新エリー都の不純物 作:偉大なる世界樹
罰鳥は罪を犯すことをやめて欲しいんだ。
罰鳥にありがとうと言って。
「ふう、上手いことあの場から離れることができたな」
「お帰りなさい、ジャスティン」
「災難だったなあ、ジャスティン。紫の涙と出くわすなんてさ」
朱鳶が気を取られている隙に届いた招待状にサインをし図書館へと無事帰還してきたジャスティンに図書館の館長であるアンジェラとその友だちであるローランがねぎらいの言葉をかける。
「ああもうほんと散々だったよ治安官には話が通じなかったし、俺のE.G.Oは変なことになってるし」
「そのあなたのE.G.Oの異変についての事なのだけれど分かったことがいくつかあるわ」アンジェラが今分かったことを説明して行く。
「どうやら今のあなたはあなた自身のE.G.Oページに私のE.G.Oページが代わりに帰属しているみたい」
「アンジェラのE.G.Oページって…もう1つ図書館が増えたって考えでいいのか?」ローランが疑問を口にする。
「半分正解で半分不正解ね、詳しく説明する前に…2人共この図書館がどうやって人を本に変えているのか覚えているかしら」そう2人にアンジェラが問いかける
「なんか…感情を高ぶらせて、あーだこーだみたいな…」難しい理屈に関してはそういうものだと割り切って考えているジャスティンは曖昧に返した。
「確かホクマーに前聞いた話だと人を量子化し複写して本へと形を変えることで記憶と知識を差し出させる…だったか?」敏腕フィクサーたる所以か適切に自身の記憶から必要な記憶を引き出してみせるローラン。
「よくあの小難しい話を覚えてられたな?ローラン」
「やっぱり理解してなかったのか…頭上に?が浮かんだような顔をしてると思ってたけどさ」
「大体ローランの認識で合っているわ。図書館内に居るものを複写する…私自身もその例外ではなかったということね」アンジェラが何故自身のE.G.Oが帰属されるに至ったかを説明する。
「アンジェラのE.G.Oの複製ってことか」
「そうなるわ、ただE.G.Oは一切の調節をせずに使うことは難しいからこの図書館内で抽出したりしたものは自動的に一定の基準まで1度すべて出力を落としているの。その後に私が細かく調節する流れね」
「だから今あなたが持っている私のE.G.Oページでは光を使った生物の形成や量子化して複写、つまり生物を本にしたりことはできなくなっているわ」
E.G.Oが殻を被るという都合上そのままの状態では被った側が殻に浸食されるリスクもある以上多少の劣化が生じてしまうということをあまりE.G.Oに馴染みのないローランに向けて説明する。
「ならどうして俺はあの世界で図書館の外で生きていられたんだ?俺たちは図書館の中じゃないと生きていけないはずだろ」
「前にL社で働いていたあなたならわかると思うけど幻想体自体が持つ特性とその幻想体から抽出されたE.G.Oでは特性が異なることがあったわよね」
「そうなのか?」ローランが自身よりもE.G.Oや幻想体に長く関わって来たジャスティンに聞く。
「ああ、それこそ言語の階の『何もない』は高い自己治癒能力を有してはいたがそれから抽出された『ミミック』みたいな相手を傷つけたときに自分の傷を癒す能力はなかったな」
「それと同じように少し能力が変質していて、今あなたの体自身が小さな図書館のようになっているの、だから図書館の中にいるわけでもないのに本を自由に取り出すことができたでしょう?」
「てことはその能力を使えば俺たちもそのうちジャスティンみたく図書館の外に出られるようになるってことか?」その説明に一抹の希望を見たローランがアンジェラに問いかける。
「それは少し難しいかもしれないわね…どうしたらこの特性を持ったE.G.Oを安定して抽出することができるかも定かではないし…ジャスティン、紫の涙に跳ばされる前の状況を思い出せるかしら」
「調律者たちを追い払って一息ついたお祝いとしてみんなでパーティーをしたんだよな?」事実を確認するように1つ1つ確実に思い出していくジャスティン。
「そうそう、それでジャスティンと俺とネツァクで飲んでたんだよな」
