「最後にガードナーを持つ『頑健なるゴーレム』を場に出し、召喚時能力で体力を500回復。これでターンエンド」
――黒野クロ 4000/10000
――赤城レツ 9000/10000
はい。こちら現場のクロです。2枚目のアレーティアを召喚した後大量のカードをプレイしてたのでだいぶ時間がかかってしまったが、これにてようやく終了。最終的な盤面はアレーティアをはじめとした中~大型モンスターが4体。うち1体はガードナー持ちである。
アントロポスを除去するために少々てこずったのでライフが少し心もとないが、俺の知る限りレツ側にこの盤面を返す手段は存在しない。
仮にアントロポス2枚目が飛んできたとしても、『頑健なるゴーレム』のATKは2500。アントロポスの召喚時能力では破壊されないガードナー持ちが立ちふさがっているため、ライフ4000を一気に削る手段はかなり限られているはず。
と、戦況を分析している傍ら。ゲームとはまた別のところで問題が発生中していた。
『……』
先ほどからアレーティアが一切目を合わせてくれない。普段のハイテンションさえなりを潜めているところをみると、自分の活躍をダイジェストにして飛ばされたことが想像以上に効いているらしい。そんな怒んナッツ。
反応を見るつもりでちょっと冗談めかして声をかけてみても振り向いてさえくれなかった。ごめんて。
『……』
マズいな。これは重症かもしれん。この世界においてはカードとの信頼関係は明確に引き運に直結する。正直言って前世で培った確率論のお話など、使えないとまでは言わないにしても大してあてにならない。さっきは確定サーチがあるなどど煽ってみたものの、そのサーチ札すら山底に沈めるだけの力を彼女は持っている。
悪かったって。でもプレイ長いんだもん。ちょっと端折るくらい勘弁してくれよ。そうだ。今度お前が欲しがってた装備呪文買ってやるから。おまけに新しいスリーブもつけちゃう。
『……ホント?』
ホントホント。真剣と書いてマジだ。だから機嫌直してさ、次の試合からは程よいタイミングと枚数で手札に来てくれるとありがたいんだけど。
『もう、しょうがないなぁ。 そこまで言うんなら? 許してあげないこともないけど。しょうがないから次の試合でも一番乗りで駆け付けてあげるよ!』
ざけんな。程よいの意味を辞書で検索してこい。
とはいえこれでようやくいつも通りの調子が戻った。ふぅ、流石の俺でも女の子怒らせていい気分になれるほど性根は腐ってないからな。対面のプレイヤー怒らせるのは大好きだけど。
にしても、自分から言い出しといてなんだけどこの程度で懐柔できてちゃうのちょっとチョロすぎはしないか。見ていて少し心配になるレベルだ。カード名に真理とかついてるくせにもしかしてアホの子なのだろうかという疑念が急速に膨らんでいく。
今度代わりにプレイさせてみようかな。……いや、やめとこ。それでもし俺より上手かったら、俺はいよいよただのキモくて早口でノンデリなだけのキモ=オタクになってしまう。そうなったらもう耐えられない。
で、だ。話が少し脱線したが、今は試合の真っ最中。そんな状況でなんでこれほどまでにごちゃごちゃ喋れているかというと、対面が全く動きを見せないからだった。
俺は先ほどから目をつぶったまま、ターン開始時のドローすらせず沈黙を保っているレツに声をかける。
「どうだ? レツ。流石にこれを返すのは少し厳しいんじゃないか?」
「……確かにそうかもな」
「お?」
意外にもレツがあっさりと自分の劣勢を認めたことで、思わず気の抜けた声が漏れる。一体どんな心境の変化があったのだろう。
この世界に来てからコイツとは、数えきれないほどの対戦を繰り返してきた。ゲームが人気になればなるほど、当然いわゆるエンジョイ勢も増えてくる。『
サッカーが好きだからと言って、サッカーが上手いとは限らないように。ゼノクルセイダーズが好きだからと言って、ゼノクルセイダーズが上手いとは限らない。俺が小学生になった時にはこのゲームが世間的に大流行していたけど、正直当時周囲に俺と同レベルのプレイヤーはいなかった。
せっかくこんな世界に生まれ変わったのに。そう落胆していたとき、レツに出会った。
