深淵を覗けるか   作:たぶん超新星

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出立

 カンッ、カンッと、石をたたく音が響く石切り場。

 

「フンッ、おいしょッ……ふぅ」

 

 切り出された重い石材を台車に乗せ、運んでいく。

 重労働ではあるが、幼いころからやっているためもう慣れた作業だ。

 俺の名はヴェロ。

 石工職人の息子として生まれた俺は、物心つくころには親父の仕事の手伝いで、この石切り場から石材を運搬する作業をさせられていた。

 好き好んでやっていることではないが、サボれば親父から飯抜きの刑に処されてしまうので、子供の俺に拒否権はなかった。

 もっとも、俺のように子供に働かせるのは、別に珍しいことではない。むしろ普通のことだ。

 そもそも、子供を作る目的だって労働力を増やすためみたいなところもあるしな。

 実際、俺と年の近い子供も何人か一緒に働かされている。

 とはいえ、キツイ作業であることに変わりない。

 汗だくになって台車を押し、石材の加工場所まで運んでいく。

 

「はぁ……はぁ……フンッ!」

 

 台車から石材を下ろし、 切り出された石材を積み上げていく。

 この作業腰に来るんだよな。

 

「お、ヴェロ、 今日もご苦労さん」

 

 作業していると、 後ろから声をかけられた。

 石材を管理する石工ギルドの職員だ。

 

「はぁ……どうも、お疲れ様です」

 

 少し息を整えてから返事を返す。

 普段はあちらから声をかけてくることなんてそんなにないんだが、珍しいな。

 

「なぁ、お前さん、確か今年で15だったよな?」

「はい、まぁ、昨日誕生日で15になりましたけど……」

「お、本当か?だったらよ、戦争に行かないといけねぇんじゃねぇか?」

「……え?」

 

 一瞬、言われた言葉の息が理解できなかった。

 戦争って……兵士になれとでもいうのか。

 

「どういうことですか?」

「昨日、領主様からお達しがあってな。徴兵の対象になる年齢が15歳に引き下げられるらしい」

「えぇ? あの、初耳なんですが」

「そりゃ昨日の今日だしな」

 

 俺が生まれた国、レルガノス王国は、8年ほど前から北にある大国、アルドメナス帝国から侵攻を受けていた。そして、俺の住むこの街、エルヴァは戦場も近く、戦争の影響をがっつり受けている街でもあった。

 以前までは18歳以上が徴兵対象だったが、戦争は時を経るごとに激化しており、いよいよ俺にもお鉢が回ってきたらしい。

 ……嫌だなぁ。

 

「あの、今からでもギルドに所属させてくれませんか」

 

 ギルドとは、職人たちの組合であり、相互扶助のための組織である。

 主に市場の独占、知識と技術の秘匿と独占、職人たちの仕事や利益を守る役割がある。

 そして、特定のギルドに所属しているものは徴兵の対象から外れることが出来、石工ギルドもその一つなのだ。

 

「残念、そりゃ無理だ」

 

 しかし、帰ってきた言葉は、無情にも否定の言葉だった。

 

「そんな、どうしてですか」

「似たようなこと考える奴が大勢出て徴兵で集まる人数が減らねぇように、しばらくギルドに加入させるなってお達しが来てるんだとよ」

「あー……」

 

 まぁ、そりゃそうだよな……。

 国としても少しでも多くの兵士が欲しいはずだ。

 それが減らないように先回りされたか。

 

「……こっそり入れてもらうことって出来ないんですか」

「は、無理に決まってんだろ。ギルドの監査部が見逃すはずがない。それに、ばれたらお前とお前を審査した奴が捕まっちまうし、誰もそんな危険な真似しようとは思わんだろ」

 

 監査部とは、ギルドの運営が適切に行われているかをギルドの内側から監視する組織だ。

 おかげでそう簡単に悪さができないようになっているため、大変ありがたい部門である。

 

「クソ、もっと早くギルドに入っていれば……」

 

 ギルドに加入するには、そのギルドの審査で一定以上の技能を収めており、信用できる人間だと判断され、加入料を支払ってギルド証を発行してもらうことで所属することが出来る。

 なぜ今まで加入していなかったのかといわれれば、金がないため加入料を支払えなかったから。それと、成人になっていなかったからだ。

 今まで働いてたのに何で金がないんだと思うかもしれないが、普通に無給労働だ。俺の稼ぎは親父の総取りである。

 ふざけんなとは思うが、俺が特別搾取されているというわけではなく、子供の扱いというのは大体こんなものである。何とも扱いが悪い。

 そして、成人になっていなかったからというのは、15歳、成人として扱われる年齢になってからギルドに加入するという慣例があるためだ。

 特に年齢制限などがあるわけではないが、職人の息子というのは大体それぐらいの年齢でギルドに加入することが多い

 金を借りて所属することも考えたが、成人になっていない俺がギルドの審査を通るかわからなかったため金を借りるのは保留にしていた。

 そもそも成人もしていない子供に金を貸してくれるとこなんてほとんどないけどな。

 

「15になったのは昨日なんだろ?なんですぐ加入しなかったんだよ。昨日ならまだギリギリ間に合ったかもしれないのに」

「金がなかったので」

「銀貨一枚もなかったのか?まぁ、お前の親父も浪費癖があるからなぁ」

 

 親父の稼ぎのほとんどは食費、酒、娼館通いで消えている。

 おかげでギルドに加入するための加入料、銀貨1枚が払えず、ギルドへの加入が延期になってしまった。

 ちくしょう、あのクソ親父め。

 

