「ヴェロさんは、どうして魔術が使いたいんですか?」
休息しながらエドの回復を待っていると、そのようなことを聞いてきた。
「そりゃ、使えたらいろいろ便利だろう?」
「それはそうですけど……でも、魔術を使えるようになるには結構時間がかかりますよ」
確かに、すぐに使えるようになるものではないのだろう。
俺が魔術を覚えたときも、使えるようになるまで5年くらいかかったしな。
「一応、俺は既に魔術が使えるぞ」
「え、そうなんですか?」
魔術を教えてほしいと頼んだから、俺が魔術を使えないと思っていたのだろう。
確かに、レクト人で魔術を使う人は少ない。
少なくとも俺は自分以外に魔術を使える奴は見たことがない。
奇跡の方に比重を置いているせいだろうか。街の教会も立派なものが立っていたし。
だからといって、使える人間がいないわけではないはずなんだけどな。
「小さいころから練習したんだよ」
「確かに、子供のころから教育すれば覚えやすいとは言われてますけど、だれかから教わったんですか?」
「いや、独学」
「……本当ですか? よくそれで魔術が使えるようになりましたね」
「まぁな」
ちょっと照れながら答える。
今まで誰にも言ったことなかったからな。
余計な面倒ごとを避けるためだったが、正直自慢したいのを我慢していた。
まぁ、そんな大した魔術でもないんだけどな。
「一応、ちゃんと使えてるか見せてもらえませんか?」
「わかった」
俺は早速、魔術を披露するために革袋の水筒を取り出す。
「それは何に使うんです?」
「まあ見てな」
落ち着いて体内の魔力を感じ取る。
俺にとって魔力は、熱くもなく冷たくもない熱、のような感覚だ。
言ってて意味不明だが、感覚的なものだからな。あえて表現するなら、なんとなくそんな感じがするってだけだ。
そして、感じ取った魔力を操作し、あたりに広げていく。
広がった魔力は、俺の思念に従って少しづつ変質していく。
ちなみに、俺が魔術を発動するまでにかかる時間は5分ほどだ。
奇跡を使う時の更に5倍である。クッソ遅い。
「……まだ、発動しないんですか?」
「ああ、もう少しかかる」
「そ、それはその、なんというか……」
「やっぱり遅いか?」
「……まぁ、そうですね……」
やはり俺の魔術の発動は遅いらしい。
そりゃそうだよな、戦場にいた魔術師たちはポンポン魔術を撃ってきていたし。
そして待つこと5分、ようやく魔術の発動準備が整った。
「【エクストラクション・ウォーター】」
魔術を発動すると、俺の思念によって空間に広げた魔力が変質していき、物体へと干渉する力場となる。
空気中の水分に干渉し、抽出、集中していき、持っていた革袋の水筒の中に水が溜まっていく。
【エクストラクション・ウォーター】は、空気中の水分を抽出し、水を生成することのできる魔術だ。
周囲の水分を集めているだけなので一回で100mlくらいしか水が作れないし、湿度の高い日はもう少し量が増え、逆に乾燥してる日はもっと少なくなるなど、あまり安定しない魔術だ。
この革の水筒の容量は500mlで、満タンにするなら場所を変えて何回か魔術を使う必要がある。
「……どうよ」
ちゃぷちゃぷと、わずかに水のたまった革の水筒を揺らしながら、エドに問いかける。
「水を作る魔術、ですか?」
「そうだ」
「その水、時間経過で消えたりは?」
「しないし、普通に飲める」
「……すごいですね。魔術で飲める水が作れるなんて」
「え、何が?」
水を作る魔術なんてありふれているだろうと勝手に思っていたのだが、違うのだろうか。
「魔術で作る水って、基本は水みたいに変質させたマナなんですよ」
「マナ?」
聞きなれない単語に疑問を挟む。
「ええと、魔術を使うための燃料の呼称です。アルドメナスではマナとよばれていました」
魔術を使うための燃料……魔力のことか。
どうやら、俺が勝手に魔力と呼称していたものは、アルドメナスではマナとよばれているらしい。
「魔術で作った水というのは、大抵はマナに水のような性質を持たせているだけなんですよね。なので、本物の水ではありません。時間がたてば元のマナに戻って、消えてしまいます。でも、ヴェロさんの魔術は、本物の水を生成している。結構珍しい魔術だと思いますよ」
「マジかよ。俺って結構すごいやつだったんだな」
「あはは、そうですね。ただ……」
「ただ?」
言いよどむエドに俺は先を促す。
「魔術を行使する速度はかなり遅いですね。アルドメナスの魔術学院だったら、余裕で落第すると思います」
「そうか……」
しょぼい魔術なのに、発動に五分もかかるのはやはり遅いようだ。
「練習すれば早くなるかな」
「ある程度は。でも、魔術は生来の才能が左右する要素が大きいですからね。限界はありますよ」
