先行は俺。しかし、使えるカードがないのでは仕方ない。とりあえずこのターンはできることだけしてエンドになりそうか。
「コスト上限を1上げて山札から1枚引く。……ターンエンド」
「お。それでいいのか?」
「ああ。問題ない」
山札から引いてきたカードは『イノベーション』。3コストの呪文で、手札を2枚捨てる代わりに2枚引く典型的な手札入れ替えである。次のターンにはまだ打てないが、この手札状況なら一番マシだな。ちなみに、このゲームに
……って思ってるのは、実のところ俺だけらしい。SNSやら動画配信サイトやらを眺めていても、基本的に理想かそれに近い動きをしているプレイヤーばかりだったのが印象深かった。
メーカー曰く、プレイヤーがカードを信じるほどにデッキは答えてくれるそうだ。ホンマか? だが、この世界で何百、いや何千戦と繰り返してきた試合の統計は、その理屈が信頼に足るものであると物語っている。
「俺のターン、ドロー! 後攻だからもいっちょドロー! 俺は、『竜操の騎士』を召喚!」
――『竜操の騎士』 COST1 ATK500/DEF500
(毎回毎回1ターン目から都合良いカードばっか投げやがって。この前リスト見せてもらったとき1コス1種4枚しか入ってなくて目ん玉飛び出たわ。100戦中100回投げてきたくせに)
この世界における強者は、基本的に引きが強い。逆に言えば、引きが強いことこそ強者の条件であると言える。特に目の前のコイツ――現クラスメイトにしてこの街の最上位プレイヤー、"赤城レツ"なんかはトップ解決をしなかった試合の方が少ないくらいには運命力が高いし、ギャラリーもそれを望んでいる。
そう。ギャラリーもそれを望んでいる。つまり、引きが強いことが賞賛される世界。動画投稿者のコメント欄に現れては『都合よくカード引いてるだけじゃんwww』なんて家畜のフン以下の価値もないクソコメを投下する引きだけ批判の陰険なオタクはこの世界には存在しない。あ、俺を除いてな。
まぁ、だからこそというべきなのだろう。このゲームが俺に優しくない理由は。
「俺のターン。ドロー。……ターンエンド」
「あいつ、またパス? ふざけてるのか?」
「まさかそんなはずないだろう。何か考えがあるに違いない」
いえ。事故ってるだけです。
2ターン連続のパスに観衆からどよめきが起こる。この場にいる奴らの99割は見たことがないであろうプレイ。事故という概念のほとんどないこの世界では一見すれば舐めプともとられかねない動き。だが、目の前の相手はそんなことで油断してくれるほどヌルいプレイヤーじゃない。
「相変わらず不気味だな。でも、手加減はしないぞ!」
してくれてもいいんだよ? 具体的にはそっちもこっから2ターンパスしてください。そんな俺の願い虚しく、レツは攻撃の手を緩めない。
王道ビートダウンデッキだもんね、そりゃマナカーブ通りに動けるなら動くに決まっている。誰だってそうする。俺だってそうする。
「俺は『剛翼のドラゴン』を召喚! 『剛翼のドラゴン』の効果に発動! 場のモンスター1体を選んで、それの攻撃力を500上げる! そして、攻撃力の上がった『竜操の騎士』で相手プレイヤーを攻撃!」
「リアクションカードは無い。受けます」
なんで効果処理のときの受け答えって勝手に敬語になっちゃうんだろうね。脳内に素朴な疑問が浮かぶのと同時、レツの場にあるカード『竜操の騎士』がポルターガイストにでも憑りつかれたように起き上がる。イラスト面がこちらに向けられた状態から、カードの上に幾筋もの光が集まっていき、やがてそれは人型を成した。
『しゃっはァ! 俺様の出番かァ!?』
「ああ、頼んだぞ!」
その姿は、使い手である少年にも少し似ていた。真っ赤な髪を逆立てた筋骨隆々の男が俺に槍を突き付ける。
これが架空のイメージであり、実際にはなんの痛痒ももたらさないと分かっていても、自分より頭2つほどデカい男から敵意を向けられるのは緊張するものだ。今の俺の身長が160センチくらいだから、推定2メートルはあるだろうか。
「いけぇ!」
『オラァ!』
レツの突き出す腕に合わせて槍が振るわれる。その槍が俺の体を突き抜けた瞬間、俺の胸にある星形のデバイス――ライフコアの一角がわずかに光を失った。
