システムエンジニアと迷いし少女の物語   作:書との契約者

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第13話:為政者たちのチェス盤

 深夜、学術研究技術都市の匿名掲示板に、一つのスレッドが熱狂的な勢いで加速していた。

 

【速報】第13ブロック上空の『アレ』、なんかデカくなってね? Part. 3

 

1 名無しの市民

おい、昨日13ブロックに都市防衛軍の大部隊が集結していったのの見た奴いる?

ひび割れのしたにずっとバリケード作ってて俺たち近づけんけど。

 

4 名無しの市民

見た見た! てか、その部隊が集まってた中に、なんかコスプレした女の子いなかった?

 

5 名無しの市民

それな! 半年前の事件の時の『賢者ナディア』のコスの子じゃね?

 

8 名無しの市民

マジかよ! あの『解釈違い魔法少女』がまだいたのか!?

 

11 名無しの市民

え、何それ? 半年前ってSPトレンドシュア社のテロのやつ?

 

15 名無しの市民

テロは公式発表立ったんだよなぁ。実際は異世界からモンスターが湧いて、軍隊が壊滅寸前だったところを、あのかわいい賢者様が魔法で一掃したっていうのが真相な

 

19 名無しの市民

陰謀論……って思ってたけど市長認めたしな

そして、あの女の子がいたのはガチ。俺も望遠で見た。

 

24 名無しの市民

てことは、やっぱりあの『ひび割れ』の向こうって、異世界で確定なのか?

 

26 名無しの市民

ヤバい、胸熱展開じゃん。俺たちの税金、異世界攻略に使われてるのかよw

 

33 名無しの市民

でも、あの浮いてる城、どう見ても敵だよな…? 大丈夫なのか?

 

35 名無しの市民

大丈夫なわけねーだろ。

戦闘でこっちまで衝撃波来て、13ブロックの俺ん家の窓ガラス割れたぞ。おかげで会社に泊まり込みだよ。

 

39 名無しの市民

マジかよ、お疲れ…。うちの会社も、13ブロック在住者は全員避難所代わりに会社に泊まり込んでる。やったね!ずっと仕事できるぜ

 

48 名無しの市民

【速報】市長、定例会見で「異世界の脅威と可能性」について言及。祭りキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

 

50 名無しの市民

おいおいマジかよ! ……反攻作戦の会見はあったが、可能性って油田とかか?

 

51 名無しの市民

不謹慎だけど、やっぱワクワクするよな。あのひび割れの向こう側って、広大な土地とかあんのかな…? 新大陸発見的な

 

54 名無しの市民

土地! それだ! 俺たちのメガフロートに一番足りないもの!

 

56 名無しの市民

市長、頼む! 異世界からの賠償金で、俺たちの居住ブロック増やしてくれ! 土地問題は切実なんだよ!

便利な都市だけど住む場所だけは外の方がいいんだよなぁ…

 

63 名無しの市民

お前ら、脳天気すぎだろ……。普通に考えて、戦争なんだぞ、これ。

 

 市民たちの期待と不安、そして野次馬根性が渦巻く、電子の海の次元の壁を越えた異世界の地で、国家の意思決定を左右する、もう一つの対話が始まろうとしていた。

 

【前線基地】

「―――じゃあ、行ってくる」

 最高レベルの遠隔会議が始まる直前、俺は待機用の別車両にいるリュナと響に声をかけた。

 

「愁也さんなら、大丈夫ですよ」

 響が、いつもの笑顔で俺を送り出す。

 

「私たちは、ここで待ってますから」

 リュナも、こくりと力強く頷いた。その真っ直ぐな瞳に、俺は無言で頷き返すと、自分の持ち場である装甲指揮車両へと向かった。

 

 前線基地の装甲指揮車両内は、市長がもたらす、冷たい沈黙に支配されていた。

 俺、オオトモ大佐、そして如月博士。

 三人の前に浮かび上がるホログラムには、地球にいるはずの三人の男の姿が映し出されている。牧原先輩、財務企画部の田中、そして、雲の上の存在である「市長」その人だ。

リュナと響は、この最高レベルの会議への同席は許されず、今は別の車両で待機している。

 

