システムエンジニアと迷いし少女の物語   作:書との契約者

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幕間第10話:リエゾンの本当の仕事と、未来への序曲

 あの緊急事態から数日後。観測室の空気は、以前とはまるで違っていた。

 リュナの結界術がプラズマの暴走を防いだ一件は、映像記録と共に財務企画部の田中さんへ「これ以上ない費用対効果の定性的証明」として提出された。

 その結果、これまで凍結されていた「空間制御系魔法の観測予算」が、あっさりと承認されたのだ。

 

「―――素晴らしい! これが、リュナ顧問の専門分野!」

 如月博士は、山のように積まれた新しい観測機材と、分厚い予算承認書を前に、子供のようにはしゃいでいた。

 その隣で、響も「すごい! これでリュナさんの魔法の、本当のすごさが分かりますね!」と、自分のことのように喜んでいる。

 

 あまりの熱意に、当のリュナは少し困惑していた。

「あの、博士。結界術のような複雑な魔法は、使う側の精神状態が、すごく大事なんです。心が乱れていると、そもそも術式が組めなくて……」

「精神状態! なるほど!」

 博士は、ガリガリと手元のホワイトボードに数式を書きなぐる。

 

「術者の心理的安定性が、マナの変換効率に直接的な影響を与えるという仮説! 検証しましょう! 今すぐ!」

「いや、だから、今は少し、その……」

 

 そんな中、研究員の一人が「昨日のプラズマのログデータ、破損箇所が多すぎて分からない!」と頭を抱える。

「大丈夫ですか?」と響が駆け寄るが、半ばパニックになっている研究員を見て、リュナはふっと息を吐くと、彼の肩にそっと手を置いた。

 

「―――《心を鎮める風よ、彼の焦りを洗い流せ》」

 

 穏やかで、優しい声。

 すると、研究員の周りに、目には見えない涼やかな風が吹いたかのように、彼の荒ぶっていた呼吸が、すーっと落ち着いていった。

「あれ……? なんだか、頭がスッキリした……。そうだ、バックアップから差分を取ればいいじゃないか」

 

「今のは……!?」博士が、目を皿のようにしてリュナを見た。

「えっと、簡単な、精神を落ち着かせるための魔法です」

「心理的ストレスに対する、直接的な鎮静効果! なんという効率的なメンタルケア! 愁也さん! これです! これぞリエゾンの目指すべき最終形態!」

「いや、俺には無理ですけど!?」

 

 俺のツッコミも虚しく、博士の暴走は止まらない。

「よし! 次は、捕縛系の魔法を試しましょう! 軍から実験用の高機動ドローンを借りてきました!」

 

 実験が始まると、ドローンはけたたましい駆動音を立て、目にも留まらぬ速さで観測室内を飛び回り始めた。

 だが、リュナはもう、戸惑ってはいなかった。彼女は、静かに目を閉じ、集中力を高める。

 

「―――《罪深き者の足枷となれ、戒めの光鎖》―――チェーン・バインド!」

 

 リュナが目を開くと同時に、床の魔法陣から、光でできた何本もの鎖が蛇のように伸び、縦横無尽に飛び回るドローンを、一瞬で、そして完璧に捕縛した。

 

「……すごい」

 俺は、思わず呟いた。

「すごい……! 今の、聞いたこともない言葉の響き……! なのに、意味が、ううん、やりたいことが、直接伝わってくる感じ……! これが、魔法の言葉……!」

 響が、目の前の奇跡に心を奪われたように呟く。

 攻撃魔法だけじゃない。守り、癒し、そして捕える。彼女の持つ力の、本当の多様性と奥深さを、俺たちは初めて目の当たりにしたのだ。

 

 その日の夕方。

 全ての実験を終え、俺とリュナ、そして響の三人は、施設の屋上庭園から、沈みゆく夕日を眺めていた。

 

