初めての山での生活は意外と順調だった。
魔術によって容易に水を確保できるし、食料の方も、鳥を捕まえることで、今のところ何とかなっている。
魔術と呪術を覚えていなかったら、早々に餓死していたんじゃないだろうか。
街にいたころは、それほど役に立ったことは無かったのに、ここまで活躍することになるとは思わなかった。
エドの回復を待ちながらの生活は、もう2日目だ。
山での生活は楽じゃない。
だが、街にいたころと違って仕事があるわけではないため、ずいぶん気楽だった。
「鳥を捕まえてきた」
「2羽も捕まえてるじゃないですか。さすがですね」
1羽は燻製肉にでもしてみようかな。
「……すみません。僕、あまり役に立てていないですよね」
と、急にエドがしおらしい態度でそんなことを言い出した。
「そんなことは無いだろ。だいぶ心強いぞ」
「ですが、ヴェロに頼りきりですし……」
「それは、怪我してるんだから仕方ないだろ。気にしてるんだったら、早くその怪我を治せ」
「……そうですね」
確かに、現状エドは俺に頼りきりの状態だ。
怪我をしているから仕方ないのだが、気にするなといっても難しいだろうな。
捕まえてきた鳥を解体しながら、どうしたものか考えてみる。
「……そうだ。魔術について教えてくれよ」
もともと、エドを助けたのは魔術の知識が欲しかったからだ。
俺は独学で魔術を習得したので、魔術に関して詳しい知識を持っていないからな。
「そういえば、出会ったときも、魔術を教えてほしいといってましたね」
「ああ、頼む」
「もちろん、かまいませんよ。まぁ、僕も又聞きの知識になりますけどね」
エドは魔術について、基本的なことの説明を始めた。
「魔術というのは、マナに干渉して、マナを別の形に変換するものです」
「マナを変換か……なぁ、そもそもマナってのは、一体何なんだ?」
「マナは、あらゆる場所に存在する、目に見えない何かです。人の思考、思念によってさまざまなものに変換される、不思議な存在です。僕たちの体の中にもあるんですよ」
「ふーん」
目に見えない何か、ねぇ。
「マナが変換するものは大きく分けて3系統に分類されているんです。1つは水や石などの物質に変換する万象変換。これらは本物ではなくマナの見た目と性質を変化させただけなので、しばらくすれば元のマナに戻ります」
「ああ、それで最初、俺の作った水が消えないか聞いてきたのか」
「はい、そうですね」
「それにしても、変化ねぇ。どういう仕組みなんだろうな」
「さあ、そこまでは僕もわかりません。マナがそういう性質を持ったものだとしか」
なんにでも変化する代わりに、時間制限がある。
それが万象変換というものらしい。
「それに、魔術で作った物質は、本物とはいろいろ違っていたりもしますしね」
「本物と違う?」
「はい。例えば、魔術で作った水は、本物と違って沸騰しなかったりすることがあります」
「することがありますって、ちゃんと沸騰する場合もあるのか。どういう違いなんだ」
「魔術を発動している人が想像する水が生み出される、ということです。この世界に存在しない、未知の物質も作れるのが、万象変換の最大の魅力ですね」
「なんだよそれ、何でもありってことか?」
例えば、光る石とか、燃える水などの、この世に存在しない物質も作れるのだろうか。
滅茶苦茶だな。
「そうですね。人の想像できるものなら、何でも作れると思います。まぁ、未知の物質を1から想像するのは、なかなか難しいみたいですけどね。それに、限界もあります」
「限界?」
「作り出した物質に、複数の性質を付与することはできないんです。例えば、暗闇で光って、衝撃を与えると爆発する石を作ろうとしても作れません。どちらか一つの性質しか付けられないからです。それに、爆発させるにしても、威力に限界はありますよ」
何でもできる、というわけではないらしい。
まあ、滅茶苦茶な性質が付与されたトンデモ物質が生成出来てしまったら、どう考えてもヤバいからな。
「……沸騰しない水は、沸騰しない性質が付与されてるってことか?」
「あ、それは場合によりますね。例えば、水が沸騰することを知らない、または、全く意識せずに水を生成した場合は、沸騰しない水が出来上がり、そこからされに性質を付与できます。要するに、意識して物質に性質を付与できるのは、1つまでなんですよ」
こういう物質を作ろう、と考えたとき、その物質に意識して複数の性質を付与することはできないらしい。
完全に未知の、この世に存在しない物質を作る場合は、その物質の性質を意識しないわけにはいかないため、1つの性質しか付与できないらしい。
「二つ目は、運動力や熱などのエネルギーに変換する、エネルギー変換です」
「運動や熱……もしかして、俺の使う魔術も、そのエネルギー変換じゃないか?」
