システムエンジニアと迷いし少女の物語   作:書との契約者

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第16話:時間との戦い

「―――いや、直流(DC)で直接送るべきだ! 変換ロスを最小限に抑え、最大効率でエネルギーを叩き込める!」

「馬鹿を言え、そんな芸のないやり方でどうする! 交流(AC)に変換し、パルス制御で段階的に出力を上げなければ、

 インターフェースがあの繊細なエネルギー変換に耐えきれず焼き切れるぞ!」

 

 ブレークスルーから一夜明け、サテライトラボの司令室は、まるで世紀の大発見を成し遂げた直後のような、熱狂的な興奮に包まれていた。

 白衣を着た科学者たちは、あのピンク色の『魔法少女の杖』を、もはやただの玩具ではなく、神から与えられた聖遺物(レリック)のように扱い、それに接続するための完璧な外部電源システムの設計に没頭していた。

 ホワイトボードは複雑な数式と回路図で埋め尽くされ、床には徹夜で飲み干されたであろうエナジードリンクの空き缶が転がっている。

 

 だが、その熱狂の片隅で、俺は携帯端末に表示される匿名掲示板のスレッドを、血の気の引いた顔でスクロールしていた。

 冷たい汗が、背筋を伝う。

 

【緊急速報】第7ブロック、ガチでヤバい件 Part32

 

 3: 名無しの市民さん

 >>1 乙。特番、まーた専門家が知ったかぶりしてるわ。

「これは高度なAIによる自律型兵器の暴走でしょう(キリッ」

 

 15: 名無しの市民さん

 うわ、カマキリでけえ……。CGみたい。

 

 28: 名無しの市民さん

 なんか新しいロボット出てきたぞ!

 

 35: 名無しの市民さん

 防衛軍の新兵器!ジャガーノートキター!

 

 42: 名無しの市民さん

 6本足の多脚ロボとか、開発者の趣味全開で草。

 後、軍じゃねーよ

 

 51: 名無しの市民さん

 EDF! EDF!

 

 58: 名無しの市民さん

 >>51 EDFは草だが、気持ちはわかるw がんばえー!

 

 77: 名無しの市民さん

 おおっ! 鎌受け止めた! すげえええ! いけるぞ!

 

 ...

 

 168: 名無しの市民さん

 あ……

 

 170: 名無しの市民さん

 脚やられた……

 

 172: 名無しの市民さん

【悲報】ワイらの税金、カマキリに一瞬で溶かされる

 

 185: 名無しの市民さん

 やっぱ通常兵器じゃ無理だって。何体壊されたら分かるんだ。

 

 213: 名無しの市民さん

 つーか、発生源のSPトレンドシュア社は何してんの? 絶対なんかヤバい研究してたんだろ。記者会見しろよ。

 

 244: 名無しの市民さん

 >>213 うちの大学の教授が言ってたけど、あれは物理法則が一部違うっぽい。位相空間装甲みたいな技術じゃないかって。

 

 249: 名無しの市民さん

 >>244 また専門家様のご高説かよw その教授にカマキリ退治してもらえよw

 

 311: 名無しの市民さん

 でも、もう時間稼ぎにしか見えないのは事実だよな。

 

 352: 名無しの市民さん

 都市のお偉いさんたちは何してるの? 安全な場所からモニタリングしてるだけ? 責任取れよ。

 

 ...

 

 489: 名無しの市民さん

 マジレスすると、現場は地獄だぞ。兄貴が防衛部隊だけど、昨日から連絡がつかない。無事だって信じてるけど……。

 

 495: 名無しの市民さん

 >>489 お前の兄貴が無事であるよう祈る。

 

 501: 名無しの市民さん

 >>489 現場の人たちには感謝しかない。叩いてるのは、動かない上層部だろ。

 

 ...

 

 688: 名無しの市民さん

 もう7ブロックは放棄して、高い壁で囲っちまえよ。それが一番被害少ないだろ。

 

 702: 名無しの市民さん

 俺は隣のブロックだけど、もう荷物まとめた。都市の発表は待てん。市長はどこ行ったんだ。

 

 710: 名無しの市民さん

 どこに逃げるんだよ……もう終わりだよこの都市。

 

 先日までの「異世界ダンジョンw」というお祭り騒ぎは、完全に恐怖と怒りへと反転していた。

 時間は、俺たちを待ってはくれない。

 この安全な研究室と、地獄の最前線との間にある、絶望的なまでの温度差。それが、俺の胃をキリキリと締め付けていた。

 

【第7ブロック 防衛ライン・指揮車両内】

 

「―――ジャガーノート5号機、脚部大破! 戦闘継続不能!」

「構わん! まだ腕は動く! その巨体で組みついてでも、カマキリの動きを止めろ! 奴を市街地に行かせるな!」

 

 指揮官は、怒鳴りながらコンソールを睨みつけた。モニターの向こうでは、地獄そのものが繰り広げられていた。プラズマの奔流が大型魔獣(シルヴァ・マンティス)の甲殻に弾かれ、夜を昼に変えるほどの閃光を放つ。

