私はお金のためにダンジョンに潜っています…。って配信?いやいや、根暗女には無理ですよ… 作:しらいうつほ
私たちはダンジョン内部に入り、あたりを探索していく。
おしゃべりを交えながら、2階層、3階層と順調に進んでいった。
――とはいえ、「おしゃべり」といっても内容はだいぶ講義めいていた。
「これはこういうモンスターの足跡で、そうすると天敵であるあのモンスターが近くにいるかもしれないから警戒しよう」
なんて、モンスターの生態学と戦術講座を織り交ぜた“おしゃべり”だ。
ともあれ、無事にあいりちゃんは私の手助けを借りつつモンスターを倒し、ついに初心者向けエリアである5階層最奥手前まで到達していた。
「今日はありがとうございました! いろいろ勉強になって、楽しかったです!」
「うん、たぶん今のあいりちゃんなら、ソロで5階層は余裕で攻略できると思うよ」
・こっちまで参考になっちゃったよ……
・へ〜トップってこうやって進んでいくんだ
・最初はただの変態かと思ったけど、やっぱトップなんだな……
・俺もダンジョン潜ろうかな……
コメント欄も好評でなによりだ。
最初に私が危惧していたような心ないコメントもなくて、本当に良かった。
これで配信は終わり――楽しくやっていたからこそ、ちょっと寂しさすら感じていた。
そして、あいりちゃんが今日の締めとしてエンディングトークを始めた、そのときだった。
――私たちの足元が、大きく揺れた。
「!?」
「これは……地震じゃない……!」
・なんだなんだ!?
・ダンジョンが揺れてる…………
・こんな事ある?
・見たことないな……
「ひ、ひかりさん……床が……!」
「あいりちゃん!」
バリバリッと音を立てて床が割れ、そのまま私たちは下層へ落下した。
⸻
気がつくと、あたりは真っ暗だった。
あいりちゃんを追ってきたであろうドローンのライトが、かろうじて空間を照らしている。
「だ、大丈夫……? 怪我は……」
「わ、私は平気です……ひかりさんこそ……!」
どうやら、軽い落下で済んだようだ。お互いにかすり傷ひとつない。
私は周囲を見渡し、空間に人の手が入っていないことを確認する。
私たちが普段冒険しているのは、すでに開拓された安全なルート。だから、中層階までは電気も通っていて、通信も可能だ。
しかし、上層〜中層であっても、人の手が入っていない“未開拓領域”に迷い込むことがある。
その原因は主に二つ。
一つ目は、入り口が狭すぎて人が入れない構造であること。
二つ目は、初心者でも上級者でも太刀打ちできないような、強力なモンスターが生息していること。
おそらく私たちは、落下によって6階層の未開拓領域に迷い込んでしまったのだろう。
「おかしいな……5階層には、こんな初心者殺しの罠なんてなかったはずなのに……」
頭を捻りながら状況を整理していると、あいりちゃんがドローンを見て声を上げた。
「えっ…………まだ配信、繋がってます……!」
画面には、視聴者からのコメントが次々に流れている。
・おい大丈夫か!?
・落ちたぞ!? 放送事故!?
・やばくない?
「……これは……大変なことになったね……」
⸻
「配信……続けますか?」
あいりちゃんの声は震えていた。
当然だ。初心者が未知の階層に落ちてしまったのだから、恐怖は計り知れない。
「……未開拓領域ではマップは役に立たない。自力で階段を見つけて、上層へ戻るしかないね」
「……戻れるんですか?」
「目の前にいるのが誰か、忘れた? ここのダンジョンのトップ冒険者だよ。大丈夫、あいりちゃんは私が絶対に無事に帰すから」
あいりちゃんは驚いたように目を見開き、小さな声で「はい……」と頷いた。
コメント欄には、応援の声が飛び交っている。
・ひかりさん……かっこいい……
・イケメンかよ……
・お姉様って呼ばせてもらっても?