「酒を飲んでたから図書館内で感情が増幅してたのもあってアンジェラとローランの過去と向き合った姿勢に感動して…10000年分のLobotomy社の自分の記憶を呼び戻せないかアンジェラに相談したんじゃなかったか?」少し酒を飲んでいた事もあって曖昧になっている部分を当事者のアンジェラに確認する。
「そうね、私の苦痛を少しでも理解してもらえるならって図書館にあるL社のデータとの同期を許可した記憶があるわ」
「それでロボトミーコーポレーションの本に触ってそのまま負荷で気絶して目が覚めたら図書館の外だったな」
「つまり?」ローランが結論を促す。
「図書館との同期の最中に紫の涙の手によって図書館外部へと転送された結果自身が存在するために必要な能力を無意識のうちに図書館から抽出した…ということかしら」アンジェラが1つの仮説を立てた。
「現実的に考えてそれってあり得るのか?ジャスティンは懲戒チームにいたから抽出についてだとかの細かいところはわからないって前話してただろ」それに対してローランはそれが現実的に可能かどうかを問う。
「確かに前までの俺にはわからなかった話だが10000年分の記憶を取り戻した今、別にそのうちのすべてで懲戒チームにいたわけじゃないからな。抽出にいたときの記憶も戻った今意識外だったとしても自分が生き残る為に咄嗟に抽出していたとしても不思議じゃないな」ジャスティンはローランにありえない話ではないと返した。
「許可した私が言うのもおかしな話だけれど本当に無茶をしたわね…」
「そういえば精神は大丈夫なのか?10000年分の苦痛を味わったってことだろ?どうしてわざわざそんなことを…」
「精神に異常はないよ、理由は…ほらアンジェラとローランは過去に向き合っただろ?」
「ああ」
「そうね」
「だから、2人が辛い過去に向き合ったっていうのに自分はその過去には向き合わないっていうのは不義理に思えたんだよ…」何か思うところがあるのか僅かに顔を顰めながら答えた。
「不義理って…そんな理由で10000年分の苦痛を味わう決意をしたのか?」
「また昔みたいに目をそらし続けたまま生きていきたくないんだよ」
「わかった。そういうことならこれ以上は何も言わないよ」答えたジャスティンの表情を見てローランはそれ以上の追求をやめた。
「ところでアンジェラ、紫の涙との取引はどうするんだ?」ジャスティンは図書館に戻って来た理由の一つでもある取引についてアンジェラに指示を仰ぐ
「それについてはすでに私たちで話し合って結論が出てるわ」
「賛成的な意見が5票、否定的な意見が5票何方ともいえない意見が1票ね」
「賛成派が私、マルクト、ホド、ゲブラー、ホクマー、否定派はローラン、ネツァク、イェソド、ティファレト、ケセドどちらでもない意見がビナーよ」
「もしもこの依頼を受けることになれば1度あっちの世界に行っていて図書館の外でも動けるあなたが主体になって依頼を進めていくことになるわ、だから票が半分に割れた以上最終的な決定権はあなたにあるわ」
「半分に意見が割れたって言ってもわざと半分にして俺に決めさせようとしてるやつもいそうだな」ジャスティンは司書たちの性格からそう推測する。
「そうね、ホドとケセドとビナーはそういう考えだって言っていたわ」
「でもまあこれで先に図書館で結論を出してから来いっていう紫の涙の要望には沿ったな」言葉に出したのはその3人だったが他の司書にもそういう考えの者も居ただろうと思いながらこの話に一区切りがついたことをアンジェラに伝える。
「あら、私はまだその結論を聞いていないのだけど」
「図書館での結論は俺に任せる、俺の結論は紫の涙の話をもう1度聞いてから決めるだ」
「それは結論を出しているとは言えないんじゃないの?少なくとも紫の涙が求めていた答えじゃないように思うわ」そんな理屈は通らないのではないかとアンジェラが言う
「いいや、結論は出した。だからそれでいいんだよ。屁理屈のように聞こえるのかもしれないけど都市の場合こういう時の落ち度は細かく指定しなかった相手側にあるもんだし。まあ契約書なんかに滅茶苦茶小さく記載されてたとかならこっちが悪いんだけど、今回は口頭での形だったしな」