俺の使う【エクストラクション・ウォーター】は、周囲の水分を抽出しているし、【イグニッション】は熱を発生させて木を発火させている。
どちらも、マナを物質ではなく、エネルギーとして使っている。
「そうなりますね。3つ目はマナを概念や法則そのものに干渉、変化させる概念変換。僕の使い付与魔術もこれに含まれています」
「……それ、具体的にどういうことが出来るんだ? いまいちピンと来ないんだが」
「例えば、僕の使う付与魔術も概念変換に属される魔術です。身体能力や武器の性能に対して強化するという概念を付与しているんです」
「強化……うーん、だめだ、説明を聞いてもよくわからないな」
概念の付与ってなんだよ。
法則を操るとかもさっぱりだし、理解が及ばない。
「確かに、三つの中では一番わかりにくいですよね。実際、習得する難易度も、三つの中で一番高い魔術ですし、アルドメナスでも使える人も少なかったですよ」
「そう考えると、エドって結構すごいんじゃないか?」
「意外と才能があったみたいです。でも付与魔術も概念系の魔術では簡単な部類ですけどね。それに、僕の魔術には欠点もありますから」
「欠点?」
「僕は、魔術の射程距離がほぼないんです。【フィジカル・エンハンス】を人に使う時も、いちいち対象に触れなければ発動できません。普通は、離れた対象にも使えるはずなんですけど、僕は体外のマナに干渉するのが、すこぶる苦手みたいで」
「そうなのか? 確かに、ちょっと使いづらそうではあるな」
「そうですね。おかげでほとんどの魔術がまともに使えません」
エドもいろいろ苦労しているみたいだ。
「それで、魔術はどうやって習得するんだ。今覚えてる魔術以外にも、いろいろ使えるようになりたいんだが」
「そういえば、そのこともご存じないんでしたね」
「実際、どんな感じなんだ?」
俺が覚えたときは、適当にマナを操作して念じていたら突然使えるようになった。
全然うまくいかなくて、半ばあきらめていた時に突然使えるようになったから、当時は驚いたものだ。
「そうですね……魔術を使うにはまず、マナを感知しないといけません」
「マナの感知……多分それ、俺は最初からできてたと思うぞ」
「そうなんですか?」
物心つく前から、マナの感知はできていたと思う。
「最初からマナを感知できていたなんて、珍しいですね」
「アルドメナスでも珍しいのか」
「はい。そういう人もたまにいるらしいですが、普通は他の人に、マナを体内に流し込んでもらったり、魔術に触れることで少しずつマナの感覚をつかんでいくものなんですよ。そして、マナの感知が出来るようになったら、次はマナの操作を練習します」
マナの操作。
体内のマナを移動したり、体外に放出して移動させてみたり、遠くに飛ばしたりすること、らしい。
「基本的に、自分で操作できるマナというのは、体内のマナだけなんです。通常のマナを分けて、オドとよばれることもありますね」
「オド……マナとは違うのか」
「通常のマナと違い、自分の思念に馴染んでいるマナだといわれています。体外に放出すると、自然と思念が抜けていって、少しずつ操作が出来なくなっていく……らしいです。僕は体外でマナを操作するのが苦手なので、その辺の感覚はあまりよくわかってないんですけどね」
マナの操作。
俺の場合は、物心つくころ……大体、5歳くらいのころから練習していたような気がする。
いや、当時は練習している、というような意識もなかった。
体内にある不思議な感覚、オドに意識を集中しているうちに、自然と感覚をつかんでいったのだ。
そこからそのマナを操作できるようになるのに、大体2年くらいかかったかな。
「マナを操作できるようになったら、いよいよ魔術を使うための最も重要な工程、マナの変換を練習します。マナを操作できる人ならだれでも、理論上はどんな魔術でも使うことが出来るんですよ」
「どういうことだ? 俺もエドも二つしか魔術を使えないだろう」
「その通りです。実際、僕がマナを火や水に変換しようとしても、できませんからね。ですが、それは思念の強度と、マナの変換効率が悪いからなんです。魔術を実行するときは、マナを何に変換して、どのようにするのかを、強く明確に想像しなければいけません。自分の想像した通りの結果になることを、疑うことなく信じることが、思念の強度になります。そして、マナの変換効率は、思念を伝達したマナがどのくらい早く、色濃くその思念を反映して、変化するかの効率になります。思念の強度が低いと、より強くマナに思念を伝達できませんし、マナの変換効率が低いと、変換してもすぐに元に戻って、魔術が発動しなかったり、効果が著しく弱くなります」
「……それって、分けて考えることなのか?思念の強度が強ければマナの変換効率も高くなるんじゃないのか?」