向こうも似たような悩みを抱いていたらしく、俺たちが友人になるのにそう時間はかからなかった。以来飽きるほど何度もにコイツと対面して、カードが擦り切れるほどに戦って。レツのプレイングの癖、得意なデッキタイプ、試合におけるマインド。ことゼノクルセイダーズに関することであれば、彼の両親よりも彼のことを知っている自負がある。
そのうえで。諦めの悪さに定評があり、誰よりも負けず嫌いなレツがこのタイミングで弱気な発言をすることが信じられなかった。彼はこういうときこそ燃えるタイプだと思っていたから。
何か悪いものでも食べたんじゃないかと不安になったが、それは杞憂だったようで。ゆっくりとまぶたを開いた彼の目には、普段と変わらない闘志が宿っていた。
「でもさ。カードゲームはいつだって、最後まで何が起こるか分からない、だろ?」
「……はは」
なんだ。やっぱりいつも通りのあいつじゃないか。
――カードゲームは実力ゲーだ。それはもはや疑いようもない。
けど、全てが実力で決まってしまったら。全てやる前から結果が分かり切ってしまっていたら。俺たちはきっと、これほどまでに夢中になることはなかっただろう。
相手の運に破壊されることもあれば、自分のドローに泣かされることもある。それでもあがいて最終ターン、運命の分かれるその時に。たった1枚のカードで、自分の行ってきたプレイのなにもかもが肯定される一瞬の全能感はどんな喜びにも代えがたい。
『運』という逆転のファクターがあらゆる場所に眠っているからこそ、何が起こるか分からない。それこそカードゲームの魅力であり、夢中になれる理由。
カードゲームが確立と統計のゲームであるというならば、最も重要なのは試行回数である。もちろん、一定以上の実力があるのは前提として。
試行回数を重ねるほどに確率は理論値に近づいていく。だからどれだけ引きが悪かったとしても、腐ることなく続けるのだ。運とは単なる一時的な確率の偏りに過ぎないのだから、たった一度の事故でへこたれるわけにはいかない。
でも、そうして最後の最後まで腐ることなく希望を抱き続けられる続けられる理由もまた。だとすれば――。
「いくぞ! これが最後のターンだ!」
「ああ! 全力で来い!」
――カードゲームは、運ゲーだ。
**
『マスター、この
「はいはい。……うげ、前見た時より値段上がってんじゃん」
『あー。最近流行りのデッキの必須パーツなんだって。店長が話してるの聞いた』
「マジか。使わねーと思ってこの前クラスの子にあげちゃったよ」
『いいんじゃない? そのおかげで一時でも卑小な自尊心を満たせたんだから』
「お前なんで俺の悪口言うときだけ的確に真理突いてくんの?」
ショーケースに陳列されたカードから目をそらして、デッキケースから聞こえる声と喧嘩する。アレーティアの声は周りに聞こえないから、変な奴だと思われないよう努めて小声で。
『ふーんだ。適当な返事したお返し』
公園での試合終わりにアレーティアとの約束を果たすため寄ったカードショップは、大勢の人々でにぎわっていた。家族連れの客もいれば俺と同い年くらいのやつもいるし、杖を突いた爺さんまでもがストレージの中身と格闘していた。爺さん、その場にかがみこんでボックスをあさるのやめなさい。本格的に腰いわしますよ。
人が増えれば当然
俺がゼノクルセイダーズの今後の展望に想いを馳せていると、ふと背後から名前を呼ばれた気がした。ついさっきまで対戦相手として向かい合っていた彼の、まだ声変わりしていない高め声。
「おーいクロ! 向こうでカイ選手が試合するらしいぞ! 見に行こうぜ!」
「え、あの人来てんの? 分かった、すぐ行く!」
『ぼくが話しかけたときより良い反応してるし……』
悪いな。根っからのオタク気質なもんで。山に残ってるカードを引く確率を求める方法は知ってても、女の子を喜ばせる方法は知らないんだ。それに、メーカー公認のプロ選手が試合するともなればいてもたってもいられない。
『全く。男の子ってホントバカ。さっきはあんなに怒ってたくせに、もう忘れたの?』
別に怒ってないし。あのな、カードには分かんないかもしれないけど、この世にはキレ芸ってもんがあんの。言うなればただのポーズだよポーズ。実際ギャラリーも沸いてただろ? 俺はあえて道化を演じることであいつに華を持たせたってわけ。どぅーゆーあんだすたん?
