また襲撃があるかも、と思ったが、結局オルドール城塞に着くまで襲撃はなかった。
「はぁ……ようやくついた……」
重い荷物を下ろしたせいか、妙に体がふわふわしているように感じる。
これまで生きてきた15年の中で、一番きつい経験だったかもしれない。
疲労困憊だし、何をする気にもならない。
だが、明日には戦場に出る予定だ。
(……逃げれるかな)
ふと、逃げ出すことを考えてしまう。
今は城塞の中だが、見張りが立っているため容易に抜け出せない。
当たり前だが、勝手に逃亡するのは重罪だ。
見つかれば普通に殺される。
(……無理か)
今も城塞内を兵士が巡回しているはずだし、そもそも逃げたところで行き場所なんてない。
それに、一人で逃げたところで、すぐに行き倒れて野垂れ死にしそうだ。
(……アホなこと考えてないで、さっさと寝るか)
疲れから猛烈な眠気を感じ、そのまま眠りに落ちた。
■
翌日。
いよいよ戦場に出る時が来てしまった。
今は城塞の前門に、他の兵士たちとともに整列している。
装備は、布地が厚い半袖の服を支給されたが、武器は相変わらずの貧弱装備のままだ。
不安しかない。
「恐れることは無い! 我らには神のご加護がある!」
整列した兵士たちの前で、教会の偉い司祭様が演説している。
教会には奇跡とよばれる魔法の使い手たちが多く所属している。
その奇跡によってアルドメナスの魔術師たちに対抗していると聞いたことがある。
「これより、奇跡によって皆に神の加護を授ける!」
司祭様の言葉の後、教会の修道服を着た者たちが前に出てきて、こちらに掌を向ける。
その手から白い光が放たれ、兵士たちを包み込んでいった。
「【アロー・プロテクション】」
「【アプリフティング】」
「【スタミナ・ブースト】」
「【バイタリティ】」
「【フレイム・レジスタンス】」
複数の奇跡の光が体を包み込むと、全身から活力が沸き上がり、気分が高揚する。
(すごい、これが奇跡の力か)
奇跡。
教会の教えでは、神に祈りをささげることによって授かることのできる力とされている。
もっとも、そこまで信心深くない俺でも、一応奇跡を使うことが出来るので本当かどうか疑わしいが、その力は本物だ。
俺と同じように、他の兵士たちもどよめいている。
奇跡の行使が終わり、教会の奇跡使いたちが下がると、入れ替わるように別の者、立派な鎧に身を包んだ騎士風の男が前に出てくる。
「これより、我々は攻めてくる外敵、アルドメナス軍との戦闘を行うことになる。やつらは強力な魔術を使って攻めてくるが、案ずることは無い。皆は神の加護によって守護されている。我らに仇名す彼奴らに、神に祝福されし我らの力を知らしめるのだ!」
「「「ウオオオオオオ!!!」」」
雄たけびが上がる。
士気は高い。
俺もその熱気につられて、気分が高揚していく。
確かに、奇跡の力は強力だ。
大国であるアルドメナスに対抗できているのもうなづける。
(これなら、何とかなるかもしれない)
そんな希望を胸に、開かれた城門から出撃した。
■
城塞の真正面、アルドメナスの軍勢が目の前に迫っている。
「恐れるな! 我らには神のご加護がある! 殲滅せよ!」
俺たちの役目は、城塞の上からの弓による射撃や奇跡による遠隔攻撃をかいくぐって来たアルドメナス軍を食い止めることだ。
城塞の真正面という一番攻撃が集中する場所のため、激しい戦火にさらされている。
頭上から降り注ぐ矢は、事前にかけられた矢除けの奇跡によって防げているが、魔術による攻撃は防げない。
今も、魔術であろう炎の塊がこちらに向かって飛んできていた。
「【バリア】!」
後ろに控えている奇跡使いによる防御。
透明の障壁が空中に現れ、敵の魔術を防ぐ。
敵の攻撃魔術を防ぐため、こちらには一定間隔で攻撃を防ぐための奇跡使いが配備されていた。
そうでなければ一瞬でこちらの戦線は食い破られて劣勢になっていただろう。
