救済を願って   作:バレンシアオレンジ

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01 夏と始まりの記憶

 

 目が覚め伸びをする。

 

 洞窟内は今日も変わらず静かだ。

 

 寝床として使っている少し狭まった場所から抜け出して開けた場所に移動すると、岩壁や高めの天井には緑色の水晶の様な鉱物が生えており、ほんのり光って周囲を照らしている。その光の下には沢山の果実を実らせた木々があり、また根本には野菜も生えていた。

 

 私はそこに近付いて収穫を始める。

 

 ここに住み着いて栽培を始めてから長い時間が過ぎたが、今でも何故水晶の光で作物が育ち、毎日のように実を結ぶのか分からない。もっとも生まれ変わった際に持っていた、この収穫物を入れている巾着袋も開口部こそ狭いが何故か際限なく物を入れることができるし、この世界には質量保存の法則やエネルギー保存則に喧嘩を売っているとしか思えない摩訶不思議な事象が他にも多々あるため、水晶も含めてそういうものと思うしかないが。

 

 ともかく私はいつものように収穫を済ませてから、朝食としてオレンジに齧り付く。今日のオレンジもみずみずしく甘味の中に僅かな酸味があり、これまでと変わらず美味しかった。

 

 

 

 洞窟の外に出ると朝だというのに既に暑い。

 

 私は周りを見渡してから街に向けて歩き始めた。

 

 しばらくすると汚れて文字の掠れた道標が見えてくる。

 

 歩く。

 

 あの頃は夏が嫌いだった。

 

 歩く。

 

 失われた多くのモノの腐敗が蔓延する季節だったから。

 

 歩く。

 

 しかしそれも数年経たない内に気にならなくなった。

 

 歩く。

 

 地上は人類のモノではなくなったから。

 

 歩く。

 

 遺されたモノは赤錆びた金属製品や汚れたプラスチック類だ。脆くなっている建物内には探せば他にも風化を免れたモノが見つかるだろうが今の私に必要なモノは無い。

 

 ふと立ち止まり改めて空を見上げた。

 

 世界がどの様に変化しても空はいつもの様に青く晴れ渡り、陽炎の立つヒビ割れた道路と街に嘗ての喧騒は無く、何処かから夏の到来を告げる蝉の声が鳴り響くのみだった。

 

「──」

 

 私の言葉にはならない声は誰に届くこともなく消えた。

 

 首を振り再び歩き始める。

 

 遅くとも今夜中にはアークに着くだろう。

 罪悪感から始めたことだが、毎週の習慣にしているアウターリムの教会への果物と野菜の配達を済ませたら、今回はいつもより少し遠回りしてから戻ろうか。

 もしかしたら久し振りにスノーホワイトを見られるかもしれない。もっとも今の私に彼女の言葉は分からないし、これといって特別なお土産は持って無いけれど、今日収穫したオレンジはいつもお腹を空かしている彼女なら喜んでくれるだろう。

 ……私自身が食べられる事の無いように隠れて渡さなければならないが。

 

 

 そんな事を考えながら最後の日常を思い出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーンミンミンミーン

 

『次のニュースです。軌道エレベーターの周辺地域に政府が軍を投入して封鎖している件について大規模な抗議活動が行われています。次世代の宇宙時代の幕開けを象徴するとして建設された軌道エレベーターと宇宙ステーションは、登る人は勿論のこと登れない人もその勇姿を一目見ようと観光客が集まり、新たな名所となっていました。ですが現在は半年前に発生した事故の影響により封鎖されています。該当地域は避難区域に指定されており、立ち入りが原則禁止されているため、住民は政府指定の避難所に移動しましたが、事故の詳細が明かされていないことで、溜まった不満がこの抗議活動につながった模様です。では現地から状況を……』

 

 窓の外から蝉の声が聞こえる。

 明日から夏休みに入る大学の研究室で私は冷たいオレンジジュースを飲みながらニュースを見ていた。

 

 かつて普通のサラリーマンだった私が今の私になったのは、幼い頃災害に巻き込まれれてからだ。記憶の連続性はあるにも拘らず、あの日病院で前世を思い出した私は、それまでこの体で生きてきた私を他人事の様にしか感じられなかった。

 少し経ってから両親の死を告げられても、その感覚は変わらず悲しむどころか、私が変わってしまった言い訳を考えなくて良いことに安堵感を覚えていた。そしてその事実を認識してから自分自身に恐怖したものだが、引き取られた施設の人々からも気味悪く思われていたようだ。