「マジか……何とかならないかものかな」
「一応、杖のような補助具を使えば、発動が早くなりますよ」
「魔術師の杖ってやつか。ちょっとほしいな」
「かなり高価ですけどね。なかなか手に入りませんよ」
「それは残念だ」
当分、この発動の遅さは改善しないらしい。
「エドの方はどんな魔術を使えるんだ?」
「僕が使えるのは、付与魔術とよばれる系統の魔術です。覚えてる魔術は、身体能力を向上させる【エンハンス・フィジカル】と、武器の攻撃力を上げる【ウェポン・リーンフォース】の二つです」
身体強化と武器強化か。
強そうな魔術だ。
「俺にも使えるかな」
「う~ん、人によって適性もあるので何とも言えないですね。使えるようになるかはわかりませんよ」
「やってみないと分からないか。まあダメもとだし。無理なら仕方ない」
魔術は才能の世界のようだ。
俺もいろんな魔術を使えるようになりたくて練習してんだけどな。
魔力……マナの変質というか、変換が上手くいかない。
ままならないものだな。
「それでヴェロさん」
「呼び捨てでいいぞ。年も近そうだし」
「そうですかね? 何歳なんです?」
「15だ」
「僕は14です。一つ年上だったんですね。もう少し年上な雰囲気だったんですけど」
どうやらエドは1つ年下だったらしい。
身長は同じくらいだけどな。
「それで、ヴェロ。これからどうするんです?」
「直近の目標は、飯を調達することだな」
「それはまあ、死活問題ですね。なにか手はあるんですか?」
「一応、考えてることはある。うまくいくかはまだ分からないけどな」
正直不安しかない。
だが、できなかったら待ち受ける未来は飢え死にだ。
無理だろうと何だろうと、やるしかないだろう。
■
頭上の木の枝に、鳥が止まっている。
街の中でも見かけたことのある鳥だ。
「こんな山奥にもいるのか」
山奥でも、結構頻繁に見かけるな。
さて、あの鳥を狩猟して今日の飯にしたいところだが、木に登って捕まえに行っても逃げられるだけだろう。
投石すれば撃ち落とせるだろうか。
「……無理だろうな」
鳥が止まっている木の枝は、俺からギリギリ10m以内の距離だ。
俺の投石はそこまで命中率が高くはないし、当たっても撃ち落とせる威力が出るかはわからない。
じゃあ狩猟できないだろうと思うが、一応考えている方法はある。
「よし、やるか」
意識を集中して、術を構築する。
魔術でもなく奇跡でもない。
呪術だ。
ちなみに発動まで3分かかる。
魔術よりはましだが、やっぱり遅い。
少しづつ、俺の体を巡る魔力、アルドメナスではマナとよばれるものが少しずつ変化していく。
変容し、変質し、体に溶け込み同化し、体のどこでもない場所が熱を持つような不思議な感覚とともに、呪術を発動するのに必要な何かが生まれていくのを感じる。
そして3分が経過し、呪術の発動準備が整った。
「【スリープ】」
身体から、マナとともに何かが抜けていく感覚と同時に、呪術を発動する。
枝に止まっていた鳥が突然意識を失ったかのように落下した。
すぐに落下した鳥に駆け寄って、捕まえる。
「よし、食料確保」
これが俺の狩猟方法、対象を眠らせる呪術、【スリープ】だ。
最大射程は10mいかないくらいだが、調子がいい時は10mを超えるときもあってあまり安定しない。
だが、範囲内で視認さえできていれば、必ず呪術をかけることが出来る。
あと、使いすぎると貧血みたいな症状が出るので、使う時に血も減っているかもしれない。
さらに、対象を眠らせることのできるこの呪術だが、実は人間相手ではほとんど効果がなく、せいぜいわずかな眠気を覚えさせるくらいだ。
犬や猫にも試したが人間同様に効果が薄く、ネズミや鳥のような小動物なら完全に眠らせることが出来る。
習得してからほとんど役に立つ機会がなかったこの呪術だが、鳥を捕まえる分には役に立つようだ。
山の中なら鳥なんていくらでもいるが、捕まえるにも弓もないし、投石も満足にできない。
だが、呪術なら必中だし、小動物ならほぼ確定で眠らせることが出来る。
さて。
「鳥って、どうやって捌いたらいいんだ?」
鳥の解体なんてやったことないんだが。
■
「とりあえず、こんなもんでいいだろ……うえ、手が血だらけだ」
狩猟した鳥は、持っていた石のナイフをエドの魔術で強化してもらってから首を落として血抜きし、羽を毟り、腹を斬り開いて内臓を取り出した。
ちなみに骨はついたままだ。取り除き方が分からなかった。
本当は内臓も食いたかったのだが、処理の仕方がわからなかったので、今回は手を付けないことにした。
「結構大変だったな」
小さい鳥なのに、大変な作業だった。