正直めちゃくちゃ頼りになる。帰ったら教会にお布施しよう。あまり金持ってないけど。
そんなことを考えていると、いよいよ俺の目の前に敵兵が迫って来る。
味方の兵たちとともに盾と槍を構えて、敵軍と激突した。
(こ、怖い、し、死ぬ、絶対死ぬ)
内心で弱音を吐き散らしながら、涙目で盾を構える。
奇跡によって恐怖が軽減されていなければ、情けない悲鳴を上げて小便を漏らしていたかもしれない。
目の前の敵兵が持つ槍の穂先が「ガスッ」という音を立てて盾をかすめた。
「いひぃ!? こ、この、クソがァ!」
「ギャア!?」
何とか一撃を防ぐと、そのまま接近してきた相手の顔面に、こちらの盾を叩き込んだ。
衝撃で敵が体勢を崩す。
「オラァ!」
隙を見逃さず、槍を短く持って突き出す。
狙いは首、太い血管を狙って突き刺す。
穂先は狙い通り相手の首に突き刺さり、引き抜くと傷口から血か溢れた。
「ガッ!? ……ァ……」
首を刺された敵兵は力が抜けていくように、こちらに倒れこんで行く。
「よ、よし、一人やったぞ!」
人を刺した感触に嫌な手ごたえを感じながらも、初めて戦場に出たことと初めての戦闘で興奮し、思わず口角を上げた。
すぐに次の敵を……と、次の敵に狙いを付けようとしたとき、ふいに不自然な魔力の流れを感じた。
とっさに、考えるより先に体が姿勢を低くする。
「え?」
突然、何かがはじけたような音がする。
次の瞬間、強烈な熱と衝撃で意識が飛んだ。
■
「う……あ?」
意識を取り戻してあたりを見回すと、地面が黒く焦げて、敵味方の死体があちこちに転がっていた。
一瞬、意識が飛んでいたようだ。
俺の腹の上にも、俺が顔面を貫いた敵兵の死体が転がっている。
焼けているのか焦げ臭いにおいまでした。
(今のは魔術か? アドルメナスの兵もいたのに、もろとも吹っ飛ばすなんて……)
「痛い……」
上に載っている敵兵の死体をどかしながら、体の状態を確認しつつ上体を起こし、状況を確認する。
(こいつのおかげで助かったのか?なんか焦げ臭いし……)
先ほどの爆発。
とっさに身をかがめたことで、うまい具合に敵兵の体が盾となり、かろうじて生き残ることが出来たようだ。
だが、無傷とはいかなかった。
右手と右足に酷い火傷を負ってしまったようで、文字通り焼けるようなひりついた痛みが走る。
左足も痛い、こちらは血が流れている。
確認すると、何かの破片で斬れたような切り傷があった。
だが、それでもなんとか生きている。運がよかったな。
(て、やばい!)
すぐに敵軍の増援が攻めてくるのが見える。
こっちは先ほどの魔術による爆発で壊滅状態だ。
他にも生き残っている奴もいるが、重症を負っているのかすぐには動けないようだ。
俺自身も負傷しているものの、なんとか動ける。
すぐにこの場を離れないと。
「ハーッハハハハ! どうだ! ステージ2の冒険者様の力はよぉ!」
移動しようとしたその時、嫌に響き渡る高笑いの声が、戦場に響き渡る。
(だ、だれだ?)
視線を向けると、特徴的な装備をした白髪の男が立っていた。
兵士や騎士とも違う、どこか傭兵のような出で立ちだ。
おそらく、先ほどの魔術を放ったのはあの男だろう。
と、じろじろと観察してしまったせいか、目が合ってしまう。
「ん? 生き残りがいるじゃんか。俺の魔術で死なねぇとは、運がいい」
「やっば」
見つかった。
またあの魔術が来る。
急いで立ち上がり、いつでも動けるように身構える。
すぐに、先ほどと同じような魔力の流れを感じ取り、発動される前に転がるように回避行動をとる。
「ぼん」
「あっづ!?」
再びの爆発。
衝撃に巻き込まれて吹っ飛ばされるが、事前に回避行動をとっていたおかげか、それとも奇跡による防護のおかげか、着ていた服の背中が焦げてしまったものの、何とか回避した。
「な、なんだ、今の……」
今、奇妙な感じがした。
爆発の炎が、見えなかったのだ。
(なんだ今の、見えない爆発? それがあいつの魔術なのか?)