この星型のとんがり1つにつき、ライフポイント2000を示している。つまり、ライフの最大値は10000。『竜操の騎士』のもとの攻撃力が500なので、今ので1000ポイント減少。2000には満たないのでわずかに光を失った、という仕組みである。
具体的な数字がないとわかりにくい? 安心してほしい。お互いのプレイヤーの隣には半透明なボードが浮かび上がり、そこにデカデカと『9000』と表示されている。
ならライフコアのギミックいらねぇじゃんと思うかもしれないが、そこは雰囲気だ。メーカー曰く、これを通じて異世界の戦士と交信している、という設定だそう。
生憎と対戦マシーンなもんでそのへんあんま興味ないが。
「次はお前の番だぜ! クロ!」
「あぁ、悪い。ちょっとボーっとしてた」
「おいおい。今はバトル中だぞ? 真剣に頼むぜ」
「脳筋バカのレツが正論だと……!?」
「決めた。お前は絶対ぶっ飛ばす」
冗談冗談。さて、やりますか。
まずはターン開始時のドロー。トップは……1コストの"武装"呪文。武装とつくだけあって自分の場にモンスターがいないと使えない類の呪文だ。
今この瞬間においては腐ってしまっているものの、コンボにおける重要パーツなので一概に悪いとも言えない。にしてもちょっと来るの早すぎねキミ。
思えば、コイツが初手に4枚重なって爆速リタイアかましたこともあったな。今回も1ターン目の山上で3コスドロソを引いてなかったらリタイアしてた世界線も大いにありうる。
つか予選っつっても本選に出れるかって累積ポイント制なんだよな。だからハンド終わってたらリタする方がタイパがいい。そんなことしたらレツが切れ散らかして家にまで押しかけてくるからしないけど。
「呪文カード『イノベーション』を詠唱。手札を2枚捨てて2枚引く。捨てるカードは……」
『マスタぁ! まさかぼくを捨てたりしないよねぇ!?』
唐突に、どこかから鼻につくような甘ったるい声が聞こえた気がした。……なんかうるさいのが聞こえたな。幻聴が聞こえるなんて、昨日夜遅くまでリスト弄ってた疲れがでてしまったらしい。
『あれっ。おーい。聞こえてるー? オタクくーん? 聞こえてるんでしょー? 無視すんなー。だからクラスでも浮いてるんだぞー』
黙れ紙切れ風情が。俺の右手次第でこのカード破り捨てることだってできるんだぞってことで、いただきま~す。(対象選択)
「『不偏なる真理・アレーティア』を2枚、墓地に送る」
『わあああああ! 2枚目のぼくと3枚目のぼく! 鬼! 悪魔! 黒野クロ!』
最後のは罵倒じゃなくてただの本名じゃねぇか。それともあれか? 鬼や悪魔と同列の存在ってことか。
……はぁ。そろそろ聞こえないふりをするのも限界っぽいな。
『まったく。こんなにかわいいぼくを捨てようだなんて不届きモノ、マスターくらいだよ。せっかく来てあげたのに』
「来るにしてもちょうどいいタイミングと枚数があるだろ。なんで初手に4枚くるんだよ」
『あ! やーっぱり聞こえないふりしてた! いーじゃん、引いたら嬉しいカードが4枚。嬉しさも4倍でしょ?』
「いや、そのりくつはおかしい」
っと、いつまでもこいつと馬鹿話をしてる暇はない。俺が不自然なくらいプレイに時間をかけているせいで、ギャラリーの目も不審げなものに変わってきている。時間制限もあることだし、とりあえず引いたカードだけ確認してターンを返す。……お、だいぶハンド状況は改善してきたな。手札圧迫するだけで何もしないどっかの置物とは大違い。
毒々しいほどのピンク髪を両サイドでツインテールにして、仮装でつけるようなマスカレードマスクで目元を覆った小柄な少女のイラスト。今さっき捨てたはずなのにまだ2枚手札で存在感を発揮しているカード。
『安心して! マスターとこのぼくことアレーティアちゃんにかかれば、あんなトカゲ軍団なんてけちょんけちょんだよ!』
「今そのトカゲ軍団に絶賛顔面しばかれ祭り真っ最中なんだが。ホントにこっから捲れんのか?」
『もちろん! このぼくがいればね!』
「お前がいるせいでこうなってんだよ」
デッキから抜きたいのにどこからともなくテレポートしてきて山札に居座る不法滞在者。まぁ、お察しの通り。さっきから俺の脳内に直接語りかけてきているこいつこそ、俺のデッキの切り札にしてお荷物筆頭。
『不偏なる真理・アレーティア』。端的に換言すればクソカードだ。色んな意味で。