 巨腕が振り下ろされるたびに、アスファルトがクレーターのように陥没し、衝撃波で指揮車両が大きく揺れた。

 

「6号機、5号機を援護! ゼロ距離でプラズマを叩き込め!」

『―――うおおおおおっ!』

 

 ノイズ混じりの絶叫と共に、モニター上のジャガーノート6号機が、大破した5号機の残骸を盾にしながら、マンティスの懐に飛び込んだ。至近距離から放たれたプラズマ砲が、ついにその硬い甲殻の一部を融解させる。

 

『やったか!?』

 オペレーターの希望に満ちた声は、次の瞬間、絶叫に変わった。

 融解した部分から、無数の黒い触手のようなものが蛇のように伸び、6号機の機体に突き刺さったのだ。

 

「脱出しろ! 田島!」

『ぐ……ぁ……システム、制御不能……! ですが、こいつの動きは、俺が……止めてみせま……!』

 

 通信が、途絶えた。

 6号機は、触手に絡め取られながらも、最後の力を振り絞ってマンティスに組みつき、その進攻をわずかに、しかし確実に遅らせていた。

 

「……くそっ……! 田島……!」

 指揮官は、コンソールを強く殴りつけた。兵士たちが、ただの消耗品ではない。

 彼らの命と引き換えに、こうして秒単位の時間を稼いでいるのだ。

 

「……本部へ、最終勧告だ」

 

 彼は、震える声でオペレーターに告げた。

「これより1時間後、防衛ラインを最終防衛区域まで後退させる。それが突破されれば、もう市街地への侵入を止める術はない。

 ……本部が何か策を弄しているのは分かっている。それが間に合おうが間に合わまいが、我々はここで食い止める。兵士たちの命を、無駄にするなと伝えろ!」

 

 その絶望的な通信は、サテライトラボの司令室にも、リアルタイムで届いていた。

 

【サテライトラボ・司令室】

 

「完璧なジェネレーターを組み上げるまで、最低でも72時間は必要だ……」

 

 司令官の絶望的な声が、司令室に響き渡る。

 完璧なジェネレーターの設計図を広げていた科学者たちが、血の気の引いた顔で顔を見合わせた。彼らの熱狂は、冷たい現実の前に一瞬で凍りついた。

 

「……くそっ」

 俺は、思わず叫んでいた。

「完璧なものを作ってる時間なんてないじゃないか!」

 

 俺は、設計図を広げる研究員たちをかき分け、牧原先輩の前に立った。

「先輩! 発想を変えましょう! 完璧なジェネレーターをゼロから作るんじゃなくて、今ここにあるもので、一番強力な電源を使えばいい!」

 俺は、司令室の隅に置かれていた、パワードスーツ『ヴァンガード』用の、巨大なバッテリーパックを指さした。

「あれを、あの杖に直結させるんだ!」

 

「無茶だ!」

 若い研究員が叫んだ。

「あのバッテリーの出力では、杖が過負荷で焼き切れる! 我々が手にした唯一の希望が、壊れてしまうんだぞ!」

 

 彼の悲痛な声が、俺の胸に突き刺さる。

 分かっている。

 彼の言う通りだ。これは、科学者として、エンジニアとして、決してやってはいけない禁じ手だ。

 安定性も、安全性も、再現性も、全てを無視した、ただの博打。

 

(だが、モニターの向こうでは、田島という兵士が、たった今、死んだんだぞ……!)

 

 完璧なジェネレーターを待つ72時間。その間に、あと何人の「田島」が死ぬ?

 科学者としての正しさと、人として見過ごせない命。その二つを天秤にかけた時、俺が出すべき答えは、もう決まっていた。

 

 俺は、心の底から、自分自身に呆れながら、問い返した。

「―――だから、いいんじゃないですか」

 

「……は?」

 研究員たちが、俺の言葉の意味を理解できずに、呆然と俺を見る。

 彼らの顔には、「何を言っているんだこいつは」という困惑と、わずかな怒りが浮かんでいた。

 

「壊れたら、また買えばいいでしょう。それ、量産品の玩具なんですから。今すぐ街のおもちゃ屋に連絡すれば、ダース単位で在庫があるはずです」

 

 その瞬間、司令室の時間が止まった。

 直流か、交流か。パルス制御は。安定性は。科学者たちが、まるで一点物の聖遺物を扱うかのように議論していた対象が、そもそも「壊れたら次を買えばいい安物」であるという、あまりにも単純な事実に、誰も気づいていなかったのだ。

 

「……面白い」

 沈黙を破ったのは、牧原先輩だった。

 彼は、最初はくつくつと肩を震わせ、やがて腹を抱えて笑い出した。

 その笑い声は、長年の固定観念が打ち破られたことによる解放感と、新たな可能性への興奮に満ちていた。

 

「はっはっは! そうか、そうだな! 我々は、いつの間にか『杖』を神聖視しすぎていた! 愁也君の言う通りだ! 壊れたら次がある! なんという単純で、力強い解決策だ!」

 

 それは、あまりにも荒っぽく、危険な賭けだった。

 だが、崩壊までの残り一時間という時限爆弾を前にして、俺たちに残された選択肢は、それしかなかった

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