私はお金のためにダンジョンに潜っています…。って配信?いやいや、根暗女には無理ですよ… 作:しらいうつほ
放課後の帰り道。
制服のままダンジョン管理所に立ち寄った私は、帰りの電車の中でうっかりSNSを開いてしまった。
……やめておけばよかった。
「#あいりの騎士 って何……誰が騎士なの……誰が……」
電車の揺れも手伝って、少し酔いそうになる。
だいたい、あの時は仕方なかっただけだ。
イレギュラーな状況に巻き込まれて、先輩として、あいりちゃんを無事に帰さなきゃっていう使命感だけで動いていた。
それがどうして「庇い方が尊い」とか「顔を赤くしてるのガチ」とかになるのか、私にはまったく理解できない。
たしかに、あのとき足を滑らせたあいりちゃんを抱きとめた瞬間があった。
それがバッチリ配信に映っていたらしくて……。
その結果がこれか。
人々の妄想力には、もはや戦慄すら覚える。
(……これはあれだ。ネットの民ってやつは、百合に飢えてるんだ)
そんなわけで、“あいりの騎士”と“岩スパーン女”は完全にネットミームと化していた。
なんと、二次創作イラストまで作られてしまう始末。
おい、ナマモノは本人が見ないところでやれって、マジで……!
そして問題のイラストは、私が王子様の格好で剣を持たされていて、あいりちゃんは純白のドレスを着たお姫様になっている。
しかも、私が彼女をお姫様抱っこしている構図が人気らしい。
ちょっと待て。いつ私がそんなことした……?
(いや、たしかに。足を滑らせたあいりちゃんを片手で抱きとめたけども……)
その場面は切り抜かれ、GIFにされ、既に数万回再生されていた。
(あーーーー、もうーーーー!)
恥ずかしさのあまり、電車の中でうっかり膝を抱えそうになる。
さすがに通報されかねないので、ギリギリで思いとどまった。
⸻
そんなこんなで家に帰りついた私は、夕食もそこそこに布団へ直行した。
もう何も考えたくなかった。とにかく、温もりに包まれて現実逃避したかった。
……が、スマホの通知はそれを許してくれない。
重い腰を上げて画面を確認すると――
差出人は、あいりちゃんだった。
⸻
『あのっ、もしご迷惑じゃなければ、明日ダンジョンに行きませんか……?』
『配信は無しでもいいので、ひかりさんと一緒に行けたらなって……』
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メッセージには、あいりちゃんのアイコン。
昨日よりも少し照れたような笑顔の、最新の自撮り。
……ずるいなぁ。
なんだその無防備な表情は。こんなの、断れるわけがない。
(……ダンジョンで、ただ一緒に潜るだけなら、いいよね)
あくまで、私たちは「冒険者仲間」なんだ。
“推されてる”とか、“騎士扱い”されてるとか、そんなのはただの外野の盛り上がり。
私はそう言い聞かせながら、「いいよ」とだけ返信した。
⸻
翌日。
待ち合わせ場所に現れたあいりちゃんは、私服姿で手を振っていた。
「ひかりさーん!」
その姿は、いつも配信で見ているアイドル的な彼女ではなく、ただの可愛い後輩そのものだった。
私を見るなり、ぱっと笑って言う。
「来てくれて、ありがとうございます!」
「うん……今日も、安全第一で」
「はいっ! ひかりさんと一緒なら大丈夫です!」
(……その“無敵バフついてます”的な信頼の置き方、やめて……)
そうして私たちは、人がまばらになる時間帯を狙って、静かに準備を整えてダンジョンに潜った。
静かな空気の中、階層を降りていく途中で、あいりちゃんがぽつりと話し始める。
「……実は、私、誰かと一緒にダンジョンに行くの、ほとんど初めてで」
「そうなの?」
「はい。なんか、人に迷惑かけるのが怖くて……。でも、ひかりさんと一緒だと、不思議と……緊張しないです」
私も、同じだった。
人に迷惑をかけたくなくて、気がついたら“ひとり”でやっていて、気づけばトップに立っていた。
「……それは、良かった」
そう言った私の声が、少し掠れていた気がする。
なんだろう、この胸の奥がぽわっと熱くなる感じ。
(……ダンジョンなのに……こっちの方が危険じゃない?)
目の前にいるのはモンスターなんかじゃない。
無自覚な笑顔で懐いてくる、あいりちゃんの存在が、私の理性を揺らしてくる。
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その後、軽い戦闘を何度かこなして、無事に帰還した私たちは、近くのカフェで一息ついていた。
「ひかりさんって、やっぱりすごいです! 安心感が違うっていうか……!」
「そんな、大したことしてないよ」
「してますってば! だって私、岩斬れませんし!」
「……それは、私も想定外だったけど……」
ふたりでくすくすと笑い合う、何気ないひととき。
なのに、妙に胸に残る。
ふとスマホを見ると――また頭の痛くなる光景が。
SNSのタイムラインには、“あいりの騎士”タグで新たなイラストや切り抜き動画がずらりと並んでいた。
「……うぅ……ネット……怖い……」
「ひ、ひかりさん!?」
トップ冒険者・杉浦ひかり。
その素顔は、ネットの好意がときに炎上並みに怖いと悟り、涙ぐむ16歳の女子高生だった。