深淵を覗けるか   作:たぶん超新星

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門出

 早朝、俺がモロと家の外で作業していると、目を覚ましたリリカが家から出てきた。

 

「ふわぁ~、よく寝た……あら、あんたたちもう起きてたのね。おはよう」

「お、おはようございます……」

「ああ、おはよう」

「……あんたたち何作ってるの?」

 

 リリカは俺とモロの作業してる光景を見てそう聞いてきた。

 

「天幕を作ってるんだ。これで多少は風雨を防げる……かもしれないからな」

 

 天幕に使う布はモロが仕事の途中で村から集めてきた襤褸切れを縫い合わせたものだ。

 組み立てる棒は山から適当な長さの木の棒を持ってきて、両端に穴と凹凸を作って組み合わせるようになっている。

 完成したら三角形のワンポールテントみたいになる予定だ。

 ちなみに設計はモロだ。俺が作りたいって言ったら「わ、わかりました」といってすぐに作り始めてくれた。

 頭が上がらんな。

 

「ああ、昨日の夜何かやってると思ったら、それに使うための布を縫ってたのね。ねぇヴェロ、体拭きたいからお湯作ってよ」

「またか……いいけどね、どうせ俺も体拭くし……」

 

 リリカは俺が魔術でお湯を作れると聞いてから、こうして作ったお湯で体をふくのが日課になっていた。

 水の入った桶に対して魔術を行使する。

 魔術で生成してあった水を【イグニッション】で温める簡単な作業だ。

 魔術によって水が温められ、しだいに水面から湯気が立ち上ってきた。

 

「……こんなもんでいいか。ほら、できたぞ」

「ありがとう、助かるわ。それにしても便利なものよね、魔術って」

「まぁな」

 

 実際便利だ。

 水も村の井戸が遠いので、俺の魔術で作った水を使うことの方が多いしな。

 火も、別に魔術を使わなくても作れなくはないが特に道具がなくてもすぐ使えるし、水を温めるのに薪が必要ないのも大きい。

 

「……ねぇ、今度鳥を飼育してるレンツさんから卵貰ってくるから、ゆで卵作ってよ」

「マジで? 持ってきてくれるならいくらでも作るぞ」

 

 その夜、リリカが持ってきた卵をおいしくいただいた。

 ……塩が貴重なせいで使えなかったため、ちょっと味気なかったけどな。

 

 

 村に滞在してもう70日程が経過していた。

 リリカはほとんど毎晩俺たちのところへ来ていた。

 俺たちは寝る前にいろんな話をした。

 

「エドってほんとに美形よね。ファマル人って美形が多いんでしょ? アルドメナスではみんなそうなの?」

「さぁ、どうだろうね。あまり意識したことがないから何とも言えないかな。でも、リリカがほめてくれるのはうれしいよ」

 

 エドもすっかり気を許しているようだ。

 

「タロも集落では農業やってたのよね?どんな風にやってたの?」

「こことそんなに変わらねぇよ。でも、播種のやり方が少し違ったかな」

「ぼ、ぼくらのところでは、一つの畑でかなりの数の種を撒いてましたね」

「そうなの?ねぇ、もう少し詳しく教えて?」

 

 最初はそっけなかったタロも、接し方に戸惑っていたモロもすっかりなついてしまった。

 とんでもない対人能力の高さだ。

 俺もかなりほだされている自覚はある。

 

「そういえば、最近は雪が降ることも少なくなってきたね」

「ああ、そういえばそうだな」

 

 ふと、天候の話題が出てきた。

 エドの言葉に俺も頷く。

 

「寒さのピークももう過ぎただろう。もう少ししたらこの村を出ようか」

「そっか……、この家も結構居心地よかったから、離れるとなると少し寂しいね」

「ああ、雨風しのげる拠点っていうのは素晴らしいな」

 

 山にいたときは当然のように野ざらしだったからな。

 一応対策としてモロとテントを作ったが、どれぐらい役に立ってくれるかな。

 

「ねぇ、みんな」

 

 出発の準備も進めないとと考えていると、リリカが全員に呼びかけてきた。

 

「どうした?」

「私も、連れて行ってほしい」

「はぁ?」

 

 突然何言いだしてんだこいつ。

 もともと村の外に興味を持ってはいたが、まさかついて来ようとするとは。

 ……いや、うすうすそんなことを言い出すんじゃないかと考えたことはあった。こいつの好奇心はかなりのものだからな。

 だが、今までそんなことは言い出さなかったし、そういうそぶりもなかった。

 

「……一応、理由を聞いておこうか」

「……私、この村から出たいのよ。きっとここであなたたちについていかなかったら、たぶん一生この村にいることになると思うから」

「そこまでして村から出たいのか?」

 

 この村も悪くないと思うのだが。

 少なくとも俺たちと旅するよりは生活も安定しているし、安全だ。

 

「だって退屈じゃない」

「はぁ?そんな理由かよ。旅行じゃないんだぞ、俺たちの旅は」

 

 普通そんな理由で旅立とうとするか?

