右手腐れど、心腐らすことなかれ。   作:空想の墓場

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俺の右手が腐ってる

 カードゲームは運ゲーだ。果たして、本当にそうだろうか。

 

 確かに、強いカードを早く多く引き込めたほうが有利になりやすいのは否定しない。極論初手に引いたカードがどうしようもないほど高コスト(ゴミ詰まり)で固まっていたら、プレイヤーができることと言えば悪態を吐いたのちに投了して試合後SNSでお気持ち表明するくらいしかない。

 

 もっと根本的に、パックからいいカードが出るかということすら運次第なのだ。であるならば、やはりカードゲームは運ゲーだと言われてしまっても仕方がない。

 

 だがしかし。果たして、本当にそうだろうか。俺は疑問を呈したい。

 

 運でしか決まらないというなら、わざわざ一枚数百円から数千円、あるいは数万円するカードを買い集めてまでプレイするか? 寝食を忘れてまでデッキの枚数を調整したりするか? あの場面でこう動いていたらと、プレイ内容を反省するか?

 

 カードゲームをプレイするうえで、運は切っても切り離せない存在だ。だがその背景には、運の要素を少しでも減らそうとするプレイヤーの努力があることを忘れてはならない。『安定』『ドロソ』『確定サーチ』『圧縮』。いずれもカードゲーマーなら大好きな言葉。運の絡むゲーム性であるにもかかわらず、彼らはそのゲーム性とは対極の文字列を愛している。

 

 わずかでも目的のカードを引く確立を上げるためにプレイを最適化する。毎試合似たような動きをするために構築を最適化する。これらの努力を『所詮運ゲーなのに』と笑う人間はいない。

 

 一方で、カードゲーマーにとっての最大限の侮辱の言葉とはなんだろう。それは、『運だけのカスが』。もしくはそれに準ずる、相手の運を肯定し実力を貶める言葉であると考えている。

 

 丁寧に相手の打点をケアしたのに、たまたまトップから引いてきた目的不明のピン刺しカードがぶっ刺さって死ぬ。そんな経験をしたら誰だって、『引きだけじゃねぇか××××(花よりも蝶よりも美しい言葉)!』と吐き捨てたくなるのも無理はない。

 

 しかし、これはおかしな話だと思わないか? カードゲームが運を競い合い、運が強い奴が勝つゲームなのだとしたら。強運は賞賛されこそすれ、罵倒されるいわれはないはずだ。

 

 にも関わらず運がいいと罵倒される。ということは、だ。カードゲームにおける運の認識が、前提として間違っていると言わざるを得ない。

 

 カードゲームは実力ゲーだ。確率論と統計に基づいたロジックからなるシミュレーションゲームだ。

 

 天才とは、99%の努力と1%のひらめきだなんていう格言もある。このゲームにおいても似たようなことが言えるんじゃないか。すなわち、試合の勝敗において、実力の占める割合が大半であり、お互いの実力が拮抗したときにのみ運というファクターが結果を左右する。程度のものでしかないんじゃないか。

 

 そして運は、勝つ人間のもとにしか降りてこない。手札も場もマナもない状態でフィニッシャーを引いたところで何ができるというのか。目的のカードのために場を整え、目的のカードを引くために最大限山を回して。あと一枚という万全の準備が整った状態で山札の上からキーカードを引くこと、それはもはや単純に運と吐き捨てるものではなく、れっきとした実力だ。

 

 オタク特有の気持ち悪い話で長々と語ってしまい申し訳ない。つまるところ、俺が言いたいことは。

 

 ――カードゲームは実力ゲーだ。

 

**

 

 『ゼノクルセイダーズ全国大会予選開催中!』

 

 公園を覆うように設置されたフェンスの四方すべてに、そう書かれたのぼりが大々的に垂れ下がっていた。その支配的とさえ呼べる占有率からは、広告主のこのイベントに懸ける熱量が透けて見える。

 

 だが、それを疎ましそうにする人間は誰もいない。むしろ井戸端会議に興じる奥様方でさえ、この大会の行く末を話題に挙げて盛り上がっている。

 

 ゼノクルセイダーズ。今一世を風靡する、カードゲームの名称だった。

 

 数年前、宇宙開発業界のとある一社が突如として発表したそれに対して、当初は懐疑的な目が向けられた。

 

 それもそのはずだ。宇宙開発に力を入れてると思った企業が、突然カードゲームなんかを売り始めたのだ。その変わり身の不自然さは株主たちを困惑させるのには十分すぎるほどの一撃で、当然のごとく某社の株価は大暴落した。

 

 しかし、蓋を開けてみれば大ヒットに次ぐ大ヒット。古き良きを体現したゲーム性ながら、モンスターが実体化するという奇天烈さが数多くの人の心を奪った。

 

 ゼノクルセイダーズは発表されて間もなく同業他社を圧倒的な勢いと速度で以って駆逐し、今やメジャースポーツの一画にまで上り詰めた。こうして全国大会予選が市区町村を挙げて盛大に執り行われていることこそ、他でもないその証左と言えるだろう。