熱も音も衝撃も確かに感じたのに、目には見えなかった。
あんなの、魔力が感知できなければ避けようがない。
「……避けたな? 今の動き、明らかに俺の魔術を感知してよけていた。さてはお前、魔術が使えるんだろ」
確かに、俺は魔術を使える。
だが、そのことは誰にも言ったことは無い。
気づかれた……いや、向こうは俺が魔力を感知して魔術をよけるところしか見ていないはずだ。
魔力とは、俺が魔術を使えるようになる前、体内に感じ取ることのできた不可思議な何かだ。
魔術を使う時や、奇跡を使う時に消費されるような感覚があるため、魔法を使うための力ということで、魔力と名付けた。
あいつは、俺が魔力を感知して攻撃をよけたところを見て、魔術が使えるといった。
つまり、魔力を感知できるものは、皆魔術を使えるということなのだろうか。
俺の魔術は完全に独学なので、詳しいことはわからないのだ。
「……」
「おーい、こっちが聞いてやってんだから、さっさと答えろや」
高圧的な物言いだ。
こちらを完全に舐めている。
実際、相当な実力差があるのだろう。
ここは適当に会話して、時間を稼ぐべきだろうか。
「……そうだ。俺は魔術が使える」
「へぇ、どんな魔術なのかな?」
「教えると思うのか?」
「思わないねぇ。ま、どうでもいいか。どうせ今から殺すからな」
やばい、大して時間を稼げなかった。
またあの爆発の魔術が来る。
「次は、もっと派手に焦がしてやるよ」
その宣言の後、魔力が俺の周囲に渦を巻くように蠢いた。
(な、なんだよこの規模……絶対にヤバい)
さっきの爆発でもよけるのはぎりぎりだったのに、こんな規模の魔術、避けようがない。
これを食らったら、ひとたまりもないだろう。
「し、死んだ……」
思わず絶望し、天を仰ぎそうになったその時だった。
「はあああ!」
鎧を着た騎士が颯爽と現れ、白髪の魔術師に斬りかかった
「うおっと、聖騎士のお出ましか」
教会の象徴となる、特徴的な紋章の意匠が刻まれたマントをたなびかせた騎士、聖騎士だ。
教会の持つ最高戦力。
複数の高位の奇跡を扱い高い戦闘能力を持つ騎士で、並みの騎士の10人分の強さを持っていると聞いたことがある。
「【ホーリー・ピラー】!」
2人目の聖騎士も現れ、光の柱のような奇跡で白髪の魔術師を攻撃する。
白髪の魔術師は、奇跡の攻撃が来ることがわかっていたかのように、余裕を持って回避した。
「おっと、2人目……て、女かよ」
声からして、女の聖騎士のようだ。
「ぬううぅん!」
「うわ、3人目も来やがったよ。こっちはでか物だな」
三人目の聖騎士も現れた。
大楯とメイスを持った大柄の聖騎士だ。
白髪の魔術師が、奇跡をかわした隙を追撃する。
三人がかりで攻め込んでいるが、白髪の魔術師は、余裕の表情でひらりひらりと攻撃をかわす。
「【フレイムレス・ボム】」
「ぐあ!?」
「ぐっ!?」
「ぬぉッ!?」
発動した魔術に、3人の聖騎士たちが吹き飛ばされた。
信じられない、聖騎士三人相手に、圧倒するなんて。
「その力……貴様、冒険者か」
「ご名答。これがダンジョンで鍛えられた力ってやつさ。うらやましいだろう?」
「……チッ、厄介な」
聖騎士たちは相手の力量に攻めあぐね居ていた。
(冒険者? あいつが、冒険者ってやつなのか……)
冒険者。
確か、迷宮都市レキシアだけの固有の職業だったはずだ。
ダンジョンとよばれる異界を探索し、魔石を採集する職業だと聞いたことがある。
(クソ、なんで冒険者がこんなところに……)
大人しくダンジョンに潜っていればいいのに、なんでこんな戦場に出てきてるんだ。
「お前ら、俺ばっか相手にしてていいのか?」
白髪の魔術師が背後を指し示すと、こちらに向かってくるアルドメナスの軍勢が見えた。
(ここにいたらまずい)
すぐにここから移動しなければ。
それに、左足の傷も深く、血が大量に流れている。
急いで治療しなければまずいだろう。
(後ろに下がって、城塞内に逃げ込むか?)