「報告は聞いている」

 穏やかだが、有無を言わせぬ響きを持つ声で、市長が口火を切った。

「まずは、現場の科学的見地からの分析を聞かせてもらおうか。如月博士」

 

「は、はい!」

 指名された如月博士は、待ってましたとばかりに身を乗り出し、興奮気味に報告を開始した。

「まず、この世界は、未知のエネルギー粒子――仮称『マナ』が、大気や土壌、生命活動のあらゆる場所に、ごく当たり前に存在していることが確定しました!」

 

 彼は、先日の戦闘記録映像を再生する。アンナが土の壁を作り、セレスティアが回復魔法を使うシーンが映し出された。

「これらは、我々の常識を覆すものです。例えば、この土を操る魔法一つとっても、建設現場の基礎工事に応用すれば、工期とコストは数十分の一に圧縮可能です!」

 

「素晴らしい」

 報告を聞いていた田中が、眼鏡の奥の目を光らせ、鋭く質問を挟んだ。

「で、博士、肝心な話だ。その『マナ』とやらは、我々が使える『エネルギー』に加工できるのかね?」

 

「可能性は、極めて高いと断言できます」

 博士は、自信を持って頷いた。「プロセスとしては『電気エネルギーをマナに変換』しています。ならば、その逆――『マナを電気エネルギーに変換』することも、理論上は可能です」

 

 博士のその言葉に、それまで黙って聞いていた市長が、初めて身じろぎした。

 

「なるほどな。……今回の件は領土割譲という選択肢も魅力的だが、現実的ではない」

「おっしゃる通りです」

田中が、市長の意図を引き継ぐ。

 

「ですが、市長、資源ならば話は別です。彼らの足元には、次世代の黄金が眠っているのです」

 

「うむ」

市長は、満足げに頷いた。

 

「我々は、エルドリア王国にとっての『良き隣人』となる。まずは、この共通の敵『黄昏の旅団』を、彼らのために排除してやるのだ。恩を売っておいて損はない」

 

 彼の言葉を受け、田中が最後の締めくくりとして、市長に進言する。

 

「おっしゃる通りです、市長。戦争は、あくまで手段。真の目的は、この『油田』の確保です。友好関係という名の、最も効果的で、リターンの大きい投資ですよ」

 

 その言葉に、市長は満足げに頷いた。

 そして、オオトモ大佐に向き直り、最終的な命令を下した。

 

「作戦を再定義する。公式目標は、従来通り『浮遊要塞の無力化による都市防衛』。だが、君たちに課せられた最優先の極秘目標は、『エルドリア王国との友好関係を構築し、将来的なマナ技術獲得への布石とすること』だ。」

 

そして目線をモニター越しにいるであろう牧原に目を向ける。

 

「牧原君。複数回申請が上がっているが世界シミュレーターの切断は不許可だ。

世界シミュレーターは都市の根幹システムであり、……もともと下位世界を探るためのプロジェクトのための代物だ。

そして今、接続可能な世界を維持し続けているのはあれの「仕様」だ。

外部からの接続があったとはいえ、大本の目的がやっと果たせるわけだ。

……心せよ。」

 

 最後に、市長はホログラム越しに、俺の目を真っ直ぐに見つめた。

 

「……和泉愁也さん。今の職場は、君の住む第8ブロックからは少し通勤が大変だろう。近くのモノレールの駅もあの戦闘で破壊されてしまっているから、もっと便利な場所への転居を考えているとか」

「……!」

 

 全身の血の気が、さっと引いていくのを感じた。

 まだネットで調べ始めたくらいだぞ……。

 

「どうだろう。この案件が成功した暁には、君の都市への多大な貢献に報いるため、我々の方で、第14ブロックに土地付き一軒家を用意させよう。もちろん、今の職場にも近くなる」

