システムエンジニアと迷いし少女の物語   作:書との契約者

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第11話:勝利の代償と、払われた敬意

 戦闘の狂騒が嘘のように過ぎ去った後、異世界の荒野には慌ただしい喧騒が満ちていた。

 黒煙を上げる魔獣の残骸、大地に散らばる薬莢、そして焼け焦げた土の匂い。その中で、キマイラ隊の医療兵とエルドリア王国の騎士たちが、互いに身振り手振りを交えながら、黙々と負傷者を運んでいく。

 

 その喧騒の中心となっているのが、キマイラ隊が瞬時に設営した、純白の巨大な医療テントだった。

 内部では、エルドリア側の従軍医師たちが、負傷した騎士たちの上に手をかざし、詠唱を続けている。その手から放たれる柔らかな光が、傷口をゆっくりと塞いでいく。

 その隣では、キマイラ隊の医療兵が、負傷した味方の装甲服を慎重に切断し、傷口をスキャンしながらも点滴をさしている。

 モニターには、兵士の血液データと、それに混入した未知の微生物を示す警告が赤く点滅している。

 

「抗生物質投与! 感染症の兆候あり!」

「おい、彼らの回復魔法は、我々の世界の菌にも有効なのか!? データがない、危険すぎる!」

「隔離エリアへ運べ! 魔法で傷は塞がっても、未知のウイルスに感染している可能性は捨てきれん!」

 

 魔法による神秘的な治癒と、科学による徹底的な感染対策。

 一つのテントの中で、二つの全く異なる救命活動が、緊張感をはらみながら同時に行われている。

 それは、この共同作戦が抱える、根源的なリスクを象徴する光景でもあった。

 

 

 内部では、エルドリア側の従軍医師たちが、負傷した騎士たちの上に手をかざし、詠唱を続けている。

 その手から放たれる柔らかな光が、傷口をゆっくりと塞いでいく。

 テントの奥には、エアロック式の野戦手術室が設置され、青い手術着の医療スタッフたちが最新鋭の機材で重傷者の手術を行っていた。

 その間を、響が走り回り、片言の単語とジェスチャーを交えながら、必死に意思疎通の手伝いをしていた。

 

 医療テントの一角で、キマイラ隊の軍医が叫んだ。

「待ってください! 傷を塞ぐ前に、内部の汚染状況を確認し、洗浄しなければ! あなたが今ここで傷を完全に塞いでしまえば、我々の世界の常識では、未知の菌を体内に封じ込めることになる! それは死を意味するかもしれない!」

 

 軍医が制止したのは、負傷したキマイラ隊の兵士に回復魔法をかけようとしていた、エルドリアの従軍医師だった。

 彼は、軍医の剣幕に驚き、困惑した表情で響に助けを求める。

 

「愁也さん、彼は『神聖なる治癒の光が、浄化できぬはずがない』と……」

 

 信仰に近いレベルで魔法を信じる彼らと、データに基づき最悪のリスクを想定する我々。

 その間に入った俺は、リエゾンとして必死に言葉を繋ぐ。

 

「ドクター、彼の言うことも分かります。ですが、まずは我々のやり方で、傷口の『洗浄』だけでもさせてほしい、と伝えてください。安全を確保した上でなら、彼の魔法が傷を塞ぐ速度は、我々の縫合手術より遥かに速く、有効です」

 

 俺の提案に、軍医は一瞬ためらったが、出血が続く兵士を見て頷いた。

 まず、キマイラ隊の医療兵が、手際良く傷口を洗浄し、異物を除去する。

 そして、その上からエルドリアの医師が手をかざすと、光と共に傷がみるみるうちに塞がっていく。

 

 それは、科学と魔法が初めて連携した、奇跡的な共同作業だった。

 だが同時に、互いの根底にある「死生観」や「世界の捉え方」の違いを、浮き彫りにする光景でもあった。

 

 王国軍の被害は決して少なくない。

 だが、もしあのまま彼らだけで戦い続けていれば、死傷者の数はこの数倍では済まなかっただろう。

 生き残った騎士たちは、その事実を肌で感じていた。

 だからこそ、そこに以前のようなあからさまな侮蔑の視線はなかった。

 

 指揮テントの中もまた、その空気を引き継いでいた。

 オオトモ大佐とゲオルグ騎士団長は、テーブルに投影されたホログラムの戦闘記録を、ただ黙って見つめている。

 やがて、オオトモ大佐がおもむろに立ち上がり、ヘルメットを脱いだ。

 それに倣い、ゲオルグも兜を脱ぐ。

 

「……先ほどの戦闘で殉職した、指揮車両護衛隊2名、戦闘部隊13名、王国側騎士の方々へ……黙祷」

 大佐の静かな声に、テント内の全員が目を閉じる。

 祈る方法は違えど、二つの世界の兵士たちが、初めて共通の祈りを捧げた瞬間だった。

 