中に入れば、待機している治療師たちが、回復の奇跡で治療してくれるだろう。
だが、傷が治れば再びこの戦場に戻ってくることになる。
周囲にいる味方は大勢倒れ、聖騎士が3人がかりでも倒せない冒険者の魔術師までいる。
今だ敵の軍勢は多く、どう見てもこちらが劣勢だ。
こんな戦場で戦っていたら、命がいくらあっても足りないだろう。
「……よし、逃げよう」
俺は勇気の敵前逃亡を開始した。
■
「はっ、はっ、はっ、はっ」
戦場になっていたのは山脈の谷間のため、脇道にまっすぐ行けばすぐに山の中に逃げ込める。
火傷による手足の痛みを必死にこらえながら、敵軍から逃げるように、俺は森に逃げ込んだ。
だが、レルガノスの軍もアルドメナスの軍も、脇から攻撃されないために山の斜面にも部隊を展開している。
(それを抜けなきゃ逃亡はできない)
このまますたこらさっさと逃げることはできない。
だからといって打開策なんて何も思いつかない。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
息切れの音が、耳にうるさく響く。
(どうする? どうすればいい?)
ぐるぐると思考は回れど、解決策は思いつかない。
興奮状態のせいか重症のはずなのにそれを無視して体は疾走する。
しかし、体は動くが頭はうまく動いてはくれない。
(息が切れて、頭にぼーっとしてるからかな。もうちょっと体力鍛えておけばよかったかな)
こんな時だというのに、関係ないことばかりが頭に浮かんだ。
木々の間を縫うように走っている、とレルガノスの兵の姿が現れる。
「止まれ!」
警告を受け、一瞬立ち止まる。
しかし、後ろを振り返るとアルドメナスの軍の姿が見えた。
(逃げた俺を追ってきたのか?)
後ろからは敵軍、前方には友軍だが、逃亡してきたし、おとなしく逃がしてはくれないだろう。
普通に近づいたら攻撃される。
(このままじゃ挟み撃ちだ)
絶体絶命。
だが、立ち止まっても死ぬだけ。
だったら……。
(突っ切るしかない)
俺は正面の元友軍に向かってまっすぐに駆けた。
「抗戦の意思ありとみなす!守護の加護、【プロテクション】!」
なにか、ちょっといい装備のやつが守護の奇跡を使いながら抜剣する。
山の中だからか騎士みたいな板金の装備はしてないが、装備には教会の意匠が刻まれている。
たぶん聖騎士だ。
(クソ、なんでこんなところに)
教会が持つ最高戦力。
高い戦闘力を持ち、高位の奇跡を扱う騎士。
だが、こっちは素通りするつもりだから関係ない。
このまま脇を抜けさせてもらう。
「ハァッ!」
「グェ!?」
すり抜けようとしたが、剣による斬撃が腹に叩き込まれた。
全然避けられなかったが、腹にひもで括り付けていた木の板に阻まれて、かろうじて致命傷を防いだ。
だが、勢いで吹っ飛ばされる。
「グハッ! っく……」
「む、腹に何か仕込んでいたか。だがこれで終いだ」
再び攻撃が来る。
腹に来た衝撃で悶絶してすぐに動けない。
(ヤバい、死ぬ)
痛みにうずくまりながら、死を覚悟した。
だがその前に、聖騎士に向かって矢が飛来した。
「く、アルドメナスの兵か」
周囲に幾人もの姿が現れる。
アルドメナスの兵たちだ。
(結構数が多い。追ってきていたやつらとは別?全然気配なんてなかったのに、いったいどうやって隠れて……いや、そんなことより今逃げなきゃ殺される)
聖騎士はアルドメナスの兵達にかかりきりだ。
何とか立ち上がり、逃走を再開する。
両軍が争う乱戦の中、俺は這う這うの体で逃げ出した。
魔術
マナとよばれる特殊なエネルギーを使って超常現象を起こす術。
誰でも習得可能だが使えるようになるまでの期間が長く生涯習得しないものも多い。
発動に詠唱は必要ない。
属性とかもない。