの身を案じているだろう。
(···もうバレてるかな?)
突発的な外出を誤魔化すため、ニーナは魔導端末に退学届を偽装し、数日後に再提出されるよう時限魔術を組み込んでいた。
(本当にこんなことして···いいのかな)
心の奥で燻る後悔を、ニーナは振り払った。
「いいの。だってこれは、あたしにとって──」
──“生きる意味”だから。
翌日、ニーナはカルゼル近郊にある古代遺跡へと足を踏み入れていた。
この遺跡は帝国の軍が管理していた場所であり、今は封鎖されている。 だが、その地下深くにはロストテクノロジー──超古代文明の兵器が眠っている、という噂があった。
「ねぇ···ここに、いるんでしょ?♡」
小声で問いかけるように言いながら、ニーナは霊視の魔法を展開する。
古代言語で刻まれた魔力障壁、時間を無視して今なお稼働し続ける結界。 そのどれもが、現代の魔術師では解読不可能な構造をしていた。
ニーナにとってそれは“挑戦状”に等しかった。
(ここを超えた先に──あたしの望みを叶えるモノがあるかもしれない)
その希望だけを胸に、彼女は遺跡の奥へと進む。
霊視と解析魔術を同時展開しながら、ニーナは遺跡の最深部へと到達していた。
そこにあったのは、奇妙な“空白”──魔力の流れも、空気の動きも途絶えた、完全なる沈黙の空間。
だがその中心に、確かに“何か”がある。
「···これが、ロストテクノロジー」
無機質なクリスタルの殻に包まれた球体と、その中心に浮かぶ紅いコア。
ニーナは無意識に息を呑む。その造形に、得体の知れない高揚感を覚えた。
(このコアには、何が──)
彼女はそっと、手を伸ばした。
そして触れた瞬間──視界が真っ白に弾け、全身を衝撃が駆け抜けた。
ニーナが意識を取り戻したのは、僅か数秒後の事だった。
しかし額からは冷や汗が流れ、服の中は濡れるほどに汗ばんでいた。
喉はカラカラに乾いて、視界も揺れていた。
(···見た。いや、見せられた)
遺跡の装置は兵器ではなかった。
あれは記録媒体。
──古代戦争で使われた兵器と兵士たちの“死の記録”を封じたデータバンクだった。
無数の悲鳴、断末魔、敗北者たちの恐怖。
そして“絶望”。
それを一瞬で脳内に流し込まれた彼女は、まるで自分が何百回も殺されたかのような錯覚に陥っていた。
そしてその記録の最後、映っていたのは···おそらく、人間型の超古代兵器。
現代の魔法では太刀打ちできないだろう存在。
「いるんだ。ほんとに、あんな相手が···♡」
笑みがこぼれる。同時に、心の奥底から恐怖が這い上がってくるのを彼女は感じていた。
それでも、胸が高鳴る。
「絶対に会いに行く。今度こそちゃんと···」
◆◆
一方その頃、帝国軍司令部は彼女の潜伏を完全に把握していた。
「遺跡の記憶装置にアクセスした痕跡を確認。回収された魔力反応から推定すると···やはり“彼女”ですね」
「ルシフェルト学院所属、名はニーナ・フェルメリア。見た目はただのガキだな」
「···ホントに強いんです?」
「惑わされるな。単騎で王国騎士団に比肩する戦力を持つらしい」
「本当なら凄まじいですね···対応はどのように致しますか?」
「本部には報告済みだ。すでに『試作兵器セクター』が動いている」
その発言を皮切りに、軍内の空気が変わった。
「“アーク=ヘルヴィオン”。プロトタイプだが、どこまで
「“アレ”を起動するまでの、時間稼ぎくらいは出来るでしょうか」
◆◆
遺跡に侵入した翌朝、ニーナは廃教会を後にした。次の目的地は帝国の中枢部。
《中央研究区画・第零監察棟》──ロストテクノロジーの核心部が保管されている場所だ。
仲間にも、自分にも、嘘をついたまま。
どうしようもなく抗いたいという衝動に任せて、ひたすら歩き続ける。
あの時“何もできなかった”という過去。
遺跡の記録装置に触れた時から、ニーナの中の“快感”と“恐怖”が強く結びつき始めていた。
(でも、今はあの頃とは違う)
過去のトラウマから目を背けたまま、彼女は次の戦場へと向かった。