 数秒の沈黙の後、ゲオルグが口を開いた。

「……見事なものだ。我が騎士団の精鋭をもってしても、正面からぶつかれば、被害は甚大だっただろう」

「貴殿らの『魔法』も、だ」

 オオトモ大佐は、表情を変えずに応じた。

 

「我々の兵器では対応しきれん、変幻自在の戦術。そして、何より死を恐れぬその勇猛さ。兵士として、最大の賛辞を贈ろう」

 俺は、二人の指揮官の間に生まれた、言葉を超えた敬意を肌で感じていた。

 

 だが、その一方で。

 少女たちの間では、もっと個人的で、そして根源的な対話が始まろうとしていた。

 

 少し離れた場所にある、医療用の簡易テント。

 戦闘で魔力を使い果たしたリュナは、休息を取るよう命じられていた。

 通訳作業にひと段した響が、濡れたタオルで彼女の汗を拭ってやっている。

 そこに、エリザベス、アンナ、セレスティアの三人が、神妙な面持ちで入ってきた。

 

「……リュナ」

 エリザベスが、硬い声で口火を切った。

 その瞳には、友の無事を喜ぶ色はなかった。

 ただ、燃えるような真紅の髪と同じ、激しい疑念の色が浮かんでいた。

 

「説明してちょうだい。あの魔法は、一体何?」

 その問いは、あまりに直接的で、逃げ場がなかった。

 

「あの『チェーン・バインド』……あなたが使えるものより、遥かに強力だった。そして、最後のあの炎……あれは『インフェルノ・バースト』ではないわ。似て非なる何かよ。あなたの魔力量では、決して扱えるはずのない、冒涜的な力。……あの異邦人たちは、あなたに何をしたの!?」

 

「違う!」

 リュナは、思わず叫んでいた。

「愁也さんたちは、そんなこと絶対にしない! あの力は、私が、私自身の意志で使ったものよ!」

「では、どうやって!?」

 エリザベスが詰め寄る。

「魔法の理を、どうやって捻じ曲げたというの!?」

 

「理は、捻じ曲げてなんかない……」

 リュナは、言葉を探しながら、必死に説明しようと試みた。

「こちらの世界には、『電気』という、天の雷撃に似たものがあって……。それを蓄える『箱』と、その力を使って魔法の威力を高める、特殊な杖があるの。私は、それを使っただけで……」

「電気……? 箱……?」

 エリザベスも、アンナも、セレスティアも、きょとんとした顔でリュナを見つめる。

 

 彼女たちの世界には、存在しない概念。

 理解できるはずもなかった。

 エリザベスの瞳に、深い失望の色が浮かぶ。

 

「……分からない。あなたが何を言っているのか、さっぱり分からないわ」

 

「エリザベス様」

 今まで黙ってリュナの隣にいた響が、静かに口を開いた。

「リュナさんの故郷に、『雷を力に変えた大賢者』の神話はありますよね? 愁也さんたちは、その神話を読んで、全く同じことを科学で再現したんです。この『箱』は、その神話に出てくる『天の雷撃』をためておける箱なんです」

 響は、エリザベスたちの文化に最大限の敬意を払い、彼らが理解できる言葉で、必死に「翻訳」しようと試みた。

 

「……神話を、再現ですって?」

 エリザベスの眉が、わずかに動く。

「科学という野蛮な力で、神聖な御業を模倣するなど、それこそ冒涜ですわ!」

 響の努力も虚しく、エリザベスの頑なな心は、さらに固く閉ざされてしまった。

 

「誇りだけでは、勝てない!」

 リュナの悲痛な叫びが、テントに響き渡った。

「私だって、嫌だった! あのフリフリの杖も、意味の分からない大きな声も! でも、あの力が必要だったから……! 仲間を守るために、勝つために、私にできる全てを、やらなきゃいけなかったから……!」

 

 その言葉に、エリザベスはぐっと息を詰まらせた。

 リュナの瞳の奥にある、必死の覚悟に、何も言い返せなくなってしまったのだ。

 

「……ごめんなさい」

 リュナの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。

 

「私、もう、みんなの知ってる私じゃないのかもしれない。この世界に来て、たくさんのことを知って、たくさんのことを感じて……。何が正しくて、何が間違ってるのか、私にも、もう……」

 

 言葉は、嗚咽に変わった。

 アンナとセレスティアが、泣きじゃくるリュナの両肩を、そっと抱きしめる。

 エリザベスだけが、やり場のない感情を抱えたまま、固く握りしめた拳を震わせ、立ち尽くしていた。

 

 彼女たちの間にある溝は、あまりに深く、そして暗い。

 それは、単なる友情の亀裂ではない。生まれ育った世界の「常識」そのものが、今、目の前で揺らいでいることへの、根源的な戸惑いと恐怖だった。

 二つの世界の本当の対話は、まだ始まったばかりだった。

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