「私、少しだけ、分かった気がします」

 リュナは、穏やかな顔で言った。

「私がここにいる意味。それは、ただ火の玉を撃つことじゃなくて……私の持っている力、その全部で、みんなの役に立つことだったんですね」

「ああ、そうだな」

 俺は、彼女の横顔を見ながら、頷いた。

 

「君は、俺たちにとって、かけがえのない専門家だよ。技術顧問殿」

「……もう、からかわないでください」

 リュナは、少し顔を赤らめながらも、嬉しそうに笑った。

 

「でも、本当にそうですよ」と、響が隣で頷く。

 

「リュナさんの力も、私の知識も、愁也さんの視点も、全部が必要なんです。私たち、最高のチームじゃないですか?」

 

 俺たちは、たくさんの壁にぶつかってきた。言語、文化、常識、そして、予算。

 だが、その一つ一つを、不格好ながらも乗り越えてきた。その先で、俺たちは確かに、ただの「保護対象」と「保護者」ではない、「同僚」として、そして「友人」としての絆を築き始めていた。

 

【同時刻・学術研究技術都市 市長執務室】

 

「―――以上が、例の『空間制御系魔法』に関する、財務企画部としての報告です」

 豪華な執務室のデスクに置かれたモニターの中で、財務企画部の田中が、感情を一切排した声で報告を終えた。

 モニターの向こう、革張りの椅子に深く腰掛けた影――学術研究技術都市の最高責任者である市長は、指を組んだまま、しばらく何も言わなかった。

 

『……結構な予算を承認したものだな、田中君』

 やがて、スピーカーから響いたのは、穏やかだが、底の知れない冷たさを感じさせる声だった。

「はい。ですが、彼女が示した能力は、投資に見合うだけの価値があると判断しました。軍事転用、特に防衛システムへの応用が期待できます。彼女は、もはや単なる保護対象ではなく、この都市が独占すべき、極めて重要な『戦略的資源(リソース)』です。」

 

 田中は、淡々と、しかし確信を込めて言った。

『よろしい』

 市長の声には、満足の色が浮かんでいた。

『引き続き、リエゾン担当の和泉愁也を通じて、対象の監視とデータ収集を継続したまえ。我々は、その『資源』の全てを、完全に掌握する必要がある.

 ……ところで世界シミュレータの数値変動は?』

 

「あの事件以降、数値の小さい観測世界については除外し、観測値が大きな世界へのアクセスを試みています。まだ小規模のpingを打ち込むのが精一杯で、正直を言えば先に繋がった世界以外は芳しくない状態です。

予算をかけて準備した封じ込めチームも先のことがなければ早々にお払い箱でした。……結局防衛軍に統合するほうがコスト面でも、指揮系統でも市長直轄として動かせる。」

 

『現場の判断で、半年前のゲート封鎖は早まった考えだった……。とはいえ、あの時の封じ込めチームの惨状を考えれば仕方ないことだな。

……今の武装ならばどうか?』

 

冷徹な科学の都と資本主義のしもべが声を上げる。

 

「『魔法』を再現したプラズマエネルギーの解析は進んでいますので、そう遠くないうちに対魔獣兵器は完成するかと思われます。万が一が起きても第7ブロックのようなことにはならないでしょう。……逆侵攻も火力を集結すれば可能でしょう。」

 

いくつかの書類にさっと目を通しながら田中は確信した声を上げる。

 

『よろしい。無尽蔵に予算を投じることはできないが、それでも人類のため……新たな「油田」は必須だからな。』

 

「承知しました。」

 

 通信が切れる。田中は、承認された予算書を、まるで戦利品のように眺めた。

 彼の頭の中では、リュナという少女の笑顔も、彼女が流した涙も、全てが冷たい数字と、利用価値に変換されていた。

 

 ラウンジの温かい光の裏側で、巨大な組織の冷徹な歯車が、確かに、そして静かに回り始めていた。

 本当の物語は、まだ始まったばかりだった。

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