「でも、俺は一応長男ですし、徴兵は免除されるはずですよね」

 

 通常、家長とその長男はは徴兵の対象外だ。

 俺は一人っ子……つまり長男なので、徴兵の対象からは外れているはずだ。

 

「ああ、それな。いよいよ戦争が激化してきてるみたいで、ギルドに所属してない奴は長男だろうと戦場に送られることになったんだよ」

「マジか……まさか家長も?」

「いや、さすがに家長は徴兵対象外に決まってんだろ」

「さすがにか……」

 

 いや、だとしても長男まで徴兵の対象になされるなんて、そんなにこの国は追い込まれているのか。

 たしかに、最近は戦争の影響か物価も高騰してきているしな。

 商人ギルドが物価の高騰を抑えてくれているが、それでも食料などはなかなか手に入らなくなってきている。

 

「ま、こんな時代だしな。運が悪かったとあきらめてくれや」

「……はい」

 

 そんなわけで、戦争に行くことになった。

 

 

 ズタ袋に詰め込まれた荷物を確認する。

 革製の水筒、くたびれた服が数着、ボロボロの手拭、穴だらけの麻袋2枚、ところどころ結び合わせた長めの紐一本、わずかだが乾パンの非常食、これまでに拾い集めた銅貨13枚(すべて欠けたり曲がったりしている)、自分で作った刃渡り3cmの石のナイフ(切れ味最悪)。

 これが俺の全財産だ。

 ……改めてみてもしょぼい内容物だな。

 

「それじゃ、行ってきます」

「ああ」

 

 出立を告げると、ずいぶんと適当な返事が返ってきた。

 

「……もう会えないかもしれないのに、別れの言葉もなしか?」

「うるせぇな、さっさと行ってこい」

 

 親父は大して興味もなさそうな様子で、視線も合わせようとしれない。

 相変わらずの関心のなさだ。

 

「……はぁ、わかったよ」

 

 おざなりに言葉を返す親父に別れを告げる

 返事を返すのは、親父だけだ。

 母親は俺を生んで死んだらしく、兄弟もいないので、生れてこの方、親父と俺だけの2人暮らしだった。

 今まで、散々こき使われてきた。

 仕事は手伝わせられるし、家事は全部俺任せだし、飯も大した量を食わせてくれない。

 そのことにも不満がないわけではないが、別に普通のことでもある。

 ただ、飯が少ないのはいただけない。

 そもそも、親父の稼ぎが少ないのだ。

 石工ギルドに所属している親父は、ギルドから依頼される仕事を受けて稼いでいる。

 ギルドランクは最初は1から始まり、仕事をこなしたり技術が評価されることで上がっていく。

 大体、1,2が初心者、3,4が中級者、5,6が上級者、といった具合だ。

 そして、親父のギルドランクは3で、これは親父の年齢からすると低いランクである。

 親父の技量からすると、すぐにギルドランク4に上げることも可能だと思うのだが、めんどくさがって上げようとしない。

 ギルドランクが上がれば稼げる金も増えるのだが、やらなければいけない仕事や求められる技量も上がるので、それをめんどくさがっているのだ。

 確かに、ギルドランク3でも、2人で質素に暮らしていけるくらいの金は稼ぐことが出来るが、向上心のない親父に不満がないわけでもない。

 

(それでも、これでもう二度と会えないかもしれないと考えると、少しは寂しく感じるもんなんだな)

 

 お互い割と相手に関して無関心だが、それでも唯一の肉親、家族である。

 それなのにこんなにあっさりした別れだとは、なんというか……相変わらずだな。

 住み慣れた家を出る。

 街の職人街に位置する、一階建ての賃貸共同住宅で、職人ギルドに加入しているものは、家賃がギルドが負担してくれる。

 部屋は狭いが、職場も近く日当たりもいいので、居心地は悪くなかった。

 家から遠ざかるごとに、少しの不安を覚える。

 

(はぁ、これからどうなるんだろうな)

 

 俺が生まれた街、エルヴァは、戦場に近い街だ。

 北にある山脈から進軍してくるアルドメナス軍を食い止めている砦、オリドール城塞に近い街で、おそらく俺もそこに派兵されることになるだろう。

 激戦区のため、死亡率も高い。

 

(生き残れる気が全くしない)

 

 剣かくらいならしたことはあるが、武器を持って敵と戦うなんて経験はないし、そんな俺がまともに戦えるはずがない。

 それにアルドメナス軍には多数の魔術師がいて、強力な魔術で攻撃してくると聞くし、俺なんてあっさりと死んでしまいそうな気がする。

 

(いっそのこと逃げてしまおうかな……でも、逃げたところで行く場所なんてないしな……どうしよう)

 

そのような不安を抱えながら、重い足取りで新兵たちの集まる軍の兵舎へと向かった。




レルガノス王国
でかい山脈と湖に囲われた小国
アルドメナス帝国に領土を狙われている。
西にロズカル王国、北にアルドメナス帝国、南にアゾル湖という巨大な湖があり対岸にイズル共和国がある。
宗教色が強い国で、教会が強い力を持っている。
レクト人という人種が多い。

エルヴァ
人口 1万5千人
ヴェロの生まれた街。
城郭都市であり、交通の要所。
渓谷の谷間にある街で、中央に川が流れている。
大きな石切り場が近くにあり、石材の加工が盛ん。
レルガノスの北側のに位置しており、アルドメナスとの戦場も近い。
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