『はいはい。マスターも大概負けず嫌いだよね』
まぁなんだ。結果から言えばあの試合は負けた。
レツが最後に引いたカードは『再臨する爆炎』。8コストの呪文カードで、効果はバトル中に破壊されたコスト最大のモンスターを踏み倒して特殊召喚するというもの。ゼノクルセイダーズの裁定において、特殊召喚したモンスターは本来召喚時能力を発動させることができない。
しかし、『再臨する爆炎』の第二の能力として、“破壊されたとき2種以上武装呪文を装備していたモンスターを特殊召喚したなら、それぞれ『破壊されたとき装備していた武装呪文を2種類までコストを支払わず唱え』、『相手の場のATK2500以下のモンスター全てを破壊』してもよい。"という、アントロポス本体の強化版ともとれる能力が備わっていた。
これまた露骨なデザイナーズコンボっぽいテキストだが、アントロポス自体主役級の面構えしてるしサポートカードが充実してるのもさもありなんといった感想。アレーティアにもくれ。
あのとき俺の場にいたモンスターでガードナーを持っていたのは『頑健なるゴーレム』1体のみ。ゴーレムのATKは2500だし、アントロポスに2回攻撃とマッハアタックが付与されるタイミングは“武装呪文が2種以上装備されたとき”なので召喚時能力ではない。特殊召喚でも問題なく発動できる。
したがって、体力を守れるモンスターはおらず2000×2の4000点が俺の顔面に素通りしてピッタリーサルだ。
2回連続のトップ解決に足元を掬われたと言ってしまえばそれまでなのだが、ガードナーのATKがもう少し高いかライフがもう1点でも多ければ耐えていた。多分どこかに分岐があって、それをミスっていなければ俺にも勝ちの目は十分にあったはずだ。
どちらかというなら、レツが攻撃の手を緩めず『再臨する爆炎』圏内に押し込んでいたプレイを褒めるべきだろう。というかアイツいつの間にあんなカード手に入れてたんだ。この前の100先のときは入ってなかったぞ。
カードゲームを始めたのは何歳のころだったかもう忘れてしまったが、未だに後悔と反省の連続。だからこそ面白いともいえるのだけど。
「なぁ。アレーティア」
『なぁに?』
「運、って。なんだと思う?」
『え? うーん……』
ふと浮かんだ疑問をなんとはなしに尋ねてみる。人間ではない彼女だからこそ知っている答えがあるんじゃないかと思って。彼女は少しだけ考え込むそぶりを見せたあと、穏やかだがどこか確信めいた口調でその答えをつぶやき始めた。
『巡り合わせ、じゃないかな』
「巡り合わせ?」
『そう。たくさんの偶然と必然が重なって、たまたま同じ場所に行きつくこと』
「……」
『カードも、人も。マスターがみんなと友達になったのも巡り合わせでしょ? もちろん、ぼくと会ったのも』
「はは。そっか。それなら、俺はずいぶんと運がいいらしい」
『今更ぼくの有難みに気付いたの? 遅すぎるけど、分かったならよし!』
そろそろ行こう。友達が待っている。運よく生まれ落ちた世界で、運よく出会った友達が。
そしてもう一回バトルを挑めばいい。負けたって何度でも。だって、何事も腐らずやることが上達する一番の近道だと。俺はそう思うから。
(続か)ないです。