「結局、どれだけ馬鹿げていた理屈だったとしてもそれがまかり通る事があるのが今の都市だからなあ」
「アンジェラも俺の煙戦争の時の約束が反故にされたのは知ってるだろ?」
「そう、なのね…やっぱり私にはまだこの都市のことは理解が足りないみたい」
「それについては
「それとジャスティン、お前に1つ質問があるんだが…」
「なんだ?」
「紫の涙と面識があったみたいだが昔に何があったんだ?」
「そうね、私もそれについて聞きたいと思っていたのよ」
「なんてことのない話だよ。昔ローランみたいに自分の全てだった人を失ったんだ」1歩1歩踏み締めるように話していく、別に2人が思っているようなことは何もないと。
「その時はもう復讐なんてとっくの昔に終わってて、生きるだとか死ぬだとかじゃなくてただ惰性で生きてたんだ」
「その時に1度紫の涙と出会った時があった。何の企みがあったのかは知らないがあいつは俺に手を差し伸べてきた。そして俺はその手を振り払った、それだけの話なんだ」
「勝手にL社に売り込んだっていうのは?」
「その時に俺の事情を知ってるやつなんてあいつ以外居なかったんだよ。その時はすごく荒れてて、自分に近寄ってくる奴のことを片っ端からぶちのめしてたから俺のことをわざわざ知ろうとする奴なんて尚更いなかった」
「あー、随分、荒れてたんだな?」珍しくローランが少しの動揺を見せる。
「そんな言葉を選ばないでくれ、逆に傷つく」乾いた笑いでジャスティンが返す。
「悪かったよ。にしても随分と紫の涙に気にかけられてたんだな」
「気にかけられてた?」そうなのだろうかと思いながらもジャスティンは返した。
「わざわざL社に売り込むあたり大分気にかけられてると思うけど」
「確かに匿名のタレコミが無ければ貴方にL社への招待は送られなかったと思うわ」
「そうなのか?」
「ええ、心に傷があったりする事もL社に選ばれる条件なのだけど…完全にあなたについての情報は取りこぼしていたみたい」
「てことは俺は紫の涙が勝手しなければゲブラーの元で働いたり、ローランに会ったりすることはなかったのか…」自分が死んだ理由の一因でもあり救われた一因でもあるL社での勤務。その前提の部分に紫の涙の行動があったことに複雑な気分になるジャスティン。
「少なくとも俺には紫の涙はお前のことを気にかけてるようにも見えたよ」
「そうか…ありがとう、ローラン」自身でも整理できない気持ちを少しでも楽にしようと言葉をかけてくれた親友に感謝を伝える。
「そろそろ行くことにするよ」
「もう行くのか?どうだ、どうせなら景気付けに1杯…」
「ローランが飲みたいだけだろー、それに俺は向こうで酒を飲めるしな?」
「ずるいぞ、コンニャロ」
互いにいつもの調子に戻って軽口を叩き合う。
「次戻って来たら飛び切りの酒を持ち帰って来てやるよ」
「はあ…あなたお酒を好きなのは知っているけど、仕事を優先しなさい」
アンジェラが呆れた声色で提言する。
「それについては大丈夫だよ、俺が1度でも仕事を終わらせずに酒を飲んでたことがあるか?」
「1度もなかったからこそタチが悪いのよ…」事実、ジャスティンが職務を放棄したことは1度もなかった。それとアンジェラを悩ませなかったかは別の話になるのだが。
「まあいいわ、いってらっしゃいジャスティン」
「おー、いってら。ジャスティン」
「いってらっしゃいなんて久しく言われてなかったたからこそばゆいなあ。まあいいや。行ってきます」
そう言い残すとたちまち姿が掻き消え再び新エリー都へと転移することに成功する。
「ああ、まいったなあ。もう帰りたくなって来た…」
しかし転移した先の路地裏に貼られていた、アストラ・ヤオ!我らが女神!と彼女の歌に関する賛美と半ば神格化されたかのようなアストラ・ヤオという人物への称賛が込められたポスターを見て音楽と神と崇められていた存在に対して苦い思い出のあるジャスティンはそうぼやくのだった。
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