「それも間違いではないんですけど、どれだけ思念伝達が完璧にできても、初めのうちは魔術が発動しないんです。マナに対して思念の伝達を続けていくことで、だんだんと変換効率が上がっていき、ある時突然、魔術が発動できるようになるんです」
「……ああ、それ、俺にも覚えがあるぞ。なんか急に使えるようになるやつだ」
「ええ、アルドメナスでは『魔術の道が開く』というんですよ。ですが、使える魔術の数が増えるほど、変換の効率が上がらなくなっていくので、使える魔術を増やすのに時間がかかるようになっていくんです」
「それって、どのくらいだ?」
「個人によって差が大きいですが、ファマル人であれば、魔術を1つ覚えるのにだいたい半年、2つ覚えるのに1年、3つ目だと2~3年くらいかかりますね」
どんどん覚える感覚は長くなっていくらしい。
次から次に使える魔術を増やしていくのは難しそうだ。
「結構かかるな。それじゃあ、二桁も魔術を覚えるのに、どれくらいかかるんだか」
「10以上の魔術を覚えている人なんて、アルドメナスでもほとんどいなかったですよ。そんなにたくさんの魔術を使えたのは、例外を除いて、高齢の人が数える程度でしたね」
「そうか……時間がかかるんだな」
「そうですね。それに、ファマル人以外では、さらに時間がかかると思います。ヴェロは最後に魔術を習得してどれくらいですか?」
「えーと、最後に覚えたのが【イグニッション】だから、だいたい1年くらい前かな」
「結構最近ですね。僕は最後に覚えたのが【ウェポン・リーンフォース】で、2年前くらいになります」
「じゃあ、あと一年くらいで、次のが覚えられるんじゃないか?どんなのを覚えるんだ?」
「……実は、まだ決められていないんです。どんな魔術を覚えるのか」
「そうなのか?使えるようになりたい魔術なんて、いくらでも思いつきそうなものだと思うんだけどな」
「選択肢が多い分、慎重になるんですよ。一生のうちに覚えることのできる魔術の数は、有限ですから。より役に立つ魔術を選びたいじゃないですか」
「なるほど。それは確かに」
選択をミスって全然使いどころのない魔術を覚えたら取り返しつかないしな。
そりゃ慎重にもなるか。
「ヴェロはどんな魔術を覚えた方がいいと思いますか?」
「そうだなぁ。俺としてはお前に強い魔術を覚えてほしいところだ。例えば、めっちゃ思考速度を上げる魔術なんてどうだ?それでどんな攻撃も見切ってかわすことが出来るんだ」
「思考速度をあげる、ですか。それでどうして攻撃を見切れたりするようになるんですか?」
「ほら、集中力が極限まで高まっている時に、時間の流れがゆっくりになって、周りの動きが遅く感じるときってあるだろ?あんな感じだよ」
「……なるほど、考えておきますね」
「別に参考程度に考えればいい。自分の覚えたい魔術を覚えるのが一番いいだろ」
「はい、そうします」
どうやら新しい魔術を覚えるのも簡単じゃないらしい。
かなり時間がかかりそうだし、まぁ気長に考えるか。
そうこうしているうちに、鳥の解体も終わった。
1羽はこの場ですぐに食べるが、もう1羽は燻製にする。
とりあえず、乾燥させよう。
俺は魔術の発動を準備する。
今回使う魔術は、いつも使っている魔術とは少し違う。
解体した鶏肉にマナを集中し……いつもは5分で発動しているところを、8分かけて魔術を発動した。
「【インヴァージョン・エクストラクション・ウォーター】」
【エクストラクション・ウォーター】とは、少し違う魔術。
もともとは、水分を集める魔術。
しかし、今発動したのは、対象の水分を飛ばし、乾燥させる魔術だ。
「……それ、反転魔術ですか?」
エドが驚いたような声を上げた。
「反転? なんだそれ」
聞きなれない言葉に聞き返す。
「反転魔術は、発動する魔術の効果を反対にする技術です。高等技術で、アルドメナスでも使える人は少なかったんですが……まさかヴェロが使えるとは」
どうやら、結構すごいことをやっていたらしい。
俺は最初から使えたんだけどな。
「どうやったんですか?」
「あー、そうだなぁ……魔術を発動しようとするとき、発動する前に、ちょっと時間を作って溜めるんだ。そうすると、だんだん魔術を使う時の感覚が裏返ってくる感じがして、その状態で使うと効果が逆転する」
「裏返る、ですか……魔術を使う時に、そんな感覚を感じたことはありませんけど……」
エドは反転魔術を使う感覚はわからないらしい。
そうこう言っているうちに、鶏肉が乾燥して干し肉みたいになった。
乾燥させた肉は、焚火の煙で燻してから、軽く表面を炙る。
これで燻製肉の完成だ。
どれぐらい保存がきくかわからないが……まぁ、腐る前に食べることにしよう。
反転魔術
魔術の効果を逆転させて使う技術。
高等技術でアルドメナスの魔術師でも使えるものは少数。
全ての魔術で使用できるわけではない。