 そのため時には虐めを受けそうになることもあったが、前世を思い出してから周囲の気配や危険を察知できる、いわゆる第六感を得ていたため、事前に諍いを避けることはそう難しくはなかった。とはいえ居心地が良くないことに変わりはなく、私は自立できる年齢になると直ぐに施設を出て一人暮らしを始めた。

 幸い両親がそれなりの遺産を遺してくれていたため、以降私は至って普通の都市で普通に進学し普通の日常を謳歌している。

 

「……平和だね」

 

 抗議活動のニュースを見ながら言うことではないが、転生してから何度も思ったことを口にする。前世と比較にならないほど技術発展している今世でも変わらないことではあるが、結局のところテレビやSNSで重大事件が報道されても身近でなければ食事時の雑談の話題になるのみで、他人事でしかない画面の向こう側の話は実感を伴わない。

 

「おはようございま〜す」

 

 扉を開けてまだ配属される前の後輩が入ってきた。

 

「もうお昼だけど、おはようマリー」

 

「エリカ先輩! おはようございます!」

 

 挨拶を返すと嬉しそうに近付いてきたマリーとは高校時代からの付き合いだ。たまたま彼女から異性関係のトラブル相談を受けることになり、第六感を使って早期に解決したのが始まりだ。

 

「よう! 元気そうだな」

 

「こんにちはー」

 

 続けて同期のパーヴェルとピナも入ってくる。

 この世界に転生してから様々なことに驚かされるが、政治体制の相違を超えてグローバル化が進んでいる点もその1つになる。まるで世界全体が連合の様に有事の際には協力しており、その影響か出身国を余り気にすることはない。また宗教についても前世と異なり教団の一強で宗教戦争の気配は全く無い。このため人種国籍問わず多くの人々が同じ大学に通っている。

 

「私は何時も元気さパーシャ。それにこんにちはピナ」

 

「先輩方こんにちはです」

 

 私に続いてマリーも返事をした。因みにパーシャはパーヴェルの愛称で、本人が友人達にそう呼んでくれと言っている。

 

「それでエリカは何を見ているんだ?」

 

「ニュースを見ていただけさ。何かと話題の軌道エレベーターが映っていたからね」

 

「軌道エレベーターですか。そういえば宇宙ステーションに住んでいた人はどうなったんでしょう?」

 

 パーシャの質問に対する私の答えにピナが続けた。

 宇宙ステーションは最新のAIにより生活環境が完璧に快適に管理された地上を見下ろす楽園都市として居住者が一時期募集されていた。当たり前だが住居の販売価格は途轍もなく高額だったと記憶している。

 もっとも直ぐに完売したので世の中、お金があるところにはあるのだなと、しみじみと思ったものだ。

 

「軌道エレベーターか丁度いい。実はそれについて面白い話があってな」

 

 そう言うとパーシャは私達に端末を見せる。

 何処かの掲示板のスクリーンショットの様だ。

 

 ……

 

23:名無しの宇宙人 ID:SjChehS6N

 最近、軌道エレベーターに乗って宇宙人が降りてきたとかの話で持ち切りだったよな。

 で、そこってうちから近くてマジで宇宙人を見た。

 まず、機械のような見た目で私たちの想像したクトゥルフの怪物のような見た目ではない。

 写真あるから見て。

 

29:名無しの宇宙人 ID:3toZ7HLDl

 >>23

 お前合成うまいな〜合格^^

 

35:名無しの宇宙人 ID:IZPp7hLmm

 >>23

 ディテール良すぎてかえって信じられないんだけど

 

42:名無しの宇宙人 ID:0ChhsEAOO

 >>23

 未来から聖地巡礼に来ました。

 信じていない方々、気の毒ですね。

 

 ……

 

「……面白い冗談だね?」

 

 宇宙人が来ているなら、その文明レベルはⅡ型文明を超えているはずだ。であればⅠ型文明にすら完全には届かないこの星の人類は彼らから見て猿、どんなに良くて類人猿といったところか。

 それなのに何故この掲示板の宇宙人はわざわざ知能の足りない生物が作った軌道エレベーターを律儀に利用して降りてくるのだろう?

 

 ……何か違和感がある。

 この話、それにこの画像、何処かで? 

 

「もちろん俺だって最初は冗談だと思ったさ。だが投稿者は実際の住民だったし、封鎖後も隠れて残ったみたいでな、最近また続きが投稿されたのさ」

 

 そう言ってパーシャは続きを促した。

 

 ……

 

63:名無しの宇宙人 ID:SjChehS6N

 前宇宙人を見たと書いたやつだけど。

 あのとき見たのは軽自動車くらいの大きさだったけど、今回はレベルが違う。

 小さいビルくらいのサイズで、実弾では傷もつかない。

 あと核のようなものからレーザーが発射されるんだけど、重装甲車が一発でぐしゃぐしゃになる。

 

69:名無しの宇宙人 ID:yHHnzUoqb

 >>63

 作り話だろうけど超おもしれぇww

 明日は第3弾もよろwww

 

72:名無しの宇宙人 ID:VCbjLFpNn

 >>63

 外皮が防弾素材みたいだけど、成分は何だろうな? 