 

市長の言葉と同時に田中からのファイルが送られてきて勝手に開かれる。

新興住宅地の第14ブロック。

駅にも比較的近く商業施設にも出やすい場所だ。

 

土地がない学術研究技術都市では金だけでは買えない一財産だ。

当然周りに住む人もレベルが変わってくるし、関係性も再構築される。

 

どんなにボロボロの住居であっても土地持ちの一軒家に住むことが許可されているということだけで、信用機関での信用ランクは特別扱いであり、それまでの学歴や経歴ではなく、都市に対してどんな貢献をしたかで判断される。

特に、貢献1世に関しては大違いだ。

 

正直、普通に大学を出出たが、普通の会社員になった俺では宝くじを当てたとしても無理な扱いだ。

 

「和泉さん、あなたの共感性の高さは、リエゾンとして得難いスペックです。

ですが、プロジェクト全体を俯瞰すれば、時にその仕様が原因で、予測不能な不具合を発生させることがある。

何も、あなたが保護をしているリュナさんを引き渡せという話ではありません。少し前までは渡してくれればと思っていましたが、実験対象はいくらでもいますから……。あなたが、きちんと業務をしてくれればいいのです。」

 

目の前の大き過ぎる報酬と都市への貢献という言葉に頭がくらくらする。

 

「我々は、このプロジェクトの安定稼働を望んでいる。……余計なバグは、リリース前に潰しておくべきだ。そしてプロジェクトで見つかる脆弱性に対しては緊急パッチを当てるべきと考えている。……言っている意味は、分かりますね?」

 

会議が終わり、ホログラムが音もなく消えた後も、俺はその場から動けなかった。

 装甲指揮車両の中の、人工的な静寂が、やけに耳に痛い。

 

会社員時代、理不尽な要求や、綺麗事の裏にある醜い本音は、嫌というほど経験してきた。だが、これは次元が違う。

 

脳裏に蘇るのは、あるプロジェクトの記憶だ。クライアントの無茶な仕様変更。連日の徹夜で疲弊していくチームメンバー。

 俺は、彼らを守るために上司に直談判したが、返ってきたのは「これもプロジェクト成功のためだ」という、笑顔の圧力だけだった。

 結局、俺はチームに頭を下げ、事実とは異なる「成功事例」としての報告書をまとめ上げた。

 プロジェクトは表向き成功し、俺は評価された。だが、あの時、俺が守ったのはチームじゃない。

 会社の利益と、上司の顔、そしてメンバーを含めた自分たちの会社員という立場だけだ。

 

あの時の、胸の奥にこびりついた澱のような罪悪感。

 リュナを「サンプル」と呼び、異世界を「油田」と断じた、あの為政者たちの冷たい目。

 あの時のクライアントや上司の目と、本質は何も変わらない。

 ただ、賭けられているものが、違いすぎる。あの時は、せいぜい予算と納期と、数人のエンジニアの精神が犠牲になるだけだった。

 会社員という立場は失わないし、命にも別状はない。

 

だが、今は? 失敗すれば、犠牲になるのは……命だ。

 そしてリュナの、未来だ。

 だが一方で、きちんと仕事をすれば安定的な生活が手に入るだろう。

 

(……そうだった。忘れかけていた)

俺たちの住むこの学術研究技術都市は、そもそも「国家」ですらない。

 太平洋に浮かぶ、巨大な実験プラントだ。

 その運営は理事会…つまり、世界中の大企業や研究機関という出資者たちによって決められる。

 そして、その頂点に立つ市長は、市民が選んだ代表じゃない。

 スポンサーの利益を最大化するために送り込まれた、絶対権限を持つCEOだ。

 俺の、俺たちの運命は、初めから株主総会で決められているようなものだ。

 俺に、拒否権などあるはずもなかった。

 