 

 公園にはいくつもの対戦台が並べられている。今やIoT技術全盛期で、大きな荷物をを持って歩くことすら時代遅れとされる中、ゼノクルセイダーズは時代に逆行した紙のカードゲーム。戦績や勝敗に関してはAIを用いて管理されるものの、試合自体がいつでもどこでもできるとは言い難い。そんな不便さを抱えつつも覇権を握っていることもまた、人気の証拠だ。

 

 数ある対戦台のうちの一つ。そこでは2人の少年が相対している。公園入り口側、手前に立つのは、短く切りそろえられた赤毛を無造作に整えた中学生ほどの年頃の少年。対するは、目にかかるほどの長さの黒髪をうっとおしげにかきあげる、こちらもまた中学生ほどの少年。2人まさしく決戦直前、といった一触即発の雰囲気を醸し出しており、彼らの友人と思しき子供たちが固唾をのんで見守っていた。

 

「クロ! 今日こそはお前に勝つ!」

「今日こそはって、別にお前が勝つときもあるだろ」

「だってお前いつも変なタイミングで降参するじゃん! あれなんか勝った気がしないからやめろよ!」

「悪い。癖になってんだ。リタイアすんの」

 

 地団太を踏んだ少年が憤りを見せながら正面に立つ黒髪の少年を指さす。感情を全身で表現する赤毛の少年とは裏腹に、黒髪の少年は冷静という文字をそのまま人型に落とし込んだような落ち着きっぷりだった。その憎たらしいほどのふるまいからは、子供らしさやあどけなさは感じられない。

 

 生意気なガキ。傍目にはそう映るだろう彼も、この場に限って言えば大人にさえ一目置かれる存在だった。理由は、ただ一つ。

 

「なぁ、レツとクロどっちが勝つと思う?」

「やっぱクロじゃないか? この前の魂の100先じゃ、クロが勝ち越してただろ?」

「でも大一番のときのレツの強さは尋常じゃねぇからな。なんせあのカイ選手にも勝ったんだぜ?」

「どっちもこの街じゃ最強クラスのプレイヤーだ。こんな場所で見れるなんて、今日はツイてるぜ」

 

 単純に、ただ強いという1点のみ。それだけだが、それで十分だった。この世界……というかこの時代において。ゼノクルセイダーズが強いということはそれだけで一種のステータスとなりうる。例えそれが悪人だろうと狂人だろうと、愛想の悪いガキだろうとも、だ。

 

 2人はお互い示し合わせたようにカードを台上にセットし始める。といっても、準備はそう多くない。山札をシャッフルし、右手側手前に設置してから初手の4枚を伏せたまま引く。それだけで8割は完了したといえる。続いて、空色をした星形のデバイス――ライフコアを左胸に装着する。その瞬間、ライフコアが淡く発光し、かすかな熱を帯びた。

 

 この微熱こそ、戦いの合図。静かに燃える闘志の温度。言葉にせずとも分かる。お互いにこのゲームに心血を注ぎ、これまでたゆまぬ研鑽を積んできたことが。そして、このゲームが大好きだということが。

 

 2人の少年は胸に手を当て、手のひらにその熱を感じながら宣言する。

 

「バトル、スタート!」

「バトル、スタート」

 

 その声と同時に2人は伏せていた初手をめくる。それが期待通りだったのか、それともそれ以上だったのか。赤毛の少年はこらえきれないというふうに口角を吊り上げ、黒髪の少年の様子をうかがう。対面式のカードゲームにおいては、相手の表情もまた重要な情報源。

 

 しかし、その視線の先にあるのは相変わらずの仏頂面。その表情からは手札は読み取れないが、悪い反応ではないということはそれなりなのだろうと推測する。

 

 黒髪の少年も同じように相手の表情を盗み見てその手札の内訳をおおまかに察する。そして、努めて冷静に。彼はゆっくりと自分の手札に目を落とした。果たして、彼の手に舞い降りたカードは。

 

『不偏なる真理・アレーティア』 COST15 ATK0/DEF3000

『不偏なる真理・アレーティア』 COST15 ATK0/DEF3000

『不偏なる真理・アレーティア』 COST15 ATK0/DEF3000

『不偏なる真理・アレーティア』 COST15 ATK0/DEF3000

 

 少年は眉間を抑えながらダダ被りの手札とにらめっこする。ため息をこぼしてしまえば相手に情報アドバンテージを渡してしまうから、表面上は感情を出さずに。

 

(このゲームやっぱカスだわ。こんなゴミ山(非常に努力しがいのある手札)掴まされて何がおもろいん? まだ海辺で砂粒数えてるほうがまだマシじゃん。あー、このカード買い取りいくらだったっけ。帰りにこれ売った金でパチンコでも打ってくか。何も生まない運ゲーよりワンチャンある分有意義だろこれ)

 

 このゲームが大好きだと感じ合ったのは、一方的な勘違いだったらしい。彼の内心では、相棒兼お荷物に対する罵詈雑言がとめどなく渦巻いていた。

 

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