解体に石のナイフを使ったからだろうか。エドの魔術で強化してもらったとはいえ、もともとの切れ味は最悪だからな。
でも、俺の槍やエドの剣はあまり使いたくない。今はろくに整備もできないので、大事に使っていきたい。
解体した鳥は、この状態になると、割と食える部分が少なく感じる。
「これで、後は焼くだけでいいのか?」
「さぁ、僕も鳥の解体なんてやったことないのでわかりませんが……でも、焼くにしても、火はどうするんですか?」
「任せろ。着火の魔術が使える」
「へぇ、着火ですか。二つ目の魔術も覚えていたんですね」
適当に拾った枝で焚き木を作り、魔術を使う。
「……やっぱり、発動するの遅いですね」
「うるさい」
たっぷり五分かけて用意した魔術を発動した。
「【イグニッション】」
発動した魔術によって木の枝が発火し燃え広がる。
鳥を適当に切り分けて木の枝に突き刺し、火にかざした。
「珍しい魔術ですね。魔術で火を作るんじゃなくて、木から発火させるなんて」
「そうか?どっちの方が簡単なんだろうな」
「さぁ、それはわかりませんが、人によると思いますよ」
魔術の火も魔術の水みたいに偽物の火なのだろうか。
想像つかないな。
「それにしても、この鳥は呪術で取ってきたといってましたよね。どんなのが使えるんですか?」
「一つだけだよ。相手を眠らせるやつだ」
「どうやって使うんですか?」
「うーん、なんか体の中のマナと一体になる感じで、使う時にそれがごっそり持ってかれるような感じだな」
「……なんだかよくわからないですけど、それって大丈夫なんですか?」
「さぁな。まぁ、俺も使う時ちょっとふらっとするんだよな。使いすぎると貧血っぽくなるし」
正直使い勝手は悪い。
実際これまでほとんど役に立ったことは無かったからな。
「でも、効果は強力そうですよね」
「そうでもない。小動物以外が相手だと効果が薄いんだ。同じ人間に使ってもちょっと眠気を覚える程度だった。それに射程も10mくらいしかないし発動に3分かかる」
「たしかに使い勝手は悪そうですけど、鳥を捕まえたじゃないですか。弓や魔術も使わずに、十分すごいですよ」
「そうか? ……そうかなぁ……」
どんなものも使いようがあるってことなんだろうか。
これで人間にも十分な効果があるなら文句なかったんだけどな。
「僕でも使えますかね」
「興味あるのか? 術を習得したときの感覚は奇跡を覚えたときに似てたが」
「奇跡ですか。それも、どうやって覚えるんですか?」
「協会では神に祈りを捧げるとかどうとか言われてたな。神様にお祈りすれば習得できるって言われてた。どこまで本当かどうか知らないけどな。俺の場合は心を無にして自分の存在を希薄にしていくんだ。だんだん世界に溶け込んでいくような気がしてきて、そのうち自分の中に何かが流れ込む感覚が来て、そうしたら奇跡が習得できた」
「……説明を聞いても、理解できませんね」
「こればっかりは感覚だからな。でも、確かに魔術よりかわかりにくいかもな」
俺も最初は祈祷ってなんやねんって状態だったからな。
瞑想してたらたまたまうまくいったってだけだ。運がよかった。
「呪術の習得も奇跡みたいに祈るんですか?」
「いや、祈らない。逆に自分の感情を爆発させるんだ。だんだん感情に指向性が付くようになって、それが呪術としてそのうち形になる」
「……やっぱりよくわからないですね」
正直、俺もなんで使えてるのかうまく説明できない。
でも使えるんだよな。
そうこう言っているうちに鳥の肉が焼けてきた。
小さいから焼けるのも早い。
「そろそろいいか……ほら、お前も食え」
焼けた鳥肉の1つを、エドの方に差し出す。
「……いいんですか?」
「ああ。早く食ってその怪我を早く治せ。重傷だし、食わなきゃ治らないだろう」
エドは腹に切り傷を負っている。
内臓までは届いていないが、その傷は結構深い。
「……ありがとうございます」
エドはおとなしく、俺から鶏肉を受け取った。
さて、早速食べることにしよう。
「あぐ」
鶏肉にかぶりつく。
ほんの少し香ばしい匂いで、味は淡白で悪くない。
ただ、悪くはないが……なんだか物足りないな。
「せめて、塩があればなぁ」
「確かに、そうですね……」
量も少ないし、あんまり腹は膨れないな……。
【エンハンス・フィジカル】
身体能力を強化する。
筋力、敏捷、耐久の全てが強化される。
強化の強さ、強化する部位、持続時間は調整可能。
強化しすぎると反動で肉体が損傷することもあるため注意が必要。
【ウェポン・リーンフォース】
武器を強化する。
武器の攻撃力、耐久力が上昇する。
概念的な強化を行うため、剣なら切れ味が、棍棒なら打撃が強化される。
盾や防具にも使用できるがあまり効果はない。