車両のハッチが開く音がして、響が心配そうな顔で俺を覗き込んだ。

「愁也さん、大丈夫ですか? すごく、思い詰めた顔をしていますけど……」

「……いや、なんでもない」

「なんでもない、って顔じゃありませんよ」

響は、俺の隣に座ると、真剣な目で俺を見つめた。

「……私には、愁也さんが背負っているものの全部は分かりません。でも、一つだけ言わせてください。私たちは、チームです。愁也さんが一人で全部抱え込む必要は、ないんですよ」

 

彼女に、この醜い話をするわけにはいかない。だが、その真っ直ぐな言葉が、俺のささくれ立った心を、少しだけ温めてくれた。

 

(チーム……か)

 

 会社員時代、俺が守れなかったもの。

 そして、今度こそ、俺が守り抜かなければならないもの。響の言葉が、澱んだ思考の中で、唯一の道しるべのように光って見えた。

 

「……ありがとう、響さん。少し、頭が冷えたよ」

俺がそう言うと、彼女はほっとしたように微笑んだ。

「それならよかったです」と言って、彼女はそっと車両を降りていった。

 

一人残された俺は、自室として割り当てられたコンテナの一室に戻った。

そして、SE時代から使い慣れた、俺個人の端末を起動する。

開いたのは、いくつもの地獄を共にしたプロジェクト管理ツール。

 

俺は、震える指で、特殊コマンドを打った上で新規プロジェクトを作成した。

 

プロジェクト名:『オペレーション・トモダチ(機密)』

 

要求仕様定義の欄に、最初の項目を、一字一句正確に入力していく。

 

【最優先要件定義】

依頼主:学術研究技術都市 市長

目標:エルドリア王国との友好関係を構築し、将来的なマナ技術獲得への布石とすること。あらゆる手段を用いて、都市の利益を最大化する。

 

これが、公式のミッション。俺に与えられた「仕事」だ。

俺は一度、目を固く閉じた。

脳裏をよぎるのは、響の「私たちは、チームです」という言葉と、リュナの笑顔。

 

次に、俺はもう一つの、隠された要求仕様を、自分自身に課すように打ち込んだ。

 

【絶対遵守事項】

目標:リュナ=ルオフィスの未来を、あらゆる脅威から守り抜くこと。

 

画面上には、二つの、あまりにも矛盾した要求が並んでいる。

俺は、この二つのタスクを、依存関係を示す矢印で結ぼうとした。

その瞬間。

 

!! CONFLICT ERROR: REQUIREMENTS ARE MUTUALLY EXCLUSIVE !!

(!! 競合エラー:これらの要求仕様は相互に排他的であり、両立不可能です !!)

 

無慈悲な赤い警告が、モニターの中央で点滅する。

システムは……このシステムの裏にいるフローラという都市のAIは正直だ。

先程までのオンライン会議のデータも常にモニタリングして回答を返してくる。

 

そして、今記入した内容についてはこの二つを両立させることなど、不可能だと、冷徹な事実を突きつけてくる。

 

俺は、そのエラー表示を、ただじっと見つめていた。

会社員時代の記憶が蘇る。クライアントの無茶な仕様変更。

上司からの精神論。絶対に両立不可能な要求を前に、何度も絶望しかけた。

 

だが。

 

「……知ってるさ」

 

俺の口から、乾いた笑いが漏れた。

 

「だがな。仕様書の矛盾を現場の創意工夫で乗り越えるのが、俺たちSEの仕事だろうが」

 

俺は、エラー表示を無視して、強制的に二つのタスクを一本の線で繋ぎなおした。

モニターの中で、赤い警告表示が消え、歪んだ依存関係を示す青い線が、確かに結ばれる。

 

それは、システムへの冒涜であり、論理の放棄だった。

だが、その瞬間、俺は確かに、ただの会社員でも、リエゾンでもない、この巨大で歪んだプロジェクトの、唯一の責任者―――プロジェクトマネージャーとして、覚醒した。

 

連絡役としての俺の任務は、今、より重く、そして遥かに残酷なものへと、その姿を変えたのだ。

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