深淵を覗けるか   作:たぶん超新星

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更新再開します。


小手先の戦い

 山の中を傭兵から逃げるように走っていたリケリアは、ある程度ヴェロのいた場所から距離を取ったところで足を止めた。もうすぐ追いつかれそうだし、十分に離れたと判断したからだ。

 

「もう逃げるのはやめたのか?」

 

 足を止めたリケリアに傭兵が声をかける。

 

「………ええ、あなたをここで倒すことにしたので」

 

 追ってきていた傭兵にそう告げる。

 そして、持っていたショートソードを構えた。

 

「やめとけ、嬢ちゃんには無理だ」

 

 戦闘態勢を整えたリケリアを前にしても、相川ら女優の態度。

 完全にこちらをなめている。

 それだけ自分の力量に自信があるのだろう。

 ……こちらの力量がそれだけ不足しているというのもあるだろうが。

 

(でも、その油断が好機です)

 

 一瞬のスキをついて、致命傷を与える……なんてことは最初から考えていない。

 勝ち目がないことくらい、最初から分かっている。

 私の役目は時間を稼ぐことだ。

 

(できるだけ粘って、決着を引き延ばす)

 

 シルヴァ―ナにいたころ、護身用として習った剣術を思い出す。

 私が習ったのは、基本的に相手を制圧する技ではなく、攻撃を防いで身を守るすべだった。

 攻撃をかわす足さばきも、攻撃をいなす剣さばきも、時間を稼ぐにはちょうどいい。

 

「かかってきなさい。相手をしてあげます」

「……フーン? 意外と様になってるじゃねぇか。でもなぁ」

 

 あえて強い言葉を使い、恐怖で折れそうになる心を奮い立たせる。

 

「震えてるぜ? お前の剣先がよ。ビビってんのがバレバレだ」

「っ……」

 

 そう言って笑う傭兵。

 相手の言う通りだ。

 どれだけ気丈にふるまっても、恐怖に震える体をごまかすことはできなかった。

 

「……へ、完全に待ちの姿勢か。いいぜ、遊んでやるよ……フン!」

「くっ!」

 

 勢いよく切り付けてくる横薙ぎの斬撃を一歩引いて躱す。

 相手の剣はこちらのショートソードよりも長い。

 距離を離せば、こちらが一方的に攻撃を受けてしまうだろう。

 もっと近い間合いで戦うか?

 いや、力で劣る私が不用意に近づくべきではないだろう。

 

「ほらよ!」

「っ……く……」

 

 続けて放たれる突きの刺突を、構えた剣の切っ先でそらして防ぐ。

 僅かに腕にかすり、少し血が流れた。

 ほんの一瞬の攻防。

 だというのに、緊張からか、それとも極度に集中しているからか、精神の疲労が肉体にも及ぶほどにかかっていた。

 

「はぁ……はぁ……」

「意外と動けるみてぇだな。基礎ぐらいはできているらしい。だが」

 

 傭兵の切り込み。

 今度は強烈な踏み込みとともに殴りつけるような強い斬撃が襲ってきた。

 

「う、きゃあ!」

「力が弱けりゃ意味ねぇんだよぉ!」

 

 何とか剣で攻撃を受けることが出来たものの、一瞬で体勢を崩される。

 後ろに下がって衝撃を抑えようとするが、あまりの勢いに大きく後退してしまい、背後の木に背中を打ち付けてしまった。

 

「ぐ、うぅ……」

 

 あの傭兵の言う通りだ。

 多少の心得があったところで、体格も筋力も負けていては、単純な力押しでも勝敗がついてしまう。

 それを覆すには、よほど隔絶した技量が必要になるだろう。

 

「そんなもんねぇだろ? あきらめろって」

「……まだ、あきらめるわけにはいきません」

 

 手がしびれ、体が震えて、心に弱気が差し込んでくる。

 それでも、まだ諦める気にはならなかった。

 きっと、ヴェロ達がまた助けに来てくれると信じているから。

 だからそれまで、少しでも長く時間を稼がないと……。

 

「俺、聞き分けのない女って嫌いなんだよね」

 

 傭兵は不機嫌そうな声でそういうと、私に向かって攻撃する。

 

「ぐぅ!?」

「ほらほらほらぁ! どうしたどうした! 受けてるだけかぁ!?」

 

 力任せの攻撃を剣で何とか防御する。

 強い衝撃で手がしびれて剣を手放してしまいそうだし、木があるせいで後ろに下がれない。

 このままでは長く持たないだろう。

 ここでは不利だと判断して、姿勢を低くして転がるように横に避けた。

 

「オラァ!」

「グェッ!? ゲホッ、ゴホッ」

 

 転がった後、すぐに体勢を立て直そうとした瞬間、腹に強烈なケリが入る。

 厚い靴のつま先が鳩尾に突き刺さり、呼吸が出来なくなってしまう。

 