 

「わかってるわよ。私は本気で、この村を出たいの」

「だからって、暇つぶしに付き合わされても迷惑だぞ」

「ううん、それだけじゃないわ。ねぇヴェロ、この村には二つのものがないの。何かわかる」

 

 リリカの問いかけに少し考える。

 2つのものねぇ……さっぱり分からんな。

 

「……さぁ、なんだろ。劇場とかか?」

「違うわ。夢と希望よ!」

「はぁ……?」

 

 また妙なことを言い出したな。

 

「この村ではどうやって生きてどうやって死ぬか、全部決まってるのよ。村の誰もがそう。みんなが望んで、みんなから望まれて、その通りに生きてるの。ここではそれが普通で、私にはそれが窮屈だった。……この前、村の若い男たちが戦争に行ったとき、正直羨ましいと思ったわ。村の外に出られるから」

 

 リリカは真剣な表情で語る。

 確かに、思い付きで言っているわけでもなさそうだ。

 

「それに、こんなことを言い出したのはあんたたちの影響もあるのよ?」

「俺たちの?」

「私が毎晩泊りに来てたのに、手を出してこなかったじゃない」

「お前……狭い家だし、子供もいるのにそんなことするわけないだろ」

 

 逆にそうじゃなかったら俺の理性が持たなかった可能性もある。

 

「でも、近くで寝ても体とかまったく触ってこなかったじゃない。もしかして男の方が好きとか?」

「え、ヴェロ……」

「違う。エド、そんなわけないからな」

「必死に否定してるところが逆に怪しいわね」

「うるさい」

 

 俺は普通に女の方が好きだからな。

 妙な言いがかりはやめてもらおうか。

 

「話を戻すが、手を出さなかったことがお前がついて来ようとすることとどう関係するんだ」

「……だって、私のことを性奴隷扱いするようなやつとはさすがについていきたいとは思わないもの」

「性奴隷って……」

「あんたたちも最初に言ってたじゃない。女が男の寝床に不用意に近づいたら危ないって。私だって当然考えてたわよ。でも、ヴェロとエドは私を襲わなかった」

「そんなこと、絶対しないよ」

 

 エドはきっぱりと否定した。

 

「ふふ、紳士なのね。でもそれはあんたたちが特別なのよ。戦争に行った子たちはみんな、私にがっついてきたもの」

「それ、今みたいに泊りに行って思わせぶりなことでも言ったんじゃないのか? あんまりいじめてやるなよ」

 

 そんなの俺でも普通に手が出るぞ。

 

「とにかく、しばらく一緒に過ごして人となりもわかった。あんたたちはいいやつよ。だから一緒に行きたいと思ったの」

「……本気なんだな」

 

 でもこいつ、結構勢いで話を進めるときがあるからな。

 

「親にはなんて言ってるんだ? 反対してないのか?」

「言ってないわよ。絶対止められるもの」

 

 ほら見たことか、やっぱりダメじゃん。

 

「何も言わずに出ていくつもりか?」

「……申し訳ないって気持ちもあるわよ。お父さんのことも好きだし。でも、だからってこのままこの村にいるのは耐えられないの」

「……耐えられない、か」

 

 俺は親との仲は微妙だったから何とも言えないが、親の反対を押し切ってまで村を出たいのか。

 まぁ、そういうやつもいるだろう。

 だがなぁ……。

 

「連れてくかどうかは別の話だ。さっきも言ったが遊びじゃないからな。足手まといを連れてくわけにはいかない」

「絶対役に立って見せるわ。足を引っ張ったら置いて行ってもいいわよ」

「そんなわけにいくかよ」

「……ヴェロ、僕は連れて行ってもいいと思うよ」

「エド?」

 

 まさかここでエドがリリカの同行に賛成するとは。

 

「この村に来てからほとんどの間、リリカとは一緒にいたから人となりはわかってるし、女の子だけど十分ついてこられるだけの体力もある。きっと大丈夫だよ」

「お前……いつの間にかリリカのことを呼び捨てにして……」

「そ、それは今はいいだろ」

 