 

74:名無しの宇宙人 ID:0mf6XMEMD

 >>72

 アダマンチ○○

 

79:名無しの宇宙人 ID:FNB3USYs9

 >>72

 ガンダリ○○合金

 

80:名無しの宇宙人 ID:bnAgONoCj

 >>74 >>79

 おいオタクやろうwwwwww

 ……

 

「どうだ? 調べてみると間違いなく封鎖地域からの投稿らしい。しかも昨日の」

 

「……」

 

 小さなビルサイズの宇宙人がどうやって軌道エレベーターに乗るのだろうか? いや宇宙人云々はこの際どうでもよいが、本当に軍の封鎖地域から投稿されているなら、後に続くコメントの様に軽く流すことはできない。パーシャがPC関係に詳しいことは私達全員知っているし、意味のない嘘をつく人物でもない。

 詰まるところ、彼は軌道エレベーターの周辺が怪物の巣窟になっているがために、軍が封鎖して対処していると言っている。

 

「……冗談ですよね?」

 

「そうですよパーヴェル先輩、騙そうとしても無駄ですからね!」

 

 思わず呟いたピナに続いて、マリーが少し怒って言った。それに対してパーシャは笑いながら言葉を返した。

 

「だろうな。俺のスキルじゃ分からないだけで何かタネがあるんだろう。だが見破れる自信があったのに分からんし、せっかくだからお前達を驚かすのに使おうと思ってな」

 

「全く迷惑な話だね」

 

 嘘はついていないと開き直るような言葉に思わず苦笑いして返すと、張り詰めていた空気は弛緩してピナとマリーも落ち着いた様だ。

 

「それにしても宇宙人ですか~、映画みたいですがピナ先輩なら生き残れそうですね」

 

「何でですか?」

 

 ピナは少し驚いているが、私もマリーと同意見だ。

 ピナは冬になると祖父の狩猟を手伝っており、銃器の扱いは勿論、獲物の解体もできる。私も一度見せてもらったことはあるが、口を開かないために多大な労力を必要としたし、マリーとパーシャは早々に逃げた。その後落ち着いてから食べた牡丹鍋は美味しくて驚いたことが印象に残っている。

 

「無理ですよ。だいたい実弾で傷つかない相手にどうしろって言うんですか?」

 

 ピナが返す内容に反論の余地は無かった。

 

「夏休み前に注意事項を伝えるから静かにしろ〜」

 

 そう言いながら入ってきた教授により、私達の雑談は終わりを告げた。教授の話はごくありふれた注意事項で目新しさは無く、そんな話を聞いているうちに先程までの雑談の内容から意識は逸れていった。

 

 デジャブだろうか? 

 雑談の間は何処かに違和感を覚えていた。

 後からすれば、もう少しよく考えるべきだった。

 この話を何処で見聞きしたのかについて。

 いや例え何処で見たかを思い出していたとしても、一般人でしかない私に、1日にも満たない僅かな時間が追加で与えられたとして、できることなど何かあっただろうか? 

 

 当時の私はまだ気づいていなかった。

 この日の日常が、既に黄金よりも遥かに貴重なモノとなっていたことに。

 

 教授の有難いお話の後に皆と会話してから帰途についた私は、空を見上げて今年も猛暑になるのかと少し憂鬱になった。そのまま何事もなく誰も居ない家に着き、前世の頃から慣れ親しんだ様にシャワーを浴びてから夕飯を食べて眠りにつく。

 

 私が夢の中にいた頃、世界中のシャトル発射場や関連施設が突然の炎に包まれていた。元々そこで働いていた人も、出動した消防士も、通報を受けた警察官も、誰も彼もが等しく火災の原因になった巨大なナニカに襲われ、1人として生きて帰ることは叶わなかった。

 

 最終的に空軍の戦闘機が飛来したことで事態は一応の解決を見る。しかし現場の確認に動員された軍人が観たのはあまりに凄惨で、なおかつ彼ら自身の理解を超えた光景だった。

 

 ──後に第一次ラプチャー侵攻と呼ばれることになる人類の生存をかけた戦争が、既に始まっていることを隠しようがなくなった日の出来事だった。

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