「ッ……ぁっ……」

「隙だらけだぜ、お嬢ちゃん。ほら、のんきに寝てんじゃねぇぞ」

「ガッ、ギッ!?」

 

 蹴られた痛みですぐに立ち上がれず、倒れてうずくまる私に、さらに追撃が入る。

 傭兵は何度も腹を蹴り上げてきた。

 とても痛い。

 多分、肋骨も何本かおられている気がする。

 

「うぅ、ゴホッ、おぇ……ゲボッ、おえぇ……!」

「うわ、こいつゲロ吐きやがった。最悪だなお前」

 

 口に胃液の酸っぱくて不快な感触が広がる。

 おなかが痛い。すごく痛くて動けない。

 呼吸がまともにできず息もできない。

 痛くて苦しい。

 

「はぁあ、こいつをさっきの場所まで持ってかなきゃいけねぇのか?めんどくせぇな……」

 

 髪をつかまれ、無理やり上体を起こされる。

 

「おーい、聞こえますかー」

「ぁぐ、うぁ……」

「なぁ、自分で立って歩いてくれよ。引きずっていくのも面倒だからさぁ」

「う……ひぐっ……」

「あーあ、泣いちゃった」

 

 怖い。

 以前盗賊にさらわれたときも、ここまで激しく暴力を振るわれたことは無かった。

 多少は殴られはしたものの、言う通りにしていればこんな……ここまで必要に痛めつけられることは無かったのだ。

 

(助けて……誰か……)

 

 思わず心が折れそうになる……いや、きっともう折れていた。

 抵抗する気力もなくなり、もう自分で立つこともできなくなって、されるがままだった。

 私にできたのは、ただ、この暴力が終わることを祈りながら、心の中で助けを求めることだけだった。

 その時。

 

「うひゃあ!? な、なんだぁ!?」

「うぐっ!」

 

 突然、髪が離され、そのまま体を支えられずに地面に倒れ伏す。

 傭兵は首や背中の何かを払い落とすかのような動きを見せた。

 

「は、はぁ、なんだ、虫か?驚かせやがって……」

「あ、あの……リケリアさんを、話してください」

「あぁ? 誰だお前」

 

 傭兵の背後に、背の低い子供が一人。

 モロが立っていた。

 そんな、どうしてここに……まさか、私を助けに?

 

「モ……ロ……。にげ、て……」

 

 私の代わりに、モロが危険な目にあってしまうなんて、看過できない。

 自分一人なら耐えればいい。

 でも、他の誰かがひどい目に合うなんて耐えられない。

 

「知り合いなのか。……まさか、お前か? 俺に虫を投げつけてきたのは」

「……そ、そうだったら、どうします?」

「ぶっ殺すに決まってんだろ。お前は殺すの確定だな」

「ひ、ひぃ……!」

 

 モロは傭兵から距離を取るように駆けだす。

 

「チッ、待ちやがれ!」

 

 そのあとをすぐに傭兵が追いかけていった。

 

「だめ……モロ……」

 

 だめだ、このままではモロが殺されてしまう。

 まって……助けないと……。

 そう思うが、地面に倒れたまま体が動かない。

 その場で動けずにいる私に、誰かが近寄って来る。

 

「リケリア、大丈夫!?」

「……え、リリカ、さん?」

 

 動けないに私にリリカが駆け寄ってきた。

 一体どこから……いや、そもそもどうしてここにいるのだろう。

 

「ここから離れるわよ。すぐに傭兵が折ってくるかもしれない」

「で、でも、モロさんが……」

「あいつはあんな奴に捕まんないわよ。いいから、行くわよ」

 

 痛みをこらえながら、リリカに支えられて引きずられるように移動する。

 ……なんだか、無性に情けない気持ちになって来た。

 リリカが無事ということは、きっと、そっちはうまく切り抜けたのだろう。

 それに比べて私は……。

 

「リケリアはここで休んでて。私はヴェロを見てくる」

「リリカさん一人で、ですか?そんなの、無茶ですよ」

「でも、このままじゃ、きっとヴェロは死ぬわ。エドたちが来るまで、何とか時間を稼がないと」

「……わ、私も、一緒に……」

「リケリアは今は動けないでしょ。いいからじっとしてて」

 

 確かに、リリカの言う通り、蹴られたおなかの痛みがひどくて歩くことさえままならない。

 完全に役立たずだ。

 

「……ごめんなさい。私、お役にな手ませんでした……」

 

 満足に時間を稼ぐこともできず、モロを危険にさらしてしまい、リリカにも助けられてしまった。

 情けなさで、思わず涙がこぼれてしまった。

 

「ちょ、ちょっと、こんな時に泣かないでよ」

「す、すみません……」

「……ああ、もう! 本当に気にしなくていいから、じっとしてるのよ! 絶対後で助けに来るから」

 

 リリカはそういって、私を置いてヴェロの方に去っていった。

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