 本当に、ずいぶん仲が深まっていたようだ。

 

「お前らはどうだ」

 

 他の三人にもどう思っているか聞いてみる。

 

「俺は別にいいぞ。そいつの気持ちもわかるからな」

「ぼ、ぼくは、一緒に来てくれるなら、うれしいけど」

「わたしも、一緒だと嬉しい」

 

 おおむね肯定的な意見だ。

 まぁ村に滞在してる間ほぼ毎日一緒に寝ていたし、いつの間にかなじんでいたからな。

 これもリリカの人好きのする性格が故なのだろうか。

 

「それに、リリカは魔法も使えるんだろ。なんかの役に立つんじゃねぇか?」

「ああ、そういや言ってたな。使ってるとこ見たことないけど」

 

 タロの言葉に、確かにそのような話をしていたことを思い出す。

 一度も使っているところを見ていないので全然印象になかったが。

 

「どんなんだったか、もう一度教えてくれないか?」

「わかったわ。でも、まともに使えないのよ。使おうとしたら倒れちゃうから。……あ、でも、一回だけ成功したことがあったわ」

「なに? どんな効果だったんだ?」

「詳しくはわからないわ。その時はネズミに使ったんだけど、あまり反応とかなかったし。でも、しばらくしたら急に動かなくなって死んじゃったわ」

「なるほど、小さい動物ならかけられるのか」

 

 しかも、死んだということは致死性の呪術ということだ。

 ……かなり強力な呪術じゃないか?

 人間相手だと使えないらしいが、俺の【スリープ】も似たようなものだしな。

 

「でも、この魔法を使おうとしてるときは、なんとなく生き物の位置がわかるの」

「ん?どういうことだ?」

「えーと、魔法を使おうとしてるときは、使う相手の位置がなんとなくわかるの。目を閉じてても使えるのよ」

「マジで?」

 

 俺の呪術は対象が視認できていないと使えないのだが。

 個人によって差があるのだろうか。

 

「ちなみに、有効範囲は?」

「そうねぇ」

 

 リリカは立ち上がると、家を出て俺から距離を取るように離れていき、少し離れたところで立ち止まった。

 

「大体これくらい!」

 

 距離は、だいたい20mに届かないくらいか。

 でも、約20mくらいの距離の生物を索敵できると……。

 

「滅茶苦茶有用じゃないか!」

「本当に? じゃあ、連れて行ってくれる?」

「ああ、是非来てくれ」

「やったー!」

 

 

 村に滞在して86日が経過していた。

 既に雪が降ることもなくなり、まだ肌寒いがもうすぐ木にも花が咲き始める季節だ。

 出発するにはいい時期だ。

 俺たちは既に、何日も前から準備を進めていた。

 

「食料よし、水よし、服よし、天幕よし、槍と盾よし、石のナイフよし。うん、問題ないな」

 

 天幕も村中のぼろきれをかき集めて何とか完成した。

 

「お前らも準備はいいな」

 

 仲間の様子を見ると、すでに荷物をまとめて支度はできているようだった。

 まあ、もともと荷物なんてそんなになかったし、準備するものもないだろうが。

 

「僕たちはいつでも行けるよ。村の人たちにも挨拶は済ませたしね」

 

 村の人たちには、俺たちが村を出ることを伝えてある。

 ここの人たちはよそ者であった俺たちを受け入れてくれたので感謝している。

 世話になった村長や近所の人たちには選別として干し肉を提供した。

 たいしてうまくもないだろうが、今の俺にできるせめてもの礼だ。

 ここを出ていくことを伝えたときは少し寂しそうにしていたが、まあもともと冬の間だけの滞在だと伝えてあったしな。

 それでも別れを惜しんでくれるのはうれしかったが。

 

「私も準備できてるわよ」

 

 俺たちの中には背負子を背負ったリリカの姿もあった。

 いつも農作業をする作業着ではなく、登山用のすらっとした服装をしている。

 

「本当に村を出るんだな。後悔しないか?」

「うん、もう決めたことだから」

「そうか。家族に別れの挨拶は?」

「するわけないじゃない。怒られちゃうし、引き留められるもの。勝手にいなくなるのは申し訳なく思ってるけどね」

 

 そういってリリカはバツの悪そうな顔をした。

 村を出たがっていたが、一応気まずさは感じているらしい。

 それでもやめようとはしないようだが。

 

「それじゃ、出発するか」

 

 この村での居心地はよかったが、ずっとここにいるわけにはいかない。

 徴兵されてしまうからな。

 名残惜しいが、仕方ない。

 こうして俺たちは村を出た。

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