・あいりちゃん! 無理しないでね!
・今、管理所に報告した! 人が出入りする場所なら助けが来るかも!
「とにかく、ここを早く脱出しよう。人のいる場所へ行こうか」
「分かりました……! 一応、配信はこのまま続けます。管理所の人が見てくれるかもしれないので!」
「うん、じゃあ行こう」
私は腰の鞄から懐中電灯を取り出し、二人で暗闇に一歩を踏み出した。
⸻
探索を始めてから、およそ一時間。
腕時計で時間を確認しつつ、私はモンスターの構成が6階層のそれと同じであることを確認した。
ただ、何より暗い。壁伝いに進むしかない。
――そのときだった。
あいりちゃんの背後に、何かの気配を感じた。
懐中電灯を向けると、そこには巨大なスライムのようなモンスター――ビックスライムが音もなく忍び寄っていた。
「あいりちゃん! 後ろ!」
「へ!? きゃあっ!」
私はすかさず、鞄から小瓶を取り出し、中の浸透毒をビックスライムへ投げつけた。
――直撃。
スライムの表面が、ジュッと音を立てて泡立つ。
「ビックスライムは浸透毒に弱い。これで核が露出する……あいりちゃん、そこにナイフを突き立てて!」
「は、はいっ!」
あいりちゃんは、中心に浮かび上がった核にナイフを突き刺す。
スライムは崩れ、霧散すると、鉱石をひとつ落とした。
「よし! やりました!」
「うん、よくできました」
……ただの6階層じゃない。今の、10階層のモンスター……?
さっきの揺れといい、これはただのイレギュラーじゃない……。
私は神経を研ぎ澄ませつつも、脱出の意識を途切れさせないよう前を向いた。
⸻
それから30分後。
ようやく、人工物がある通路――つまり、人の手が入っているエリアに到達した。
未開拓領域の出入口は大きな岩で塞がれていたので、私が斬って開けた。
……豆腐のように、スパッと。
あいりちゃんは口をあんぐりと開け、コメント欄は若干引き気味だった。
・ええ……
・強
・怖すぎ
・な、なんで双剣みたいな小さな刀身で岩を斬れるんですかね……?
……まあ、これは修行の賜物としか言いようがない。
その後、管理所が私たちの異常事態を把握し、救助隊と無事に合流。
配信を改めて締めくくり、事情聴取を経て解放されたころには、時計の針はすでに22時を回っていた。
⸻
「やば、早く帰らないと……」
「今日は本当にありがとうございました! 助けてくれて……!」
あいりちゃんは深く頭を下げて、感謝の言葉を伝えてくる。
「はは、大丈夫だって」
「わ、私一人だったらって思うと……体が震えて……」
無理もない。私だって、あんなイレギュラーは初めてだったのだから。
「でも、本当に……無事でよかったね」
「はい……! ひかりさん、すっごくカッコよかったです!」
あいりちゃんは目尻に涙を浮かべながら、満面の笑顔を見せてくれた。
うおっ……推しの笑顔、まぶしい……!
私は出演報酬(イレギュラーに巻き込まれたので少し多め)を受け取り、それぞれ帰路についた。
⸻
そういえば、配信……あんまり気にしてなかったけど、大丈夫だったかな……?
家に帰ると、妹に遅くなったことを怒られ、ご飯と風呂を済ませて就寝。
⸻
──そして翌日。
スマホからすごい勢いで通知が鳴り響く。
その音で目が覚め、早朝にもかかわらず私は起き上がった。
「……なんだ、朝っぱらから……」
メッセージアプリには、あいりちゃんからのメッセージが大量に届いていた。
『昨日の配信が、すごいことになってます……!』
胸騒ぎを覚えながら、動画サイトのアプリを開く。
そして――
「な、なにこれ……」
そこには、私たちがイレギュラーに巻き込まれたときの冒険動画が、動画サイトのトレンドを独占している光景があったのだった。