「電気を、魔力に……」
俺が提示した、その突拍子もない仮説は、司令室の科学者たちを新たな熱狂の渦に叩き込んでいた。
彼らの目は、まるで未知の鉱脈を発見した探鉱者のようにギラギラと輝き、互いの意見が火花を散らすように飛び交う。
先ほどまでの絶望的な沈黙が嘘のようだ。
「どうやって電気を魔力に変換する? どのような形で電気エネルギーを導入すれば、リュナ君の魔力と干渉させられる?」
「高電圧パルスを直接流し込むか? いや、それでは生体反応への影響が大きすぎる! 感電死させるだけだ!」
「電磁誘導による非接触でのエネルギー伝達はどうか? 制御は難しいが、人体への直接的なリスクは避けられる!」
「そもそも、直流か交流か、そこから議論すべきだろう! 魔力という未知のエネルギーが、どちらの性質に近いのか、データが全くないんだぞ!」
議論が白熱する中、牧原先輩がパン、と一度だけ手を叩き、全員を制した。
その音は、熱狂する司令室に驚くほど大きく響いた。
「落ち着け。議論は重要だが、今は机上の空論を重ねている時間はない。インターフェースはあるだろう」
彼の視線の先には、リュナの傍らに置かれた、あの『賢者の杖』があった。
その美しい工芸品は、科学者たちの熱っぽい視線を受け、静かに青い光を放っている。
「この杖が魔力を扱うインターフェースとなるなら、電気を魔力に変換する際にも、何らかの役割を果たすかもしれん。
まずは、この杖に直接、低圧の電流を流し、リュナ君に魔力の流れを感じてもらう。
そこからだ。インプットに対するアウトプットの変化を観測し、パラメータを調整していく。我々がいつもやっていることだろう」
その、あまりにも実践的で、そしてある意味で乱暴な提案に、杖の持ち主である若い研究員は、顔からサッと血の気が引くのを感じた。
彼の愛する『賢者の杖』に、科学的な、それも得体のしれない改造を施すなど、想像もしていなかったことだ。
数十万もした、あの美しい工芸品に、無骨な電極を取り付けるだと?
だが、都市の存亡がかかったこの状況で、彼に首を横に振る選択肢はなかった。
唇を強く噛みしめ、彼は小さく、ほとんど誰にも見えないように頷いた。
シールドルームには、巨大な制御装置が運び込まれ、その中心には『賢者の杖』が、まるで祭壇に捧げられた生贄のように据えられていた。
研究員たちは、まるで宝物を扱うかのように慎重に、その神々しい黒檀の本体に、杖全体に電気が通るように無骨な金属製の電極を取り付けていく。
そこから伸びた何本ものケーブルが、まるで生命維持装置のように制御装置へと繋がれていく。
その手つきは、科学者としての知的好奇心と、この都市の未来を賭けた、確かな高揚感に満ちていた。
俺もまた、その光景を固唾をのんで見守っていた。
リュナは、その異様な光景を不安げに見つめていた。彼女の世界では、魔法の杖は神聖なものだ。
こんな乱暴な手の加え方をしたら、きっと杖が秘めている力が失われてしまう。
「本当だったら、もっとしっかりとした魔道工房で、専門の職人さんが何日もかけて調整するんですよ……こんな……」
今にも泣き出しそうな顔で呟く彼女の肩を、俺はそっと叩いた。大丈夫だ、と声をかけることしかできなかった。
「……リュナ君、頼む」
牧原先輩の静かな声に、リュナは悲しげな目で杖を見つめながら、こくりと頷いた。彼女が震える手で杖を握り、研究員が制御装置のスイッチを入れる。
ジジッ、と耳障りなノイズが走り、杖に微弱な電流が流れた。
その瞬間、リュナの顔が苦痛に歪み、思わず杖を取り落とした。
「きゃっ……!」
杖は床に転がり、先端の青い水晶は鈍く光るばかりで、これまで感じられた魔力の温かい気配は一切感じられない。
まるで、魂が抜け落ちてしまったかのように。
リュナは震える手で再び杖を拾い上げ、祈るように握りしめる。
そして、先ほどと同じように、壁の一点に意識を集中し、魔法を放つイメージを固めた。
しかし、足元に魔法陣が展開されることはなく、杖から光が放たれることもない。
ただ、冷たい木の棒がそこにあるだけだった。
「……どうだね?」
牧原先輩の問いに、リュナは力なく首を横に振った。その瞳には、絶望の色が滲んでいた。
「……何も、感じません。ただの、少しピリピリする木の棒です。魔力の流れが……消えています」
その言葉は、シールドルームに満ちていた高揚感を、一瞬にして凍りつかせた。
だが、誰も諦めようとはしない。まだ、希望はあるはずだ。
「出力が足りないのかもしれない! もう少しだけ上げてみよう!」
「待て、危険だ!」
俺の制止も聞かず、研究員が焦ってダイヤルを回した、その瞬間。
パキン、と乾いた、嫌な音を立てて、杖の先端についていた青い水晶に、大きな亀裂が入った。黒檀の本体にも電圧が走り、火花が散る。
水晶の亀裂は瞬く間に広がり、それまで内部に宿っていたかのような淡い光が、ふっ、と消える。
まるで、命の灯が消えたかのように。
「あ……ああ……」
杖の持ち主である若い研究員が、膝から崩れ落ちた。その目には、うっすらと涙が浮かんでいる。
「僕の……僕の賢者の杖が……。完璧な工芸品だったのに……ただ光るだけのおもちゃとは違う、本物だったのに……」
その、彼の悲痛な呟きの中の「光るだけのおもちゃ」という一言が、俺の頭に、まるで雷のように突き刺さった。
(光る、おもちゃ……?)
俺は、弾かれたように、シールドルームの隅に転がっていた、あのピンク色の杖へと駆け寄った。
あの黒檀の杖以外に唯一反応があったが、誰一人見向きもしなくなっていた杖だ。
それを拾い上げ、まじまじと見る。ハートの装飾、プラスチックの質感。そして、そのグリップ部分に、小さなネジで留められた、四角い蓋があることに、俺は初めて気づいた。
「……電池……」
俺の口から、無意識に言葉が漏れた。
「牧原先輩! この杖……! これを持ってきた研究員の方は、『ボタンを押せば光って音が鳴る』と言っていました! つまり、この杖は、元から……!」
俺の言葉に、牧原先輩が、まるでパズルの最後のピースが嵌まったかのように、目を見開いた。
「……そうか」
牧原先輩の声が、震えていた。
「我々は何をしていたんだ……。存在しない回路を、魔力というブラックボックスに無理やり作ろうとして、最高の素材を壊してしまった……。だが、あそこには……」
彼の視線の先で、ピンク色のハートの杖が、静かに光を放っている。
「このおもちゃには、元から『電気で動く』という概念が組み込まれているじゃないか……!」
それは、灯台下暗し、というにはあまりにも巨大な見落としだった。
俺たちが追い求めていた「電気を魔法的な現象に変換する回路」は、最初から、俺たちの目の前にあったのだ。
ただの「おもちゃ」という、先入観に隠されて。